公正価値測定のプロセスと市場の決定|IFRS第13号における主要な市場・最も有利な市場の判断

IFRS第13号における公正価値測定は、評価額を算定するだけの作業ではありません。

実務で問われるのは、評価モデルの精緻さよりも、その手前に置かれた前提のほうです。どの資産または負債を測定しているのか。どの単位で測定するのか。どの市場の価格を前提に置くのか。その市場に、企業は実際にアクセスできるのか。取引コストと輸送コストをどう扱うのか。そして、取得時の取引価格を、そのまま公正価値とみてよいのか。

こうした前提が曖昧なまま評価技法に進んでしまうと、算定された金額は一見もっともらしく見えても、監査対応や開示の説明という段階になって、根拠の弱さが表に出てきます。

IFRS第13号は、公正価値を、測定日における市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取る価格または負債を移転するために支払う価格と定義しています。そのうえで、公正価値測定は、資産または負債の取引が主要な市場で行われると仮定し、主要な市場がない場合には最も有利な市場で行われると仮定します。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

本稿では、IFRS第13号に基づく公正価値測定のうち、評価技法の選択に入る前に必ず整理しておきたい「測定プロセス」と「市場の決定」を中心に取り上げます。マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチの具体的な使い分けについては、後続記事「10-3. 評価技法とインプットの選択」で扱います。

目次

公正価値測定は、評価技法から始めない

公正価値測定と聞くと、割引率、マルチプル、DCF、類似会社比較、オプション評価モデルといった手法にまず意識が向きがちです。

しかし、IFRS第13号の実務でほんとうに重要なのは、「どの評価技法を使うか」ではありません。評価技法は、公正価値測定というプロセスの、あくまで後半に位置づけられるものだからです。

実務では、おおむね次の順序で検討していくことになります。

  1. 測定対象となる資産または負債を特定する
  2. 会計処理単位を確認する
  3. 資産または負債の特性を整理する
  4. 測定日における秩序ある取引を仮定する
  5. 主要な市場を識別する
  6. 主要な市場がない場合には最も有利な市場を検討する
  7. その市場に企業がアクセスできるかを確認する
  8. 取引コストと輸送コストを区別する
  9. 評価技法とインプットを選択する
  10. 算定結果を会計処理・表示・開示・監査証拠へ落とし込む

測定対象、評価前提、市場、評価技法、算定という流れで整理しておくと、判断の抜け漏れをかなり防ぎやすくなります。

逆に、評価技法から入ってしまうと、評価額の説明はできても、IFRS第13号上の公正価値としては説明しきれない、という事態が起こります。とりわけ、非上場株式、企業結合におけるPPA、条件付対価、デリバティブ、投資不動産、特殊な非金融資産、観察可能な市場価格がない金融商品では、前提の整理そのものが評価結果の信頼性を左右します。

測定対象を特定する

公正価値測定の出発点は、測定対象となる資産または負債を特定することです。

IFRS第13号は、公正価値測定を、特定の資産または負債について行うものとしています。そして、その対象が単独の資産・負債なのか、資産グループなのか、負債グループなのか、あるいは資産と負債のグループなのかは、当該公正価値測定を要求または許容する個別IFRS基準に基づく会計処理単位によって決まります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

ここで気をつけたいのは、評価対象と会計処理単位を混同しないことです。

たとえば、評価専門家が事業全体を評価している場合であっても、財務報告の上では、識別可能な無形資産、金融商品、投資不動産、負債、条件付対価といった個別の会計処理単位に分解して認識・測定しなければならないことがあります。

反対に、会計上は個別の金融資産として認識していても、IFRS第13号上、一定の市場リスクや信用リスクについては、純額ポジションを基礎に公正価値を測定する例外が検討される場合もあります。

そのため、まず整理しておくべき問いは、次のようになります。

  • 公正価値測定を要求または許容している個別IFRS基準は何か
  • その基準上、測定対象は何か
  • 会計処理単位は、単独の資産・負債か、それともグループか
  • 評価専門家に依頼している評価対象と、会計上の測定対象は一致しているか
  • 評価結果を財務諸表上、どの勘定科目、注記、開示区分に反映するのか

この整理が曖昧なまま評価額だけを受け取っても、財務報告上の公正価値測定としては不十分なままです。

資産または負債の特性を整理する

公正価値は、市場参加者が価格付けにあたって考慮する、資産または負債の特性を反映します。

具体的には、資産の状態、所在地、使用や売却に関する制約などが論点になります。IFRS第13号も、市場参加者が価格付けにおいて考慮する場合には、資産または負債の特性を公正価値測定に反映するとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

この「特性」の整理は、その後の市場決定や評価技法の選択に、そのままつながっていきます。

たとえば、同じ種類の資産であっても、所在地が違えば、アクセスできる市場や輸送コストが変わってきます。使用制限や売却制限が、市場参加者にとって価格に影響することもあります。非金融資産であれば、その資産が単独で価値を生むのか、それとも他の資産や負債と組み合わせて価値を生むのかも、見過ごせない論点です。

ここで注意したいのは、「会社がどう使いたいか」と「市場参加者が価格付けにおいて考慮する特性」は、必ずしも同じではない、という点です。

企業固有の使用計画、内部シナジー、経営者の意図は、事業計画や使用価値の検討では確かに重要です。しかし公正価値測定では、市場参加者がその資産または負債をどう価格付けするかが中心になります。

したがって、評価の前提資料では、少なくとも次の点を明確にしておく必要があります。

  • 資産または負債の状態
  • 所在地
  • 使用または売却に関する制約
  • 契約上の権利義務
  • 法的制約
  • 市場参加者が考慮するリスク
  • 単独使用か、他の資産・負債との組合せ使用か
  • 企業固有の事情と、市場参加者前提との切り分け

対象となる資産または負債を決めたうえで、その特性と会計処理単位を整理する。これが、評価プロセスのほんとうの出発点になります。

測定日は「いつの情報を反映するか」を決める基準日である

公正価値は、測定日時点の価格です。

ですから、測定日の設定は、単に日付を指定するだけの作業ではありません。測定日時点で市場参加者が入手可能であった情報、測定日時点の市場状況、測定日時点における資産または負債の状態を、そこに反映していく必要があります。

実務でしばしば問題になるのは、測定日の後に入手した情報をどう扱うか、という点です。

測定日後に得た情報であっても、測定日時点にすでに存在していた状況を確認するためのものであれば、公正価値測定上の証拠となり得ます。一方で、測定日後に新たに発生した事象を反映してしまえば、それはもはや測定日時点の公正価値ではなくなります。

この切り分けは、非上場株式、PPA、減損、投資不動産、条件付対価といった場面で、とりわけ重要になります。

たとえば、測定日後に事業計画が見直された場合には、その見直しが測定日時点の状況をより適切に反映したものなのか、それとも測定日後に生じた新たな環境変化を反映したものなのかを、確認しておく必要があります。

監査対応の観点からも、評価資料には評価基準日を明示するだけでなく、その評価に用いた情報が測定日時点の市場状況を反映していることを、説明できる状態にしておきたいところです。

公正価値測定は「秩序ある取引」を仮定する

IFRS第13号の公正価値測定は、資産の売却または負債の移転が、市場参加者間の秩序ある取引として行われることを仮定します。

秩序ある取引とは、通常の市場慣行に沿った取引を指します。強制清算や投売り、あるいは財政的困難にある売手がやむを得ず応じた取引などは、そのまま公正価値測定の前提にできるとは限りません。

かといって、市場価格が下落していることだけを理由に、その価格を無視してよいわけでもありません。問われているのは、価格が下落しているかどうかではなく、その価格が秩序ある取引から形成されたものかどうかです。

市場の取引量や活動水準が低下している局面では、次のような点を確認していきます。

  • その取引は、通常の市場活動の一部といえるか
  • 売手または買手が、強制された状況にあったか
  • 市場への十分なエクスポージャーがあったか
  • その価格情報は、単発の異常値ではないか
  • 複数の価格ソースと整合しているか
  • 取引が行われた市場は、測定対象資産または負債にとって適切な市場か
  • 測定日における市場状況を反映しているか

公正価値測定では、秩序ある取引における価格、測定日時点の市場状況、そして取引コストと輸送コストの取扱いを、それぞれ整理していく必要があります。

主要な市場とは何か

IFRS第13号における市場決定の第一順位は、主要な市場です。

主要な市場とは、対象となる資産または負債について、取引量と活動水準が最も大きい市場をいいます。IFRS第13号では、資産の売却または負債の移転は、まずこの主要な市場で行われると仮定します。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

ここで押さえておきたいのは、主要な市場は「最も高い価格が得られる市場」ではない、という点です。

主要な市場は、価格の有利・不利ではなく、取引量と活動水準で判断します。主要な市場が存在する場合には、たとえ別の市場のほうが有利な価格であっても、公正価値測定はその主要な市場の価格を基礎に行います。

この点を取り違えると、結局は企業にとって最も良い価格を選んでいるだけになり、公正価値測定としての客観性が損なわれてしまいます。

日本基準の時価算定に関する適用指針でも、主要な市場は、対象となる資産または負債についての取引の数量または頻度に基づいて判断するものであり、特定企業の取引量や頻度だけで判断するものではない、と整理されています。
出典:ASBJ|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

実務では、次のような資料を確認していきます。

  • どの市場で、同一または類似の資産・負債が取引されているか
  • 各市場の取引量、取引頻度、活動水準
  • 市場価格の入手可能性
  • 企業が通常取引している市場
  • 市場参加者の性質
  • 取引単位、決済条件、流動性
  • 取引所市場か、店頭市場か、ディーラー市場か
  • 価格情報が観察可能か、評価技法による見積りが必要か

主要な市場の判断は、評価結果だけでなく、公正価値ヒエラルキーや開示にも影響します。とくにレベル1インプットが複数の市場で入手できる場合には、どの市場を主要な市場とするかによって、測定額が変わる可能性があります。

最も有利な市場とは何か

主要な市場が存在しない場合には、最も有利な市場を検討します。

最も有利な市場とは、資産の売却による受取額を最大化し、または負債の移転に伴う支払額を最小化できる市場をいいます。この判断にあたっては、取引コストおよび輸送コストを考慮します。

IFRS第13号は、主要な市場がない場合、資産または負債の取引は最も有利な市場で行われると仮定するとしています。また、主要な市場または最も有利な市場を識別するために、企業がすべての可能な市場を網羅的に探索する必要はないものの、合理的に入手可能なすべての情報は考慮しなければならない、と定めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

この「網羅的な探索までは求められない」という点は、実務上とても重要です。

公正価値測定のたびに、世界中のあらゆる市場を調べ尽くす必要はありません。とはいえ、入手可能な価格情報、市場情報、過去の取引実績、ブローカー情報、取引所データ、評価専門家の市場分析などを無視することは許されません。

最も有利な市場を検討する際には、次の観点を整理します。

  • 主要な市場が存在しないと判断した理由
  • 企業がアクセスできる市場の範囲
  • 各市場で得られる価格
  • 各市場で発生する取引コスト
  • 資産の所在地が価格に影響する場合の輸送コスト
  • 負債の移転に伴う条件
  • 市場参加者の性質
  • 価格情報の信頼性
  • 最も有利な市場を選定した根拠

最も有利な市場は、単に表示価格が最も高い市場を指すのではありません。資産であれば、取引コストと輸送コストを考慮したうえで、売却によって受け取る正味額が最大になる市場です。負債であれば、移転に伴う支払額が最小になる市場です。

もっとも、後述するとおり、最も有利な市場の決定に取引コストを考慮することと、公正価値測定額から取引コストを控除または加算しないことは、まったく別の話です。

市場へのアクセス可能性を確認する

公正価値測定で使える市場は、企業が測定日にアクセスできる市場に限られます。

IFRS第13号は、企業が測定日に、主要な市場または最も有利な市場にアクセスできることを求めています。ただし、測定日に実際にその資産を売却できる、あるいはその負債を移転できる、というところまでは要求していません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

この点は、実務でよく誤解される部分です。

「売却予定がないのだから、その市場価格は使えない」というわけではありません。公正価値測定は、実際の売却意思を前提とする測定ではなく、市場参加者間の仮定上の秩序ある取引を前提とする測定だからです。

とはいえ、「理論上は誰かが取引できる市場なのだから使える」というわけでもありません。企業自身がその市場にアクセスできないのであれば、その市場を主要な市場や最も有利な市場として用いることはできません。

アクセス可能性を判断する際には、次のような要素を確認します。

  • 企業がその市場で取引する法的資格を有しているか
  • 規制上、取引への参加が認められているか
  • 取引所、ディーラー、ブローカー、プラットフォームへの参加資格があるか
  • 取引単位、信用条件、決済条件を満たせるか
  • 市場参加者として通常想定される情報・インフラにアクセスできるか
  • 企業内の事業単位ごとに、アクセスできる市場が異ならないか

IFRS第13号では、企業や事業単位の活動が異なれば、同一の資産または負債についても、アクセスできる市場が異なり得ることが示されています。ですから、グループ内の複数会社や複数事業部が同じ種類の資産を保有していても、常に同一の市場を前提にできるとは限りません。

公正価値測定において適格な市場は、測定日に企業がアクセスできる市場に限られ、その結果として、企業ごとに主要な市場や最も有利な市場が異なる可能性があります。

企業が通常取引する市場は、反証がなければ出発点になる

IFRS第13号は、反証がない場合、企業が通常その資産を売却または負債を移転する市場を、主要な市場、または主要な市場がない場合の最も有利な市場と推定するとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

これは実務上ありがたい簡素化ではありますが、無条件の結論ではありません。

企業が通常取引している市場を前提にする場合でも、その市場がほんとうに主要な市場なのか、あるいは主要な市場がない場合の最も有利な市場なのかを、説明できる状態にしておく必要があります。

とくに、次のような状況では、通常取引市場をそのまま採用してよいかどうか、慎重に見極めたいところです。

  • 複数の市場で、同一資産が活発に取引されている
  • 企業が取引している市場よりも、取引量が大きい市場が存在する
  • 企業の取引市場が、小規模または限定的である
  • 関連当事者や特定顧客との取引が中心である
  • ディーラー市場と顧客市場とで、価格が異なる
  • 取引単位が、会計上の測定単位と異なる
  • 市場アクセスが、事業部ごとに異なる

監査対応の場面では、「いつもこの市場を使っている」という説明だけでは足りないことがあります。通常取引市場を採用した根拠、他市場の有無、価格差の有無、市場アクセス、そして取引量・活動水準の確認まで、あらかじめ整理しておくことが望まれます。

取引コストは公正価値測定額から調整しない

公正価値測定でとりわけ誤りやすいのが、取引コストの取扱いです。

IFRS第13号は、主要な市場または最も有利な市場で用いる価格を、取引コストについて調整してはならないと定めています。取引コストは、資産または負債の特性ではなく、企業がどのように取引を行うかによって異なる、取引固有のコストだからです。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

ここでいう取引コストとは、資産を売却するため、または負債を移転するために直接生じ、その取引に不可欠であり、売却または移転の決定がなければ発生しなかったコストを指します。

たとえば、売却手数料、仲介手数料、法務関連費用、取引所手数料、デューデリジェンスに関連する一部の費用などが、状況によっては取引コストとして検討されます。

重要なのは、取引コストは「最も有利な市場を決める際」には考慮する一方で、「公正価値測定額そのもの」には反映しない、という区別です。

整理すると、次のようになります。

  • 最も有利な市場を決定する際には、取引コストを考慮する
  • 主要な市場または最も有利な市場の価格を公正価値として測定する際には、取引コストで価格を調整しない
  • 取引コスト自体の会計処理は、関連する個別IFRS基準に従う

この区別を取り違えると、公正価値測定額から売却手数料等を控除してしまい、IFRS第13号上の出口価格ではなく、売却後の正味手取額のような金額になってしまいます。

取引コストは、最も有利な市場の識別では考慮するけれども、公正価値測定における市場価格からは調整しない。この線引きを、頭のなかで常に分けておくことが大切です。

輸送コストは、所在地が資産の特性である場合に調整する

取引コストとは異なり、輸送コストは公正価値測定額に影響することがあります。

IFRS第13号は、取引コストに輸送コストを含めないとしています。そのうえで、所在地が資産の特性である場合には、現在の所在地から主要な市場または最も有利な市場へ資産を輸送するために発生するコストで、価格を調整すると定めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

この点は、現物商品、コモディティ、棚卸資産に近い資産、設備、動産、不動産関連資産などで重要になります。

取引コストは、取引の方法に依存する、企業固有のコストです。これに対して輸送コストは、資産の所在地という特性に関連するコストです。

この違いを踏まえると、資産の所在地が市場参加者の価格付けに影響する場面では、輸送コストを無視するわけにはいきません。

たとえば同じ現物商品でも、現在の保管場所から市場までの輸送コストが違えば、市場参加者がその資産に支払う価格も変わり得ます。その場合、公正価値は、市場価格から必要な輸送コストを調整した金額として測定されることになります。

公正価値測定では、取引コストは市場価格から調整しない一方で、資産の所在地が特性である場合には輸送コストを調整する。この切り分けを押さえておく必要があります。

「最も有利な市場の決定」と「公正価値の算定額」を分けて考える

取引コストと輸送コストの取扱いを整理するうえで、実務上いちばん大切なのは、次の二つの段階を分けて考えることです。

第一段階は、市場の決定です。

主要な市場がなければ、最も有利な市場を決めます。この段階では、取引コストと輸送コストを考慮したうえで、資産の売却による正味受取額が最大になる市場、または負債の移転に伴う支払額が最小になる市場を検討します。

第二段階は、公正価値の算定です。

決定した主要な市場または最も有利な市場の価格を基礎に、公正価値を測定します。この段階では、取引コストで価格を調整することはしません。一方で、所在地が資産の特性である場合には、輸送コストを調整します。

この二段階を混同すると、最も有利な市場の選定は正しいのに、公正価値測定額のほうを誤る、ということが起こります。

そこで、次のように分けて記載しておくと、説明がしやすくなります。

  • 主要な市場の有無
  • 主要な市場がない場合に検討した候補市場
  • 候補市場ごとの価格
  • 候補市場ごとの取引コスト
  • 候補市場ごとの輸送コスト
  • 最も有利な市場を選定した理由
  • 最終的な公正価値測定額に反映したコスト
  • 公正価値測定額に反映しなかったコスト
  • その会計処理上の根拠

ここまで整理しておくと、評価額の算定過程だけでなく、監査人からの「なぜその市場を使ったのか」「なぜそのコストを控除したのか」「なぜそのコストは控除しないのか」といった問いにも、落ち着いて対応できます。

取引価格は、公正価値の有力な証拠になり得るが、常に一致するわけではない

公正価値測定の市場決定では、取引価格との関係も重要な論点になります。

IFRS第13号では、取得時の取引価格は入口価格であり、公正価値は出口価格であると整理されます。取引価格が公正価値を表す場合もありますが、常に一致するとは限りません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

取引価格が公正価値と一致しない可能性がある典型的な状況としては、次のようなものが挙げられます。

  • 関連当事者間取引である
  • 売手または買手が、強制された状況にある
  • 取引価格の単位と、公正価値測定の会計処理単位が異なる
  • 取引価格に、他の権利、サービス、条件が含まれている
  • 取得取引が行われた市場と、出口取引の主要な市場が異なる
  • 取引価格に取引コストが含まれている
  • 企業固有のシナジーが価格に含まれている
  • 市場参加者一般ではなく、特定当事者間の交渉条件が強く反映されている

日本基準の時価算定に関する適用指針でも、取引価格が時価を表すとは限らない状況として、関連当事者間取引、強制された取引、算定単位と取引価格の単位の相違、取引が主要な市場または最も有利な市場と異なる市場で行われる場合などが整理されています。
出典:ASBJ|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

ですから実務上は、「この価格で取得したのだから公正価値である」と言い切ることはできません。取得価格を出発点にする場合でも、その取引価格が測定日時点の市場参加者ベースの出口価格を表しているかどうかを、あらためて検討する必要があります。

とくに、企業結合、資産取得、非上場株式取得、条件付対価、複合契約、金融商品の当初認識といった場面では、取引価格と公正価値の差異が会計処理に影響する可能性があります。

会計処理単位と市場での取引単位が一致しないことがある

公正価値測定では、会計処理単位と、市場で観察される取引単位が一致しないことがあります。

たとえば、市場では事業全体、ポートフォリオ、一括資産、複合契約として取引されている一方で、会計上は個別の資産や負債として認識・測定する場合があります。

逆に、市場価格は個別単位で観察されるのに、企業のリスク管理はポートフォリオ単位で行われている、というケースもあります。

IFRS第13号では、測定対象となる資産または負債の会計処理単位は、当該公正価値測定を要求または許容する個別IFRS基準に従って決定します。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

したがって、市場価格があるからといって、その価格をそのまま会計処理単位に当てはめられるとは限りません。

実務では、次の点を確認していきます。

  • 個別基準上の会計処理単位は何か
  • 市場で観察される価格は、どの単位の価格か
  • 取引価格に、複数の要素が含まれていないか
  • 評価専門家の評価対象と、会計処理単位が一致しているか
  • 一括評価額を、個別資産・負債に配分する必要があるか
  • ポートフォリオ評価を用いる場合、IFRS第13号上の例外要件を満たすか
  • 注記上、どの単位で開示するか

この論点は、PPA、金融商品のポートフォリオ評価、投資不動産、非上場株式、複数資産の一括取得といった場面で、とりわけ重要になります。

市場が観察できない場合でも、仮想市場を考える

公正価値測定は、観察可能な市場価格がある場合にだけ行うものではありません。

IFRS第13号は、測定日に、資産の売却または負債の移転に関する価格情報を提供する観察可能な市場がない場合であっても、測定日時点で市場参加者がその資産を保有し、または負債を負っているという観点から、取引が行われると仮定するとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 13 Fair Value Measurement

つまり、観察可能な市場がなくても、公正価値測定の目的そのものは変わりません。

その場合には、市場参加者が価格付けに用いるであろう仮定を、入手可能な最良の情報に基づいて見積もります。ここで用いる評価技法やインプットの詳細は後続記事で扱いますが、市場決定の段階でも、少なくとも次の問いは整理しておく必要があります。

  • 観察可能な市場は、ほんとうに存在しないのか
  • 類似資産または類似負債の市場はあるか
  • 想定される市場参加者は誰か
  • その市場参加者は、どのようなリスク・リターンを要求するか
  • 仮想的な出口取引は、どの市場で行われると考えるべきか
  • 評価技法に用いるインプットは、市場参加者の仮定と整合しているか

観察可能な市場がない場合には、企業固有の事業計画や内部見積りが評価の出発点になることもあります。ただし、それをそのまま公正価値測定に用いるのではなく、市場参加者の仮定へと調整していく必要があります。

公正価値測定のプロセスでは、観察可能な市場へのアクセスがあるかを確認したうえで、主要な市場の有無、最も有利な市場、必要に応じて仮想市場を検討する、という流れで整理していきます。

市場の決定は、開示と監査対応にも影響する

市場の決定は、評価額を決めるためだけの論点ではありません。

主要な市場、最も有利な市場、市場アクセス、取引コスト・輸送コスト、取引価格との関係は、最終的に、注記、会計上の見積り、監査証拠にまで影響していきます。

とくに、次のような項目では、市場の決定に関する説明が重要になります。

  • 公正価値ヒエラルキー
  • 評価技法とインプット
  • レベル3評価の感応度
  • 金融商品の公正価値開示
  • 投資不動産の公正価値開示
  • 企業結合で取得した資産・負債の公正価値測定
  • 条件付対価の測定
  • 株式報酬の公正価値測定
  • 減損における処分コスト控除後公正価値
  • 非金融資産の最有効使用
  • 見積りの不確実性の開示

IFRS開示の実務では、公正価値測定は独立した注記項目としてだけでなく、金融商品、企業結合、投資不動産、減損、株式報酬など、各基準の注記とも結びついていきます。公正価値測定は、それ自体でひとつのまとまった論点でありながら、金融商品や企業結合などと横断的につながる論点でもある、と捉えておくとよいでしょう。

監査対応の観点でも、評価額の結論だけでは足りません。少なくとも、次のような資料が求められやすくなります。

  • 公正価値測定を要求または許容する個別基準の整理
  • 測定対象と会計処理単位の説明
  • 測定日と、使用情報との整合性
  • 主要な市場または最も有利な市場の判断根拠
  • 市場アクセスの確認
  • 取引コストと輸送コストの区分
  • 取引価格と公正価値の関係
  • 評価技法の選択理由
  • 使用したインプットの根拠
  • 市場参加者の仮定
  • 開示への反映

会計上の見積りは、経営者の仮定や見積りの不確実性によって財務諸表に大きな影響を及ぼし得るため、監査上も重要な論点になりやすい領域です。

実務で整理すべき公正価値測定メモの観点

公正価値測定の論点を、監査人、クライアント、経営管理部門、開示担当者に説明するには、評価額そのものだけでなく、判断の道筋を残しておくことが欠かせません。

公正価値測定メモは、次のような構成で整理しておくと、実務で使いやすくなります。

1. 測定対象

まず、どの資産または負債を測定しているのかを明確にします。

公正価値測定が必要となった個別IFRS基準、測定対象、測定目的、当初測定か事後測定か、認識目的か開示目的かを整理します。

2. 会計処理単位

次に、会計処理単位を整理します。

単独資産か、資産グループか、負債か、ポートフォリオかを明確にします。評価専門家の評価対象と会計処理単位が異なる場合には、その差異と配分方法もあわせて整理します。

3. 資産または負債の特性

状態、所在地、制約、契約条件、権利義務、使用状況を整理します。

とくに、所在地が価格に影響する場合には輸送コストを、使用制限が価格に影響する場合には市場参加者がその制限をどう織り込むかを、あわせて検討します。

4. 測定日

測定日と評価基準日を明確にします。

測定日後に入手した情報を使用する場合には、それが測定日時点の状況を示すものか、それとも測定日後に生じた新たな事象なのかを区別します。

5. 市場の決定

主要な市場があるかどうかを検討します。

主要な市場がある場合には、その市場の価格を用います。主要な市場がない場合には、企業がアクセスできる市場のなかから、最も有利な市場を検討します。

6. 市場アクセス

企業が測定日に、その市場へアクセスできるかを確認します。

法的・規制上の制約、取引資格、決済条件、取引単位、信用条件などを確認します。

7. 取引コストと輸送コスト

最も有利な市場の決定において、取引コストと輸送コストをどう考慮したかを整理します。

そのうえで、公正価値測定額には取引コストを調整せず、所在地が資産の特性である場合に輸送コストを調整したかどうかを、明確にしておきます。

8. 取引価格との関係

取引価格を用いる場合には、それが公正価値を表すと判断した理由を整理します。

関連当事者間取引、強制取引、複合取引、異なる市場、異なる会計処理単位などの有無を確認します。

9. 後続の評価技法・開示への接続

最後に、決定した市場と測定対象に基づいて、どの評価技法とインプットを使用するか、どのレベルに分類するか、どの注記に反映するかを整理します。

このように、評価額の前に前提を文書化しておくことで、公正価値測定は単なる計算資料ではなく、監査対応・開示対応・経営説明に耐える判断資料になっていきます。

公正価値測定の市場決定で陥りやすい誤り

公正価値測定の市場決定では、実務上、次のような誤りが起こりがちです。

第一に、最も価格が高い市場を、自動的に採用してしまうことです。

主要な市場が存在する場合には、その市場を優先します。最も有利な市場を検討するのは、あくまで主要な市場がない場合です。

第二に、企業がアクセスできない市場を採用してしまうことです。

公正価値測定では、企業が測定日にアクセスできる市場を前提とします。理論上存在する市場や、他社なら利用できる市場を、そのまま使えるとは限りません。

第三に、取引コストを公正価値測定額から控除してしまうことです。

取引コストは、最も有利な市場を決める際には考慮しますが、公正価値測定額からは調整しません。

第四に、輸送コストを、取引コストと同じように扱ってしまうことです。

所在地が資産の特性である場合には、輸送コストは市場価格の調整に反映されます。

第五に、取得価格を、そのまま公正価値とみなしてしまうことです。

取引価格は重要な証拠になり得ますが、出口価格としての公正価値と常に一致するわけではありません。

第六に、評価専門家の評価書を、そのまま会計上の公正価値として扱ってしまうことです。

評価目的、評価対象、評価基準日、市場前提、取引コスト・輸送コストの扱い、そして会計処理単位との整合を、確認する必要があります。

第七に、市場の決定を、注記や監査対応に結びつけていないことです。

市場の決定は、公正価値ヒエラルキー、評価技法、インプット、感応度、そして見積りの不確実性の開示にまで影響します。

公正価値測定のプロセスは、経営判断にも影響する

公正価値測定は、会計処理だけの問題にとどまりません。

金融商品や投資不動産の評価であれば、リスク管理、投資判断、財務指標、資本市場への説明に影響します。企業結合におけるPPAであれば、取得対価の配分、のれん、無形資産、将来の償却または減損、そして買収後の業績説明につながります。減損における処分コスト控除後公正価値であれば、事業計画、撤退判断、資産売却方針と結びついていきます。

市場の決定を誤れば、評価額だけでなく、その後の経営説明にまで影響が及びます。

どの市場で価格が形成されているのか。その市場は、企業が実際にアクセスできる市場なのか。市場参加者は、どのようなリスクを見ているのか。評価額は、企業固有の期待ではなく、市場参加者の仮定を反映したものになっているのか。注記では、どこまで説明すべきなのか。監査人には、どの証拠を提示できるのか。

こうした点を整理しておくことは、単にIFRS第13号に準拠するためだけではなく、経営者が財務報告上の判断を外部へ説明していくための基盤になります。

まとめ|市場の決定は、公正価値測定の中核である

IFRS第13号における公正価値測定では、評価技法の選択に入る前に、測定対象、会計処理単位、資産または負債の特性、測定日、秩序ある取引、市場、市場アクセス、取引コスト、輸送コスト、そして取引価格との関係を、順に整理していく必要があります。

なかでも、主要な市場と最も有利な市場の切り分けは重要です。

主要な市場が存在する場合には、より有利な価格の市場があったとしても、主要な市場の価格を基礎に公正価値を測定します。主要な市場がない場合には、企業がアクセスできる市場のなかから、取引コストと輸送コストを考慮して、最も有利な市場を検討します。

また、取引コストは最も有利な市場の決定には考慮するけれども、公正価値測定額からは調整しません。一方で、所在地が資産の特性である場合には、輸送コストを価格に反映します。

公正価値測定は、評価額を算出するだけの作業ではありません。IFRS第13号の枠組みに沿って、後からきちんと説明できる前提と証拠を整えていく、実務判断そのものです。

公正価値測定の市場判断でお悩みの場合

公正価値測定では、評価額そのものよりも、その前提となる市場の決定、測定対象、会計処理単位、取引コスト・輸送コスト、取引価格との関係が、論点になることが少なくありません。

とくに、非上場株式、PPA、条件付対価、投資不動産、デリバティブ、特殊な金融商品、減損における処分コスト控除後公正価値では、評価専門家の資料をそのまま会計処理に用いるだけでは、不十分な場合があります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに基づく公正価値測定について、評価前提の整理、会計処理単位の確認、監査対応資料の作成、開示論点の整理まで、財務報告上きちんと説明できる形での検討を支援しています。

公正価値測定における市場の決定や評価前提の整理にご不安がある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページより、お気軽にご相談ください。

本稿の振り返り

論点実務上の整理
測定対象どの資産または負債を公正価値測定しているのかを、個別IFRS基準に基づいて特定する。
会計処理単位評価対象と会計上の測定単位が一致しているかを確認する。
資産・負債の特性状態、所在地、制約、契約条件など、市場参加者が価格付けに考慮する要素を整理する。
測定日測定日時点の市場状況と情報を反映し、測定日後の新事象を混入させない。
秩序ある取引強制売却や投売りではなく、市場参加者間の通常の取引を前提にする。
主要な市場取引量と活動水準が最も大きい市場。存在する場合は、他市場のほうが有利でも主要な市場を用いる。
最も有利な市場主要な市場がない場合に、取引コストと輸送コストを考慮して最も有利な市場を検討する。
市場アクセス企業が測定日にその市場へアクセスできる必要がある。ただし、実際に売却または移転する意思までは不要。
取引コスト最も有利な市場の決定では考慮するが、公正価値測定額からは調整しない。
輸送コスト所在地が資産の特性である場合には、市場価格を調整する。
取引価格有力な証拠になり得るが、入口価格であり、公正価値である出口価格と常に一致するわけではない。
監査対応市場の決定、評価前提、取引価格との関係、コスト処理、開示への反映を文書化する。
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