デリバティブ取引には、上場企業の決算実務において特徴的な一面があります。想定元本で見れば取引規模は大きく見えるのに、貸借対照表に表れるのは正味の時価だけ、という点です。
そのため、会計処理を検討するにあたっては、契約金額や想定元本を眺めるだけでは足りません。
その取引によって会社がどのような市場リスク、信用リスク、流動性リスクを負っているのか。そのリスクはどの時点で財務諸表に反映されるのか。そして、評価差額を損益に認識すべきなのか、それともヘッジ会計の対象として別途検討すべきなのか。ここを順に整理していくことが重要になります。
日本基準では、金融商品会計基準において、金融資産に先物取引、先渡取引、オプション取引、スワップ取引その他これらに類似する取引により生じる正味の債権等が含まれ、金融負債にはデリバティブ取引により生じる正味の債務等が含まれるものとされています。
金融商品会計基準は、金融商品に関する会計処理を定める基準であり、金融商品に関しては企業会計原則に優先して適用されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
なお、本記事ではヘッジ会計の詳細な適用要件までは踏み込みません。扱うのは、ヘッジ会計の要件判定に入る前の段階、あるいはヘッジ会計を適用しない場合に、デリバティブ取引を原則としてどのように会計処理すべきかという入口の論点です。
デリバティブ取引は「契約名」ではなく「性質」で判断する
デリバティブ取引というと、為替予約、金利スワップ、通貨スワップ、株価指数先物、通貨オプションといった商品名で理解されることが多いように思います。
しかし会計上は、商品名だけで判断してしまうと危うい場面があります。契約書に「予約」「スワップ」「オプション」と記載されているかどうかではなく、その契約が会計上のデリバティブとしての特徴を備えているかどうかを確認する必要があります。
移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」では、デリバティブの特徴として、基礎数値の変化に反応して価値が変動すること、当初純投資が不要または少額であること、純額決済またはそれと実質的に同等の決済が可能であることなどが示されています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
そこで実務では、まず次の順序で取引を分解していきます。
| 確認観点 | 実務上の確認内容 |
|---|---|
| 基礎数値 | 金利、為替、株価、商品価格、指数、信用指標など、何に連動して価値が変動するか |
| 想定元本・決済金額 | 価値変動を計算する基礎となる金額や数量があるか |
| 当初純投資 | 取引開始時に多額の投資を要するか、または少額・不要か |
| 決済方法 | 差金決済、反対売買、純額決済、または実質的に同等の効果を持つか |
| 取引目的 | リスク管理目的か、売買・収益獲得目的か、または複合的な目的か |
| 会計上の処理方針 | 原則処理か、ヘッジ会計の検討対象か |
ここで押さえておきたいのは、「デリバティブに該当するか」と「ヘッジ会計を適用できるか」は、まったく別の判断だという点です。
デリバティブに該当する場合、原則として時価評価し、評価差額は当期の損益に認識します。
一方で、ヘッジ会計を適用するには、ヘッジ対象、ヘッジ手段、リスク管理方針、文書化、有効性評価といった要件を別途満たさなければなりません。ヘッジ会計の詳細は、本シリーズの後続記事で扱うべき領域です。
デリバティブ取引の主な類型
デリバティブ取引は多様ですが、上場企業の決算実務でまず整理しておきたい基本類型は、先渡取引、先物取引、スワップ取引、オプション取引の四つです。
先渡取引・先物取引
先渡取引と先物取引は、将来の一定時点における価格やレートを、現時点で約定する取引です。
為替予約は、外貨建債権債務や予定取引に関連して頻繁に利用される代表例といえます。将来の外貨受払額を一定の円貨額に近づける、あるいは固定する目的で用いられます。
ただし会計上は、「為替リスクを減らす目的で締結している」というだけで、当然にヘッジ会計になるわけではありません。ヘッジ会計を適用しない場合、為替予約等のデリバティブは独立した金融商品として時価評価されます。
先物取引は、取引所で条件が標準化され、証拠金や日々の値洗いが行われることの多い取引です。
取引所取引であれば市場価格は把握しやすくなりますが、その分、証拠金、未収未払、清算損益、日々の値洗いの会計処理と決算整理を正確に区分しておく必要があります。
スワップ取引
スワップ取引は、将来のキャッシュ・フローを交換する取引です。代表的なものとして、金利スワップと通貨スワップがあります。
金利スワップでは、固定金利と変動金利の交換などにより、借入金や債券の金利リスクを管理します。通貨スワップでは、異なる通貨間で元本や利息を交換し、為替リスクや外貨資金調達のリスク管理に用いられます。
スワップ取引は、実務の感覚として「借入条件の実質的な変更」のように理解されることがあります。
しかし会計上は、原則としてスワップ契約そのものから生じる正味の債権・債務を時価で認識します。借入金本体と一体で処理できるかどうかは、ヘッジ会計や金利スワップの特例処理といった別の論点であり、原則処理とは切り分けて考える必要があります。
オプション取引
オプション取引は、一定の価格で買う権利、または売る権利を取引するものです。買い手は権利を取得し、売り手は権利行使に応じる義務を負います。
先渡・先物・スワップと異なるのは、オプションでは買い手がプレミアムを支払うことが一般的だという点です。そのため、取引開始時点で時価がゼロとならず、支払プレミアムを資産として認識する必要が生じる場合があります。
その後は、オプションの時価変動を評価し、ヘッジ会計を適用しない限り、評価差額を損益として処理していきます。
また、オプションは、損失がプレミアムに限定される買建オプションと、潜在的な損失が大きくなり得る売建オプションとで、リスクの性質が大きく異なります。
同じ「オプション」という名称であっても、買建か売建か、単独か組合せ商品か、ヘッジ目的か収益獲得目的か。これらによって、監査上確認すべき事項は変わってきます。
実務上も、先渡・先物、スワップ、オプションを基本類型として整理したうえで、為替予約、金利スワップ、通貨スワップ、通貨オプション等をヘッジ手段の代表例として位置づける整理が一般的です。
原則的な会計処理は「時価評価」と「評価差額の損益処理」
日本基準におけるデリバティブ取引の原則処理は、明確です。
デリバティブ取引により生じる正味の債権および債務は、時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は原則として当期の損益として処理します。
金融商品会計基準の結論の背景でも、デリバティブの保有者にとって意味を持つ価値は正味の債権または債務の時価に求められ、その時価変動は、ヘッジに係るものを除き、当期の損益として処理するという考え方が示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
この原則を実務判断に落とし込むと、次のように整理できます。
| 会計上の局面 | 原則的な考え方 |
|---|---|
| 契約締結時 | 時価がゼロであれば通常は仕訳なし。オプション料等を支払う場合は、その支払額・時価に応じて資産または負債を認識する |
| 決算時 | デリバティブの時価を算定し、正味の債権または債務として貸借対照表に計上する |
| 評価差額 | ヘッジ会計を適用しない限り、原則として当期の損益に認識する |
| 決済時 | 決済額と直前帳簿価額との差額を損益として処理する |
| 表示・注記 | 金融商品の内容、リスク、リスク管理体制、時価等、レベル別情報等を重要性に応じて整理する |
ここで誤解が生じやすいのは、想定元本そのものを資産または負債として認識するわけではない、という点です。
想定元本は、あくまでデリバティブの価値変動を計算する基礎であり、財務諸表に認識されるのは、原則としてデリバティブから生じる正味の時価です。
もっとも、想定元本が財務諸表本体にそのまま計上されないからといって、重要性が低いということにはなりません。
想定元本は、リスク量、時価感応度、信用リスク、流動性リスク、内部管理上の重要性を判断するうえで、重要な情報です。注記や監査対応の場面では、貸借対照表計上額だけでなく、取引規模やリスクの性質まで説明できる状態にしておく必要があります。
時価算定では「市場価格があるか」だけで終わらせない
デリバティブ取引の原則処理では、時価評価が中心になります。裏を返せば、会計処理の妥当性は、時価算定の妥当性と切り離せないということです。
企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」は、金融商品会計基準における金融商品の時価にも適用されます。同基準では、時価とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合に、資産の売却によって受け取る価格、または負債の移転のために支払う価格とされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準
取引所取引のように活発な市場価格がある場合、時価算定の入口は比較的明確です。
実務で問題になりやすいのは、店頭デリバティブ、複合商品、長期契約、非標準的な条件を含む契約といったケースです。
時価算定適用指針では、時価の算定にあたって、対象となる資産または負債の特性、秩序ある取引、主要な市場または最も有利な市場、評価技法およびインプットなどを前提として考えることが示されています。また、評価技法としては、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチが例示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針
デリバティブの時価算定において、実務上確認しておきたい事項は、少なくとも次のとおりです。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 市場価格の有無 | 取引所価格、ブローカー価格、金融機関提示価格など、観察可能な価格があるか |
| 評価技法 | 割引現在価値、オプション価格モデル、シミュレーション等のどの技法を用いているか |
| インプット | 金利、為替、ボラティリティ、信用スプレッド、相関、流動性等をどう設定しているか |
| 信用リスク | 取引相手先の信用リスク、自社の信用リスク、担保・CSA等を反映しているか |
| 価格入手元 | 取引金融機関、外部評価機関、社内モデルのいずれか。独立性や検証可能性はあるか |
| 継続性 | 前期から評価手法やインプットが変更されていないか。変更がある場合、合理的な理由があるか |
| 重要性 | 貸借対照表計上額だけでなく、想定元本、損益影響、感応度、契約期間を含めて重要性を判断しているか |
とりわけ、取引金融機関から提供された評価額をそのまま会計処理に用いる場合には、誰がどのように検証したのかが重要になります。
金融機関の提示価格は実務上たいへん有用ですが、会社自身の会計判断を代替するものではありません。
監査対応の観点からは、評価額の入手過程、基礎データ、評価モデルの概要、前期比較、異常値の有無、複数価格の比較といった点を説明できる状態にしておく必要があります。時価算定の実務では、評価技法、第三者から入手した相場価格、金利・通貨関連デリバティブ等の評価技法が、いずれも重要な論点になります。
ヘッジ目的で締結していても、原則処理では損益が先に出る
実務で最も混乱が生じやすいのは、「経済的にはヘッジ目的で締結しているのだから、会計上も損益を繰り延べられるはずだ」という理解です。
これは、正確ではありません。
デリバティブ取引は、ヘッジ目的であっても、ヘッジ会計の要件を満たさなければ、原則として時価評価し、評価差額を当期損益に認識します。
金融商品会計基準は、ヘッジ取引について、ヘッジ対象の資産または負債に係る相場変動を相殺する、またはキャッシュ・フローを固定して変動を回避することにより損失可能性を減殺する目的で、デリバティブ取引をヘッジ手段として用いる取引と整理しています。
そのうえで、ヘッジ会計が必要となる理由として、ヘッジ手段であるデリバティブは原則処理では時価評価され損益が認識される一方、ヘッジ対象側の損益認識時期が一致しない場合には、経済的実態が財務諸表に反映されないことを挙げています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
つまり、会計上の出発点は、あくまで原則処理にあります。
ヘッジ会計は、経済的なヘッジ関係が存在すれば自動的に適用されるものではなく、一定の要件を満たす場合にのみ認められる、例外的・特殊な会計処理です。
為替予約等の評価差額は原則として当期損益に処理されます。これに対し、ヘッジ会計を適用する場合には、ヘッジ対象とヘッジ手段の損益認識時期を対応させるため、繰延ヘッジ等の処理を検討することになります。
したがって、決算実務では次の切り分けが欠かせません。
| 判断項目 | 原則処理 | ヘッジ会計の検討 |
|---|---|---|
| 取引目的 | 目的にかかわらず、デリバティブに該当すれば時価評価が出発点 | リスク管理方針に基づくヘッジ目的であることが前提 |
| 損益処理 | 評価差額を原則として当期損益に認識 | 要件を満たせば損益認識時期をヘッジ対象と対応させる |
| 必要資料 | 契約書、時価資料、評価差額計算、取引残高資料 | 加えて、ヘッジ指定文書、リスク管理方針、有効性評価資料等 |
| 監査上の争点 | 時価の妥当性、網羅性、評価差額の期間帰属 | ヘッジ要件、文書化、有効性、ヘッジ対象の適格性 |
デリバティブ取引の会計処理で実務上見落とされやすい論点
契約の網羅性
デリバティブ取引では、評価方法を論じる以前に、取引の網羅性が重要になります。
財務部門が把握している為替予約や金利スワップだけでなく、海外子会社、事業部門、資金管理部門、証券・商品取引を行う部門が保有する契約まで含めて、期末時点の未決済契約を漏れなく把握する必要があります。
特に上場企業や大規模グループでは、契約を締結する部署と会計処理を行う部署が分かれていることがあります。
契約管理システム、金融機関残高確認、取締役会・稟議資料、資金繰り表、外貨建取引一覧、借入契約、担保契約などを突合し、デリバティブ契約が会計処理から漏れていないかを確認しておくことが大切です。
約定日と決算日の処理
デリバティブ契約には、約定日時点で時価がゼロとなるものも多くあります。その場合、約定日時点では仕訳が生じないことがあります。
しかし、仕訳がないことと、会計上の管理が不要であることは別の話です。
約定日時点で仕訳がなくても、契約はすでに存在しており、決算日時点では時価評価が必要になります。約定日、開始日、満期日、決済日、ロールオーバー日、契約変更日を整理しておかなければ、決算時の評価対象を誤る可能性があります。
実務上は、期末近くに締結された為替予約、ロールオーバーされた契約、期末日後に決済された契約、予定取引に対応する契約などで、期間帰属と評価対象を誤りやすくなります。
複合商品・組込デリバティブ
デリバティブは、単独契約として存在する場合ばかりではありません。
借入契約、社債、投資商品、仕組債、外貨建契約、商品売買契約などに、デリバティブ的な経済効果が組み込まれていることがあります。
この場合、契約全体の名称だけでは会計処理を判断できません。契約条件の中に、金利、為替、株価、商品価格、指数等に連動してキャッシュ・フローが変動する条項が含まれていないかを確認する必要があります。
複合商品については、単独のデリバティブ取引と同じように単純に処理できるとは限りません。金融商品会計基準、複合金融商品に関する適用指針、時価算定基準、そして表示・注記への影響を、合わせて検討していくことになります。
評価差額の表示区分
デリバティブの評価差額を当期損益として処理する場合でも、損益計算書上どの区分に表示するかは、取引の性質、会社の事業内容、管理方針、継続性を踏まえて判断します。
たとえば、金融商品取引を主たる業務としない事業会社が資金調達や外貨建取引に関連してデリバティブを利用する場合と、金融商品取引を主たる業務とする会社がトレーディング目的で保有する場合とでは、損益表示の考え方が異なり得ます。
表示区分は、単に勘定科目を決めるだけの問題ではありません。
営業利益、経常利益、税引前利益、業績予想、KAM、投資家説明にまで影響することがあります。だからこそ、会計方針としての継続性、重要性、実態との整合性を確認しておく必要があります。
注記・開示では、時価だけでなくリスク管理の説明が問われる
デリバティブ取引は、財務諸表本体では正味の時価として、比較的小さく見えることがあります。
しかし注記においては、取引の内容、リスク、リスク管理体制、時価等に関する説明が重要になります。
金融商品会計基準では、金融商品の状況に関する事項、金融商品の時価等に関する事項、金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項などの注記が定められています。重要性が乏しいものは省略できますが、連結財務諸表で注記している場合には、個別財務諸表で記載を要しないという取扱いも示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
また、金融商品の時価等の開示に関する適用指針では、金融商品の内容として、デリバティブ取引であれば先物取引、オプション取引、先渡取引、スワップ取引等の種類や説明が含まれることが示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第19号 金融商品の時価等の開示に関する適用指針
実務上は、次のような情報を整理しておくと、注記・開示・監査対応が安定します。
| 開示・説明項目 | 整理すべき内容 |
|---|---|
| 取組方針 | デリバティブを利用する目的、対象リスク、利用限度、投機目的取引の有無 |
| 取引内容 | 為替予約、金利スワップ、通貨スワップ、オプション等の種類 |
| リスク | 市場リスク、信用リスク、流動性リスク、担保・証拠金リスク |
| リスク管理体制 | 取引承認、限度管理、職務分掌、モニタリング、報告体制 |
| 時価等 | 時価算定方法、評価技法、主要インプット、レベル分類 |
| 補足説明 | 時価が著しく変動する可能性、評価に用いた仮定、金融機関価格の利用状況 |
とりわけ、デリバティブ取引の損益が業績に与える影響が大きい場合や、時価評価に観察できないインプットが含まれる場合には、財務諸表利用者がリスクを理解できる記載になっているかどうかを、あらためて確認する必要があります。
監査対応では「時価資料」だけでは足りない
デリバティブ取引の監査対応というと、金融機関から入手した時価評価資料を提出すれば足りると考えられがちです。
しかし、監査上の検討はそれだけでは完結しません。監査人は、少なくとも次のような観点を確認します。
| 監査上の確認事項 | 会社側で準備すべき資料 |
|---|---|
| 取引の実在性 | 契約書、取引確認書、金融機関残高確認、約定通知 |
| 取引の網羅性 | 金融機関別取引一覧、契約管理台帳、残高確認、取締役会・稟議資料 |
| 時価の妥当性 | 評価資料、価格入手元、評価モデル、主要インプット、前期比較 |
| 評価差額の正確性 | 時価評価計算表、仕訳、税効果、外貨換算、決済損益の計算 |
| 表示の妥当性 | B/S科目、P/L区分、純資産処理の有無、注記との整合 |
| リスク管理体制 | デリバティブ取引管理規程、承認権限、限度額、モニタリング資料 |
| ヘッジ会計との切り分け | ヘッジ指定の有無、ヘッジ会計を適用しない判断、適用する場合の別途資料 |
監査の場面でよく問題になるのは、評価額そのものよりも、取引目的、管理方針、会計処理方針、注記説明が整合していないケースです。
たとえば、社内では「ヘッジ目的」と説明しているにもかかわらず、ヘッジ会計の文書化や有効性評価が存在せず、会計処理は原則処理になっている場合があります。
このとき、原則処理そのものが誤りとは限りません。ただし、取引目的、損益表示、注記、リスク管理体制の説明に矛盾がないかは、確認しておく必要があります。
また、デリバティブを用いたヘッジ取引の有効性判定や測定は、KAMや重要な会計上の見積りの文脈で取り上げられることもあります。公正価値測定、評価技法の選択、ヘッジ取引の有効性判定といった論点は、監査上重要な検討事項となり得る領域です。
原則処理を理解していないと、ヘッジ会計の判断も誤る
デリバティブ取引については、実務上、すぐに「ヘッジ会計を適用できるか」という議論に進みがちです。
しかし、ヘッジ会計を正しく検討するためにこそ、まず原則処理を理解しておく必要があります。
原則処理では、デリバティブの時価変動が当期損益に直接反映されます。その結果、ヘッジ対象側の損益認識時期とのあいだにズレが生じる場合があります。
このズレを調整するために、一定の要件のもとでヘッジ会計が認められる。こうした構造になっています。
したがって、ヘッジ会計の要件を検討する前に、次の問いに答えられる状態にしておくことが重要です。
| 事前に整理すべき問い | 意味 |
|---|---|
| この契約は会計上のデリバティブに該当するか | 金融商品会計基準・実務指針の対象か |
| 原則処理をした場合、どの損益がいつ発生するか | ヘッジ会計を適用しない場合の財務諸表影響 |
| ヘッジ対象側の損益認識時期はいつか | 損益の期間対応にズレがあるか |
| 会社のリスク管理方針と整合しているか | 会計上のヘッジ指定に耐える取引か |
| 時価評価を合理的に行えるか | 原則処理でもヘッジ会計でも必要となる基礎 |
| 注記・監査で説明できるか | 会計処理の結論だけでなく、判断過程を示せるか |
この整理を飛ばしてしまうと、議論がヘッジ会計の適用可否だけに偏ってしまいます。その結果、原則処理をした場合の影響額、注記、リスク説明、監査対応が、いずれも後手に回ることになります。
上場企業実務での判断軸
デリバティブ取引の会計処理は、「時価評価して損益処理する」と覚えるだけでは十分とはいえません。上場企業の決算・開示実務では、次の判断軸を押さえておきたいところです。
1. 取引実態を契約単位で把握する
まず、契約の実態を確認します。契約書、取引確認書、金融機関明細、稟議資料、リスク管理資料を照合し、契約条件を正確に把握します。
特に、想定元本、満期、決済通貨、基礎数値、固定・変動条件、オプション条項、早期解約条項、担保・証拠金、相殺条項といった要素は、時価評価と開示に影響します。
2. 原則処理による財務諸表影響を先に把握する
ヘッジ会計を検討する場合であっても、まずは原則処理をした場合の影響を把握します。
これにより、評価差額が損益に与える影響、業績予想や重要性判断への影響、注記の必要性が明確になります。
3. 時価算定の根拠を検証可能な形で残す
デリバティブの時価は、外部から受領した資料を保管するだけでは足りません。
価格の入手先、評価手法、主要インプット、前期からの変更、異常値の有無を、後から説明できるようにしておきます。
4. リスク管理と会計処理の整合性を確認する
社内のリスク管理上はヘッジ目的で管理しているのに、会計上は原則処理として損益を認識する。こうした状況が生じることがあります。
この場合、会計処理が誤っているとは限りません。ただし、リスク管理方針、取引目的、会計方針、開示の記載が互いに矛盾しないよう整理しておく必要があります。
5. 開示と監査対応を早期に設計する
デリバティブ取引は、期末に評価資料を集めるだけでは十分に対応しきれません。
重要性がある場合には、期中の段階から、取引一覧、評価方法、リスク管理資料、注記ドラフト、監査人との協議事項を整理しておくべきです。
専門家に相談すべき場面
デリバティブ取引は、契約内容が標準的で、取引規模も限定的であり、金融機関から時価資料が入手でき、原則処理による損益影響も明確であれば、比較的整理しやすい領域です。
一方で、次のような場合には、早い段階で専門家を交えて整理することが望ましいといえます。
| 相談を検討すべき状況 | 理由 |
|---|---|
| 複合商品・仕組商品を保有している | 組込デリバティブや複合金融商品の検討が必要になる可能性がある |
| 店頭デリバティブで時価算定が複雑 | 評価技法、インプット、信用リスク調整の妥当性が争点になりやすい |
| 評価差額が業績に重要な影響を与える | 損益表示、業績予想、適時開示、注記への影響が生じ得る |
| ヘッジ目的だが文書化が不十分 | ヘッジ会計を適用できない可能性がある |
| 海外子会社や複数部門で取引している | 契約の網羅性とグループ管理が問題になりやすい |
| 金融機関提示価格をそのまま使っている | 価格検証と監査対応の説明が必要になる |
| 監査人から時価評価や注記について指摘を受けている | 評価根拠、会計方針、開示粒度を整理する必要がある |
デリバティブ取引の会計処理は、結論だけを見れば「時価評価して損益処理」と、ごく簡潔に映ります。
しかし上場企業の実務では、その背後に、契約実態、リスク管理、時価算定、表示、注記、監査対応、そしてヘッジ会計との切り分けが控えています。
重要なのは、評価差額をどの勘定科目で処理するかだけではありません。
なぜその取引を保有しているのか。どのリスクを負っているのか。どの根拠で時価を算定したのか。なぜヘッジ会計を適用しないのか、あるいは適用できるのか。これらを、後から説明できる形で整理しておくことです。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
デリバティブ取引の会計処理、時価評価、金融商品注記、ヘッジ会計との切り分け、監査人への説明資料の整理に不安がある場合は、早い段階で論点を分解しておくことが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、日本基準に基づく上場企業・IPO準備企業・大規模グループの決算、開示、監査対応を前提に、取引実態、会計処理、評価資料、注記、監査対応までを一体で整理するご相談を承っています。
デリバティブ取引について、会計処理の結論だけでなく、監査人・経営者・開示担当者に説明できる判断過程を整えたいとお考えの場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 実務上のポイント |
|---|---|
| デリバティブの判断 | 契約名ではなく、基礎数値、想定元本、当初純投資、純額決済等の性質で判断する |
| 原則処理 | 正味の債権・債務を時価評価し、評価差額は原則として当期損益に処理する |
| 想定元本 | 想定元本そのものを資産・負債計上するのではなく、時価評価額を認識する。ただしリスク量の把握には重要 |
| 主な取引類型 | 先渡・先物、スワップ、オプションを基本類型として整理する |
| 時価算定 | 市場価格、評価技法、インプット、信用リスク、第三者価格の検証が重要 |
| ヘッジ会計との関係 | ヘッジ目的でも要件を満たさなければ原則処理。ヘッジ会計は別途要件を満たす場合の特殊処理 |
| 開示 | 金融商品の内容、リスク、リスク管理体制、時価等、レベル別情報を重要性に応じて整理する |
| 監査対応 | 契約の網羅性、時価の妥当性、評価差額、表示区分、注記との整合性を説明できる資料が必要 |
| 専門家相談 | 複合商品、店頭デリバティブ、重要な評価差額、ヘッジ会計の文書化不足がある場合は早期整理が望ましい |
主な出典・参照情報
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第19号 金融商品の時価等の開示に関する適用指針
出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等の公表