事業譲渡や事業分離は、M&A、グループ再編、ノンコア事業の切出し、共同事業化、事業承継、そして再生局面と、さまざまな場面で検討される取引です。
もっとも、会計処理を整理する段階で、「売却だから譲渡益を出す」「株式を受け取るから投資が続いている」「グループ内だから損益は出ない」といった単純な整理をしてしまうと、個別財務諸表、連結財務諸表、開示、監査対応のいずれかで必ず説明が詰まります。
日本基準では、事業を移転する側である分離元企業と、事業を受け入れる側である分離先企業の処理を、まず分けて考えます。そのうえで分離元企業については、移転した事業に関する投資が「清算された」とみるのか、それとも「継続している」とみるのかが、移転損益を認識するかどうかの分岐点になります。
事業分離等会計基準は、会社分割や事業譲渡などにおける分離元企業の会計処理、すなわち移転損益を認識するかどうかを定めることを、目的の一つとしています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
本稿では、事業譲渡・事業分離の会計処理について、現金対価、株式対価、混合対価、移転損益、持分の継続、継続的関与、分離先企業側の取得処理、税効果、注記・適時開示、監査対応までを、上場企業実務で「後から説明できる」形に整理します。
なお、個別契約の法務デューデリジェンス、個別の組織再編税制の判定、契約書文案の作成は本稿の対象外とし、会計・決算・開示判断に焦点を当てます。
事業譲渡と事業分離を混同しない
まず、用語を切り分けておきます。
事業譲渡は、法形式としての取引です。ある会社が事業の全部又は一部を他の会社に譲渡するもので、会社法上は、事業の全部の譲渡、事業の重要な一部の譲渡、他の会社の事業の全部の譲受けなどについて、一定の場合に株主総会決議による契約承認が必要とされています。
出典:e-Gov法令検索|会社法
一方の事業分離は、会計上の概念です。事業分離等会計基準では、「事業」を、企業活動を行うために組織化され、有機的一体として機能する経営資源と定義し、「事業分離」を、ある企業を構成する事業を他の企業に移転することと定義しています。複数の取引が1つの事業分離を構成している場合には、それらを一体として取り扱います。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
つまり会計上は、法形式が事業譲渡であっても、会社分割であっても、現物出資であっても、「事業」を他の企業に移転するのであれば、事業分離として検討の対象になります。
実務上も、事業分離等会計基準は、会社分割や事業譲渡により事業を分離した場合の分離元企業の会計処理、現物出資等により資産を移転して株式を受け取る場合の移転元企業の処理、結合当事企業の株主の処理などを扱うものとして整理されます。
| 区分 | 意味 | 会計上の注意点 |
|---|---|---|
| 事業譲渡 | 法形式としての取引。事業の全部又は一部を譲渡する | 個別承継の性格があり、譲渡対象資産・負債・契約の特定が重要 |
| 事業分離 | 会計上の概念。事業を他の企業に移転すること | 移転損益を認識するか、投資が継続しているかを判断する |
| 会社分割 | 法形式としての組織再編。権利義務を包括承継させる | 会計上は事業分離に該当し得る |
| 現物出資 | 資産又は事業を出資し、株式等を受け取る取引 | 事業分離に該当するか、単なる資産移転かを判断する |
この入口の整理を曖昧にしたまま進めると、譲渡益の認識、受取対価の測定、税効果、注記、適時開示が、連鎖的に誤っていきます。
判断の順序:まず分離元と分離先を分ける
事業譲渡・事業分離では、同じ一つの取引であっても、売り手側と買い手側とで、適用する判断枠組みが異なります。
| 立場 | 会計上の主な論点 |
|---|---|
| 分離元企業、事業譲渡会社 | 移転した事業に関する投資が清算されたか、継続しているか。移転損益を認識するか。受取対価をどう測定するか。 |
| 分離先企業、事業譲受会社 | 取得に該当するか。取得企業か被取得企業か。受け入れた資産・負債を時価又は簿価のどちらで認識するか。のれん・負ののれんを認識するか。 |
| 親会社・連結グループ | 未実現損益の消去、持分変動差額、のれん、非支配株主持分、持分法処理をどう行うか。 |
| 株主 | 受け取った対価により交換損益を認識するか。投資が継続しているか。 |
企業結合会計基準では、企業結合を「ある企業又はある企業を構成する事業と他の企業又は他の企業を構成する事業とが1つの報告単位に統合されること」と定義し、「取得」を、ある企業が他の企業又は企業を構成する事業に対する支配を獲得することと定義しています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
このため分離先企業側では、事業譲受けが企業結合会計上の「取得」に該当するのか、共通支配下取引なのか、共同支配企業の形成なのかを判定します。これに対して分離元企業側では、事業分離等会計基準に基づき、投資の清算か継続かを判定します。
両者を同じ仕訳ロジックで処理しようとすると、とりわけ株式対価型の事業譲渡やグループ内再編で、処理を誤りやすくなります。
分離元企業の基本原則:投資の清算か、投資の継続か
分離元企業の処理で最も重要なのは、移転した事業に関する投資が清算されたとみるか、継続しているとみるかという点に尽きます。
事業分離等会計基準第10項は、投資が清算されたとみる場合には、受取対価となる財の時価と、移転した事業に係る株主資本相当額との差額を、移転損益として認識するとしています。一方、投資がそのまま継続しているとみる場合には、移転損益を認識せず、受け取る資産の取得原価を、移転した事業に係る株主資本相当額に基づいて算定します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
| 判断 | 会計処理の方向性 | 典型例 |
|---|---|---|
| 投資の清算 | 移転損益を認識する | 現金対価で事業を売却する場合 |
| 投資の継続 | 移転損益を認識しない | 分離先企業の子会社株式・関連会社株式のみを受け取る場合 |
| 清算と継続の混合 | 現金部分と株式部分を区分して検討する | 現金等と分離先株式の混合対価 |
| 清算に見えても損益認識不可 | 重要な継続的関与がある場合 | 買戻条件、長期購入契約等によりリスクを負い続ける場合 |
ここでいう「株主資本相当額」とは、移転した事業に係る資産及び負債の移転直前の適正な帳簿価額による差額から、当該事業に係る評価・換算差額等及び新株予約権を控除した額を指します。
単に譲渡対象資産の帳簿価額合計から負債を差し引けばよい、というものではありません。移転する事業に関連する純資産項目を、合理的に区分する必要があります。
また、いずれの場合でも、移転した事業に係る資産・負債の帳簿価額は、事業分離日の前日における一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠した適正な帳簿価額のうち、移転する事業に係る金額を合理的に区分して算定します。事業分離に要した支出額は、発生時の事業年度の費用として処理します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
実務上は、事業分離日の前日に、対象事業の仮決算又はこれに準じた切出し財務情報を作成します。そのうえで、移転資産・負債、運転資本、評価・換算差額等、税効果、引当金、契約負債、リース、資産除去債務、退職給付などを整理していきます。
移転事業に係る適正な帳簿価額を算定するために、事業分離日前日に決算又は仮決算を行う必要がある、という実務上の理解も示されているところです。
現金対価の事業譲渡:移転損益を認識するのが原則だが、継続的関与を確認する
現金等の財産のみを対価として受け取る事業譲渡では、通常、移転した事業に関する投資は清算されたと考えます。
したがって分離元企業は、受け取った現金等の財産の時価と、移転した事業に係る株主資本相当額との差額を、移転損益として認識します。
基本的な仕訳イメージは、次のとおりです。
| 借方 | 貸方 |
|---|---|
| 現金等の財産(時価) | 移転した資産・負債の純額(適正な帳簿価額) |
| 移転利益又は移転損失 |
移転損益は、原則として特別損益に計上します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
もっとも、ここで検討を終えてはいけません。
事業分離後も分離元企業が移転事業又は分離先企業に重要な継続的関与を有し、移転した事業に係る成果の変動性を従来と同様に負っている場合には、投資が清算されたとはみなされず、移転損益は認識されません。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
実務上、継続的関与が問題となりやすいのは、次のような場合です。
| 継続的関与の形態 | 会計上の確認ポイント |
|---|---|
| 買戻条件 | 実質的に売却した事業を取り戻す義務又は権利があるか |
| 長期購入契約 | 移転事業のほとんどすべてのコストを分離元企業が負担し続けるか |
| 価格保証・利益保証 | 移転後の業績変動リスクを分離元企業が負担しているか |
| 重要な供給契約・販売契約 | 通常の商取引を超えて、移転事業の成果変動に関与しているか |
| 債務保証・補償条項 | 移転事業の主要リスクを分離元企業が残しているか |
| 人員・システム・知財の継続提供 | 移転事業の運営実態を実質的に支配・維持しているか |
移転事業に買戻し条件が付されている場合や、長期購入契約により移転事業のほとんどすべてのコストを負担する場合には、重要な継続的関与により移転損益を認識できない。この点は、実務上もかねて指摘されてきたところです。
そのため、事業譲渡契約書を読む際には、譲渡価額や譲渡資産・負債だけを追うのでは足りません。買戻条項、補償条項、移行サービス契約、長期供給契約、価格調整条項、アーンアウト、従業員出向、知財ライセンスなどを、一体として確認する必要があります。
株式対価の事業分離:子会社・関連会社株式なら投資継続となりやすい
分離元企業が、移転事業の対価として分離先企業の株式のみを受け取る場合には、分離先企業が子会社又は関連会社となるか、それ以外となるかで処理が分かれます。
事業分離等会計基準は、子会社株式や関連会社株式となる分離先企業の株式のみを対価として受け取る場合には、当該株式を通じて移転した事業に関する事業投資を引き続き行っていると考えられるため、投資が継続しているとみなすとしています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
分離先企業が子会社となる場合
分離元企業が分離先企業の株式のみを対価として受け取り、分離先企業が新たに子会社となる場合、個別財務諸表上は移転損益を認識しません。取得した子会社株式の取得原価は、移転した事業に係る株主資本相当額に基づいて算定します。
連結財務諸表上は、単に個別上の子会社株式を消去すれば足りる、というわけではありません。
分離先企業が子会社になる場合には、移転した事業に係る分離元企業の持分の減少と、子会社に係る分離元企業の持分の増加とを比較し、持分変動差額とのれん又は負ののれんを整理します。分離先企業が子会社となる事業譲渡において、個別財務諸表上認識された移転利益がある場合には、連結上、未実現利益に準じて処理し、持分変動差額とのれんを区分する。この整理も、実務上示されているところです。
| 財務諸表 | 処理 |
|---|---|
| 分離元個別 | 移転損益を認識しない。子会社株式を移転事業の株主資本相当額で計上 |
| 分離元連結 | 持分変動差額とのれん又は負ののれんを区分。未実現損益があれば消去に準じて処理 |
| 分離先個別 | 取得又は共通支配下等の類型に応じて受入資産・負債を認識 |
| 分離先連結 | 支配獲得、PPA、非支配株主持分等を検討 |
分離先企業が関連会社となる場合
分離先企業が関連会社となる場合も、分離元企業の個別財務諸表上は、原則として移転損益を認識せず、受け取った関連会社株式の取得原価を、移転事業の株主資本相当額に基づいて算定します。
連結財務諸表上、持分法の適用にあたっては、分離先企業に対して投資したとみなされる額と、これに対応する分離先企業の事業分離直前の資本との間の差額が、のれん又は負ののれんとして処理されます。また、分離元企業の事業が移転されたとみなされる額と、移転事業に係る分離元企業の持分の減少額との間の差額は、持分変動差額として取り扱われます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
分離先企業が子会社・関連会社以外となる場合
分離先企業が子会社や関連会社以外となる場合、すなわち受け取った株式がその他有価証券として分類される場合には、投資が継続しているとは通常いえません。
この場合、分離元企業の個別財務諸表上は、原則として移転損益を認識します。分離先企業株式の取得原価は、移転した事業の時価又は分離先企業株式の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価に基づいて算定されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
現金等と株式の混合対価:受け取る株式の性格で処理が変わる
事業譲渡では、現金等の財産と分離先企業株式を組み合わせた対価が設定されることがあります。
このとき、現金部分は清算、株式部分は継続、と機械的に分ければよいわけではありません。分離先企業が子会社になるのか、関連会社になるのか、それ以外なのかによって、会計処理は変わります。
とりわけ分離先企業が関連会社となる場合、分離元企業の個別財務諸表上、受け取った現金等の財産は原則として時価で計上します。その時価が移転した事業に係る株主資本相当額を上回る場合には、その差額を移転利益として認識し、受け取った分離先企業株式の取得原価はゼロとします。逆に下回る場合には、その差額を受け取った分離先企業株式の取得原価とします。
連結財務諸表上は、移転利益を持分法会計基準における未実現損益の消去に準じて処理し、のれん又は負ののれんと持分変動差額を整理します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
| 分離先企業の位置づけ | 個別財務諸表上の方向性 | 連結上の注意点 |
|---|---|---|
| 子会社 | 投資継続部分が中心。移転損益の認識可否を慎重に判断 | 未実現損益、持分変動差額、のれんを整理 |
| 関連会社 | 現金等の時価と株主資本相当額の比較で移転利益・株式取得原価を判断 | 持分法上の未実現損益消去、のれん、持分変動差額 |
| その他有価証券 | 株式のみの場合に準じ、原則として移転損益を認識 | 時価測定、金融商品分類、税効果、注記 |
混合対価の処理は、経営者への説明でも誤解されやすい領域です。
「現金を受け取ったのだから譲渡益を全額認識できる」「株式を受け取ったのだから譲渡益は出ない」という単純な説明ではなく、受け取った株式を通じて移転事業への投資がどの程度継続しているのかを、説明できる形にしておく必要があります。
分離先企業・事業譲受会社の処理:取得か、共通支配下か、共同支配か
分離先企業側では、受け入れた事業をどう測定するかが問題になります。その入口となるのが、企業結合会計基準上の類型判定です。
企業結合会計基準では、共同支配企業の形成及び共通支配下の取引以外の企業結合は取得となり、取得とされた企業結合では、いずれかの結合当事企業を取得企業として決定します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
取得となる事業譲受け
取得とされた事業譲受けでは、被取得企業又は取得した事業の取得原価を、原則として取得の対価となる財の企業結合日における時価で算定します。
支払対価が現金以外の資産の引渡し、負債の引受け又は株式の交付である場合には、支払対価となる財の時価と、被取得企業又は取得した事業の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価で算定します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
取得原価は、企業結合日時点において識別可能な資産及び負債の時価を基礎として配分します。配分は企業結合日以後1年以内に行い、受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、識別可能資産として取り扱います。取得原価が識別可能資産・負債に配分された純額を上回る場合にはのれんが、下回る場合には負ののれんが生じます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
| 項目 | 取得となる事業譲受けの処理 |
|---|---|
| 取得原価 | 支払対価の企業結合日における時価を基礎 |
| 受入資産・負債 | 識別可能資産・負債の企業結合日時点の時価を基礎 |
| 無形資産 | 法律上の権利又は分離譲渡可能性があれば識別対象 |
| のれん | 取得原価が識別可能純資産を上回る場合に認識 |
| 負ののれん | 識別・配分を見直した上で、なお生じる場合は利益処理 |
| PPA | 企業結合日以後1年以内に取得原価を配分 |
PPAの実務では、買収された事業の資産・負債を時価評価し、取得原価から識別可能資産・負債の時価を差し引いた残余を、のれん又は負ののれんとして認識します。PPAは企業結合日以後1年以内に完了することが求められ、配分が未了の場合には暫定処理を行うことがあります。
共通支配下取引となる事業移転
グループ内の事業移転では、取得ではなく共通支配下取引となることがあります。
企業結合会計基準では、共通支配下の取引により企業集団内を移転する資産及び負債は、原則として移転直前の適正な帳簿価額により計上し、連結財務諸表上は内部取引としてすべて消去するとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
| 観点 | 取得 | 共通支配下取引 |
|---|---|---|
| 支配関係 | 支配を新たに獲得 | 支配の最終的な株主が変わらない |
| 受入資産・負債 | 時価を基礎 | 移転直前の適正な帳簿価額を基礎 |
| のれん | 発生し得る | 原則として発生しない |
| 連結処理 | PPA・資本連結 | 内部取引として消去 |
| 実務上の争点 | 取得原価、PPA、無形資産評価 | 簿価引継ぎ、移転差額、資本処理 |
共通支配下取引では、「同じグループ内だから会計処理はない」と考えてしまいがちです。しかし個別財務諸表では、資産・負債の受入れ、純資産処理、税効果、会社法計算への影響が残ります。この点には注意が必要です。
共同支配企業の形成となる場合
複数の独立企業が事業を拠出し、共同で支配する企業を形成する場合には、共同支配企業の形成に該当することがあります。
この場合、共同支配企業は、共同支配投資企業から移転する資産及び負債を、移転直前に共同支配投資企業において付されていた適正な帳簿価額により計上します。また共同支配投資企業側では、個別財務諸表上、受け取った共同支配企業に対する投資の取得原価を、移転した事業に係る株主資本相当額に基づいて算定し、連結財務諸表上は持分法を適用します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
共同支配の判定では、契約上の共同支配、重要な意思決定に関する拒否権、取締役構成、出資比率、事業運営への関与、対価の内容を確認します。名称が「共同事業」であっても、実質的に一方が支配している場合には、取得となり得ます。
逆取得となる事業譲渡:分離元が取得企業になることがある
株式対価で事業を譲渡し、分離元企業が分離先企業の支配を獲得する場合があります。このとき、法形式上は「事業を譲渡した」取引であっても、会計上は分離元企業が取得企業、分離先企業が被取得企業となる、逆取得の構図になり得ます。
受取対価が分離先企業株式のみであり、事業譲渡の結果、分離先企業が子会社となる場合には、事業を承継する会社が被取得企業、事業を譲渡して分離先企業株式を受け取った企業が取得企業となる逆取得に該当する。実務上も、このような整理が示されています。
この場合、分離元企業の個別財務諸表上は移転損益を認識しないとしても、連結財務諸表上は分離先企業を被取得企業として取得処理を行う可能性があります。
したがって会計メモでは、「誰が事業を出したか」ではなく、「誰が支配を獲得したか」を明確にしておく必要があります。
税効果会計:移転事業の税効果と残存事業の回収可能性を分ける
事業譲渡・事業分離では、税効果会計もまた重要な論点になります。
税効果会計は、企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額に相違がある場合に、法人税等の額を適切に期間配分し、税引前利益と法人税等を合理的に対応させる手続です。
事業分離では、少なくとも次の税効果論点を整理しておきたいところです。
| 論点 | 確認事項 |
|---|---|
| 移転する資産・負債に係る一時差異 | 移転対象に繰延税金資産・負債が含まれるか |
| 受取対価に係る一時差異 | 分離先株式等の会計上の取得原価と税務簿価に差異が生じるか |
| 移転損益の税務処理 | 会計上の移転損益と税務上の譲渡損益が一致するか |
| 投資継続の場合の税効果 | 会計上移転損益を認識しないが、税務上譲渡損益が生じるか |
| 残存事業のDTA回収可能性 | 事業譲渡後の将来課税所得で回収可能性を再評価する必要があるか |
| 連結・グループ通算 | グループ内移転、通算グループ加入・離脱、欠損金の取扱い |
事業譲渡会社において、移転する事業に係る資産・負債が現金以外の受取対価と引き換えられ、新たに当該受取対価が計上される場合には、一般的な交換と同様に、会計上の金額と税務上の帳簿価額との間に一時差異が生じることがあります。
また、残存事業に係る繰延税金資産の回収可能性は、事業譲渡を考慮した実際の事業譲渡会社における将来年度の収益力に基づく課税所得等により判断します。
ここで注意しておきたいのは、事業譲渡益の計上によって当期利益が改善しても、残存事業の将来収益力が低下している場合には、繰延税金資産の回収可能性がかえって弱くなるという点です。
事業譲渡は、短期的には譲渡益を生みます。その一方で、翌期以降の売上、利益、課税所得、減損判定、継続企業の前提にも影響が及びます。税効果会計は、譲渡益の税金計算だけで完結させるのではなく、事業ポートフォリオ変更後の収益力を踏まえて検討すべきものです。
移転対象の切出し:資産・負債・契約・人員・見積りを分解する
事業譲渡・事業分離では、譲渡契約に列挙された資産・負債だけを見ていても、会計処理は完結しません。
対象事業を一つの事業として移転する以上、資産、負債、契約、人員、収益・費用、見積り、内部統制まで切り出す必要があります。
| 切出し項目 | 実務上の確認事項 |
|---|---|
| 棚卸資産 | 評価単位、滞留・陳腐化、所有権、カットオフ |
| 固定資産 | 取得原価、減価償却、減損、資産除去債務 |
| 無形資産 | ソフトウェア、顧客関連資産、技術、商標、ライセンス |
| リース | 使用権資産・リース負債、契約移転、サブリース |
| 債権債務 | 回収可能性、貸倒引当金、債務引受、補償条項 |
| 引当金 | 製品保証、訴訟、退職給付、工事損失、原状回復 |
| 契約資産・契約負債 | 収益認識上の未履行義務、前受金、ポイント等 |
| 退職給付 | 移籍者、出向者、制度移管、過去勤務費用 |
| 税効果 | 移転事業・残存事業の一時差異、回収可能性 |
| 内部取引 | グループ内債権債務、未実現損益、取引条件 |
| 関連当事者取引 | 譲渡価額、移行サービス、長期供給契約 |
会計上の見積りは、将来事象に依存するため正確には測定できない金額を概算するものです。経営者の仮定によって財務諸表に大きな影響を与えることから、監査上も重要な論点になります。
事業譲渡・事業分離では、対象事業の減損、棚卸評価、貸倒、引当金、退職給付、税効果など、複数の見積りが同時に動きます。譲渡の直前に都合よく評価損を避け、譲渡益だけを認識するような処理は、監査上の説明が難しくなります。
開示・適時開示:事業の譲渡・譲受けは決定事実として検討対象になる
上場会社が事業譲渡・事業譲受けを行う場合には、財務諸表注記だけでなく、適時開示も検討する必要があります。
JPXは、適時開示が求められる会社情報の決定事実として、「合併等の組織再編行為」や「事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け」を掲げています。
出典:日本取引所グループ|適時開示が求められる会社情報
また、JPXの上場会社向けナビゲーションシステムでは、業務執行を決定する機関が「事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け」を行うことを決定した場合で、一定の基準に該当するときには、直ちに開示することが義務付けられるとされています。
譲渡の場合は、連結純資産30%、連結売上高10%、連結経常利益30%、親会社株主に帰属する当期純利益30%などの基準が示されています。譲受けの場合にも、連結純資産30%、連結売上高10%、連結経常利益30%、親会社株主に帰属する当期純利益30%などの基準があります。
出典:日本取引所グループ|決定事実 事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け
さらに、決定事実の開示時期は、取締役会決議などの形式だけで判断されるものではありません。業務執行を実質的に決定する機関において、当該事実を実行することを事実上決定した段階で判断されます。基本合意書等を締結し、当該行為について事実上決定した場合には、その時点で適時開示が必要となることがあります。
出典:日本取引所グループ|適時開示に関する実務要領
| 開示媒体 | 検討事項 |
|---|---|
| 適時開示 | 事業譲渡・譲受け、組織再編、子会社異動、業績予想修正、固定資産譲渡等 |
| 決算短信 | 業績影響、特別損益、セグメント変更、通期見通し |
| 有価証券報告書 | 事業分離注記、企業結合注記、セグメント、重要な会計上の見積り |
| 臨時報告書 | 重要な組織再編、主要な資産譲渡等に該当する場合 |
| 内部統制報告 | 事業売却に伴う統制範囲変更、決算財務報告プロセス変更 |
| 監査報告・KAM | 重要な事業分離、PPA、減損、税効果、継続企業など |
事業分離等会計基準では、共通支配下の取引や共同支配企業の形成に該当しない重要な事業分離を行った場合、分離元企業は次の事項を注記します。事業分離の概要、実施した会計処理の概要、セグメント情報における区分、当期損益計算書に計上されている分離事業に係る損益の概算額、そして継続的関与があるにもかかわらず移転損益を認識した場合の継続的関与の概要などです。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
また、貸借対照表日後に完了した事業分離や、貸借対照表日後に主要条件が合意された事業分離が、重要な開示後発事象に該当する場合には、事業分離注記に準じた注記が求められます。当事業年度中に主要条件が合意されたものの、貸借対照表日までに事業分離が完了していない場合にも、一定の注記が求められます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
監査対応:監査人が見るのは「譲渡益の金額」だけではない
事業譲渡・事業分離は、監査上、見積り、非経常取引、関連当事者、経営者判断、開示といった重要論点が重なり合う領域です。
監査人は、仕訳が基準に合っているかだけを見ているわけではありません。取引実態、対価の公正性、継続的関与、移転事業の帳簿価額、PPA、税効果、そして開示との整合性を確認します。
監査対応で準備しておきたい資料は、少なくとも次のとおりです。
| 資料 | 監査上の目的 |
|---|---|
| 取引スキーム図 | 分離元・分離先・親会社・株主・関連会社の関係整理 |
| 事業譲渡契約書・基本合意書 | 対価、譲渡対象、効力発生日、条件、補償条項 |
| 取締役会資料・経営会議資料 | 経営判断、事業ポートフォリオ方針、意思決定時点 |
| 移転事業の切出し財務情報 | 資産・負債・損益・キャッシュ・フローの合理的区分 |
| 移転資産・負債明細 | 棚卸、固定資産、債権債務、引当金、リース、契約負債 |
| 受取対価の算定資料 | 現金、株式、条件付対価、価格調整、評価書 |
| 継続的関与メモ | 買戻条件、長期契約、保証、移行サービス、残存リスク |
| 分離元会計処理メモ | 投資の清算・継続、移転損益、株主資本相当額 |
| 分離先会計処理メモ | 取得、共通支配下、共同支配、PPA、のれん |
| 税効果メモ | 一時差異、回収可能性、残存事業の課税所得 |
| 開示チェック | 適時開示、事業分離注記、企業結合注記、後発事象 |
| 内部統制影響 | 統制範囲変更、ITシステム移管、決算プロセス変更 |
とりわけ監査上争点になりやすいのは、次の5点です。
1つ目は、移転したものが「事業」なのか、それとも単なる資産グループなのかという点です。人員、契約、システム、顧客基盤、収益創出能力が一体として移転しているかを確認します。
2つ目は、移転事業に係る株主資本相当額の算定です。対象資産・負債だけでなく、引当金、税効果、評価・換算差額等、未認識債務、契約負債まで整理する必要があります。
3つ目は、継続的関与です。契約書上は売却であっても、リスクと経済価値が実質的に残っているのであれば、移転損益の認識は慎重に扱うべきです。
4つ目は、分離先企業側の取得原価配分です。取得となる場合には、PPA、識別可能無形資産、のれん、負ののれん、暫定処理が問題になります。
5つ目は、開示との整合性です。取締役会資料、適時開示、決算短信、有価証券報告書、監査人への説明のあいだで、取引目的、業績影響、未確定事項の説明がずれていないかを確認します。
実務上の落とし穴
1. 「事業譲渡=売却益」と考える
現金対価であれば移転損益を認識する方向にはなりやすいものの、重要な継続的関与があれば投資の清算とはいえず、移転損益を認識できない場合があります。譲渡益を計上したいという経営上の期待から逆算してはいけません。
2. 株式対価の意味を誤る
分離先企業株式を受け取る場合、その株式が子会社株式なのか、関連会社株式なのか、その他有価証券なのかによって、処理は異なります。株式を受け取ったという形式だけで、投資の継続か清算かを決めることはできません。
3. 個別と連結を混同する
個別財務諸表上は移転損益を認識しない場合であっても、連結上はのれん、持分変動差額、未実現損益の消去が問題になります。逆に、個別上は移転益を認識していても、連結上は消去される場合もあります。
4. 事業分離日直前の帳簿価額を十分に整備しない
移転事業の帳簿価額が曖昧なまま取引を進めてしまうと、譲渡益、受取株式の取得原価、税効果、PPA、開示のすべてが不安定になります。対象事業の仮決算、勘定科目別明細、見積り項目の整理は、早期に着手すべきです。
5. 譲渡後の残存事業を見ない
事業譲渡は、売った事業だけの話では終わりません。残る会社の収益力、固定費負担、共用資産、DTA回収可能性、減損、継続企業の前提にも影響します。譲渡益だけを見て決算影響を説明すると、翌期以降の会計リスクを見落とすことになります。
6. 適時開示のタイミングを会計処理確定後に置く
上場会社では、会計処理が未確定であっても、事業譲渡・譲受けの決定そのものが投資判断情報となる場合があります。PPAや税効果が未確定であれば、未確定事項として説明する設計が必要です。
判断メモに含めるべき項目
事業譲渡・事業分離の判断メモでは、最低限、次の事項を整理しておきます。
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 取引概要 | 目的、法形式、当事会社、効力発生日、対象事業 |
| 会計上の事業該当性 | 有機的一体として機能する経営資源か |
| 分離元・分離先 | どの企業が事業を移転し、どの企業が受け入れるか |
| 受取対価 | 現金、株式、混合対価、条件付対価、価格調整 |
| 投資の清算・継続 | 移転損益を認識するか、株主資本相当額で処理するか |
| 継続的関与 | 買戻し、保証、長期契約、移行サービス、残存リスク |
| 移転事業の帳簿価額 | 資産・負債・税効果・評価換算差額等の切出し |
| 分離先側の類型 | 取得、共通支配下取引、共同支配企業の形成 |
| PPA | 識別可能資産・負債、無形資産、のれん、暫定処理 |
| 連結処理 | 未実現損益、持分変動差額、持分法、非支配株主持分 |
| 税効果 | 移転事業、受取対価、残存事業、回収可能性 |
| 開示 | 適時開示、注記、後発事象、セグメント、業績予想 |
| 監査対応 | 監査人協議事項、提出資料、外部評価、経営者確認 |
このメモは、会計処理の根拠資料であると同時に、経営者、監査役等、開示担当、税務担当、M&Aアドバイザー、評価専門家、監査人との共通言語にもなります。
専門家に相談すべき場面
事業譲渡・事業分離は、単なる売買処理ではありません。とりわけ次のような場合には、早い段階で会計・税務・開示・監査の論点を一体で整理しておく必要があります。
| 相談が必要になりやすい場面 | 理由 |
|---|---|
| 対象が事業か資産譲渡か判断しにくい | 適用基準、PPA、注記、開示が変わる |
| 受取対価に分離先株式が含まれる | 投資の継続・清算、移転損益、持分法処理が問題になる |
| 重要な継続的関与がある | 移転損益を認識できるかが争点になる |
| 分離先が子会社又は関連会社になる | 個別と連結で処理が大きく異なる |
| グループ内事業移転である | 共通支配下取引、内部取引消去、資本処理が必要になる |
| 分離先側でPPAが必要 | 識別可能無形資産、のれん、負ののれん、暫定処理が発生する |
| 税務上の処理と会計処理が異なる | 一時差異、DTA回収可能性、税率差異に影響する |
| 上場会社の重要な事業譲渡・譲受けである | 適時開示、業績予想、注記、監査対応が必要になる |
| 事業譲渡後に残存事業の収益力が変わる | 減損、税効果、GC、固定費負担の検討が必要になる |
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業譲渡・事業分離について、会計処理の結論だけを示すのではなく、取引実態、分離元・分離先の判断、移転損益、継続的関与、PPA、税効果、注記・適時開示、監査人への説明までを一体で整理することを重視しています。
取締役会決議前、基本合意書の締結前、監査人との協議前、あるいは決算・開示作業に入る前に、事業譲渡・事業分離の会計影響を整理しておきたいという場合には、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 実務上の要点 |
|---|---|
| 事業譲渡と事業分離 | 事業譲渡は法形式、事業分離は会計上の概念。法形式だけで処理を決めない |
| 事業の定義 | 有機的一体として機能する経営資源かを確認する |
| 分離元企業 | 投資の清算か継続かにより、移転損益の認識が分かれる |
| 現金対価 | 通常は投資の清算として移転損益を認識する方向。ただし継続的関与を確認する |
| 株式対価 | 分離先が子会社・関連会社となる場合は投資継続とされやすい |
| その他有価証券 | 分離先が子会社・関連会社以外となる場合、原則として移転損益を認識する |
| 混合対価 | 現金等と株式を受け取る場合、分離先の位置づけにより処理が変わる |
| 継続的関与 | 買戻し、長期購入契約、保証等によりリスクを負い続ける場合は移転損益を認識できないことがある |
| 分離先企業 | 取得、共通支配下取引、共同支配企業の形成を判定する |
| 取得処理 | 取得原価を識別可能資産・負債に時価配分し、のれん又は負ののれんを認識する |
| 共通支配下取引 | 移転直前の適正な帳簿価額を基礎とし、連結上は内部取引として消去する |
| 税効果 | 移転事業、受取対価、残存事業の一時差異とDTA回収可能性を分けて整理する |
| 注記 | 重要な事業分離では概要、会計処理、セグメント、分離事業損益、継続的関与を注記する |
| 適時開示 | 上場会社の事業譲渡・譲受けは決定事実として開示検討が必要 |
| 監査対応 | 対象事業の切出し、継続的関与、対価評価、PPA、税効果、開示の判断過程を文書化する |