株式報酬の会計処理でつまずきやすいのは、評価モデルでも権利確定条件でもありません。多くの場合、最初の関門は「そもそも、どの分類で会計処理するのか」という入口の判断です。
同じ「株式報酬」と呼ばれていても、会計上は、持分決済型、現金決済型、現金選択権付きの三つに分かれます。しかも、親会社株式を子会社従業員に付与する取引や、源泉税相当額を株式の純額決済で処理する取引もあります。退任時に現金で買い取られる報酬や、M&Aの際に被取得企業の役員・従業員へ付与される継続勤務条件付きの報酬もあるでしょう。こうした取引は、契約書に書かれた名称を眺めているだけでは分類できません。
この入口を誤ると、その影響は費用の認識額だけにとどまりません。相手勘定が資本になるのか負債になるのか、各期末に再測定が必要になるのか、純損益にボラティリティが生じるのか。さらには、希薄化後1株当たり利益への影響、連結財務諸表と個別財務諸表の整合、そして開示で何を語るのかまで、すべてが変わってきます。
IFRS第2号は、企業が株式に基づく報酬取引を行う場合の財務報告を定めた基準です。従業員へのストックオプション付与などから生じる費用を含め、株式に基づく報酬取引の影響を純損益および財政状態に反映することを求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
この記事で扱う範囲
本記事では、IFRS第2号のうち、株式に基づく報酬取引の「分類」を中心に取り上げます。
| 項目 | 本記事で扱う内容 |
|---|---|
| 適用範囲 | どのような報酬・取引がIFRS第2号の対象となるか |
| 持分決済型 | 自社株式・ストックオプション・RSU等を資本として処理する判断 |
| 現金決済型 | 株価連動現金報酬、株式増価受益権、現金決済型RSU等の判断 |
| 現金選択権付き | 従業員または企業に現金・株式の選択権がある場合の分類 |
| 源泉税の純額決済 | 税法上の源泉徴収義務に対応する株式の差引交付の分類 |
| グループ内株式報酬 | 親会社株式を子会社従業員に付与する場合の連結・個別処理 |
| M&Aとの関係 | 取得対価か、取得後勤務に対する株式報酬かの入口判断 |
| 監査対応 | 契約条件、承認資料、決済実務、評価資料、税務資料の証拠化 |
一方で、付与日公正価値の算定、権利確定条件、勤務条件、業績条件、市場条件、そして条件変更・取消し・清算といった測定上の論点は、次の記事「17-5. 株式報酬の測定・権利確定条件・条件変更」で詳しく扱います。ここでは、測定に入る前の分類判断に絞って整理していきます。
IFRS第2号の分類は、報酬制度名ではなく「決済方法」と「義務」で決まる
IFRS第2号は、株式に基づく報酬取引を、大きく次の三類型に整理しています。
| 分類 | 典型例 | 会計上の基本的な影響 |
|---|---|---|
| 持分決済型 | ストックオプション、自社株式交付型RSU、譲渡制限付株式、一定条件を満たす親会社株式報酬 | 費用と資本の増加を認識。原則として付与日公正価値を基礎に測定 |
| 現金決済型 | 株式増価受益権、株価連動現金賞与、現金決済型RSU、償還義務付き株式報酬 | 費用と負債を認識。決済まで各報告日に負債を公正価値で再測定 |
| 現金選択権付き | 従業員が現金または株式を選択できる制度、会社が現金または株式を選択できる制度 | 誰に選択権があるか、現金決済義務があるかにより、負債部分と資本部分を分ける可能性 |
実務でこの基準に向き合うと、適用範囲の広さ、分類に基づく会計処理、個別取引ごとの取決めの読み込み、報酬形態に応じた資本・負債測定の難しさが、いずれも入口の論点として立ち上がってきます。
そのうえで、分類判断で本当に重要なのは、「株式を使った報酬かどうか」ではありません。問うべきは、次のような点です。
| 判断軸 | 確認すべき問い |
|---|---|
| 給付の対価 | 企業は財またはサービスを受け取っているか |
| 決済方法 | 現金、他の資産、自己の資本性金融商品、グループ会社の資本性金融商品のどれで決済するか |
| 義務の所在 | 企業に現金または他の資産で決済する現在の義務があるか |
| 選択権 | 現金決済と株式決済の選択権は従業員側か、企業側か |
| グループ関係 | 財・サービスを受ける企業と、報酬を決済する企業は同一か |
| 税務決済 | 源泉税相当額の株式差引は法令上要求されるものか、任意の純額決済か |
| M&A関係 | 取得対価か、取得後勤務の対価か |
IFRS第2号の適用範囲に入るかを先に判定する
分類に踏み込む前に、まず確認しておきたいのは、そもそもその取引がIFRS第2号の適用範囲に入るのか、という点です。
IFRS第2号は、企業が株式に基づく報酬取引を会計処理する際に適用されます。持分決済型、現金決済型に加えて、企業または財・サービスの供給者の側に、現金決済か資本性金融商品の発行による決済かを選べる選択権がある取引まで、その射程に含んでいます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
実務では、次の順序で適用範囲を確認していくと整理しやすくなります。
| 判断順序 | 確認事項 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| 1 | 財またはサービスを受け取っているか | 従業員勤務、役員サービス、外部専門家サービス、取引先サービスを含む |
| 2 | 対価が株式価値に基づくか | 株式、ストックオプション、株価連動現金、親会社株式等 |
| 3 | 株主としての取引ではないか | 従業員が単に株主として権利を受ける取引はIFRS第2号の対象外となる |
| 4 | 企業結合の取得対価ではないか | 支配獲得のための対価はIFRS第3号を検討する |
| 5 | 取得後勤務の対価ではないか | 被取得企業従業員に継続勤務の対価として付与する報酬はIFRS第2号を検討する |
| 6 | IAS第32号・IFRS第9号の範囲の契約ではないか | 非金融商品の購入契約等は別基準の対象となる場合がある |
| 7 | グループ会社・株主が決済する取引ではないか | 子会社従業員への親会社株式付与などもIFRS第2号の対象になり得る |
なお、識別可能な財・サービスをすべて特定できない場合であっても、その他の状況から財・サービスが受け取られた、あるいは受け取られると示されるのであれば、IFRS第2号は適用されます。また、グループ内の別企業や株主が企業に代わって決済する株式報酬取引も、適用の対象になり得ます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
IFRS第2号の対象外となる典型場面
株式が絡んでいれば必ずIFRS第2号、というわけではありません。対象外となり得る場面をあらかじめ除外しておかないと、報酬費用を過大に、あるいは過小に認識してしまうおそれがあります。
| 場面 | IFRS第2号の検討 |
|---|---|
| 全株主に同一条件で新株予約権を割り当て、従業員も株主として受け取る場合 | 従業員としてではなく株主としての取引であればIFRS第2号の対象外となる可能性 |
| 企業結合で取得企業が被取得企業の支配獲得対価として株式を発行する場合 | 原則としてIFRS第3号の取得対価として検討 |
| 企業結合後の継続勤務を条件として被取得企業従業員に株式を付与する場合 | IFRS第2号の対象となる可能性 |
| 共同支配企業の設立における事業拠出や共通支配下取引 | IFRS第2号以外の基準・会計方針を検討する場合がある |
| IAS第32号またはIFRS第9号の範囲に入る非金融商品売買契約 | IFRS第2号の対象外となる場合がある |
| 単なる資本取引・資金調達取引 | 財・サービスの受領がなければIFRS第2号ではない |
IFRS第2号は、企業結合で支配獲得のために発行される資本性金融商品を適用対象から外しています。その一方で、被取得企業の従業員に対し、従業員としての資格で付与される資本性金融商品、たとえば継続勤務の対価としての付与は、IFRS第2号の対象になり得るものとして整理しています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
この切り分けは、M&Aの局面でとりわけ重要になります。売主兼経営者に対して、株式・現金・アーンアウト・リテンション報酬が入り混じって支払われる場合、それぞれが取得対価、取得関連費用、取得後勤務報酬、条件付対価のどれに当たるのか。その判断次第で、のれん、費用認識、EPS、税効果への影響が変わってきます。
持分決済型の株式に基づく報酬取引
持分決済型とは、企業が自己の資本性金融商品、たとえば株式やストックオプションを対価として財またはサービスを受け取る取引をいいます。あるいは、財・サービスを受け取りながらも、供給者に対して取引を決済する義務を負わない取引も、これに含まれます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
典型例は、次のとおりです。
| 報酬制度 | 持分決済型となり得る理由 |
|---|---|
| 自社株式交付型RSU | 勤務サービスの対価として自己の資本性金融商品を交付するため |
| ストックオプション | 従業員が一定条件を満たすと自己株式を取得できるため |
| 譲渡制限付株式 | 役員・従業員サービスの対価として株式を付与するため |
| パフォーマンス・シェア | 業績条件充足後に株式を交付するため |
| 親会社株式を子会社従業員に付与し、子会社に決済義務がない場合 | 子会社個別財務諸表では決済義務がないため持分決済型となる可能性 |
持分決済型では、原則として、財またはサービスを受け取った時点で費用または資産を認識し、相手勘定として資本を増加させます。従業員等から受け取るサービスは、通常、直接測定することが難しいものです。そのため、付与した資本性金融商品の付与日公正価値を参照して測定していきます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
自己株式を市場で取得して交付する場合
実務でよく見かける誤解に、「市場から自己株式を買って従業員に渡すなら、現金を支払うのだから現金決済型ではないか」というものがあります。
しかし、株式報酬として交付する株式を市場から取得する行為は、報酬取引そのものとは別の、自己株式の取引です。権利確定後に従業員へ自己株式を提供する義務であれば、その報酬は持分決済型として分類されるのが基本です。自己株式を市場で取得すること自体が、IFRS第2号上の分類を左右するわけではありません。
この点は、従業員株式給付信託や役員向け株式交付信託、ESOP類似スキームでも意識しておきたいところです。信託を使っているからといって、直ちに現金決済型になるわけではありません。報酬の決済義務、信託の支配、自己株式の表示、グループ内の負担関係を、それぞれ分けて整理していく必要があります。
現金決済型の株式に基づく報酬取引
現金決済型とは、企業が、自社または他のグループ企業の株式・ストックオプション等の価格または価値に基づく金額について、現金または他の資産を移転する負債を負うことにより、財またはサービスを受け取る取引です。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
典型例は、次のとおりです。
| 報酬制度 | 現金決済型となり得る理由 |
|---|---|
| 株式増価受益権 | 株価上昇分に応じた現金を支払うため |
| 株価連動現金賞与 | 現金支払額が株価に連動するため |
| 現金決済型RSU | 株式価値相当額を現金で支払うため |
| 従業員が現金買取を請求できる株式報酬 | 企業に現金決済義務が生じる可能性があるため |
| 退職時・一定事由発生時に強制償還される株式報酬 | 契約上、現金または他の資産での決済義務がある場合 |
現金決済型では、財またはサービスの受領とともに負債を認識します。そして、その負債を決済まで各報告日および決済日に公正価値で再測定し、公正価値の変動を純損益に反映していきます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
このため、現金決済型は、持分決済型に比べて、株価の変動が決算ごとに損益へ跳ね返りやすくなります。報酬制度の設計段階から、KPI、営業利益、税引前利益、役員報酬開示、業績連動報酬の説明、そして監査上の見積りリスクまで見据えておく必要があります。
「株式を使うから資本」ではなく、「現金決済義務があるか」を見る
株式報酬の分類では、IAS第32号における金融負債と資本の区分に似た問題意識が顔を出します。ただし、IFRS第2号には独自の分類・測定ルールがある点に注意が必要です。IFRS第2号における公正価値という用語は、IFRS第13号とは一部異なる意味で使われます。したがって、IFRS第2号の適用にあたっては、IFRS第13号ではなくIFRS第2号に従って測定することになります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
実務では、次のように整理していきます。
| 契約条件 | 分類上の示唆 |
|---|---|
| 企業が必ず自社株式を交付する | 持分決済型の可能性が高い |
| 企業が株価に基づく現金を支払う | 現金決済型の可能性が高い |
| 従業員が現金決済を選べる | 負債部分を含む複合金融商品として検討 |
| 企業が現金または株式を選べる | 企業に現金決済の現在の義務があるかを検討 |
| 株式交付数が固定ではない | 持分決済型か現金決済型かを契約上の義務から慎重に判断 |
| 退職時に現金買取義務がある | 現金決済型または負債部分の識別を検討 |
| 親会社株式を子会社従業員に付与する | 連結と個別で分類が異なり得る |
相手方に現金・株式の選択権がある場合
従業員やその他の相手方に、現金で受け取るか株式で受け取るかの選択権があるとき、IFRS第2号は、企業が相手方に複合金融商品を付与したものとして扱います。この複合金融商品は、相手方が現金を要求できる負債部分と、株式決済を要求できる資本部分から成り立っています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
実務では、次の点を確認していきます。
| 確認事項 | 判断への影響 |
|---|---|
| 従業員が現金を請求できるか | 現金請求権は負債部分を生じさせる |
| 株式を選ぶには現金請求権を放棄する必要があるか | 資本部分の価値測定に影響 |
| 現金と株式の価値が同等に設計されているか | 資本部分の価値がゼロとなる場合がある |
| 権利確定期間が現金部分と株式部分で異なるか | それぞれ別に勤務期間・費用認識を検討 |
| 退職時・上場時・M&A時に選択権が変わるか | 条件変更・分類変更の検討が必要 |
| 実務上、常に現金が選ばれているか | 契約上の選択権と実質的な義務を区別する |
相手方に現金選択権のある制度は、会計処理が複雑になりやすい設計です。報酬委員会や人事部門では「従業員に柔軟性を与える制度」として設計されることも少なくありませんが、会計上は、負債部分の識別、再測定、純損益の変動、開示での説明が求められる場合があります。
企業に現金・株式の選択権がある場合
企業側に、現金で決済するか株式を交付するかの選択権がある場合には、企業が現金で決済する現在の義務を有しているかどうかを判断します。
IFRS第2号では、企業に現金決済の現在の義務があるときは、現金決済型として処理します。現金決済義務があると判断される例としては、株式決済の選択肢に商業的実質がない場合、企業が過去に現金で決済してきた実務慣行や現金決済の方針を有している場合、相手方が現金決済を求めたときに通常は現金で決済している場合などが挙げられます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
一方、企業に現金決済義務がない場合には、原則として持分決済型として処理します。ただし、決済日に企業がより高い公正価値を有する決済方法を選択したときは、その超過価値を追加費用として認識する取扱いがあります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
この判断では、契約書だけを読んでいても足りません。過去の決済実績、取締役会・報酬委員会の方針、資本政策、自己株式の保有方針、法令上の発行制限、上場規則、希薄化の許容度、そして投資家向けの説明資料まで、丁寧に確認していく必要があります。
源泉税の純額決済要素を含む株式報酬
株式報酬では、権利確定時や行使時に、従業員の側に税務上の納税義務が生じることがあります。その際、企業が交付する株式の一部を差し引き、その金額相当を税務当局へ納付する仕組みが採られる場合があります。
IFRS第2号は、税法または規則によって、株式に基づく報酬に関連する従業員の納税義務について企業が源泉徴収し、通常は現金で税務当局へ納付することが求められる場面を想定しています。このとき、報酬契約には、従業員に交付されるはずだった資本性金融商品の一部を差し引く、純額決済の要素が含まれることがあります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
2016年6月に公表されたIFRS第2号の修正では、いくつかの点が明確化されました。権利確定条件・非権利確定条件が現金決済型報酬の測定に与える影響、源泉税義務に係る純額決済要素を含む株式報酬取引の分類、そして現金決済型から持分決済型へと分類が変わる条件変更の会計処理です。
出典:IFRS Foundation|IFRS 2 Share-based Payment
純額決済でも持分決済型となる例外
源泉税相当額を株式の差引で対応する場合、形式のうえでは企業が税務当局へ現金を支払うため、現金決済型の要素があるように見えます。しかしIFRS第2号は、純額決済の要素がなければ持分決済型に分類される取引について、税法または規則上の源泉徴収義務を満たすための純額決済であれば、例外的に取引全体を持分決済型として分類する取扱いを定めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
ただし、この例外には限界があります。
| 純額決済の状況 | 分類上の扱い |
|---|---|
| 税法・規則に基づく源泉徴収義務の範囲内 | 例外的に全体を持分決済型として扱う |
| 税法・規則上の義務がない任意の純額決済 | 例外の対象外 |
| 従業員の納税義務を超えて株式を差し引く | 超過部分は現金決済型として処理する可能性 |
| 税務当局への納付額が差し引いた株式の公正価値を超える | 超過額の会計処理を慎重に検討 |
| 国・地域により源泉徴収制度が異なる | 法域ごとに義務の有無と上限を確認 |
私自身の実務上の整理としても、税法で要求される範囲までは持分決済型に分類し、納税義務を超える部分は現金決済型として扱うのが基本線だと考えています。
したがって、グローバル企業では、各国の源泉税制度、給与課税、社会保険料、株式差引交付の法的な可否、従業員の負担額、会社の負担額を、きちんと区別して整理しておく必要があります。税務処理の便宜のために設けた純額決済条項が、会計上の分類や開示に影響を及ぼすことも珍しくありません。
グループ内株式報酬の分類
親会社が子会社従業員に、親会社株式や親会社ストックオプションを付与する場合、連結財務諸表、親会社の個別財務諸表、子会社の個別財務諸表で、処理が異なることがあります。
IFRS第2号は、グループ企業間の株式に基づく報酬取引について、財またはサービスを受け取る企業が、付与された報酬の内容と自社の権利・義務を評価したうえで、持分決済型または現金決済型として測定するものとしています。財・サービスを受け取る企業は、付与される報酬が自社の資本性金融商品である場合、またはその取引を決済する義務を負わない場合には、持分決済型として測定します。それ以外の場合には、現金決済型として測定することになります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
グループ内の取引では、次のように整理していきます。
| 立場 | 判断のポイント |
|---|---|
| 子会社がサービスを受ける | 子会社自身に決済義務があるか。親会社株式を交付する義務を負うのか |
| 親会社が決済する | 親会社自身の資本性金融商品で決済するか。現金または他の資産で決済するか |
| 連結財務諸表 | グループ全体として、現金流出義務があるか、資本性金融商品による決済か |
| 個別財務諸表 | 各社の権利義務に基づいて分類するため、連結と一致しない場合がある |
| 再請求契約 | 親会社が子会社へ報酬費用をチャージする契約が分類を自動的に変えるわけではない |
グループ内株式報酬では、財・サービスを受け取る企業と、決済義務を負う企業とが分かれることがあります。この場合、連結財務諸表と各社の個別財務諸表とで、取扱いが異なり得ます。実務上も、子会社がサービスを受けて親会社が報酬を付与し、子会社に決済義務がなければ、子会社の個別財務諸表では持分決済型として扱うことになります。いずれにしても、各社の権利義務に立ち返って分類を判断していく姿勢が欠かせません。
親会社株式を使った報酬で注意すべきこと
日本企業がIFRSの任意適用後に、海外子会社やグローバル役員を対象として親会社株式報酬を導入する場合、次のような論点が一度に立ち上がってきます。
| 論点 | 実務上の確認事項 |
|---|---|
| 対象者 | 親会社役員、子会社役員、従業員、外部協力者のいずれか |
| 付与主体 | 親会社、子会社、信託、株主のいずれか |
| 決済主体 | 誰が株式または現金を交付する義務を負うか |
| 交付株式 | 親会社株式、子会社株式、他のグループ企業株式のいずれか |
| 費用負担 | 子会社への再請求があるか |
| 現地税務 | 源泉徴収、給与課税、社会保険、海外税制の影響 |
| 外貨換算 | 親会社株式価値、現地通貨負債、為替差額の扱い |
| 開示 | 親会社連結、子会社単体、関連当事者、役員報酬の説明 |
分類を誤りやすいのは、視点のずれが原因であることが多いように思います。制度の設計者は「グループ共通の株式報酬制度」として全体を眺めますが、IFRS第2号は「財・サービスを受ける企業」と「決済義務を負う企業」の権利義務を分けて見ます。この見え方の違いが、判断を難しくするのです。
企業結合・M&A時の株式報酬分類
M&Aの局面では、その株式報酬が取得対価なのか、それとも取得後勤務の対価なのかが、大きな分かれ道になります。
IFRS第2号は、企業結合で支配獲得のために発行される資本性金融商品を対象外とする一方で、被取得企業の従業員に対して従業員としての資格で付与される資本性金融商品、たとえば継続勤務の対価としての付与は、対象になるものとして整理しています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 2 Share-based Payment
実務では、次のように分解して考えます。
| 支払・付与の内容 | 主な検討基準 |
|---|---|
| 売主株主に支配獲得の対価として発行する株式 | IFRS第3号の取得対価 |
| 被取得企業従業員に継続勤務を条件として付与する株式 | IFRS第2号の株式報酬 |
| 旧報酬制度を取得企業の報酬制度に置き換える場合 | IFRS第2号とIFRS第3号の配分を検討 |
| 売主兼経営者へのアーンアウト | 取得対価か、勤務報酬か、条件を精査 |
| 退任・解雇時に失効する条件 | 勤務の対価であることを示す場合がある |
| 買収後のPMIリテンション報酬 | IFRS第2号またはIAS第19号を検討 |
PPAでは、取得した資産・負債を取得日時点の公正価値で測定し、取得対価との差額としてのれん等が生じます。ですから、M&Aに伴う株式・現金・条件付報酬を取得対価に含めるのか、それとも取得後勤務の対価として費用認識するのか。この判断が、のれん、取得後損益、役員報酬、税効果に響いてくることになります。
分類判断の実務プロセス
株式報酬の分類は、次の順序で検討していくと、頭の中が整理しやすくなります。
| ステップ | 検討内容 | 主要な証拠 |
|---|---|---|
| 1 | 報酬制度の目的を把握する | 報酬委員会資料、取締役会資料、制度導入趣旨 |
| 2 | IFRS第2号の適用範囲に入るか判定する | 契約書、規程、対象者、役務提供内容 |
| 3 | 財・サービスを受ける企業を特定する | 雇用契約、出向契約、役務提供契約 |
| 4 | 決済主体を特定する | 報酬契約、信託契約、親子会社間契約 |
| 5 | 決済方法を確認する | 株式交付、現金支払、選択権、償還条項 |
| 6 | 現金決済義務の有無を確認する | 法令制約、過去慣行、方針、従業員請求権 |
| 7 | 源泉税の純額決済を確認する | 税法、源泉徴収義務、株式差引ルール |
| 8 | グループ内処理を整理する | 親会社・子会社の個別財務諸表、再請求契約 |
| 9 | 分類に応じた測定・開示へ接続する | 評価資料、付与日、権利確定条件、注記資料 |
| 10 | 監査人との論点メモを作成する | 基準参照、判断理由、代替案、未解決事項 |
分類判断は、会計部門だけで完結するものではありません。人事、法務、税務、経営企画、IR、海外子会社、外部評価者、そして監査人との連携が欠かせません。とりわけ契約書の一文が、結論を左右することがあります。たとえば「会社は現金で決済することができる」「会社は株式を交付することを原則とするが、やむを得ない場合は現金で支払う」「退職時には会社が株式を買い取ることができる」——こうした条項の一つひとつが、負債認識の結論を変えてしまう可能性があるのです。
分類別の会計・経営影響
分類の違いは、財務諸表の見え方にそのまま表れます。
| 項目 | 持分決済型 | 現金決済型 | 現金選択権付き |
|---|---|---|---|
| 相手勘定 | 資本 | 負債 | 負債部分と資本部分を区分する可能性 |
| 再測定 | 原則として付与日公正価値を基礎とし、負債再測定は行わない | 決済まで各報告日に負債を公正価値で再測定 | 選択権の内容に応じて再測定 |
| 純損益変動 | 相対的に安定しやすい | 株価変動により損益が変動しやすい | 設計により複雑化 |
| 資本影響 | 資本増加、希薄化可能性 | 負債増加、将来キャッシュアウト | 両方の性質を持つ可能性 |
| EPS | 潜在株式の希薄化を検討 | 現金決済の場合は株式数影響が限定的な場合あり | 条件に応じて検討 |
| キャッシュ・フロー | 原則として報酬決済自体の現金流出は限定的 | 将来現金流出が発生 | 選択結果により変動 |
| 開示説明 | 株式数、付与条件、公正価値、希薄化 | 負債公正価値、再測定損益、キャッシュ影響 | 複合金融商品、選択権、分類判断 |
経営判断としては、株式報酬制度を「現金支出を伴わない報酬」とだけ捉えるのでは、少し足りません。持分決済型では希薄化と資本政策が、現金決済型では損益変動とキャッシュ・アウトフローが、そして現金選択権付きでは制度の柔軟性と会計の複雑さが、それぞれ論点として浮かび上がってきます。
税務・会社法・開示との関係
IFRS第2号の分類は、税務上の損金算入時期や役員報酬規制、会社法上の報酬決議、金融商品取引法上の開示、そして有価証券報告書における役員報酬・株式報酬の開示と、密接に結びついています。
ただし、会計上の分類と税務上の取扱いが、いつも一致するわけではありません。税務では、給与所得・退職所得・株式譲渡・源泉徴収・損金算入時期が問題になります。一方でIFRSは、財・サービスの受領、資本性金融商品または現金決済義務、付与日、公正価値、権利確定条件を基礎に、分類と測定を進めます。両者は別の物差しで動いているのです。
| 領域 | 会計分類への影響 |
|---|---|
| 会社法上の報酬決議 | 付与日、承認条件、報酬上限の判断に影響 |
| 税法上の源泉徴収 | 純額決済要素の分類に影響 |
| 税務上の損金算入 | 繰延税金資産・負債の検討に影響 |
| 役員報酬制度 | 業績連動報酬、非金銭報酬、株式報酬開示に影響 |
| 有報開示 | 株式報酬費用、未行使数、条件、希薄化の説明に影響 |
| コーポレートガバナンス | 報酬設計の合理性、株主との利害共有の説明に影響 |
日本の役員報酬制度は、会社法、コーポレートガバナンス・コード、そして資本市場との対話を背景に、いま少しずつ姿を変えています。そのなかで株式報酬は、役員の役割、業績責任、株主との利害共有を語るための報酬制度として、重みを増しつつあります。
監査対応で整えるべき資料
株式報酬の分類は、監査で必ずといってよいほど確認される論点です。とくに、初めて株式報酬制度を導入する場合、海外子会社を含むグループ制度を導入する場合、M&Aに伴って報酬制度を置き換える場合には、分類メモを用意しておきたいところです。
| 資料 | 確認されるポイント |
|---|---|
| 報酬制度規程 | 対象者、権利内容、決済方法、失効条件 |
| 取締役会・報酬委員会資料 | 制度目的、承認日、付与日、付与条件 |
| 株主総会議案・決議 | 承認条件、報酬枠、付与日判断 |
| 個別通知書 | 従業員・役員との合意、条件の共有 |
| 株式交付契約・新株予約権割当契約 | 現金決済条項、償還条項、選択権 |
| 信託契約 | 信託支配、自己株式、交付義務 |
| グループ内契約 | 再請求、親会社・子会社の負担関係 |
| 税務メモ | 源泉徴収義務、純額決済、各国税制 |
| 過去の決済実績 | 企業に現金決済の実務慣行があるか |
| 評価資料 | 付与日公正価値、株価、ボラティリティ、失効率 |
| 開示ドラフト | 株式報酬注記、役員報酬、EPS、関連当事者 |
監査対応では、「契約上は株式決済だから持分決済型です」という説明だけでは通りません。現金決済義務の有無、過去の慣行、企業の裁量、税務上の義務、グループ内の決済主体、契約変更時の取扱い——これらを、証拠に基づいて一つひとつ説明できるように整えておくことが求められます。
実務判断メモに含めるべき項目
株式報酬の分類メモでは、次の項目を整理しておきます。
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 制度の概要 | 対象者、報酬目的、付与形態、決済方法 |
| 適用範囲判断 | IFRS第2号、IFRS第3号、IAS第32号、IFRS第9号、IAS第19号との切り分け |
| 分類結論 | 持分決済型、現金決済型、現金選択権付き、複合金融商品 |
| 分類根拠 | 自社資本性金融商品か、現金決済義務があるか、選択権の所在 |
| グループ取引 | 財・サービスを受ける企業、決済企業、再請求契約 |
| 源泉税 | 法令上の源泉徴収義務、純額決済要素、超過差引の有無 |
| M&A関係 | 取得対価か、継続勤務報酬か、既存報酬の置換か |
| 測定への接続 | 付与日、公正価値、再測定要否、権利確定条件 |
| 表示・開示 | 費用、資本、負債、EPS、役員報酬、株式報酬注記 |
| 監査証拠 | 契約書、議事録、通知書、税務資料、評価資料、過去決済実績 |
| 未解決事項 | 監査人・税務専門家・法務専門家と協議すべき事項 |
このメモは、制度名ではなく、契約条件と権利義務を中心に書き起こします。「RSU」「PSU」「ストックオプション」「ファントムストック」「リテンション株式」といった名称は、あくまで分類の出発点にすぎません。
まとめ|株式報酬の分類は、報酬制度を財務報告へ翻訳する入口判断である
IFRS第2号における株式に基づく報酬の分類は、単なる会計科目の選択ではありません。報酬制度の経済実態を、財務報告のうえで資本として表すのか、負債として表すのか、それとも両者に分解するのか。その根っこを定める判断です。
持分決済型であれば、費用認識の相手勘定は資本となり、原則として付与日公正価値を基礎に処理します。現金決済型であれば、負債を認識し、決済まで各報告日に再測定していきます。現金選択権付きであれば、誰に選択権があるのか、企業に現金決済の現在の義務があるのか、負債部分と資本部分を分ける必要があるのかを、順に検討していくことになります。
さらに、源泉税の純額決済、親会社株式を用いた子会社従業員報酬、M&A時の継続勤務条件付き報酬、信託を用いた自己株式交付といった場面では、契約書、税務、グループ内契約、会社法上の承認、過去の決済実務を、一体として確認していく必要があります。
株式報酬制度の導入、IFRS任意適用後の報酬制度の見直し、海外子会社を含むグループ株式報酬、M&Aに伴う報酬契約の整理、あるいは現金決済型・持分決済型の分類判断でお迷いの際には、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページよりご相談ください。契約条件、報酬設計、税務・会社法上の前提、IFRS第2号上の分類、監査説明資料、そして開示への落とし込みまで、説明可能な実務判断として整理してまいります。
振り返り
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| IFRS第2号の目的 | 株式に基づく報酬取引の影響を純損益および財政状態に反映する |
| 分類の基本 | 持分決済型、現金決済型、現金選択権付きに分類する |
| 持分決済型 | 自社の資本性金融商品を対価として財・サービスを受け取る取引、または決済義務を負わない取引 |
| 現金決済型 | 株価等に基づく金額について、現金または他の資産を移転する負債を負う取引 |
| 現金選択権付き | 従業員側に選択権がある場合は複合金融商品、企業側に選択権がある場合は現金決済義務の有無を検討 |
| 自己株式取得 | 市場から自己株式を取得して交付しても、それだけで現金決済型にはならない |
| 源泉税の純額決済 | 税法・規則上の源泉徴収義務を満たすための純額決済なら、一定の場合に全体を持分決済型として扱う |
| 純額決済の限界 | 税法上の義務がない純額決済や、納税義務を超える差引部分は例外対象外となり得る |
| グループ内報酬 | 財・サービスを受ける企業と決済企業の権利義務を分けて判断する |
| 親会社株式報酬 | 子会社個別と連結で分類・金額が異なる場合がある |
| M&A時の報酬 | 取得対価か、取得後勤務の対価かを切り分ける |
| IFRS第13号との関係 | IFRS第2号の公正価値はIFRS第2号に従って測定する |
| 監査証拠 | 報酬規程、契約書、承認資料、税務メモ、グループ内契約、過去決済実績を整える |
| 実務上の核心 | 制度名ではなく、決済方法・現金決済義務・選択権・グループ内義務を確認する |