ヘッジ会計は、企業のリスク管理活動を財務報告に反映するための会計処理です。
ただ、IFRS第9号のヘッジ会計は、リスク管理目的でデリバティブを使ってさえいれば自動的に適用できる、というものではありません。ヘッジ関係が適格要件を満たしていることに加えて、その関係の開始時点で公式な指定と文書化が行われていることが求められます。
ここでいう文書化は、社内メモや契約一覧をそろえれば足りるという性質のものではありません。どのリスクを、どのヘッジ対象について、どのヘッジ手段で、どのようなリスク管理目的に基づいてヘッジするのか。それを会計上も監査上も説明できる状態にしておくことを意味します。
IFRS第9号6.4.1は、ヘッジ会計の適格要件として、適格なヘッジ手段とヘッジ対象で構成されること、ヘッジ関係の開始時点で公式な指定と文書化があること、そしてヘッジ有効性に関する要件を満たすことを挙げています。文書化に含めるべき事項としては、ヘッジ手段、ヘッジ対象、ヘッジされるリスクの性質、有効性評価の方法、ヘッジ非有効部分の発生原因の分析、ヘッジ比率の決定方法があります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
本稿では、このヘッジ会計における「公式な指定と文書化」について、実務でどこまで整理しておくべきかを確認します。ヘッジ有効性の詳細な測定方法や非有効部分の会計処理は次稿以降の論点とし、ここではヘッジ会計を適用する入口として、開始時点で何を決め、何を記録し、何を説明できる状態にしておくべきかに焦点を当てます。
ヘッジ会計の文書化は、後から整える書類ではない
ヘッジ会計の文書化で最も大切なのは、タイミングです。
IFRS第9号は、ヘッジ関係の開始時点で、そのヘッジ関係と企業のリスク管理目的・リスク管理戦略について、公式な指定と文書化を行うことを求めています。これは、決算時に結果を見てから、損益の見え方に合わせてヘッジ会計を後付けする、という運用を防ぐための要件です。
実務でも、ここは監査で深く確認されやすいところです。
デリバティブ契約は存在している。社内ではリスク管理目的で締結したと説明している。経済的にもヘッジ効果があるように見える。
それでも、開始時点で必要な公式指定と文書化が整っていなければ、ヘッジ会計の適用は難しくなります。ヘッジ会計は、結果として損益が相殺されていたかどうかを後から確認する処理ではありません。開始時点で指定されたヘッジ関係について、将来に向かって適用していく処理だからです。
これは、会計処理の技術論というより、財務報告の信頼性そのものに関わる論点だと考えています。ヘッジ会計は、通常の金融商品の認識・測定に対する例外的な処理を含みます。だからこそ、適用したかどうか、いつから適用したか、何を対象に適用したかが曖昧であってはなりません。
ヘッジ会計の実務整理においても、公式な指定と文書化は適格要件の中心に位置づけられます。必要なヘッジ文書が作成されていなければ、ヘッジ会計は適用できない。そう整理しておくのが穏当です。
公式な指定とは何を意味するか
「公式な指定」とは、特定のヘッジ手段と特定のヘッジ対象を結びつけ、特定のリスクをヘッジする関係として会計上指定することを指します。
「為替リスクをヘッジしている」「金利リスクを管理している」といった一般的な説明では、指定として足りません。
公式な指定では、少なくとも次の関係を明確にしておく必要があります。
- どのヘッジ手段を指定するのか
- どのヘッジ対象を指定するのか
- どのリスクをヘッジ対象リスクとして指定するのか
- そのヘッジ関係がどのリスク管理目的・戦略に基づくのか
- ヘッジ比率をどのように決定するのか
- ヘッジ有効性をどのように評価するのか
- ヘッジ非有効部分がどのような原因で発生し得るのか
この指定が曖昧なままだと、後続の会計処理も安定しません。
たとえば同じデリバティブを保有していても、それをどの借入金、どの予定取引、どの外貨エクスポージャー、どのリスク要素と結びつけるかによって、ヘッジ会計の種類、測定、表示、開示は変わってきます。
つまり公式な指定とは、「このデリバティブはヘッジ目的です」と宣言することではありません。財務報告上、どのリスクをどの範囲で表現するのかを決める、会計上の指定なのです。
リスク管理戦略とリスク管理目的を区別する
文書化で混同されやすいのが、リスク管理戦略とリスク管理目的の違いです。
リスク管理戦略は、企業がどのようなリスクにさらされ、それをどう管理するかという上位の方針を指します。通常は、財務方針やリスク管理規程、取締役会や財務委員会で承認された方針、ヘッジ取引に関する社内ルールなどに表れます。
一方のリスク管理目的は、個別のヘッジ関係ごとに、指定したヘッジ手段を指定したヘッジ対象のリスクへどう用いるかという、より具体的な目的です。
IFRS第9号の適用指針でも、この両者は区別されています。リスク管理戦略は企業がどのようにリスクを管理するかを高いレベルで定めるもの、リスク管理目的は個別のヘッジ関係のレベルで特定のヘッジ手段が特定のヘッジ対象のエクスポージャーをどうヘッジするかに関わるもの、という整理です。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この区別は、実務上とても重要になります。
企業全体のリスク管理戦略が変わっていなくても、個別のヘッジ関係におけるリスク管理目的が変わることはあります。逆に、市況の変化を受けてヘッジ比率を見直す必要が生じても、個別ヘッジ関係のリスク管理目的が変わっていなければ、リバランスとして整理できる余地があります。
ですから文書化では、「会社のリスク管理方針に基づく」と書くだけでは不十分です。個別のヘッジ関係について、どのエクスポージャーをどう管理する目的なのかを、はっきりさせておく必要があります。
文書化に含めるべき基本項目
IFRS第9号の文書化では、形式的な項目を並べるだけでは足りません。ヘッジ関係が適格要件を満たすことを説明できる状態にしておくことが求められます。
実務上は、次の項目を一連の論点整理としてつなげておくことが大切です。
ヘッジ手段の特定
まず、どの金融商品をヘッジ手段として指定するのかを明確にします。
典型的には、為替予約、金利スワップ、通貨スワップ、商品先物、オプションといったデリバティブが想定されます。もっともIFRS第9号では、一定の非デリバティブ金融商品もヘッジ手段となり得ます。
文書化では、契約番号、取引相手、約定日、開始日、満期日、想定元本、通貨、金利条件、決済条件、公正価値測定方法など、指定したヘッジ手段を一意に特定できる情報を記載します。
ここで不十分になりやすいのが、「保有する為替予約をヘッジ手段とする」といった抽象的な記載です。複数のデリバティブがある場合、どの契約のどの部分を指定したのかが分からなければ、ヘッジ関係を検証できません。
ヘッジ対象の特定
次に、どの資産、負債、確定約定、予定取引、純投資などをヘッジ対象として指定するのかを明確にします。
ヘッジ対象は、財務諸表にすでに認識されている項目に限られません。発生可能性の非常に高い予定取引や、未認識の確定約定なども、一定の要件を満たせばヘッジ対象になり得ます。
ただし、ヘッジ対象はヘッジ手段以上に曖昧になりやすい項目でもあります。
たとえば予定取引をヘッジ対象とする場合、「将来の外貨売上」や「将来の借入」では足りません。将来発生する取引の内容、期間、金額または数量、通貨、発生可能性、そしてどの取引がヘッジ対象に該当するかを識別できる程度の具体性が必要になります。
IFRS解釈指針委員会のアジェンダ決定でも、この点は整理されています。キャッシュ・フロー・ヘッジにおける予定取引がヘッジ対象となるには、発生可能性が非常に高くなければなりません。加えて、ヘッジ会計目的上、発生時にその取引がヘッジ対象取引であると識別できるよう、時期と金額について十分な具体性をもって文書化しておく必要があるとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
ヘッジされるリスクの性質
ヘッジ対象を特定しただけでは、まだ十分ではありません。ヘッジされるリスクそのものを明確にする必要があります。
同じヘッジ対象であっても、金利リスク、為替リスク、商品価格リスク、信用リスク、特定のリスク要素など、どのリスクをヘッジするのかによって指定は変わります。
ここで大切なのは、「項目全体をヘッジするのか」「特定のリスク要素をヘッジするのか」という切り分けです。
たとえば、金融商品全体の公正価値変動をヘッジするのか、ベンチマーク金利に起因する変動だけをヘッジするのかで、ヘッジ対象リスクの範囲は異なります。非金融商品についても同様で、商品価格全体をヘッジするのか、特定のリスク要素をヘッジするのかによって、文書化と有効性評価の前提が変わってきます。
IFRS第7号でも、ヘッジ会計を適用するリスクカテゴリーごとに、リスクがどのように発生し、企業がどう管理しているか、項目全体をヘッジしているのか、それともリスク要素をヘッジしているのかを説明することが求められています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
つまり、ヘッジされるリスクの記載は、会計上の指定にとどまらず、開示にも直結していきます。
ヘッジ比率の決定方法
ヘッジ比率は、ヘッジ対象の数量とヘッジ手段の数量の関係を指します。
IFRS第9号は、ヘッジ比率について、企業が実際にヘッジしているヘッジ対象の数量と、実際に使用しているヘッジ手段の数量から生じる比率と同じであることを求めています。ただし、その指定が、ヘッジ会計の目的と整合しない会計結果を生じさせるような不均衡を反映してはならないとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この要件には、ヘッジ会計を損益調整のために利用することを防ぐ意味があります。
実務では、財務部門が実際に何をどの程度ヘッジしているのかと、会計上指定しているヘッジ比率とが整合しているかを確認する必要があります。会計上の都合でヘッジ対象の数量を過度に増減させたり、ヘッジ手段の一部だけを恣意的に指定したりすれば、リスク管理活動の実態を表しているとはいえません。
ヘッジ比率の文書化では、ヘッジ対象の数量、ヘッジ手段の数量、指定比率、その比率を決めた理由、そして実際のリスク管理との整合性を、いつでも説明できるようにしておくことが大切です。
ヘッジ有効性の評価方法
文書化には、ヘッジ関係が有効性の要求事項を満たしているかどうかを、企業がどう判定するのかも含めておく必要があります。
ここでいう有効性評価は、「有効性あり」という結論を書けば済むものではありません。
少なくとも、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があるか、信用リスクの影響がその経済的関係から生じる価値変動を支配していないか、ヘッジ比率が実際のリスク管理と整合しているか。こうした点を検討しておく必要があります。
IFRS第9号6.4.1(c)は、ヘッジ有効性の要件として、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があること、信用リスクの影響がその経済的関係から生じる価値変動を支配していないこと、ヘッジ比率が実際にヘッジしているヘッジ対象数量と実際に使用しているヘッジ手段数量から生じる比率と同じであることを求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
有効性評価の具体的な方法は、ヘッジ関係の性質によって異なります。定性的な評価で足りる場合もあれば、定量的な評価が求められる場合もあります。いずれにせよ、どの方法を採用するのかを開始時点で明確にし、その方法がヘッジ関係のリスク特性と整合していることが重要です。
ヘッジ非有効部分の発生原因
文書化では、ヘッジ非有効部分の発生原因についても分析しておく必要があります。
ヘッジ会計は、ヘッジ手段とヘッジ対象が完全に一致することを前提とはしていません。実務では、満期、金額、基礎数値、信用リスク、ベーシス差、決済日、割引率、数量の変動などによって、ヘッジ非有効部分が生じることがあります。
ですから、想定される非有効部分の発生原因を、あらかじめ整理しておくことが大切です。
これは監査対応の面でも意味があります。決算時に非有効部分が生じたとき、その原因が開始時点で想定していたものなのか、リスク管理目的の変更を示すものなのか、あるいはヘッジ比率の見直しが必要なものなのかを判断する手がかりになるからです。
予定取引のヘッジでは、文書化の具体性が特に重要になる
キャッシュ・フロー・ヘッジで予定取引をヘッジ対象とする場合、文書化の難度は一段上がります。
認識済みの借入金や外貨建債権債務であれば、契約書や帳簿上の残高からヘッジ対象を特定しやすいことがあります。これに対して予定取引は、まだ財務諸表に認識されていない将来の取引です。何をヘッジ対象として指定したのかを十分に具体的に文書化しておかなければ、後から検証できません。
予定取引については、少なくとも次の観点が必要です。
- 取引の性質
- 発生予定時期
- 予定数量または予定金額
- 通貨または基礎数値
- 発生可能性が非常に高いと判断する根拠
- 取引発生時に、当該取引がヘッジ対象取引であると識別する方法
- ヘッジ対象に含める範囲と含めない範囲
- ヘッジ対象取引が発生しなかった場合の処理上の影響
ここでの文書化が曖昧だと、ヘッジ対象取引が実際に発生したときに、それが指定したヘッジ対象なのかどうかが分からなくなります。
また、予定取引の発生可能性は、ヘッジ手段が存在すれば自動的に満たされるものではありません。デリバティブを締結しているからといって、予定取引が非常に高い可能性で発生することの証明にはなりません。発生可能性は、ヘッジ対象取引そのものについて、事業計画、発注状況、販売契約、過去実績、予算、承認状況といった合理的な根拠に基づいて説明する必要があります。
文書化は会計処理だけでなく、開示にもつながる
ヘッジ会計の文書化は、会計処理のためだけに作るものではありません。
IFRS第7号は、ヘッジ会計に関する開示として、企業のリスク管理戦略とその適用、ヘッジ活動が将来キャッシュ・フローの金額・時期・不確実性に与える影響、そしてヘッジ会計が財政状態計算書、包括利益計算書、持分変動計算書に与えた影響についての情報を求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
さらにIFRS第7号22Bは、ヘッジ会計に関するリスク管理戦略の説明として、使用するヘッジ手段、ヘッジ対象とヘッジ手段の経済的関係の判断方法、ヘッジ比率の設定方法、ヘッジ非有効部分の発生原因を含めることを求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
つまり、開始時点の文書化が不十分だと、会計処理だけでなく、注記の作成にも影響が及びます。
財務諸表利用者にとって重要なのは、企業がどのリスクをどう管理しているのか、そのリスク管理活動が将来キャッシュ・フローや損益、OCI、資本にどう影響し得るのか、という点です。
ですから文書化では、監査人に説明するための技術的資料だけでなく、最終的に注記でどう説明するのかまで意識しておく必要があります。
文書化で実務上失敗しやすい点
ヘッジ会計の文書化では、形式上の書類はそろっていても、実質的には不十分、ということが起こり得ます。
特に注意したいのは、次のようなケースです。
リスク管理目的が一般的すぎる
「為替リスクをヘッジするため」「金利変動リスクを管理するため」といった記載だけでは、個別のヘッジ関係のリスク管理目的として不十分な場合があります。
どのヘッジ対象の、どのリスクについて、どの期間、どの範囲を、どのヘッジ手段で管理するのか。ここまで落とし込んでおく必要があります。
ヘッジ対象が識別できない
予定取引やグループ内取引、純額ポジション、リスク要素をヘッジ対象とする場合、対象の範囲が曖昧になりやすくなります。
「将来の外貨取引」ではなく、指定した取引が発生したときに識別できる程度の具体性が求められます。
ヘッジ手段の一部指定が曖昧である
ヘッジ手段の全体を指定するのか、一部を指定するのか、オプションの本源的価値のみを指定するのか、先渡契約の直物要素だけを指定するのか。これらによって会計処理は変わります。
ヘッジ手段の指定範囲が曖昧なままでは、ヘッジ有効性評価も非有効部分の測定も不安定になります。
ヘッジ比率が実際のリスク管理と整合していない
実際には一定数量しかヘッジしていないのに、会計上は別の数量を指定している。こうした場合、ヘッジ会計の目的と整合しない会計結果を生じさせるおそれがあります。
ヘッジ比率は、財務部門のリスク管理資料、取引承認資料、デリバティブ契約、事業計画と整合している必要があります。
非有効部分の発生原因を分析していない
ヘッジ関係に経済的関係があるとしても、非有効部分が生じないとは限りません。
満期差、金額差、基礎数値の違い、信用リスク、ベーシス差、予定取引の数量変動など、どの要因が非有効部分を生じさせ得るのかを整理しておく必要があります。
開始時点と決算時点の文書がつながっていない
開始時点の指定書、決算時の有効性評価資料、会計仕訳、注記資料がばらばらに作成されていると、ヘッジ会計全体としての説明力が弱くなります。
ヘッジ会計では、開始時点の文書化、期中管理、決算評価、会計処理、開示が一連の流れとしてつながっていることが重要です。
リバランスや中止が生じる場合も、文書化は更新される
ヘッジ会計の文書化は、開始時点で作成して終わり、というものではありません。
ヘッジ関係が継続している間に、ヘッジ比率、有効性、非有効部分の発生原因、リスク管理目的との整合性が変化することがあります。
IFRS第9号では、ヘッジ比率に関する有効性要件を満たさなくなった場合でも、指定したヘッジ関係のリスク管理目的が同じであれば、ヘッジ比率を調整して適格要件を再び満たすようにするリバランスが求められます。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
そしてリバランスを行う場合には、残存期間中にヘッジ関係へ影響すると予想される非有効部分の発生原因の分析を更新し、あわせてヘッジ関係の文書化も更新する必要があります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
一方で、リスク管理目的そのものが変わった場合は、単なるリバランスでは整理できません。ヘッジ会計の中止や、新たなヘッジ関係の指定が必要になることがあります。
こうした事情から、ヘッジ会計を継続適用する企業では、決算ごとに次の点を確認しておくことが重要です。
- 当初のリスク管理目的はなお継続しているか
- ヘッジ対象とヘッジ手段の経済的関係は維持されているか
- 信用リスクが価値変動を支配していないか
- ヘッジ比率は実際のリスク管理と整合しているか
- 非有効部分の発生原因に変化がないか
- 文書化の更新が必要ではないか
- 中止すべきヘッジ関係、あるいは一部中止すべき部分がないか
ヘッジ会計の文書化は、開始時点の静的な書類ではありません。リスク管理活動の変化を財務報告に反映していくための、管理資料でもあるのです。
監査対応上、どのような資料が求められるか
ヘッジ会計の監査対応では、会計処理の結論だけでなく、その結論に至る過程が確認されます。
実務上、少なくとも次の資料は整合している必要があります。
- リスク管理方針、財務方針、ヘッジ取引規程
- ヘッジ取引の承認資料
- ヘッジ手段の契約書、約定確認書、評価資料
- ヘッジ対象の契約書、借入契約、販売・購買計画、予算資料
- ヘッジ関係の指定書
- ヘッジ有効性評価の方法を記載した資料
- ヘッジ比率の決定根拠
- ヘッジ非有効部分の発生原因の分析
- 決算時の評価資料
- 会計仕訳と財務諸表表示の根拠
- IFRS第7号に基づく注記ドラフト
これらの資料が別々の部署で作成されていると、内容の不整合が生じやすくなります。
たとえば、財務部門の資料では金利リスク管理を目的としているのに、会計文書では為替リスクのヘッジのように記載されている。取締役会承認資料では全社方針として一定割合のヘッジを行うとしているのに、会計上のヘッジ比率がそれと異なっている。予定取引の発生可能性を示す資料が、実際にはヘッジ対象の期間や金額と対応していない。
こうした不整合は、ヘッジ会計の適用可否だけでなく、内部統制上の改善論点にもなります。
ヘッジ会計は、経理部門だけで完結する領域ではありません。財務部門、事業部門、連結決算部門、開示担当、監査人が同じ前提で理解できるように、文書化の責任分担と更新手続を明確にしておくことが大切です。
公式な指定と文書化は、財務報告の説明可能性を支える
ヘッジ会計の文書化は、一見すると、基準が求める形式的な要件のように映るかもしれません。
しかしその実質は、企業のリスク管理活動を、財務報告として説明できる状態にしておくことにあります。
企業は、リスクを管理するためにデリバティブや金融商品を利用します。ただ、財務諸表利用者や監査人からすれば、その取引が本当にリスク管理目的なのか、どのリスクを、どの範囲まで管理しているのか、そして会計上どう反映されるのかが見えなければなりません。
公式な指定と文書化は、その説明を支える土台です。
ヘッジ対象、ヘッジ手段、ヘッジされるリスク、リスク管理目的、ヘッジ比率、有効性評価、非有効部分、そして開示まで一貫して整理されていれば、ヘッジ会計の適用は単なる会計処理ではなく、リスク管理活動を財務報告に適切に反映する仕組みになります。
反対に、文書化が不十分なままヘッジ会計を適用しようとすれば、会計処理、監査対応、開示、内部統制のいずれかで無理が生じます。
ヘッジ会計を検討するときは、「ヘッジ会計を適用したい」という結論から入るのではなく、「何のリスクを、どの取引について、どの手段で、どう管理しており、それを財務報告上どう説明するのか」から整理していくことが大切です。
相談前に整理しておきたい事項
ヘッジ会計の公式な指定と文書化について専門家に相談する際は、次の情報を整理しておくと、検討が具体的に進みます。
- 管理対象としているリスクの内容
- リスク管理方針、財務方針、ヘッジ取引規程
- ヘッジ手段となる金融商品の契約条件
- ヘッジ対象となる資産、負債、確定約定、予定取引、純投資の内容
- ヘッジ対象リスクの指定範囲
- ヘッジ関係の開始予定日、または開始済みの場合の指定時点
- ヘッジ比率の決定根拠
- 有効性評価の方法
- ヘッジ非有効部分が生じる可能性のある要因
- 予定取引の場合の発生可能性を示す根拠資料
- 会計処理、表示、注記への反映方針
- 監査人との協議状況
これらをあらかじめ整理しておくと、ヘッジ会計の適用可否だけでなく、開始時点の指定、文書化、決算時の評価、開示、監査対応まで、一貫して検討しやすくなります。
まとめ
IFRS第9号におけるヘッジ会計の公式な指定と文書化は、ヘッジ会計を適用するための形式要件にとどまりません。
それは、企業のリスク管理活動を、財務諸表上で説明可能なヘッジ関係として定義するための、実務プロセスです。
文書化では、ヘッジ対象、ヘッジ手段、ヘッジされるリスク、リスク管理目的・戦略、ヘッジ比率、有効性評価、非有効部分の発生原因を、開始時点で明確にしておく必要があります。予定取引をヘッジ対象とする場合には、発生可能性が非常に高いことに加えて、取引発生時にヘッジ対象取引を識別できる程度の具体性も求められます。
そして文書化は、開始時点で終わるものではありません。ヘッジ関係の継続、リバランス、中止、開示に応じて更新し、会計処理と監査対応に耐えられる状態を保っておく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理、表示・開示、監査対応、論点整理資料の作成についてご相談を承っています。ヘッジ会計の適用可否、公式な指定と文書化、ヘッジ比率、有効性評価、注記・監査対応などについて整理が必要な場合は、現在のリスク管理方針、契約条件、会計処理方針を確認したうえで、説明可能な形に整えていくことが大切です。ご相談をご希望の際は、当事務所HPのお問い合わせページよりご連絡ください。
重要事項の振り返り
| 項目 | 実務上の確認ポイント |
|---|---|
| 公式な指定 | ヘッジ関係の開始時点で、ヘッジ対象・ヘッジ手段・ヘッジされるリスクを明確に指定する |
| 文書化のタイミング | 決算時に後付けするものではなく、ヘッジ関係の開始時点で整備する |
| リスク管理戦略 | 企業全体または上位レベルで、どのリスクをどのように管理するかを示す方針 |
| リスク管理目的 | 個別のヘッジ関係ごとに、特定のヘッジ手段を特定のヘッジ対象にどう用いるかを示す目的 |
| ヘッジ手段 | 契約番号、条件、想定元本、満期、公正価値測定方法などにより一意に特定する |
| ヘッジ対象 | 資産、負債、確定約定、予定取引、純投資などを具体的に特定する |
| ヘッジされるリスク | 金利、為替、商品価格、特定リスク要素など、どのリスクをヘッジするかを明確にする |
| ヘッジ比率 | 実際にヘッジしている数量関係と整合し、ヘッジ会計の目的に反する不均衡を生じさせない |
| 有効性評価 | 経済的関係、信用リスクの影響、ヘッジ比率の妥当性を評価する方法を定める |
| 非有効部分 | 満期差、金額差、信用リスク、ベーシス差など、発生原因を事前に整理する |
| 予定取引 | 発生可能性が非常に高いことに加え、時期・金額等について十分な具体性をもって文書化する |
| 開示との関係 | IFRS第7号のリスク管理戦略、ヘッジ手段、経済的関係、ヘッジ比率、非有効部分の説明につながる |
| 更新が必要な場面 | リバランス、リスク管理目的の変化、ヘッジ比率の変更、非有効部分の発生原因の変化 |
| 監査対応上の要点 | 開始時点の文書、契約、リスク管理資料、評価資料、仕訳、注記が一貫していることが重要 |