横領・会計不正・粉飾を防ぐ医療機関の管理ポイント|信頼だけに頼らない内部統制のつくり方

医療機関で起こる不正は、必ずしも「信頼できない人」がいるから生じるわけではありません。

むしろ実務の現場では、長く勤めているスタッフ、院長が信頼を寄せる事務長、特定の業務に精通した担当者、現場から頼られている幹部といった人たちが、気づけば誰のチェックも受けない立場に置かれている、というケースが少なくありません。原因を本人の人格だけに求めてしまうと、問題の本質を見誤ります。

不正が起こりやすいのは、たとえば次のような状態です。

状態起こりやすい問題
1人が最初から最後まで処理している横領、売上除外、架空経費、支払誤り
院長が忙しく確認できていない例外処理、資金流出、会計処理の遅れ
証憑や承認記録が残っていない税務調査・監査・承継時に説明できない
月次決算が遅い異常値や資金流出に気づくのが遅れる
「あの人しか分からない」業務がある担当者交代・退職時に管理不能になる
目標や資金繰りの圧力が強い粉飾、費用繰延、未収金過大計上が起こりやすい

内部統制は、職員を疑うための仕組みではありません。信頼を「人柄」だけに預けきってしまうのではなく、業務の流れ、証拠、承認、照合、記録によって支える。そのための仕組みです。

本稿では、クリニック・診療所・医療法人が、横領、会計不正、粉飾、架空経費、過大仕入、キックバック、不正請求を防ぐために、どこを確認し、どの順番で整えていけばよいのかを整理してお伝えします。

目次

不正には「資産の流用」と「数字の操作」がある

医療機関で問題になる不正は、大きく二つに分けて考えると整理しやすくなります。

一つは、現金、預金、医薬品、診療材料、備品、経費精算などを私的に流用する「資産の流用」です。いわゆる横領や着服、私的経費の混入、架空請求、キックバックなどがここに含まれます。

もう一つは、売上、費用、未収金、棚卸資産、固定資産、負債といった数字を意図的に操作する「不正な財務報告」、いわゆる粉飾です。利益をよく見せる方向だけが問題なのではありません。税負担を抑えるために利益を小さく見せる処理も、説明可能性を失えば、同じように重大な問題になります。

この点については、財務諸表監査の世界でも、不正を「不正な財務報告」と「資産の流用」に分けて整理しており、不正と誤謬は意図的かどうかで区別されると考えられています。さらに、不正の防止・発見の基本的な責任は経営者にあり、取締役会や監査役等による監視も重要だとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240 財務諸表監査における不正

医療機関の場合は、これらに加えて、保険診療の不正請求、施設基準違反、診療録・レセプト・請求内容の不整合、医療法人の関係事業者取引、MS法人との取引、役員や親族への利益移転といった論点が複雑に絡んできます。

つまり、医療機関の不正防止は、単なる経理チェックだけでは足りません。現金、診療報酬、購買、在庫、給与、固定資産、法人運営、施設基準、税務、情報管理を、つなげて見ていく必要があるのです。

医療機関で不正が起こりやすい業務領域

不正リスクは、現金を扱う場所だけに潜んでいるわけではありません。医療機関では、診療行為、患者さんへの対応、保険請求、物品管理、給与計算、法人運営が複雑に重なり合います。そのため、次のような領域に目を配る必要があります。

領域起こり得る不正・不適切処理
窓口現金・レジ現金着服、売上除外、返金処理の悪用、レジ取消の不正
未収金・患者負担回収金の着服、貸倒処理の乱用、未収金残高の放置
レセプト・診療報酬架空請求、付増請求、振替請求、二重請求、返戻・査定の未処理
購買・支払架空請求書、過大仕入、個人口座への支払、キックバック
医薬品・診療材料私的流用、棚卸差異、期限切れの隠蔽、高額材料の患者別未照合
給与・人件費架空職員、勤務実態のない親族給与、不正な残業・手当
経費精算私的飲食、二重精算、白紙領収書、交通費水増し
固定資産実在しない資産計上、除却漏れ、私的利用、リース契約の隠れ固定費化
会計処理費用の繰延、未払未計上、未収金過大計上、棚卸資産水増し
関係者取引MS法人、親族会社、役員関係者への利益移転
情報管理カルテ・患者情報の不正閲覧、データ改ざん、アクセス権限の乱用

この中でも医療機関に特有なのは、「現場で必要だから」という理由で、例外処理が許容されやすいという点です。

もちろん、患者さんへの対応や診療の継続のために、現場での判断が欠かせない場面はあります。ただ、その例外処理が記録されず、承認もなく、後から確認できない状態が続いてしまうと、そこが不正の温床になりかねません。

「信頼しているから任せる」が危ない理由

医療機関では、院長が診療に専念するために、事務長や経理担当者へ管理業務を任せることがあります。これ自体は、必要な役割分担です。

問題は、「任せる」と「確認しない」が、いつの間にか混同されてしまうことにあります。

特に注意したいのは、次のような状態です。

危険な状態問題点
レジ締め、日計表、会計入力、銀行入金を同じ人が行う窓口収入の抜き取りや取消処理の不正に気づきにくい
請求書の受領、支払データ作成、振込承認を同じ人が行う架空請求、二重支払、個人口座への送金が起こり得る
給与計算、勤怠確認、振込データ作成を同じ人が行う架空勤務、手当水増し、退職者給与の支払継続に気づきにくい
会計ソフトの入力・修正・承認権限が同じ人に集中する決算前の不自然な修正仕訳が見えにくい
業者との交渉、発注、検収、支払まで同じ人が担当する過大仕入、キックバック、私的購入の混入が起こり得る
担当者しか資料の保管場所を知らない退職・異動・承継時に検証不能になる

内部統制の基本は、「一つの取引を、複数の視点で見ること」にあります。

人手の少ないクリニックでは、完全な職務分掌を実現するのは難しいかもしれません。それでも、1人がすべてを完結させてしまう状態だけは避けたいところです。担当者が作成し、別の人が照合し、院長または事務長が例外事項を確認する。この程度の牽制があるだけでも、不正の機会は大きく減らせます。

横領・資産流用を防ぐ現金管理のポイント

窓口現金は、医療機関の中でも、もっとも分かりやすい不正リスクです。

日計表、レジデータ、電子カルテやレセコンの会計データ、領収書控え、現金実査、銀行入金額。これらがきちんとつながっていなければ、現金の過不足や売上除外に気づくのが難しくなります。

少なくとも、次の照合は日次で行っておきたいところです。

照合対象確認すること
レジ現金実際の現金残高
レジデータ当日の会計処理、取消、返金、値引
日計表保険・自費・物販・未収・返金の区分
領収書控え連番、取消、再発行の有無
レセコン・電子カルテ診療件数、会計処理、未収処理
銀行入金現金売上が翌営業日等に入金されているか

とりわけ確認しておきたいのが、取消処理、返金処理、未収処理、値引処理です。

不正は、通常の取引よりも、例外処理に表れやすい傾向があります。日計表の合計だけを眺めるのではなく、取消・返金・未収の件数と理由まで確認しておくことが大切です。

レセプト・診療報酬の不正は、経営存続リスクになる

保険診療に関する不正は、単なる会計上の誤りでは済みません。

直近に公表された指導・監査の実施状況を見ると、個別指導2,494件、新規個別指導5,989件、適時調査2,729件、監査34件が実施され、保険医療機関等の指定取消・指定取消相当は23件にのぼっています。指定取消処分等の原因となった不正の内容としては、架空請求、付増請求、振替請求、二重請求などが挙げられており、返還金額は約48億5千万円と公表されています。
出典:厚生労働省|令和6年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況について

また、保険医療機関等は、保険診療のルールに沿った診療を行う必要があります。診療報酬請求などに不正または著しい不当があり、健康保険法に違反した場合には、保険医療機関等の指定取消や保険医等の登録取消が行われ、行政処分の内容が公表されることになります。
出典:関東信越厚生局|保険医療機関等において不正請求などが行われた場合の取扱いについて

ここで押さえておきたいのは、不正請求が、必ずしも院長の意図的な指示によるものとは限らない、ということです。

現場の算定ルールの理解不足、レセコン設定の誤り、施設基準の継続確認漏れ、返戻・査定対応の属人化、診療録の記載と請求内容の不一致。こうしたものが積み重なった結果として、大きな返還リスクにつながってしまうことがあります。

そのため、レセプト管理では、次のような照合が欠かせません。

確認事項管理ポイント
診療録と請求内容実施した医療行為、指示、説明、同意、算定根拠が整合しているか
施設基準届出内容、人員、設備、研修、記録が継続的に満たされているか
返戻・査定原因分析、再請求、会計処理、院内共有ができているか
自費・保険の区分自由診療、物販、予防接種、健診等の収益区分が明確か
労災・自賠責請求先、未収金、入金時期、消費税等の論点を整理しているか
レセコン設定改定時、施設基準変更時、職員交代時に見直しているか

保険診療の内部管理は、医事課だけの問題ではありません。院長、事務長、会計担当、そして顧問の専門家が、請求・入金・返戻・未収・会計処理を同じ前提で確認できる状態にしておくことが必要です。

架空経費・過大仕入・キックバックを防ぐ購買管理

医療機関の支出には、医薬品、診療材料、検査委託、清掃、リネン、システム、保守、リース、広告、紹介会社、内装工事、医療機器など、実に多様な取引が含まれます。

支払業務で不正が起こる典型例としては、次のようなものがあります。

手口実務上の兆候
架空請求実在しない業者、実態のない業務委託、納品確認のない請求
水増し請求相場より高い単価、数量の過大、見積書と請求書の不一致
キックバック特定業者への集中、相見積もりなし、担当者が業者変更を嫌がる
個人口座への支払業者名と振込先名義が不一致
私的経費の混入院長・親族・スタッフの個人支出が医院経費に紛れる
二重支払請求書再発行、支払済印なし、支払管理表なし

購買・支払については、少なくとも次のルールを整えておきたいところです。

管理項目実務上のポイント
発注承認金額・品目・業者ごとに承認者を決める
納品確認請求書だけでなく納品書・検収記録を確認する
支払承認発注、納品、請求、支払先名義を照合する
業者登録新規業者、口座変更、親族・関係者取引は必ず上位者承認
相見積もり高額取引、工事、機器、システム、長期契約で実施する
支払後レビュー業者別支払額、単価変動、異常な増加を月次で確認する

「昔からの取引先だから」「担当者がよく知っているから」。そうした理由だけで支払いを進めてしまうのは危険です。取引先を疑うということではなく、医院側が後から説明できる証拠を残しておく。そこに意味があります。

給与・勤怠・経費精算は、少額でも継続すると大きい

横領や不正支出というと、つい大きな金額を想像しがちです。けれども医療機関では、給与、残業代、通勤費、立替経費、研修費、採用紹介料、非常勤医師報酬など、毎月繰り返される支出の管理も同じくらい重要です。

次のような状態が見られたら、早めに見直しておきたいところです。

項目確認ポイント
勤怠打刻漏れ、手書き修正、承認者、残業理由
給与在籍者一覧、退職者、休職者、親族給与、非常勤医師
手当通勤手当、資格手当、役職手当、夜間・休日手当
立替経費領収書原本、内容、日付、参加者、診療・業務との関連
研修費参加者、研修内容、医院負担の妥当性
採用費紹介会社、リファラル、成功報酬、返金条件
外部医師報酬給与か報酬か、源泉徴収、契約書、勤務実態

経費精算でとりわけ危ういのは、「金額が小さいから見ない」という運用です。1件ごとは少額でも、毎月積み重なれば、やがて大きな損失になります。私的経費の混入を黙認してしまうと、院内の倫理基準そのものが崩れていきます。

院長ご自身の経費処理も同じです。院長の支出が曖昧なままでは、スタッフに厳格なルールを求めることはできません。医療機関の内部統制は、トップの姿勢から始まるのです。

粉飾は「悪意」だけでなく、説明できない数字から始まる

粉飾という言葉は、上場企業や大企業の話のように聞こえるかもしれません。けれども医療機関でも、金融機関対応、承継、M&A、補助金、医療法人の事業報告、理事会説明、税務調査といった場面で、数字の信頼性が問われます。

粉飾につながりやすい処理には、次のようなものがあります。

処理問題となる理由
未収金の過大計上回収不能なのに資産として残り、実態より財務状態がよく見える
返戻・査定の未処理実際には減額される収益がそのまま残る
棚卸資産の水増し使えない医薬品・診療材料が資産として残る
費用の翌期回し当期の利益が実態より高く見える
修繕費・資産計上の恣意的処理利益調整に使われる
除却漏れ実在しない医療機器・備品が資産に残る
借入・リース・保証債務の見落とし将来の支払負担が見えない
関係者取引の未開示・未整理実質的な利益移転が見えない

粉飾の怖いところは、一度行うと、次の期にも影響が残り続ける点にあります。

たとえば、未収金を過大に残せば、翌期以降に回収不能処理が必要になります。費用を繰り延べれば、翌期の利益を圧迫します。棚卸資産を水増しすれば、実際の原価率が分からなくなってしまいます。

目先の数字を整えるための処理は、将来の説明責任を、その分だけ重くするのです。

不正の兆候は、金額よりも「違和感」に表れる

不正は、最初から大きな金額として見つかるとは限りません。むしろ早い段階では、小さな違和感として表れてきます。

院長・理事長・事務長が見ておきたい兆候には、次のようなものがあります。

違和感確認すべきこと
月次決算が毎月遅れる特定担当者に処理が滞留していないか
現金差異が頻繁に出る取消、返金、未収、入金遅れの理由
返金・値引・未収が増える患者別・担当者別・診療科別の傾向
ある業者への支払だけ増えている単価、数量、契約、担当者との関係
期末に大きな修正仕訳が入る理由、承認者、根拠資料
未収金残高が増え続ける回収可能性、年齢表、貸倒処理
在庫差異や廃棄が多い期限切れ、紛失、払出記録
会計ソフトの修正履歴が多い修正理由、権限、承認
担当者が休まない・業務を渡さない属人化、牽制不全
資料提出を嫌がる保管不備、処理遅延、説明不能

違和感があるからといって、すぐに不正と決めつけるのは禁物です。入力ミス、教育不足、業務過多、システム設定の誤り、ルールの不備、といった理由であることも少なくありません。

とはいえ、違和感を放置してよいわけではありません。早期に確認すれば業務改善で済むことも、数年放置すれば、不正調査、税務修正、返還、職員トラブル、金融機関への説明、承継・M&Aの価格調整へと波及していきます。

医療法人では、理事長・理事・監事の監督責任も問われる

医療法人では、内部管理は事務長や経理担当者だけの仕事ではありません。理事長、理事、監事、社員総会・理事会といった、法人運営の仕組みともつながっています。

特に一定規模以上の医療法人では、医療法人会計基準、外部監査、事業報告書等の届出、経営情報等の報告など、透明性に関する要請が年々強まっています。実務上は、医療法人は毎会計年度終了後3か月以内に事業報告書等を届け出ること、経営情報等についても原則3か月以内、外部監査の対象となる法人は4か月以内に報告することが求められています。
出典:厚生労働省|事業報告書等と経営情報等の報告が義務付けられています

小規模な医療法人であっても、「監事はいるが実質的には何も見ていない」「理事会議事録はあるが、重要な支出や不正リスクは議論されていない」「社員総会が形式的なものになっている」。こうした状態は、承継やM&Aの場面で弱点になります。

医療法人では、次のような確認が必要です。

法人運営上の確認実務上の意味
理事会・社員総会で重要支出を承認しているか高額投資・関係者取引・借入の説明責任
監事が決算書・帳簿・現預金を確認しているか形式的監査から実質的監査への移行
関係事業者取引を整理しているかMS法人・親族会社・役員取引の透明性
役員報酬・退職金の決議が残っているか税務・法人運営・承継時の根拠
内部管理上の重大事項を議事録に残しているか後から説明できる意思決定資料

内部統制は、現場のミスを防ぐためだけのものではありません。法人として「誰が、いつ、何を判断したか」を残していく仕組みでもあるのです。

小規模クリニックでもできる不正防止の基本設計

小規模クリニックでは、上場企業のような内部監査部門や、複雑な承認システムを導入する必要はありません。大切なのは、現場で無理なく運用できる牽制を設計することです。

1. 1人完結業務をなくす

まずは、次の業務を1人で完結させないこと。ここが出発点になります。

業務分けるべき機能
現金管理レジ締め、日計表作成、現金確認、銀行入金、会計入力
支払請求書受領、支払データ作成、振込承認、会計入力
給与勤怠集計、給与計算、振込データ作成、承認
購買発注、納品確認、請求書確認、支払承認
会計入力、修正、月次レビュー、決算承認

人手が足りない場合は、完全に分けられなくても構いません。たとえば、担当者が作成し、院長が週に1回だけ例外処理を確認する。外部の会計事務所が月次で銀行残高と帳簿を照合する。事務長が請求書と支払予定表を確認する。こうした簡易な統制でも、十分に効果があります。

2. 原本・証憑・承認記録を残す

不正防止でもっとも重要なのは、後から確認できる資料を残しておくことです。

取引残すべき資料
現金売上日計表、レジデータ、領収書控え、銀行入金記録
返金返金理由、患者名、金額、承認者、返金方法
未収金患者別明細、回収状況、督促記録、貸倒判断
支払見積書、発注書、納品書、請求書、承認記録
経費精算領収書原本、内容、参加者、業務関連性、承認
給与雇用契約書、勤怠、給与計算資料、振込一覧
固定資産請求書、台帳、写真、設置場所、除却記録
会計修正修正理由、根拠資料、承認者、日付

証憑管理は、税務調査のためだけのものではありません。内部管理、金融機関への説明、承継、M&A、監査対応。そのすべてに関わってきます。

3. 月次で「異常値」を見る

月次決算では、売上や利益だけでなく、不正リスクにつながる指標も確認しておきます。

月次確認項目見る理由
現金差異窓口管理の弱さを早期発見する
取消・返金・未収件数例外処理の増加を把握する
業者別支払額特定業者への集中や単価変動を見る
医薬品・材料費率仕入・在庫・請求との整合性を見る
未収金年齢表回収不能や過大計上を防ぐ
給与・残業・手当勤怠や人件費の異常を把握する
修正仕訳一覧決算前後の不自然な調整を見る
棚卸差異・廃棄額在庫流用・期限切れ・管理不全を見る
リース料・保守料固定費の増加と契約見落としを防ぐ

月次確認の目的は、犯人探しではありません。異常値を早く見つけ、業務手順を直していくことにあります。

4. 会計ソフト・レセコン・電子カルテの権限を見直す

不正防止は、紙の承認だけでは足りません。会計ソフト、レセコン、電子カルテ、給与システム、インターネットバンキングといった、システム面の権限管理も重要になります。

システム確認すべき権限
会計ソフト仕訳入力、修正、削除、承認、管理者権限
レセコン会計取消、返金、未収処理、患者負担変更
電子カルテ診療録修正、閲覧権限、ログ確認
給与システム従業員登録、給与変更、振込データ作成
ネットバンキング振込データ作成、承認、実行、限度額
予約・問診システム患者情報の閲覧、CSV出力、削除

退職者のIDが残ったままになっている。全員が同じIDを使っている。管理者権限が複数人に広がっている。修正履歴を誰も確認していない。こうした状態は、情報管理の面でも、不正防止の面でも危険です。

5. ローテーション・代替確認を入れる

小規模クリニックでは、担当者のローテーションが難しい場合もあります。それでも、次のような代替策を取ることはできます。

代替策効果
月1回だけ別担当者がレジ締めを確認する現金業務の属人化を防ぐ
外部会計事務所が銀行照合を行う預金残高と帳簿の整合性を確認する
年2回、固定資産と在庫を院長が確認する実物不存在や棚卸差異に気づく
担当者の休暇時に業務を代替する「その人しかできない」状態を崩す
業務手順書を作る退職・交代時の混乱を防ぐ

不正は、「誰にも見られない」「自分しか分からない」「長期間続けても気づかれない」。そうした環境で起こりやすくなります。ローテーションの目的は、人を疑うことではありません。属人化した業務を、組織のものに戻していくことにあります。

内部通報・相談ルートを整える

医療機関では、スタッフが違和感に気づいていても、院長や事務長になかなか言い出せないことがあります。特に相手が上司、幹部、院長の親族、長年勤務している担当者である場合は、声を上げにくくなりがちです。

一定規模以上の事業者では、公益通報者保護法に基づく内部公益通報対応体制の整備等が課題となります。事業者内部の公益通報に適切に対応するためには、従事者の指定、通報対応体制の整備、通報者を特定させる情報の守秘、不利益取扱いの防止、記録の保管、制度の定期的な見直しといった取り組みが求められます。なお、令和7年改正法は令和8年12月1日から施行されることとなっています。
出典:消費者庁|事業者の方へ出典:消費者庁|公益通報者保護法と制度の概要

小規模クリニックであっても、次のような相談ルートは整えておきたいところです。

相談ルート実務上のポイント
院長への直接相談相談者が不利益を受けないことを明確にする
事務長・主任への相談相談対象者が本人である場合の代替ルートを用意する
外部専門家への相談会計・税務・労務・法務の切り分けができる
匿名相談フォーム小規模組織では運用方法を慎重に設計する
理事・監事への報告医療法人では法人運営上の確認ルートにする

通報制度は、作って終わりではありません。相談があった場合の受付、記録、初動確認、関係者の範囲、情報管理、是正措置、再発防止まで、あらかじめ決めておく必要があります。

不正の疑いが出たときの初動

不正の疑いが浮上したとき、院長が感情的に本人を問い詰めてしまうと、証拠が失われたり、労務トラブルに発展したりすることがあります。

初動で大切なのは、事実を保全し、範囲を限定し、専門家を交えて整理していくことです。

初動実務上の注意点
証拠保全会計データ、レジデータ、銀行明細、メール、請求書、ログを保存する
アクセス制限必要に応じて権限を一時的に見直す
期間特定いつから、どの業務で、どの金額範囲かを整理する
関係者整理本人、上司、承認者、業者、外部委託先を整理する
影響額試算現金損失、会計修正、税務影響、返還リスクを分ける
専門家連携会計士・税理士・弁護士・社労士等の役割を分ける
再発防止個人処分だけでなく、統制不備を直す

ここで大切なのは、「本人が悪かった」で終わらせないことです。不正が発生したということは、何らかの管理上の隙があった可能性を示しています。再発防止策は、担当者の処分とは切り離して設計する必要があります。

税務調査・承継・M&Aで問われるのは「後から説明できるか」

不正防止の仕組みは、平時には面倒に見えるものです。けれども、税務調査、金融機関対応、承継、M&A、外部監査の場面になると、その価値が一気に表れます。

たとえば、買い手や後継者は、次のような点を確認してきます。

確認項目問われること
現金管理窓口収入が漏れなく記録・入金されているか
未収金回収可能性、年齢表、貸倒処理が妥当か
レセプト返戻・査定・過誤・返還リスクがないか
仕入・外注架空経費、過大仕入、関係者取引がないか
給与勤務実態、親族給与、未払残業代リスクがないか
固定資産実在性、リース、担保、除却漏れがないか
税務修正申告、重加算税、源泉徴収漏れ等のリスクがないか
法人運営議事録、決議、監事監査、関係者取引が整理されているか

たとえ不正が発覚していなくても、資料がない、説明できない、担当者しか分からない。そうした状態は、それ自体がリスクとして評価されてしまいます。

数字を「見せたい形」に整えるのではなく、後から第三者に説明できる数字に整えること。これこそが、医療機関の内部管理の本質だと考えています。

管理体制を整える優先順位

すべてを一度に整える必要はありません。まずは、不正が起きたときに影響が大きいところから着手していきます。

第1段階:現金・預金・支払を押さえる

最初に確認するのは、窓口現金、銀行入金、支払承認、インターネットバンキングの権限です。現金と預金は、資産流用に直結するため、何よりも優先して押さえます。

第2段階:レセプト・未収金・返戻査定を見える化する

次に、医業収益の正確性を確認します。未収金年齢表、返戻・査定一覧、過誤・返還リスク、労災・自賠責の未収を整理していきます。

第3段階:購買・外注・業者支払を確認する

業者別支払額、相見積もり、口座名義、新規業者、関係者取引を確認します。高額な医療機器、広告、工事、システム契約は、特に注意が必要です。

第4段階:給与・勤怠・経費精算を整える

勤怠、給与変更、手当、親族給与、非常勤医師報酬、立替経費の承認フローを整えます。ここは労務リスクとも接続する領域です。

第5段階:棚卸・固定資産・リースを台帳化する

医薬品・診療材料・高額材料・固定資産・リース契約を整理します。実物確認、除却、廃棄、保守契約まで含めて見ていきます。

第6段階:月次レビューと経営会議に組み込む

内部統制は、規程を作って終わりではありません。月次決算、資金繰り、予実管理、理事会・経営会議に組み込み、継続的に確認していくことが大切です。

よくある失敗

「スタッフを疑いたくない」と言って確認しない

確認しないことは、信頼ではありません。むしろ、担当者を過度なリスクにさらしてしまいます。適切な確認があるからこそ、担当者も安心して仕事に取り組めるのです。

経理担当者に任せきりにする

会計入力が正しくても、取引の実態まで正しいとは限りません。院長・理事長は、現場の実態、業者との関係、例外処理、資金移動を確認しておく必要があります。

顧問税理士に資料だけ渡している

税理士は、提出された資料に基づいて処理を行います。現金差異、レセコンの取消、業者との口頭契約、院内での例外処理が共有されなければ、外部の専門家もリスクを把握できません。

不正発覚後に個人処分だけで終わる

本人への対応はもちろん必要です。ただ、再発防止には、業務設計の見直しが欠かせません。職務分掌、承認、照合、システム権限、証憑保存を直さなければ、別の形で同じ問題が繰り返されてしまいます。

規程だけ作って運用しない

経理規程、購買規程、固定資産規程、権限規程を作っても、現場で使われなければ意味がありません。まずは簡単なチェックリストと月次確認から始めるほうが、はるかに実効性があります。

まとめ|不正防止は、医療機関を疑うことではなく、守ること

医療機関の不正防止は、職員を疑うためのものではありません。

患者さんからお預かりする窓口負担金、保険者から受け取る診療報酬、金融機関から借りた資金、スタッフに支払う給与、地域医療を支える設備。それらを適切に管理し、後から説明できる状態にしておくことが、本来の目的です。

横領、架空経費、売上除外、過大仕入、キックバック、粉飾、不正請求。これらはどれも、一度起こると、金銭的な損失だけにとどまりません。患者さんからの信頼、スタッフの士気、金融機関対応、税務調査、行政対応、承継・M&Aにまで波及していきます。

大切なのは、完璧な制度を一気に作り上げることではありません。

現金を照合する。支払を承認する。証憑を残す。担当者を固定しすぎない。月次で異常値を見る。例外処理を記録する。外部の専門家と数字の背景を共有する。

こうした地道な仕組みの積み重ねが、医療機関の守りを強くします。そしてそれは、将来の成長、分院、設備投資、法人化、承継、M&Aといった判断を支える基盤にもなっていきます。

自院の現金管理、支払承認、レセプト・未収金、購買、給与、棚卸、固定資産、月次レビューに不安がある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページからご相談ください。現在の業務フローと資料の流れを確認したうえで、現場の負荷を踏まえながら、後から説明できる管理体制づくりを一緒に整理してまいります。

重要ポイントの振り返り

論点重要な理由まず確認すべきこと
不正の類型資産流用と粉飾では目的も手口も異なる現金・支払・会計処理・未収金を分けて見る
1人完結業務不正の機会が生じやすい作成者、確認者、承認者を分ける
窓口現金横領・売上除外に直結する日計表、レジ、領収書、銀行入金の照合
レセプト請求返還・指定取消リスクにつながる診療録、請求内容、返戻査定、施設基準
購買・支払架空経費、過大仕入、キックバックが起こり得る見積、発注、納品、請求、振込先名義
給与・勤怠少額でも継続すると大きい在籍者、勤怠、手当、親族給与、非常勤報酬
経費精算私的支出や二重精算が混入しやすい領収書原本、目的、参加者、承認
棚卸・固定資産粉飾・資産流用・税務論点に関わる実物、台帳、廃棄、除却、リース
会計修正決算操作の兆候になり得る修正理由、根拠資料、承認者、日付
システム権限データ改ざんや不正処理を防ぐID、権限、ログ、退職者アカウント
内部通報早期発見と組織の自浄作用に関わる相談ルート、守秘、不利益取扱い防止
初動対応感情的対応で証拠や労務問題を悪化させない証拠保全、範囲特定、専門家連携
月次レビュー決算後ではなく早期に気づける異常値、例外処理、資金移動、未収金
承継・M&A管理不備は価格・条件・信頼に影響する第三者に説明できる資料整備
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