在宅医療・分院・新規サービスの投資回収をどう見るか|医療機関の新規展開を数字で判断する

「在宅医療を始めたい」 「分院を出せるのではないか」 「自由診療や新しい検査メニューを増やしたい」 「オンライン診療、健診、予防、訪問看護、介護周辺サービスにも広げたい」

医療機関が成長を考えるとき、こうした新規展開の話は自然に出てくるものです。既存の外来だけでは将来の患者数に不安がある。地域の高齢化に対応したい。患者さんのニーズに応えたい。院長の専門性をより活かしたい。後継者や勤務医の活躍の場をつくりたい。

その動機そのものは前向きであり、医療機関の継続性を高めるうえでも大切なものだと思います。

ただ、新規展開は「良さそうだから始める」というものではありません。

在宅医療、分院、新規サービスは、いずれも初期投資、固定費、人件費、診療報酬、患者獲得、行政手続、施設基準、税務、資金繰りが複雑に絡み合う経営判断です。問われるのは、始めることそのものよりも、むしろ始めた後でしょう。継続できるか。資金がもつか。組織が耐えられるか。撤退の条件を決めているか。こうした点が、後になって重くのしかかってきます。

ヘルスケア産業は、高齢化の進展や医療の高度化によって市場の拡大が見込まれます。その一方で、生産年齢人口の減少による労働供給の制約に直面するという見方もあります。

つまり、需要があることと、事業として成り立つことは別の話です。需要があっても、人材が採れない、資金が足りない、院長が疲弊する、制度改定で単価が変わる、管理体制が追いつかない——こうしたことは、現実に十分起こり得ます。

本稿では、在宅医療・分院・新規サービスを始める前に、どの数字を、どの順番で見て投資回収を判断すべきかを整理していきます。

目次

新規展開の判断は「売上が増えるか」だけでは足りない

新しい取り組みを検討するとき、最初に出てくるのはたいてい売上見込みです。

  • 在宅の患者が何人いれば、売上はいくらになるか
  • 分院の外来患者数は何人見込めるか
  • 自由診療の単価はいくらに設定するか
  • 健診や検査メニューを増やせば、月に何件取れるか

もちろん、売上予測は必要です。しかし、売上だけでは投資判断にはなりません。

ここで意識していただきたいのが、次の順番です。

  1. 初期投資はいくらか
  2. 毎月の固定費はいくら増えるか
  3. 変動費はいくらかかるか
  4. 何人の患者・何件のサービスで損益分岐点を超えるか
  5. 借入返済を含めた資金繰りは耐えられるか
  6. 院長・スタッフの稼働は現実的か
  7. 何か月後に、どのKPIを達成していなければ見直すか
  8. 撤退・縮小・一時停止の条件を決めているか

「売上が増える投資」と「資金が残る投資」は、似ているようで違います。

とりわけ医療機関では、診療報酬の入金時期、医業未収金、設備投資、借入返済、賞与、社会保険料、納税といった支出が重なります。そのため、損益計算書の上では黒字でも、資金繰りが詰まってしまうことがあるのです。新規展開は、利益だけでなく、月次の資金残高まで見て判断する必要があります。

投資回収を見るための基本式

投資回収を大まかにとらえるときは、まず次の式を置いてみてください。

投資回収期間 = 初期投資額 ÷ 月間キャッシュ・フロー増加額

ここでいう月間キャッシュ・フロー増加額は、単なる売上の増加額ではありません。

月間キャッシュ・フロー増加額 = 増加売上 − 増加変動費 − 増加固定費 − 追加人件費 − 借入返済負担 − 税金・社会保険等の資金流出

厳密には、減価償却費、借入元本の返済、税金の支払、運転資金の増加を、それぞれ分けて見ていく必要があります。会計上の利益と、実際に手元へ戻ってくる資金は一致しないからです。

たとえば内装や医療機器を購入した場合、損益計算書には減価償却費として分割で費用が計上されます。一方、借入返済の元本は損益計算書に費用としては出てきません。それでも資金繰りの上では、毎月の元本返済が確実に出ていきます。

ですから新規展開の投資判断では、少なくとも次の2つの損益を、別々に作っておくことをおすすめします。

見る数字目的
月次損益採算が合っているかを確認する
月次資金繰り資金ショートしないかを確認する

月次損益だけで判断すると、資金繰りの危険を見落とします。逆に資金繰りだけで判断すると、長期的な採算や収益性を見誤ります。両方を同じ前提で並べて見ることが大切です。

新規展開前に作るべき「投資回収シート」

在宅医療、分院、新規サービスのいずれであっても、開始前には最低限、次の項目を一覧にしておきたいところです。

区分確認する内容
目的なぜ始めるのか。患者ニーズ、診療方針、地域での役割、自院の強みとの関係
初期投資内装、医療機器、車両、システム、広告、採用、研修、保証金、許認可対応
月次売上患者数、件数、単価、診療報酬、自由診療売上、健診・委託収入
変動費医薬品、診療材料、検査委託、外注費、紹介料ではない連携費用、決済手数料
固定費家賃、人件費、リース料、システム料、保守料、通信費、車両費、保険料
人員配置医師、看護師、事務、同行者、管理者、分院長、非常勤、外注
資金繰り初期支払、入金サイト、借入返済、賞与、納税、社会保険料
KPI患者数、訪問件数、稼働率、単価、キャンセル率、紹介元、リピート率
撤退条件何か月後、どの数字を下回ったら縮小・停止・撤退するか

このシートを作らずに始めてしまうと、開始後に「思ったより費用がかかる」「患者数は増えたのに資金が残らない」「スタッフが足りない」「どこで止めるべきか分からない」といった状態に陥りがちです。

医療法人の経理規程モデルにおいても、資金会計、予算と資金計画、資金調達、予算管理、管理会計などが体系的に整理されています。新規展開は、現場のその場限りの判断ではなく、予算・資金・管理会計の対象として扱うべきものだと考えています。

在宅医療の投資回収を見るポイント

在宅医療は、分院の開設に比べると初期投資が小さく見えることがあります。大がかりな内装や高額な医療機器が必須とは限らず、既存クリニックの患者基盤から始められる場合もあるためです。

しかし、在宅医療の投資回収は決して単純ではありません。

在宅医療では、売上の中心が「来院患者数」ではありません。「患者1人あたりの月間収入」「訪問回数」「居宅か施設か」「同一建物か否か」「施設基準」「24時間対応体制」「看取り・緊急往診への対応」といった要素によって、収入は大きく変わってきます。

在宅療養支援診療所が算定できる患者1人あたりの月間診療報酬は、一般居宅と施設とで大きく異なります。外来40人/日と在宅50人/月が同じ収支になる、という収支比較も示されています。

また、同じ利益を一般居宅の在宅患者だけで出す場合と、施設の在宅患者だけで出す場合とでは、必要な患者数や訪問の組み方が変わってきます。一般居宅では一見、採算性が高く見えても、そこに移動時間、緊急対応、書類作成、連携業務、看取り対応を加えていくと、単純な患者単価だけでは判断できなくなります。

在宅医療の初期投資

在宅医療で見落とされやすい初期投資には、たとえば次のようなものがあります。

  • 車両、駐車場、ガソリン代、保険
  • 訪問バッグ、携帯機器、ポータブル検査機器
  • 電子カルテ・クラウド環境・モバイル端末
  • 電話・緊急連絡体制
  • 在宅用の帳票・同意書・計画書
  • 訪問看護ステーションや薬局との連携体制
  • スタッフ研修
  • 患者さんやご家族向けの説明資料
  • 地域連携のための広報・面談時間

在宅医療は、設備投資が小さい代わりに、運用設計と人員の負荷が重くなります。投資回収を見るうえで、「車と医療バッグがあれば始められる」という発想では、やはり不十分なのです。

在宅医療の月次損益

在宅医療の月次損益は、次のように分解して見ていきます。

項目見るべき数字
在宅患者数居宅、施設、同一建物、重症度別
患者単価訪問診療料、医学管理料、加算、介護保険関連収入
訪問回数月2回、月4回、臨時往診、看取り
移動効率1日訪問件数、移動時間、地域分布
人件費医師、看護師、事務、同行者、オンコール対応
変動費医薬品、材料、検査、訪問看護・薬局連携関連
固定費車両、通信、システム、保険、事務体制
間接業務同意書、計画書、指示書、連携書類、請求事務

在宅医療では、訪問件数が増えれば売上も増えますが、その分だけ移動時間や書類作成の時間も増えていきます。患者さんが広い範囲に分散すると、採算は急速に悪化します。

ですから在宅医療の投資回収では、患者数だけでなく、1日あたりの訪問可能件数移動効率を必ず確認します。

在宅医療の制度変更リスク

在宅医療は、診療報酬改定の影響を強く受ける分野です。

令和8年度の診療報酬改定では、地域を面で支える在宅医療提供体制を推進する観点から、在宅療養支援診療所等や在宅時医学総合管理料等の見直し、ICTを活用した地域連携の評価、在宅医療充実体制加算の新設などが示されています。
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定の概要 8.質の高い在宅医療の推進

在宅医療は、点数表を一度確認すれば終わり、というものではありません。改定のたびに、患者単価、施設基準、加算、同一建物の評価、ICT連携、24時間体制の要件などが変わり得ます。

そのため投資回収のシミュレーションでは、現在の単価だけでなく、単価が下がった場合、加算が取れなかった場合、施設基準を満たせなかった場合の感応度も置いておくべきでしょう。

在宅医療は「24時間対応をどう設計するか」が投資判断そのもの

在宅医療を始める際、最大の論点の一つになるのが24時間対応です。

在宅療養支援診療所の届出を行わず、無理のない範囲で往診や訪問診療を導入していく選択肢もあります。在宅療養支援診療所でなくても、一定の届出により在宅時医学総合管理料等を算定できる場合があり、段階的に始めていくという考え方も示されています。

一方で、地域の在宅医療提供体制では、退院支援、日常の療養支援、急変時対応、看取りが求められます。在宅医療において積極的な役割を担う医療機関には、自ら24時間対応体制の在宅医療を提供すること、他医療機関を支援すること、多職種連携を支援することが期待されています。
出典:厚生労働省|第8次医療計画における在宅医療の体制整備について

つまり在宅医療の投資回収は、「患者単価が高いかどうか」だけでは決まりません。「24時間対応を、どのような体制で担うのか」によって大きく左右されます。

  • 院長1人で抱えるのか
  • 複数の医師で対応するのか
  • 訪問看護ステーションと連携するのか
  • 他医療機関とグループで対応するのか
  • 夜間・休日対応を、どこまで自院で持つのか

ここを曖昧にしたまま始めると、損益は黒字でも、院長の体力と組織のほうが先に限界を迎えてしまいます。

分院の投資回収を見るポイント

分院は、在宅医療や一部の新規サービスと比べて、初期投資と固定費が大きくなりやすい展開です。

家賃、保証金、内装、医療機器、電子カルテ、什器備品、採用、広告、開設手続、保険医療機関の指定、運転資金。これらが一気に発生します。

分院展開を考えるときは、まず経営理念や診療方針を振り返り、なぜ分院を出すのかを明確にすべきでしょう。場合によっては、分院ではなく、新しい医師・スタッフの採用や改装、新部門の設置によって実現できることもあります。

分院は、「本院が混んでいるから出す」というだけでは危険です。

その混雑が、診療圏の需要によるものなのか、予約設計の問題なのか、動線やスタッフ不足の問題なのか、それとも院長依存の問題なのか。まずはここを切り分ける必要があります。分院を出す前に、本院の診療時間、予約枠、スタッフ配置、診察室の稼働、検査動線、Web予約、広報、管理体制を改善すれば足りることもあるのです。

分院の初期投資

分院の初期投資では、次の項目を漏らさず入れておきます。

  • 物件取得費、保証金、仲介手数料
  • 内装設計、工事費、看板
  • 医療機器、什器備品
  • 電子カルテ、予約システム、電話、ネットワーク
  • 採用費、研修費、開院前人件費
  • 広告・広報費、公式サイト、Googleビジネスプロフィール整備
  • 行政手続、保険医療機関の指定、届出関連
  • 開院前家賃、開院前リース料
  • 運転資金
  • 本院からの応援人件費
  • 分院長・管理者の確保費用

新規開業、移転、分院展開に共通する重要点として、物件は途中で簡単に変えることができません。だからこそ、物件選びと同時に、マーケティングやマネジメントもおろそかにしないことが大切だとされています。

分院の投資回収では、物件と固定費を甘く見ないことが第一です。好立地は患者獲得には有利ですが、その分だけ損益分岐点を押し上げます。家賃が重すぎると、患者数が増えても利益が残りません。

分院の月次損益

分院の月次損益は、本院と切り分けて作ります。

  • 分院売上
  • 分院の直接人件費
  • 分院家賃
  • 分院の医療機器リース料
  • 分院広告費
  • 分院水道光熱費
  • 分院のシステム利用料
  • 本院からの応援人件費
  • 本部管理費
  • 借入返済負担
  • 減価償却費
  • 分院単独の利益
  • 分院のキャッシュ・フロー

ここで重要なのは、分院の損益を本院の利益に埋もれさせないことです。

分院単独では赤字なのに、本院が黒字だから気づかない。分院長の人件費や本部管理費を配賦していない。院長が無償で応援している時間を費用化していない。こうした状態では、投資回収を正しく判断することはできません。

分院は、開院直後に赤字が出ること自体は珍しくありません。問題は、その赤字が計画どおりのものなのか、それとも計画から外れているのか、という点です。

分院の投資回収で見るべきKPI

分院では、次のKPIを月次で確認していきます。

  • 新患数
  • 再診率
  • 患者数
  • 診療単価
  • 診療時間帯別の患者数
  • 医師1時間あたりの患者数
  • 受付・会計の待ち時間
  • 予約枠の消化率
  • 広告費あたりの新患数
  • 人件費率
  • 家賃比率
  • 分院単独の損益
  • 月末資金残高
  • 本院からの応援時間
  • 分院長の稼働・定着状況
  • スタッフ離職率

特に重要なのが分院長の問題です。分院長とは、診療方針や経営理念を共有できるかが大きな課題となります。報酬、契約期間、勤務形態についても、あらかじめ合意書を交わしておくべきでしょう。

分院の成否は、物件や広告だけで決まるものではありません。分院長、スタッフ、本院との情報共有、法人運営、月次管理の仕組み——こうした要素によって決まっていきます。

分院の行政手続とタイムラグ

分院は、思い立ってすぐに開設できるものではありません。

医療法人で分院を開設する場合には、定款変更の認可、法人変更登記、分院診療所の開設手続、保険医療機関の指定申請、そのほか関係官署への届出・申請など、複数の手続が関係してきます。

医療法人関係の手続については、主たる事務所の所在地の都道府県に確認する必要があります。なお、2以上の都道府県に医療機関を開設する医療法人の監督等についても、平成27年4月1日以降は主たる事務所所在地の都道府県知事へ権限が移譲されています。
出典:厚生労働省|医療法人・医業経営のホームページ

手続に時間がかかるということは、開院前の費用が先行するということでもあります。家賃、採用費、研修費、広告費、リース料、借入利息が発生しているのに、売上はまだ立たない——その期間を、必ず資金繰り表に入れておく必要があります。

新規サービスの投資回収を見るポイント

ここでいう新規サービスとは、たとえば次のようなものを指します。

  • 自由診療メニュー
  • 健診・予防接種
  • 産業医業務
  • 栄養指導・生活習慣病プログラム
  • 検査メニューの拡充
  • 美容・自費診療
  • リハビリ・運動療法
  • オンライン診療
  • Web問診・予約・DXサービス
  • 訪問看護・介護周辺サービス
  • 企業向けの健康管理サービス

新規サービスは、在宅医療や分院よりも小さく始めやすい場合があります。ただ、小さく見える投資ほど、かえって管理が甘くなりがちなので注意が必要です。

新規サービスでは、次の3つを必ず分けて整理します。

  • 保険診療の延長なのか
  • 自由診療・課税売上なのか
  • 医療法人の業務範囲・附帯業務として整理できるのか

社会保険医療の給付等は、消費税の非課税取引とされています。しかし、美容整形や差額ベッド料金、市販医薬品の購入などは、非課税取引には当たらないとされています。新規サービスでは、保険診療・自由診療・物販・委託収入の区分を、あらかじめ確認しておく必要があります。
出典:国税庁|No.6201 非課税となる取引

税務の詳細は別途確認すべきですが、投資回収を見る段階でも、消費税、インボイス、課税売上割合、価格表示、会計区分を無視するわけにはいきません。

新規サービスの初期投資

新規サービスの初期投資は、分院より小さく見えることが多いものです。ただ実際には、次のような費用が発生します。

  • 機器の購入・リース
  • 材料・消耗品
  • スタッフ研修
  • マニュアル作成
  • 予約システムの改修
  • 公式サイトの更新
  • 説明書・同意書の作成
  • 広告・広報
  • 医療広告ガイドラインへの対応
  • 法務・税務の確認
  • 会計科目・売上区分の設定
  • 患者説明の時間
  • トラブル対応体制

新規サービスは、機器代だけで判断してはいけません。説明時間、キャンセル、在庫、広告規制、クレーム対応、返金対応、税務区分——これらすべてが採算に影響してきます。

新規サービスの必要件数を逆算する

新規サービスでは、まず必要件数を計算します。

必要件数 = 月間固定費増加額 ÷ 1件あたり限界利益

1件あたりの限界利益は、次のように考えます。

1件あたり限界利益 = 料金・診療報酬 − 材料費 − 外注費 − 検査委託費 − 決済手数料 − 直接対応時間の人件費相当額

たとえば、月20万円の固定費が増え、1件あたりの限界利益が1万円であれば、月20件で固定費を回収できる計算になります。これに初期投資の回収を加えるなら、必要件数はさらに増えます。

このとき重要なのが、「予約枠」と「実際の稼働件数」を分けて考えることです。

月40件の枠を用意しても、実際には20件しか入らなければ、採算は当然変わってきます。キャンセル率、説明時間、スタッフの習熟度、医師の関与時間を織り込まなければ、結局は机上の採算で終わってしまいます。

在宅医療・分院・新規サービスの違いを比較する

同じ新規展開でも、投資回収の見方はそれぞれ異なります。

展開類型初期投資固定費主な制約投資回収で重視する点
在宅医療中〜小24時間対応、移動、連携、書類、施設基準患者単価、訪問効率、医師・看護師体制、地域連携
分院物件、分院長、採用、行政手続、資金繰り初期投資、固定費、患者数の立ち上がり、単独損益
新規サービス小〜中小〜中広告規制、説明責任、税務区分、スタッフ習熟1件あたり限界利益、必要件数、稼働率、キャンセル率

在宅医療では、患者1人あたりの月間収入と訪問効率が重要になります。 分院では、固定費を超える患者数を、どの時期に達成するかが重要になります。 新規サービスでは、1件あたりの限界利益と稼働率が重要になります。

この違いを理解しないまま、すべてを「売上拡大」として一括りにしてしまうと、判断を誤ります。

投資回収は3つのシナリオで見る

新規展開の事業計画は、1つの数字だけで作ってはいけません。

少なくとも、次の3つのシナリオを用意しておきましょう。

1. 標準シナリオ

現実的に達成したい水準です。

患者数、単価、稼働率、人員配置、費用を、やや保守的に置きます。金融機関や理事会、後継者に説明する際の、中心となるシナリオです。

2. 悪化シナリオ

  • 患者数が計画の70%にとどまる
  • 採用が遅れる
  • 単価が下がる
  • 施設基準が取れない
  • 広告効果が弱い
  • 固定費が上振れする

こうした事態に陥ったとき、資金が何か月もつのかを確認します。

3. 改善シナリオ

  • 患者数が計画より早く伸びる
  • 紹介元が増える
  • 単価が上がる
  • 稼働率が改善する
  • 追加採用が必要になる

良いシナリオも、忘れずに確認しておきます。というのも、伸びた場合にも、人員・資金・管理体制が追いつかなくなることがあるからです。

新規展開には、失敗だけでなく、想定以上に伸びた場合にもリスクがあるのです。

借入返済を含めた資金繰りで見る

投資回収を検討するとき、借入返済を損益と混同してはいけません。

医療機器や内装を借入で調達した場合、損益計算書には減価償却費が計上されます。一方、資金繰りの上では、元本の返済と利息の支払が出ていきます。

ですから、次の2段階で確認します。

段階確認すること
営業損益ベース事業として採算が合うか
借入返済後キャッシュベース返済後も手元資金が残るか

特に分院では、開院前の支出と開院後の赤字が重なります。そのため、当初6〜12か月の運転資金がとりわけ重要になります。

在宅医療では、初期投資は小さくても、患者数が増えるまでは人件費や移動コストが先行します。新規サービスでは、広告費や研修費が先行し、件数が安定するまでに時間がかかります。

資金繰り表には、少なくとも次の項目を月別に入れておきます。

  • 初期投資の支払
  • 借入の実行
  • 借入の返済
  • 家賃・保証金
  • 人件費
  • 賞与
  • 社会保険料
  • 広告費
  • 医療機器の支払
  • システム費用
  • 税金
  • 診療報酬の入金
  • 自由診療の入金
  • 月末現預金

資金繰り表を作らずに投資を始めることは、地図を持たずに夜道を歩くようなものです。

部門別損益を作らなければ、投資回収は見えない

在宅医療を始めた。分院を出した。自由診療を始めた。

その後で全体の売上が増えたとしても、その新規展開が本当に利益を生んでいるかどうかは、全体の試算表だけでは分かりません。

ここで必要になるのが、部門別・機能別の損益です。

  • 在宅部門
  • 外来部門
  • 自由診療部門
  • 健診部門
  • 検査部門
  • 分院部門
  • 訪問看護・介護周辺部門

医療法人の経理規程モデルでは、予算管理や管理会計の目的、原価計算、報告書類が整理されており、事業計画や資金計画の立案、予算・決算・会計計画に関する機能も位置づけられています。

部門別損益では、直接費だけでなく、共通費をどう配賦するかも決めておきます。

  • 医師人件費
  • 事務人件費
  • 家賃
  • システム費
  • 広告費
  • 本部管理費
  • 車両費
  • 減価償却費
  • 共通スタッフの稼働時間

厳密な原価計算を、最初から作り込む必要はありません。ただ、少なくとも「どの部門が利益を生み、どの部門が資金を使っているのか」を、毎月説明できる水準は確保しておきたいところです。

投資回収の失敗は「始める前」に起きている

新規展開の失敗は、開始後に突然起こるものではありません。その多くは、始める前の計画段階で、すでに見落としが生じています。

典型的なのは、次のようなケースです。

  • 売上予測だけで判断している
  • 初期投資を過小に見積もっている
  • 採用できる前提で計画している
  • 院長の稼働時間を無料と見ている
  • 制度改定のリスクを見ていない
  • 資金繰り表がない
  • 部門別損益がない
  • 撤退条件を決めていない
  • 本院への影響を見ていない
  • 患者説明・広告規制・税務区分を見ていない

なかでも危険なのは、「始めれば何とかなる」という判断です。

医療機関の経営には、医療の公共性という側面があります。そのため、一度始めたサービスを簡単に止めにくいことがあります。患者さん、ご家族、スタッフ、紹介元、地域の連携先に対して、責任が生じるからです。

だからこそ、開始前に撤退条件を決めておく必要があるのです。

撤退条件は、始める前に決める

撤退条件とは、失敗を前提にするためのものではありません。

むしろ、冷静に挑戦するための安全装置です。

在宅医療であれば、次のような条件を決めます。

  • 6か月後の在宅患者数
  • 1日あたりの訪問件数
  • 移動時間
  • 夜間・休日の対応件数
  • 医師・看護師の負担
  • 紹介元の数
  • 在宅部門の月次損益
  • 資金繰りへの影響

分院であれば、次のような条件です。

  • 開院3か月後、6か月後、12か月後の患者数
  • 新患数
  • 広告費あたりの新患数
  • 分院単独の損益
  • 本院からの応援時間
  • 分院長の稼働状況
  • スタッフ離職率
  • 月末現預金

新規サービスであれば、次のような条件です。

  • 月間件数
  • 予約枠の稼働率
  • キャンセル率
  • 1件あたり限界利益
  • 説明時間
  • クレーム件数
  • リピート率
  • 課税売上・非課税売上の管理状況

撤退条件は、「赤字だからすぐにやめる」という単純なものではありません。赤字でも計画の範囲内なら継続する。黒字でも院長やスタッフが限界なら見直す。売上が伸びても内部管理が追いつかないなら、いったん止める。そうした判断を下すための基準です。

在宅医療・分院・新規サービスの順番を間違えない

医療機関の成長戦略では、どの順番で展開していくかも重要です。

  • 本院の月次決算が遅い
  • 資金繰り表がない
  • 人件費率や患者数を毎月見ていない
  • 未収金の管理が弱い
  • スタッフの採用・定着に課題がある
  • 院長が現場業務を抱えすぎている
  • 契約書や議事録、届出が整理されていない

この状態のまま分院や新規サービスを始めると、管理不全がそのまま拡大してしまいます。

まず、本院の数字を整える。 次に、部門別損益を作る。 そのうえで、在宅医療や新規サービスを小さく試す。 実績が見えてきたら、分院や周辺事業に進む。

この順番のほうが、後から説明できる経営になります。

成長とは、勢いだけのことではありません。管理できる範囲を、着実に広げていくことなのです。

専門家に相談する前に整理しておくべき資料

在宅医療、分院、新規サービスの投資回収を相談する前に、次の資料を整理しておくと、検討の精度が上がります。

  • 過去3期分の決算書
  • 直近12か月の試算表
  • 月別の患者数
  • 診療単価
  • 初診数・再診数
  • 診療科別・サービス別の売上
  • 人件費の内訳
  • 借入一覧
  • 医療機器リース一覧
  • 月次資金繰り表
  • 既存スタッフ数・職種別の人員
  • 診療時間・予約枠
  • 新規展開の概要
  • 想定患者数・単価
  • 初期投資の見積書
  • 採用計画
  • 物件資料
  • 行政手続・届出の確認状況
  • 撤退条件の案

資料が揃っていない場合でも、ご相談自体は可能です。ただ、数字がないままでは、どうしても判断が感覚に寄ってしまいます。

専門家の役割は、経営者の代わりに「やる・やらない」を決めることではありません。投資判断に必要な数字、制度上の制約、税務・会計・資金繰り上の論点、将来のリスクを整理し、経営者ご自身が納得して判断できる状態をつくること。そこにあると考えています。

まとめ:新規展開は、成長意欲ではなく「回収条件」で判断する

在宅医療、分院、新規サービスは、医療機関の将来を広げる重要な選択肢です。

  • 外来患者数の減少に備える
  • 地域包括ケアに対応する
  • 患者さんのニーズに応える
  • スタッフや勤務医の活躍の場をつくる
  • 承継の可能性を高める
  • 医療機関としての提供価値を広げる

こうした意味で、新規展開は前向きな投資だといえます。

しかし、前向きな投資ほど、数字で冷静に見ていく必要があります。

  • 初期投資はいくらか
  • 毎月いくらの赤字を許容できるか
  • 何人の患者で損益分岐点を超えるか
  • 借入返済後も資金は残るか
  • 人材は確保できるか
  • 院長の稼働は限界を超えないか
  • 制度改定で単価が変わっても耐えられるか
  • 撤退条件を決めているか

これらを確認して初めて、新規展開は「思いつき」ではなく「戦略」になります。

守りの仕組みを整えることは、挑戦を止めるためではありません。むしろ、次の挑戦を、後からきちんと説明できる形で進めるための基盤になるのです。

在宅医療・分院・新規サービスの投資回収を検討している医療機関の方へ

  • 在宅医療を始めたいが、採算と人員の負荷が見えない
  • 分院を出すべきか、それとも本院の改善で足りるのかを判断したい
  • 自由診療や健診、検査、オンライン診療などの新規サービスを、事業計画に落とし込みたい
  • 初期投資、月次損益、資金繰り、借入返済、撤退条件を整理したい
  • 金融機関や後継者に説明できる投資判断の資料を整えたい

こうした検討では、診療報酬、会計、税務、資金繰り、労務、法人運営、内部管理を、それぞれ別々に考えるだけでは足りません。新規展開を始める前に、数字と仕組みを同じ前提で整理しておくことが重要です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の月次決算、部門別損益、資金繰り表、事業計画、予実管理、投資回収シミュレーション、金融機関への説明資料の整備を通じて、在宅医療・分院・新規サービスの判断材料づくりを支援しています。

自院の新規展開を、感覚ではなく数字に基づいて検討したいという方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

重要ポイントの振り返り

論点確認すべき数字・資料経営判断へのつながり
新規展開の目的診療方針、地域ニーズ、患者層、自院の強みなぜ始めるのかを明確にできる
初期投資内装、機器、車両、システム、採用、広告、保証金回収すべき投資額を把握できる
月次売上患者数、訪問件数、単価、自由診療件数、健診件数収益見込みの前提を確認できる
変動費材料費、医薬品、検査委託、外注、決済手数料1件あたりの利益を把握できる
固定費家賃、人件費、リース料、システム料、保守料損益分岐点を確認できる
投資回収期間初期投資額、月間キャッシュ・フロー増加額何か月で回収できるかを見通せる
在宅医療患者単価、訪問回数、居宅・施設区分、移動時間、24時間対応患者数だけでなく運用負荷まで判断できる
分院物件、分院長、開院前費用、分院単独損益、患者の立ち上がり固定費を超える患者数と時期を判断できる
新規サービス1件あたり限界利益、必要件数、稼働率、キャンセル率小さく始めるサービスの採算を確認できる
資金繰り借入返済、税金、賞与、入金サイト、月末現預金黒字でも資金が詰まるリスクを防げる
部門別損益在宅、外来、分院、自由診療、健診等の区分どの部門が利益を生んでいるかを説明できる
施設基準・届出施設基準、届出期限、算定要件、行政手続算定できる前提が成り立つかを確認できる
税務区分非課税売上、課税売上、消費税、会計区分新規サービスの税務リスクを把握できる
人員配置医師、看護師、事務、分院長、外注、連携先採算だけでなく組織が耐えられるかを判断できる
撤退条件期間、患者数、損益、資金残高、稼働率、負担感情ではなく基準に基づいて見直せる
予実管理月次実績、計画差異、改善アクション始めた後も継続的に修正できる
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