事業承継を考えるとき、役員退職金や死亡退職金は、しばしば「納税資金対策」という文脈で検討されます。
先代経営者が退任する際に役員退職金を支給する。あるいは、先代経営者が在職中に亡くなった場合に死亡退職金を支給する。そして、後継者や相続人が受け取ったその資金を、相続税の納付、代償金、遺留分への対応、自社株の買取資金などに充てる。こうした流れは、実務でもよく見られるものです。
この発想自体は、事業承継の実務において確かに重要です。自社株は換金しにくく、会社の株価が高いほど相続税の負担も重くなりやすいため、後継者側にまとまった資金をあらかじめ準備しておく意味は決して小さくありません。自社株の承継では、納税資金、代償金、遺留分侵害額への対応資金、分散した株式の買取資金などが同時に問題になり得ます。だからこそ、死亡退職金や生命保険金を事業承継資金として活用するという考え方が成り立ちます。
ただし、役員退職金や死亡退職金を、単に「出せば節税になる」「納税資金になる」と考えるのは早計です。
退職金を支給すれば、会社から資金が流出し、損益に影響し、純資産が減少します。借入金のある会社では、金融機関への説明も求められます。支給額が過大であれば、法人税法上、損金算入が否認される可能性もあります。さらに、支給の根拠となる規程、株主総会や取締役会の決議、議事録、受取人、支給時期といった点まで、丁寧に整理しておく必要があります。
事業承継税制の納税猶予を使う場合であっても、役員退職金・死亡退職金の検討が不要になるわけではありません。納税猶予で軽減されるのはあくまで一定の税額であり、相続税全体、猶予の対象外となる財産、代償金、遺留分、取消時の納付資金、そして会社財務への影響は、依然として残るからです。
役員退職金・死亡退職金は「個人の納税資金」と「会社財務」をつなぐ論点
事業承継における役員退職金・死亡退職金の難しさは、個人側の論点と会社側の論点が、同時に動いてしまうところにあります。
個人側で問題になるのは、相続税・贈与税の納税資金、後継者以外の相続人への代償金、遺留分への対応資金、株式の買取資金、そして先代経営者の引退後の生活資金です。
一方、会社側では、退職金支給によるキャッシュアウト、損金算入の可否、支給時期、純資産の減少、自社株評価への影響、借入返済能力、金融機関への説明、役員退職慰労金規程や決議手続といった点が問題になります。
つまり、同じ退職金であっても、見る角度によって意味がまったく変わってきます。
- 後継者にとっては、納税資金
- 先代経営者にとっては、引退後の生活資金
- 会社にとっては、大きな資金の流出
- 相続人にとっては、財産配分の一部
- 金融機関にとっては、財務の安全性に影響する支出
- 税務上は、損金性・相続税・所得税・源泉徴収・みなし相続財産の判断対象
このように考えると、役員退職金・死亡退職金は、事業承継税制の周辺にある些末な論点ではなく、承継設計の中核を担う論点の一つだといえます。
生前の役員退職金と死亡退職金は分けて考える
まず押さえておきたいのは、役員退職金と死亡退職金が、同じ「退職金」という言葉で語られながらも、事業承継上の役割を異にするという点です。
生前の役員退職金
生前の役員退職金は、先代経営者が退任した場合、あるいは実質的に退職したのと同様の状態になった場合に支給されるものです。
事業承継の場面では、先代経営者が代表取締役を退き、後継者へ経営権を移すタイミングで検討されることがあります。とりわけ親族内承継では、先代が会社を完全に離れるのではなく、会長や相談役、非常勤役員といった立場で一定期間関与し続けることも珍しくありません。その場合、税務上「退職」といえるのか、分掌変更後も実質的に経営上主要な地位を占めていないか、といった点を確認しておく必要があります。
国税庁は、役員が分掌変更した場合の退職金について、役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情があると認められるときには、退職金として取り扱うことができるとしています。具体例として挙げられているのは、常勤役員が非常勤役員になった場合、取締役が監査役になった場合、分掌変更後の給与がおおむね50%以上減少した場合などです。ただし、代表権を有している場合や、実質的に経営上主要な地位を占め続けている場合などには、慎重な判断が求められます。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金
出典:国税庁|法人税基本通達 第7款 退職給与
生前退職金は、先代の引退後の生活資金になる一方で、会社から大きな資金が流出する性質を持ちます。会社の利益や純資産を圧縮するため、自社株評価に影響することもあります。役員退職金による利益の圧縮は、類似業種比準価額や純資産価額に作用し得るため、株価対策として検討されることもありますが、その場合でも、税務上過大と見られない金額の範囲にとどめる必要があります。
死亡退職金
死亡退職金は、先代経営者が在職中に亡くなった場合などに、会社が遺族等へ支給する退職手当金等を指します。
相続税法上、被相続人の死亡後3年以内に支給が確定した死亡退職金は、相続または遺贈によって取得したものとみなされ、相続税の課税対象になります。相続人が受け取った死亡退職金には一定の非課税限度額が設けられており、その額は「500万円×法定相続人の数」で計算されます。なお、相続人以外の人が受け取った死亡退職金には、この非課税の適用はありません。
出典:国税庁|No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金
また、死亡退職金は、死亡後3年以内に支給額が確定していれば、実際の支払いが3年以内であるかどうかを問わず、相続税の課税対象になります。逆に、支給されること自体は確定していても金額が確定していない場合には、相続税法第3条第1項第2号にいう「支給が確定したもの」には該当しないとされています。
出典:国税庁|死亡退職金の課税時期
出典:国税庁|相続税法基本通達 退職手当金関係
一方、死亡後3年を経過してから支給が確定した死亡退職金は、相続税の課税価格の計算の基礎に算入される死亡退職金とは異なる扱いとなり、支払を受ける遺族の一時所得とされます。この点は、国税庁の質疑応答でも示されています。
出典:国税庁|No.2728 退職所得の収入金額の収入すべき時期
死亡退職金は、相続税の非課税枠を活用できる可能性を持つ一方で、支給時期、支給確定時期、受取人、規程、決議、金額の相当性といった点を整理しておかなければ、想定していた資金対策として機能しないことがあります。
役員退職金の会社側の論点|損金算入できるか
会社が役員に退職金を支給する場合、まず確認すべきは、法人税法上、その退職金を損金に算入できるかどうかです。
国税庁は、法人が役員に支給する退職金のうち適正な額のものは、損金の額に算入されると説明しています。損金算入の時期は、原則として、株主総会の決議等によって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度です。ただし、法人が退職金を実際に支払った事業年度において損金経理をした場合には、その支払った事業年度に損金算入することも認められます。なお、未払金に計上しただけでは損金算入できない点にも注意が必要です。
ここでいう「適正な額」とは、単に会社が払いたい金額という意味ではありません。役員の業務従事期間、退職の事情、同業種・同規模の法人における役員退職金の支給状況などからみて、相当といえるかどうかが問われます。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金
過大な役員退職金については、不相当に高額な部分が損金不算入となる可能性があります。国税庁の税務大学校論叢でも、役員給与のうち不相当に高額な部分、いわゆる過大役員給与は損金算入されないこと、また役員退職給与は退任を機に功績や貢献への報償として支給される性格を持つため、会社側に高額設定のインセンティブが働きやすいことが指摘されています。
出典:国税庁 税務大学校|過大役員給与の損金不算入額算定に関する一考察―役員退職給与を中心に―
事業承継の場面では、退職金を厚くしたいという動機が、いくつも重なって生じます。
- 先代経営者の引退後の資金を確保したい
- 後継者や相続人の納税資金を確保したい
- 会社利益を圧縮して株価を下げたい
- 生命保険の解約返戻金を退職金の原資に充てたい
- 自社株の承継前に純資産を調整したい
しかし、こうした目的があるからといって、無制限に損金算入できるわけではありません。支給額の根拠、支給決議、退職の事実、職務内容の変化、会社の支払能力、同業同規模法人との比較、過去の役員報酬水準といった要素を、あらかじめ整えておく必要があります。
生前退職金は「退任の実態」が問われる
親族内承継では、先代経営者がすぐに会社を離れないことがあります。後継者への引継ぎ、取引先との関係維持、金融機関対応、従業員の安心感といった理由から、しばらく会長や相談役として会社に残ること自体は、決して珍しいことではありません。
問題は、その状態のまま役員退職金を支給した場合に、税務上「退職」といえるかどうかです。
- 形式上は代表取締役を退任していても、実際には重要な経営判断を先代が続けている
- 肩書きは非常勤でも、毎日出社して主要取引先との交渉にあたっている
- 役員報酬は減ったものの、稟議や資金繰りの最終決裁権を握っている
- 後継者が代表に就いても、金融機関は実質的に先代を経営者と見ている
こうした状態にある場合、分掌変更による退職金の取扱いについては、慎重な確認が欠かせません。
退職金は、名称ではなく実態で判断されます。代表権の有無、常勤・非常勤の実態、給与の減少、業務上の権限、社内外での意思決定、金融機関や取引先への説明内容まで含めて、後から説明できる状態にしておく必要があります。
事業承継のために退職金を支給するのであれば、単に「退任したことにする」のではなく、経営権の移転という実態そのものを整えることが大切です。これは、事業承継税制における後継者の体制、代表者要件、議決権の管理ともつながっていく論点です。
死亡退職金は「受取人」と「支給根拠」を事前に確認する
死亡退職金は、相続が発生してから初めて検討したのでは、希望どおりに使えないことがあります。
とりわけ重要なのが、受取人です。
死亡退職金規程を設けている会社であっても、受取人が配偶者になっているケースは少なくありません。一般従業員向けの遺族補償規程を参考に作成された結果、役員の死亡退職金についても、配偶者を受取人とする設計になっていることがあるのです。事業承継対策として、後継者の納税資金や株式の買取資金に充てたいと考えるのであれば、後継者を受取人にできる規定になっているかどうかを、事前に確認しておく必要があります。
死亡退職金を事業承継資金として活用するには、次のような点を整理しておくとよいでしょう。
- 誰が受け取るのか
- 支給額はどのように決まるのか
- 定款、役員退職慰労金規程、株主総会決議、取締役会決議の関係はどうなっているのか
- 死亡後3年以内に支給額を確定できる体制があるか
- 受け取った資金を、納税・代償金・遺留分・株式買取のいずれに充てる想定か
- 後継者以外の相続人から見て、財産配分として説明できるか
死亡退職金には、受取人固有の財産としての性質や、相続税上のみなし相続財産としての取扱いが関わってきます。とはいえ、それは相続人間の納得形成を無視してよいという意味ではありません。後継者だけに多額の死亡退職金や生命保険金が集中する場合には、他の相続人への説明、遺留分、代償財産、遺言との整合性まで、あわせて検討しておく必要があります。
弔慰金との区分にも注意する
死亡退職金とあわせて、弔慰金や花輪代、葬祭料などが支給されることがあります。
国税庁は、被相続人の死亡によって受ける弔慰金や花輪代、葬祭料などは通常相続税の対象とならない一方で、実質的に退職手当金等に該当すると認められる部分については相続税の対象になるとしています。さらに、退職手当金等に該当しない部分であっても、業務上の死亡であれば普通給与の3年分、業務上の死亡でない場合は普通給与の半年分に相当する額を超える部分は、退職手当金等として相続税の対象になります。
出典:国税庁|No.4120 弔慰金を受け取ったときの取扱い
事業承継の実務では、「死亡退職金」「弔慰金」「功労金」「特別功労金」など、複数の名称が使われることがあります。しかし、税務上は名称だけで取扱いが決まるわけではありません。実質的に何のための支給か、規程上どのように定められているか、金額がどのように算定されているか――こうした中身が問われます。
会社としては、弔慰金と死亡退職金を区分して決議し、議事録や支給計算資料にも、その根拠を残しておくべきです。相続税の申告の場面でも、どの部分がみなし相続財産となる死亡退職金で、どの部分が弔慰金として扱われるのかを、きちんと説明できるようにしておく必要があります。
退職金は会社の資金繰りを直接圧迫する
役員退職金・死亡退職金は、受け取る側から見れば資金対策ですが、会社から見れば資金の流出にほかなりません。
ここを見落とすと、事業承継対策のはずが、かえって会社財務を弱くしてしまうことがあります。
退職金を支給すれば、会社の預金が減ります。借入返済、仕入、外注費、給与、賞与、税金、設備投資に回せる資金も、その分だけ少なくなります。退職金の額が大きければ、会社の純資産も減少します。金融機関の側から見れば、会社の返済余力や財務の安全性に影響しかねません。
とりわけ、次のような会社では、慎重な検討が必要です。
- 借入金が多い
- 運転資金の必要額が大きい
- 季節変動がある
- 設備投資を予定している
- 保証協会付き融資や金融機関借入が多い
- 純資産が厚くない
- 先代経営者への依存度が高く、承継後の業績が読みにくい
- 退職金支給後に自己株式の取得や配当も予定している
役員退職金を支給する場合には、支給前後の貸借対照表、損益計算書、資金繰り表を比較してみることをおすすめします。税務上損金算入できるかどうかだけでなく、会社が本当にその資金を出しても経営を続けていけるのか――その点まで見ておくべきだからです。
事業承継では、後継者の納税資金を確保することも大切です。しかし、後継者が承継後に経営を続けていける会社財務を残すことは、それ以上に大切だといえます。
退職金は自社株評価にも影響する
役員退職金は、会社の損益や純資産に影響するため、自社株の評価にも作用することがあります。
非上場株式の相続税評価では、会社規模や株主区分に応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、併用方式、配当還元方式などを検討します。役員退職金を支給すると、会社の利益が圧縮され、純資産も減少するため、評価額が下がる方向に働くことがあります。
このため、事業承継の実務では、役員退職金を株価対策として検討することがあります。実際にも、役員退職金の支給によって課税所得や利益が減少し、類似業種比準価額の利益要素や純資産要素に影響することが整理されています。
ただし、株価対策として退職金を検討する場合でも、次の点はきちんと区別しておかなければなりません。
- 税務上、相当といえる退職金か
- 本当に退職、または実質的退職といえるか
- 退職金の支給によって会社資金が不足しないか
- 金融機関に説明できるか
- 後継者の経営開始後に、財務基盤が弱くならないか
- 事業承継税制の適用前後の要件に影響しないか
- 株価引下げだけを目的とした不自然な処理と見られないか
株価を下げること自体が目的化してしまうと、会社の財務安全性や、税務上の説明可能性を損なうおそれがあります。事業承継税制を使う場合も、使わない場合も、退職金は「株価」「納税資金」「会社資金」という3つの視点を同時に見据えて判断する必要があります。
生命保険を退職金原資にする場合の注意点
役員退職金や死亡退職金の原資として、法人契約の生命保険を活用することがあります。
保険を使う目的はさまざまです。先代経営者の死亡時の事業継続資金、死亡退職金の原資、借入金の返済資金、納税資金、勇退時の役員退職金の原資など、いずれも事業承継では検討の対象になります。法人が受け取る保険金や解約返戻金を原資として退職金を支給する設計も、その一つです。
ただし、生命保険も万能ではありません。
法人が契約者となり、役員や使用人を被保険者とする一定の定期保険・第三分野保険で、最高解約返戻率が50%を超えるものに加入した場合には、保険料のうち一定額を資産計上し、所定の期間が経過した後に取り崩して損金算入する取扱いが定められています。
出典:国税庁|No.5364-2 定期保険及び第三分野保険の保険料(保険料に相当多額の前払部分の保険料が含まれる場合)の取扱い(令和元年7月8日以後契約分)
保険を使う場合には、保険料の税務処理、解約返戻金の時期、法人税の課税、退職金の支給時期、キャッシュフロー、支給額の相当性を、一体として見ておく必要があります。加入の時点では有効に見えても、承継の時期がずれたり、解約返戻率のピークを過ぎてしまったり、退職金の支給時期とかみ合わなかったりすると、想定していた効果が得られないことがあるからです。
また、法人が保険金を受け取ったからといって、その保険金がそのまま後継者個人の納税資金になるわけではありません。会社から後継者や相続人へ資金を移すには、退職金、死亡退職金、配当、貸付、自己株式の取得など、別の手段が必要になります。そして、その一つひとつに、税務・会社法・財務上の検討が伴います。
退職金は相続人間の合意形成にも影響する
事業承継では、後継者に自社株を集中させる必要があります。しかし、後継者だけが自社株を取得し、さらに死亡退職金や生命保険金まで受け取るとなると、他の相続人とのバランスが問題になることがあります。
死亡退職金は、相続税上はみなし相続財産として扱われる場合がありますが、遺産分割上の取扱い、特別受益、遺留分との関係については、別途検討が必要です。死亡退職金や生命保険金が相続人の一部に集中する場合、その金額や趣旨によっては、相続人間の納得形成に影響します。死亡退職金については、相続人の一部が受取人とされている場合に、特別受益の認定が問題となる場面もあります。
後継者が事業を承継するには、株式だけでなく、経営に集中できる環境が必要です。相続人間に不信感が残ったままでは、後継者が会社経営に専念しにくくなってしまいます。したがって、退職金を後継者の納税資金として設計する場合でも、他の相続人に対する代償財産、生命保険、遺言、遺留分対策、説明資料を、あわせて検討しておく必要があります。
とりわけ、後継者以外の相続人から見て、「なぜ後継者に資金を集中させるのか」を説明できるかどうかが重要です。会社を守るため、自社株を分散させないため、納税資金を確保するため、金融機関対応を安定させるため――こうした目的があるのなら、その目的と金額の合理性を、資料として残しておくべきでしょう。
退職金を出す前に確認すべき会社法・内部手続
役員退職金・死亡退職金は、税務だけで処理できるものではありません。会社法上の手続、定款、株主総会決議、取締役会決議、役員退職慰労金規程、議事録の整備が求められます。
定款に役員退職慰労金の金額や算定方法が定められていない場合には、株主総会で支給額や算定方法を決議し、取締役会へ具体的な決定を委任するという進め方が一般的に検討されます。死亡退職金についても、支給方法、受取人、支給額を定めた規程や決議がなければ、相続が発生した後に、支給の根拠が曖昧になりやすくなります。
確認しておきたい資料は、少なくとも次のとおりです。
- 定款
- 株主総会議事録
- 取締役会議事録
- 役員退職慰労金規程
- 弔慰金規程
- 過去の役員退職金の支給実績
- 役員報酬の推移
- 功績倍率や算定根拠の資料
- 生命保険契約の内容
- 受取人の指定
- 退任後の役職・職務内容
- 退職金支給前後の資金繰り表
- 金融機関借入契約・財務制限条項の有無
これらを整理しないまま退職金を支給してしまうと、税務調査、相続人間の紛争、金融機関対応、後継者の資金繰りといった場面で、説明に苦しむことになりかねません。
役員退職金・死亡退職金を検討する順番
役員退職金・死亡退職金は、次のような順番で整理していくと、判断がしやすくなります。
1. 事業承継の目的を明確にする
最初に確認すべきは、退職金の目的です。
- 先代経営者の引退後の資金なのか
- 後継者の納税資金なのか
- 他の相続人への代償金の原資なのか
- 遺留分への対応資金なのか
- 株価対策なのか
- 死亡時の事業継続資金なのか
- 金融機関への信用維持なのか
目的が曖昧なまま金額だけを先に決めてしまうと、税務・財務・相続法務の判断が、その後ぶれてしまいます。
2. 自社株評価と相続税試算を行う
退職金の必要額を考えるには、自社株評価と相続税の試算が前提になります。
- 自社株の評価額がどの程度か
- 事業承継税制を使う場合の猶予税額はいくらか
- 猶予されない税額はいくらか
- 相続税全体では、誰がいくら納付するのか
- 代償金や遺留分への対応資金はいくら必要か
- 退職金の支給によって、株価がどの程度変動する可能性があるか
退職金は、税額の試算と切り離して決めるものではありません。
3. 会社の支払能力を確認する
次に、会社側の支払能力を確認します。
- 退職金を支給しても運転資金は残るか
- 借入返済に支障はないか
- 設備投資や賞与資金に影響しないか
- 金融機関から見て、財務内容を説明できるか
- 純資産が大きく減少しすぎないか
- 事業承継後の後継者の経営に、負担を残さないか
会社の資金をすべて退職金に回してしまえば、後継者が承継後に経営で使える資金は、その分だけ減ってしまいます。退職金は、会社を守れる範囲で設計する必要があります。
4. 税務上の相当額を検討する
役員退職金については、税務上の相当性が重要です。検討の手がかりになるのは、次のような要素です。
- 役員としての在任年数
- 最終報酬月額
- 役職
- 功績
- 同業同規模法人の支給状況
- 過去の社内の支給実績
- 分掌変更後の職務内容
- 退任の実態
- 支給決議の内容
功績倍率法が用いられることもありますが、倍率を当てはめさえすれば自動的に安全、というわけではありません。役員退職金は金額が大きくなりやすいため、算定の根拠を資料として残しておくことが大切です。
5. 受取人と相続人間のバランスを確認する
死亡退職金や生命保険金を後継者に集中させる場合には、他の相続人への配慮も欠かせません。
- 後継者が自社株を取得する理由
- 死亡退職金を後継者が受け取る理由
- 他の相続人に渡す財産
- 遺留分への対応
- 代償金の原資
- 遺言との整合性
- 相続人への説明資料
事業承継では、税額を下げることそのものよりも、承継後に会社や家族の関係が大きく傷つかない設計のほうが重要です。
6. 支給手続と記録を整える
最後に、手続と記録を整えます。
- 株主総会や取締役会の決議
- 議事録
- 規程
- 算定根拠資料
- 支給日
- 支給方法
- 源泉徴収・支払調書
- 相続税申告資料
- 法人税申告資料
- 金融機関説明資料
退職金は、後から説明できる形にしておくことが大切です。とりわけ事業承継税制を使う場合には、税務署、都道府県、金融機関、相続人と、説明すべき相手が重なります。数字と根拠資料を整えておくことが、そのまま承継後のリスク管理につながっていきます。
事業承継税制と退職金を同時に考えるべき理由
事業承継税制を使う場合、役員退職金・死亡退職金の検討は、単独の節税対策ではなく、制度適用の判断そのものの一部になります。
事業承継税制では、自社株の贈与・相続に係る税額について、納税猶予を受けられる可能性があります。しかし、納税猶予は、会社財務や後継者個人の資金繰りを、自動的に解決してくれる制度ではありません。
退職金を支給すれば、後継者側の納税資金や、相続人間の調整に役立つことがあります。その一方で、会社の資金が減り、純資産が減少し、金融機関への説明も必要になります。退職金によって株価が下がることもありますが、それが常に望ましいとは限りません。後継者が承継後に必要とする資金まで失ってしまえば、会社の財務安全性が損なわれてしまうからです。
そこで、次のように整理していく必要があります。
- 事業承継税制で猶予される税額
- 退職金で確保する納税資金
- 退職金支給後の会社資金
- 自社株評価への影響
- 取消時の納付リスク
- 金融機関への説明可能性
- 相続人間の合意形成
- 後継者の経営継続可能性
ここまで見渡して、ようやく、役員退職金・死亡退職金を事業承継のなかでどう位置づけるかを判断できるようになります。
まとめ|退職金は「出せるか」ではなく「出した後に会社を守れるか」で判断する
役員退職金・死亡退職金は、事業承継において非常に重要な資金対策です。納税資金、代償金、遺留分への対応、自社株の買取資金、そして先代経営者の引退後資金として機能する可能性を持っています。
しかし、退職金はあくまで会社からの資金の流出です。税務上の損金算入、過大役員退職金、退任の実態、死亡退職金の支給確定時期、非課税枠、弔慰金との区分、会社財務、金融機関対応、相続人間の合意形成――こうした点を、一つずつ確認していかなければなりません。
事業承継税制を使うかどうかにかかわらず、退職金は「税金を減らすための支出」ではなく、「後継者が会社を安定して引き継ぐための資金設計」として考えるべきものです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制の適用可否だけでなく、自社株評価、納税猶予額、役員退職金・死亡退職金、会社財務への影響、金融機関への説明、相続人間の資金配分まで含めて、後から説明できる形で論点を整理することを大切にしています。
役員退職金や死亡退職金を事業承継対策として使うべきかどうか、金額や時期をどう考えればよいか、会社財務にどの程度影響するのかを整理したいという場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。制度のメリットだけでなく、承継後に会社を守れるかという視点から、必要な検討事項を一緒に整理してまいります。
振り返り|この記事で押さえておきたい重要事項
| 論点 | 押さえておきたいポイント |
|---|---|
| 役員退職金の役割 | 先代経営者の引退後資金、後継者の納税資金、株価対策、承継時の資金設計に関係する |
| 死亡退職金の役割 | 相続発生時の納税資金、代償金、遺留分対応、自社株買取資金としての活用を検討できる |
| 会社側の損金性 | 適正な額の役員退職金は損金算入の対象となるが、不相当に高額な部分は損金不算入となり得る |
| 損金算入時期 | 原則として株主総会決議等により金額が具体的に確定した事業年度。実際の支払時に損金経理した場合の取扱いも確認が必要 |
| 分掌変更退職金 | 実質的に退職したと同様の事情があるかが重要。代表権や経営上主要な地位が残る場合は慎重に判断する |
| 死亡退職金の相続税 | 死亡後3年以内に支給が確定したものは、みなし相続財産として相続税の対象になる |
| 死亡退職金の非課税枠 | 相続人が受け取る死亡退職金には「500万円×法定相続人の数」の非課税限度額がある |
| 弔慰金との区分 | 名称ではなく実質で判断され、一定額を超える部分は退職手当金等として相続税の対象になり得る |
| 会社財務への影響 | 退職金の支給は、会社の預金、損益、純資産、金融機関対応に影響する |
| 自社株評価への影響 | 退職金の支給により利益・純資産が変動し、自社株評価に影響する場合がある |
| 相続人間の調整 | 後継者に資金を集中させる場合は、遺留分、代償金、遺言、説明資料との整合性が重要 |
| 実務上の判断軸 | 「退職金を出せるか」ではなく、「出した後に会社を守れるか」「後継者が経営を続けられるか」で判断する |