IFRSにおける棚卸資産の測定と評価|IAS第2号の原価・正味実現可能価額・評価減をどう判断するか

棚卸資産は、会計実務のなかで日常的に向き合う項目です。商品や製品、仕掛品、原材料、貯蔵品といった在庫は、収益認識や金融商品、企業結合、減損、公正価値測定といった高度な論点と並べると、一見すると比較的シンプルな領域に映るかもしれません。

しかし実際には、IFRSにおける棚卸資産の判断は、「在庫を原価で計上する」「売れなければ評価減する」という処理だけで済むものではありません。実務では、次のような問いを一つひとつ確かめていくことになります。

その資産を棚卸資産の範囲に含めるべきか。どこまでのコストを原価に含めるべきか。固定製造間接費をどの操業度で配賦するのか。原価算定方式として何を採用できるのか。正味実現可能価額を、どの単位で、どの証拠に基づいて見積るのか。評価減をどの期間に認識し、翌期以降に戻し入れるべきなのか。そして開示では、会計方針、費用認識額、評価減、戻入れ、担保差入れを、どこまで説明するのか。

これらはいずれも、棚卸資産を「資産として繰り延べるのか、それとも費用として認識するのか」を見極める問題に行き着きます。IAS第2号は、棚卸資産の原価決定、正味実現可能価額への評価減、費用認識、原価算定方式について、その指針を定めた基準です。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

本稿では、IAS第2号を中心に、IFRSにおける棚卸資産の測定と評価を、会計処理だけでなく、実務判断・監査対応・開示説明まで含めて整理していきます。なお、日本税務上の棚卸評価、法人税法上の評価方法、税務申告上の処理については、本稿の対象外とします。

目次

棚卸資産会計の本質は「原価をいつまで資産として持てるか」の判断にある

棚卸資産会計の中心にある問いは、突き詰めればとても単純です。

その支出は、将来の収益に対応する資産として貸借対照表に残せるのか。それとも、当期の費用・損失として損益に反映すべきなのか。この二択を、どこで線引きするかということに尽きます。

IAS第2号は、棚卸資産について、関連する収益が認識されるまで資産として繰り延べるべき原価の額を決定することを、主要な問題として位置づけています。そして棚卸資産が販売されたときには、その帳簿価額を、関連する収益が認識される期間に費用として認識します。
出典:IFRS Foundation|IAS 2 Inventories

つまり棚卸資産の測定は、単なる在庫評価ではありません。売上原価の期間帰属、粗利率、セグメント損益、資金繰り、製造原価管理、滞留在庫管理、減損兆候、内部統制、監査上の見積り検討にまで影響が及ぶ、財務報告上の基礎的な論点です。

とりわけIFRSでは、棚卸資産を「原価と正味実現可能価額のいずれか低い額」で測定します。これは、回収可能と見込まれる金額を超えて棚卸資産を資産計上しないための考え方です。
出典:IFRS Foundation|IAS 2 Inventories

IAS第2号における棚卸資産の範囲

IAS第2号における棚卸資産とは、次のいずれかに該当する資産をいいます。

  • 通常の事業の過程において、販売を目的として保有されている資産
  • その販売を目的とする生産の過程にある資産
  • 生産過程またはサービス提供にあたって消費される原材料または貯蔵品

出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

もっとも実務では、この定義をそのまま読むだけでは判断しきれない場面が出てきます。

同じ資産であっても、保有目的によって分類が変わるからです。たとえば、販売目的で保有する土地や不動産は棚卸資産になり得ますが、自社使用目的で保有する不動産であれば、有形固定資産または投資不動産としての検討対象になります。

小売業の商品、製造業の製品・仕掛品・原材料、サービス提供に消費される貯蔵品は、いずれも典型的な棚卸資産です。一方で、交換部品・保守用部品、長期に使用される備品、特定設備の稼働に不可欠な中核的部材などは、IAS第2号とIAS第16号のどちらで扱うべきかという境界の判断が問題になることがあります。この点については、IFRS解釈指針委員会も、いわゆるcore inventoriesについて、業種により会計処理が異なり得るため、重要な判断について開示が必要となる可能性があることに触れています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

棚卸資産の範囲を検討する際には、少なくとも次の観点を確認しておきたいところです。

  • その資産は、通常の事業過程で販売されるものか
  • 販売に向けた生産過程にあるものか
  • 販売される財・サービスを生産または提供するために消費されるものか
  • 自社使用目的の長期性資産ではないか
  • 金融商品、農業活動に関する生物資産、収穫時点の農産物など、他の基準の対象ではないか
  • 顧客との契約を履行するためのコストであり、IFRS第15号の契約コストとして扱うべきものではないか

IAS第2号は、原則としてすべての棚卸資産に適用されますが、金融商品、および農業活動に関連する生物資産・収穫時点の農産物は、適用範囲から除かれています。また、一定の農林産物・鉱物資源等の生産者や、商品ブローカー・トレーダーが保有する棚卸資産については、測定規定の適用が一部除外される場合があります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

ここで押さえておきたいのは、「棚卸資産かどうか」は勘定科目名だけで決まるものではない、ということです。販売目的、使用目的、保有期間、契約条件、事業モデル、そして資産の性質を確認したうえで、どの基準の範囲に入るのかを判断していく必要があります。

棚卸資産は「原価」と「正味実現可能価額」のいずれか低い額で測定する

IAS第2号の測定原則は、棚卸資産を原価と正味実現可能価額のいずれか低い額で測定する、というものです。
出典:IFRS Foundation|IAS 2 Inventories

この原則を実務に落とし込むと、検討はおのずと二段階になります。

まず、棚卸資産の原価を適切に測定する。そのうえで、その原価が正味実現可能価額を超えていないかを確認する。この順序です。

原価が正しく測定されていなければ、売上原価も、粗利も、棚卸資産残高も正しく求められません。逆に、原価が正しく測定できていても、販売価格の下落、陳腐化、破損、滞留、あるいは完成コストや販売コストの増加があれば、資産として回収可能な金額を超えて計上している可能性が残ります。

言い換えれば、棚卸資産の評価は「数量×単価」を計算する作業ではありません。数量の実在性、所有権とリスクの帰属、原価の構成、原価算定方式の一貫性、通常操業度に基づく製造間接費配賦、正味実現可能価額の見積り、評価減・戻入れの認識、そして費用認識との対応。これらを一連の判断としてつなげて整理する必要があります。

私自身、IAS第2号の実務を整理する際には、定義、当初認識時の測定、原価算定方式、当初認識後の測定、評価減、費用認識、表示・開示という流れを軸に据えるようにしています。この順序で追っていくと、論点の抜け漏れが起きにくくなります。

棚卸資産の原価に含めるもの

IAS第2号における棚卸資産の原価は、購入原価、加工費、および棚卸資産が現在の場所と状態に至るまでに発生したその他のコストで構成されます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

購入原価

購入原価には、購入価格、輸入関税、回収不能な税金、運送費、荷役費、そのほか取得に直接起因するコストが含まれます。反対に、仕入値引やリベート、これに類する項目は、購入原価の算定上、控除します。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

実務では、仕入先から受け取る値引・リベートが、棚卸資産の購入価格の減額なのか、販売促進活動への補填なのか、あるいは別個のサービス対価なのかを、丁寧に切り分ける必要があります。この点についてIFRS解釈指針委員会のアジェンダ決定でも、仕入価格の減額として受け取ったリベートや割引は棚卸資産原価の測定に反映される一方で、販売費の補填といえるものは棚卸資産原価から控除されない可能性が示されています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

そのため監査対応の場面では、リベート契約書、取引基本契約、請求書、仕入実績、達成条件、支払通知書、会計処理方針を照合し、「何に対する対価なのか」を明確にしておくことが重要になります。

加工費

加工費には、直接労務費のように生産単位に直接関連するコストと、原材料を完成品に転換するために発生する固定・変動製造間接費の規則的な配賦額が含まれます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

このなかで実務上とりわけ重要になるのが、固定製造間接費の配賦です。

IAS第2号では、固定製造間接費は生産設備の正常生産能力に基づいて配賦します。低操業や遊休設備がある場合でも、単位当たりの固定製造間接費配賦額を増やして棚卸資産原価を膨らませることはできません。配賦されなかった固定製造間接費は、発生した期間の費用として認識します。反対に、異常に高い生産水準の場合には、棚卸資産が原価を超えて測定されないよう、単位当たりの配賦額を減少させます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

この扱いは、実務ではかなり効いてきます。

低操業時に固定費を過度に棚卸資産へ配賦してしまうと、本来は当期費用として認識すべき操業度差異が貸借対照表に繰り延べられ、粗利率や営業利益が実態より良く見えてしまうおそれがあります。IFRSでは、低操業による未配賦固定製造間接費を期間費用として処理することで、棚卸資産の過大計上を防ぐ考え方が明確にされています。

その他のコスト

その他のコストは、棚卸資産を現在の場所と状態に至らせるために発生した範囲でのみ、棚卸資産の原価に含めます。たとえば、特定顧客向け製品の設計費などは、棚卸資産を現在の状態に至らせるために必要なコストとして含まれる場合があります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

一方で、次のようなコストは棚卸資産の原価から除外され、発生した期間の費用として認識されます。

  • 異常な仕損、異常な材料・労務・製造コスト
  • さらなる製造工程の前に必要なものを除く保管コスト
  • 棚卸資産を現在の場所と状態に至らせることに貢献しない一般管理費
  • 販売費

出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

この切り分けは、原価計算実務と監査対応の双方で重要です。原価に含めるのか、それとも販売費・一般管理費として費用処理するのかによって、売上原価、棚卸資産、営業利益、在庫回転率が変わってくるからです。

とりわけ、物流費、保管費、検査費、品質管理費、設計費、間接部門費、システム費、外注費、廃棄費用については、「現在の場所と状態に至らせるためのコストか」「販売活動に関するコストか」「異常なロスか」という視点で整理しておく必要があります。

原価算定方式は、個別法・FIFO・加重平均法が中心となる

棚卸資産の原価は、その性質に応じた原価算定方式によって配分します。

代替性のない棚卸資産や、特定プロジェクトのために製造され、他の棚卸資産から区分されている財またはサービスの原価は、個別法によって算定します。これ以外の棚卸資産については、先入先出法または加重平均法を用います。そして企業は、性質および使用方法が類似する棚卸資産については、同じ原価算定方式を使用する必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

ここで注意したいのが、日本の実務で見られることのある最終仕入原価法です。これはIFRSでは原価算定方式として認められません。後入先出法も同様に認められていません。売価還元法や標準原価法のような簡便的な測定技法は、その結果が原価に近似する場合に限って利用できます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

この論点は、IFRS導入時や、日本基準からIFRSへ組み替える際に、つまずきやすいところです。

日本基準・税務・管理会計で採用している在庫単価の算定方法が、そのままIFRS上も使えるとは限りません。特に最終仕入原価法を採用している場合には、IFRS上はFIFOまたは加重平均法への変更が必要になるか、あるいは簡便法として原価に近似していることの検証が求められます。IFRSで認められる原価算定方式は個別法、先入先出法、加重平均法であり、後入先出法・最終仕入原価法は認められないもの、という整理が出発点になります。

実務では、次のような点をあらかじめ確認しておくとよいでしょう。

  • 在庫管理システム上の単価計算方法と会計方針が一致しているか
  • 商品、製品、原材料、仕掛品、貯蔵品で異なる方法を採用している場合、その性質・使用方法の違いで説明できるか
  • 拠点や国によって異なる方法を採用している場合、単なる地域差や税制差ではなく、棚卸資産の性質・使用方法の違いとして説明できるか
  • 管理会計上の標準原価や売価還元法を用いる場合、原価に近似していることを検証しているか
  • システム変更時、M&A後の統合時、IFRS移行時に、期首在庫・期中仕入・売上原価への影響を把握しているか

正味実現可能価額は「公正価値」ではない

棚卸資産の評価で誤解されやすいのが、正味実現可能価額と公正価値の違いです。

IAS第2号における正味実現可能価額とは、通常の事業過程における見積販売価格から、完成までに要する見積原価および販売に必要な見積コストを控除した金額をいいます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

これに対して公正価値は、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取る価格、または負債を移転するために支払う価格をいいます。IAS第2号は、正味実現可能価額を、企業が通常の事業過程で棚卸資産から実現すると見込む純額と位置づけており、公正価値とは異なるものとしています。そのため、棚卸資産の正味実現可能価額が、公正価値から売却コストを控除した額と一致するとは限りません。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

この違いは、実務ではとても大切です。

棚卸資産の評価減を検討する際に、単に市場価格や直近の販売価格を見るだけでは足りません。その企業がどの販売チャネルで、どの価格で、どの販売コストを負担して販売するのかまで踏まえる必要があります。

正味実現可能価額は、あくまで企業固有の販売活動を前提とした回収見込額です。したがって見積りには、企業の販売戦略、契約価格、販売可能性、在庫の状態、追加加工の必要性、販売コスト、販売時期が反映されることになります。

正味実現可能価額を見積る際の実務判断

IAS第2号は、正味実現可能価額の見積りについて、見積時点で入手可能な最も信頼性のある証拠に基づくことを求めています。また、期末日後に発生した価格やコストの変動についても、それが期末日に存在していた状況を確認するものである範囲で考慮します。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

評価減の原因としては、典型的には次のようなものが挙げられます。

  • 販売価格の下落
  • 棚卸資産の破損
  • 全部または一部の陳腐化
  • 完成までの追加コストの増加
  • 販売に必要なコストの増加
  • 滞留在庫、季節品、旧モデル品、期限切れ品、販売停止品
  • 契約価格が原価を下回る確定販売契約
  • 返品・保証・値引・リベートを含む販売条件の変化

IAS第2号は、棚卸資産の原価が回収不能となる状況として、破損、陳腐化、販売価格の下落、完成コストまたは販売コストの増加を挙げています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

もう一つ、実務で見落とせないのが、正味実現可能価額を見積る単位です。

棚卸資産は通常、品目ごとに正味実現可能価額まで評価減します。ただし、類似または関連する品目をグループ化することが適切な場合もあります。一方で、完成品全体、棚卸資産分類全体、あるいは特定の事業セグメント全体といった大きな括りで評価減を行うことは、適切ではありません。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

こうした判断を説明しやすくするために、監査対応の場面では、次のような資料を用意しておくとよいでしょう。

  • 品目別在庫明細
  • 数量、単価、取得日、ロット、使用期限、保管場所
  • 販売実績、受注残、販売価格改定履歴
  • 期末日前後の販売単価と販売数量
  • 滞留月数、回転期間、廃棄実績
  • 値引・返品・リベートの実績
  • 完成までに必要な追加加工費
  • 販売に必要な物流費、販売手数料、処分費用
  • 販売停止、モデルチェンジ、規制変更、品質問題に関する社内資料
  • 評価減ルールとその運用実績

「売れる見込みがある」という説明だけでは、監査上の証拠としては足りません。どの価格で、どの数量が、どの時期に、どのコストをかけて売れるのかを、客観的な資料で裏づけることが求められます。

販売に必要なコストは、増分コストだけに限定されない

正味実現可能価額を見積る際、実務で論点になりやすいのが、「販売に必要な見積コスト」の範囲です。

この点についてIFRS解釈指針委員会は、2021年6月のアジェンダ決定において、正味実現可能価額の算定に含める販売に必要なコストについて、企業は通常の事業過程で販売するために必要なコストを見積る必要があり、そのコストを増分コストのみに限定することは認められない、と整理しています。どのコストが販売に必要かは、棚卸資産の性質を含む個別の事実と状況を踏まえて判断することになります。
出典:IFRS Foundation|IAS 2 Inventories—Costs Necessary to Sell Inventories

この考え方は、評価減の金額に直接影響します。実務では、たとえば次のような検討が必要になります。

  • 販売手数料や配送費だけを控除すればよいのか
  • 販売に不可欠な検査費、梱包費、出荷準備費、販売チャネル利用料、返品対応コストも含めるべきか
  • 販売部門の固定的なコストを含めるべき場面があるか
  • 処分販売や在庫整理販売の場合、通常販売とは異なるコストを見積るべきか

こうした検討は、単なる会計処理ではなく、販売実態そのものの理解を必要とします。財務報告上の判断を説明可能なものにするには、販売部門、物流部門、製造部門、経理部門の情報が互いにつながっていることが欠かせません。

原材料・貯蔵品は、常に評価減するわけではない

原材料や貯蔵品については、完成品に組み込まれることを前提に、正味実現可能価額を考えます。

IAS第2号では、棚卸資産の生産に使用される材料その他の貯蔵品について、完成品が原価以上で販売されると見込まれる場合には、原価を下回る金額まで評価減しません。一方で、材料価格の下落が、完成品の原価が正味実現可能価額を超えることを示している場合には、材料を正味実現可能価額まで評価減します。その際には、材料の再調達原価が、正味実現可能価額の最善の利用可能な測定値となることがあります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

つまり、原材料そのものの市場価格が下落しているからといって、ただちに評価減するとは限りません。

完成品が原価以上で販売できるのであれば、原材料はその完成品の製造を通じて回収される可能性があります。反対に、完成品の販売価格が下落し、完成品原価を回収できない場合には、原材料についても評価減の検討が必要になります。

この判断を説明するには、原材料単体の価格情報だけでは足りません。完成品の販売価格、製造コスト、販売計画、滞留状況、生産予定まで確認しておく必要があります。

評価減は損失発生時に認識し、戻入れも毎期検討する

棚卸資産を正味実現可能価額まで評価減する場合、その評価減額および棚卸資産に係るすべての損失は、評価減または損失が発生した期間の費用として認識します。棚卸資産が販売された場合には、その帳簿価額を、関連する収益が認識される期間の費用として認識します。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

また、IAS第2号では、各期に正味実現可能価額の再評価を行います。過去に評価減を生じさせた状況がなくなった場合、または経済状況の変化により正味実現可能価額の増加について明確な証拠がある場合には、評価減の戻入れを行います。ただし戻入れは当初の評価減額を限度とし、新しい帳簿価額は、原価と改訂後の正味実現可能価額のいずれか低い額になります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

ここで実務上注意しておきたいのは、棚卸資産の評価減は「一度下げたら終わり」ではない、という点です。

たとえば、販売価格が回復した。滞留在庫が販売可能になった。処分予定だった在庫に新たな販売先が見つかった。完成コストや販売コストが下がった。品質問題が解消した。こうした場合には、過去の評価減をそのまま維持するのではなく、戻入れの要否を検討する必要があります。

とはいえ、評価減の戻入れは、利益を作るための任意調整ではありません。評価減を生じさせた状況が解消したこと、または正味実現可能価額が増加したことについて、明確な証拠が求められます。

棚卸資産の評価は、収益認識・減損・内部統制ともつながる

棚卸資産は、非金融資産テーマの入口に位置づけられる項目ですが、実務では他のIFRS論点とも密接に関わってきます。

まず、収益認識との関係です。棚卸資産が販売されたとき、その帳簿価額は、関連する収益が認識される期間に費用として認識されます。したがって、収益認識時点、支配移転、本人・代理人、委託販売、返品権付き販売、契約資産との関係を誤ると、売上と売上原価の対応も崩れてしまいます。

次に、固定資産との関係です。棚卸資産として保有していた部品や材料が、自家建設固定資産の構成要素として使用される場合には、その原価が有形固定資産の取得原価に振り替えられることがあります。IAS第2号も、棚卸資産が他の資産勘定に配分される場合には、その資産の耐用年数にわたって費用認識されることを定めています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

さらに、減損会計との関係もあります。棚卸資産そのものはIAS第36号の減損テストではなく、IAS第2号の評価減で扱いますが、棚卸資産の滞留、販売価格の下落、製品需要の減少は、製造設備や関連する資金生成単位の減損兆候にもなり得ます。つまり棚卸資産の評価減は、単体の在庫評価にとどまらず、固定資産の回収可能性にまで波及することがあるわけです。

内部統制の観点では、棚卸資産には数量・単価・評価という三つの統制が必要になります。

  • 数量の統制は、実地棚卸、入出庫記録、カットオフ、委託在庫、未着品、出荷済未売上品の確認に関係します。
  • 単価の統制は、仕入単価、標準原価、原価差異、製造間接費配賦、在庫評価システムに関係します。
  • 評価の統制は、滞留在庫、期限切れ、破損、旧モデル、販売価格下落、評価減・戻入れに関係します。

棚卸資産は、会計上は流動資産の一項目ですが、実務では、販売、購買、製造、物流、品質管理、経理、経営管理が交差する領域だといえます。

開示では、会計方針と評価減の説明が重要になる

IAS第2号は、棚卸資産について、採用した会計方針、原価算定方式、棚卸資産の帳簿価額、分類別帳簿価額、公正価値から売却コストを控除した額で測定している棚卸資産の帳簿価額、期中に費用として認識した棚卸資産の額、評価減、評価減の戻入れ、戻入れを生じさせた状況、担保に供している棚卸資産の帳簿価額などの開示を求めています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

開示で大切なのは、単に「先入先出法」「加重平均法」と記載することではありません。次のような点まで意識しておく必要があります。

  • どの棚卸資産分類に、どの原価算定方式を適用しているか
  • 分類別残高が、企業の事業内容を適切に表しているか
  • 評価減の金額が、どのような経済事象に基づくものか
  • 評価減の戻入れがある場合、どの状況が変化したのか
  • 担保差入れがある場合、財務制限条項や借入契約との関係を説明できるか
  • 棚卸資産に関する判断や見積りが重要である場合、会計方針や見積りの注記と整合しているか

IFRSの開示では、注記が単なる会計方針の定型文になっていると、財務諸表利用者にとっての有用性が下がってしまいます。棚卸資産の評価が企業の業績や財政状態に重要な影響を与える場合には、どのような在庫を保有し、どのように測定し、どのようなリスクを反映しているのかが読み手に伝わるよう、整理しておきたいところです。

監査対応上、棚卸資産で説明できるようにしておくべき事項

棚卸資産は、監査上、実在性、網羅性、評価、カットオフ、表示・開示が問題になりやすい項目です。

特にIFRSでは、原価測定と正味実現可能価額の見積りが重要になります。以下の事項は、監査対応や会計アドバイザリーの現場で事前に整理しておくと、論点がぐっと明確になります。

棚卸資産の範囲と所有権

未着品、積送品、委託販売品、預け在庫、外部倉庫在庫、出荷済未売上品、返品見込品について、誰が支配し、誰がリスクを負っているのかを整理します。

売上のカットオフと棚卸資産のカットオフは、いわば表裏の関係にあります。出荷したものの支配が移転していない在庫を除外していないか、逆に、所有権を取得した未着品を漏らしていないかを確認しておく必要があります。

原価に含める範囲

購入原価、加工費、その他のコストの区分を明確にします。運送費、荷役費、関税、非還付税金、外注加工費、設計費、製造間接費、保管費、異常仕損、販売費、一般管理費が、どのルールで原価または期間費用に区分されているのかを、説明できるようにしておきます。

製造間接費の配賦

固定製造間接費の配賦基準、生産設備の正常生産能力、低操業時の未配賦額、異常操業時の調整、標準原価と実際原価との差異を確認します。

低操業時に固定費が棚卸資産に過度に吸収されていないかは、粗利率の変動分析とも関連してきます。

原価算定方式

個別法、FIFO、加重平均法、標準原価法、売価還元法など、採用している方法がIFRS上認められる範囲にあるかを検討します。類似する棚卸資産について、一貫した方法を採用しているかどうかも重要です。

日本基準や税務上の処理をそのままIFRSに持ち込む場合には、最終仕入原価法や税務上の簡便処理がIFRS上許容されるかを、必ず確認しておく必要があります。

正味実現可能価額

販売価格、販売数量、販売コスト、完成コスト、滞留状況、廃棄方針、値引実績、返品実績、販売停止情報などを整理します。

正味実現可能価額の見積りは、経理部門だけの判断で完結するものではなく、営業、購買、製造、品質管理、物流の情報を反映して初めて説得力を持ちます。

評価減と戻入れ

評価減の発生理由、評価単位、評価減率、廃棄実績、販売実績、戻入れの根拠を整理します。

評価減を計上しない場合も、検討不要ということにはなりません。重要な棚卸資産について評価減が不要と判断したのであれば、その理由を説明できる状態にしておくことが大切です。

IFRS実務における棚卸資産評価の判断プロセス

棚卸資産の検討は、次の流れで整理すると、実務上わかりやすくなります。

第一に、棚卸資産の範囲を決めます。販売目的、製造過程、原材料・貯蔵品、他基準との境界を確認します。

第二に、数量を確定します。実地棚卸、継続記録、カットオフ、所有権、外部保管、委託在庫を確認します。

第三に、原価を測定します。購入原価、加工費、その他コスト、除外すべきコスト、製造間接費配賦を整理します。

第四に、原価算定方式を確認します。個別法、FIFO、加重平均法、標準原価法、売価還元法の適用可否と一貫性を確認します。

第五に、正味実現可能価額を見積ります。販売価格、完成コスト、販売コスト、販売目的、契約価格、滞留・陳腐化・破損を確認します。

第六に、評価減・戻入れを判断します。原価と正味実現可能価額を比較し、評価減または戻入れを認識します。

第七に、費用認識と開示へ接続します。売上原価、評価減、戻入れ、担保差入れ、会計方針、分類別残高を注記へ反映します。

この流れで整理していくと、棚卸資産の会計処理は、単なる在庫残高の計算ではなく、財務報告上の一連の判断プロセスとして説明しやすくなります。

棚卸資産の評価で見落としやすい実務上の注意点

棚卸資産の評価では、次のような点が意外と見落とされがちです。

「在庫はある」ことと「資産価値がある」ことは別である

実物が存在していても、販売できない、使用できない、追加コストをかけなければ販売できない、あるいは販売価格が原価を下回るといった場合には、評価減が必要になる可能性があります。

在庫数量の確認だけで評価手続を終えてしまうと、財務諸表上の資産価値を過大に表示してしまうリスクが残ります。

管理会計上の原価が、そのままIFRS上の原価とは限らない

社内の原価計算は、価格設定、予算管理、製造効率分析、部門別業績管理といった目的のために設計されていることがあります。そのため、管理会計上の原価に、IFRS上は棚卸資産原価に含めるべきでないコストが混ざっている場合があります。

IFRS財務報告では、管理目的かどうかではなく、棚卸資産を現在の場所と状態に至らせるためのコストかどうかが判断軸になります。

評価減ルールは、機械的であればよいわけではない

滞留期間に応じて一定率を評価減するルールは、実務運用上、有用な場合があります。しかしIFRS上は、最終的に正味実現可能価額との関係で評価減を判断する必要があります。

滞留していても販売可能性が高い在庫、短期滞留でも販売停止や規制変更により回収不能となる在庫、期限管理が必要な在庫など、在庫の性質によって評価減の考え方は変わってきます。

評価減の戻入れを忘れやすい

日本基準の実務感覚では、評価減後の戻入れについて慎重な処理が行われる場面がありますが、IAS第2号では、正味実現可能価額が回復した場合には、当初評価減額を限度として戻入れを行います。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 2 Inventories

評価減を計上した在庫については、翌期以降も、販売実績、価格改定、処分方針の変更、需要回復を確認しておく必要があります。

棚卸資産の評価減は、経営上のシグナルでもある

棚卸資産評価減は、単なる会計上の損失ではありません。次のような事象を示している可能性があります。

  • 販売価格の下落
  • 需要の減少
  • 製品ライフサイクルの短縮
  • 在庫購買の過大化
  • 生産計画の誤り
  • 販売計画の未達
  • 品質問題
  • 事業撤退や製品ライン見直しの兆候

だからこそ、IFRSの棚卸資産評価は、財務報告上の適正表示だけでなく、経営管理上の在庫政策、販売戦略、製造計画、資金繰り判断にもつながっていきます。

棚卸資産の測定と評価を説明可能にするために

IFRSにおける棚卸資産の測定と評価は、突き詰めれば、次の一文に要約できます。

棚卸資産は、通常の事業過程で回収できると見込まれる範囲でのみ資産として計上し、回収できない部分は、適時に費用または損失として認識する。

この判断を説明可能なものにするには、基準本文を確認するだけでは足りません。次の要素を、財務報告全体のなかで整合的に整理していく必要があります。

  • 棚卸資産の保有目的
  • 所有権とカットオフ
  • 原価に含めるコスト
  • 原価算定方式
  • 正常操業度
  • 販売価格と販売コスト
  • 滞留・陳腐化・破損・期限切れ
  • 評価減・戻入れの根拠
  • 開示方針
  • 監査証拠

棚卸資産は、金額的には流動資産の一項目に見えても、実際には、売上原価、粗利、営業利益、キャッシュ・フロー、在庫回転率、減損兆候、内部統制、開示にまで広く影響します。IFRS実務では、この広がりを意識したうえで、棚卸資産評価を単なる決算作業としてではなく、説明に耐える判断として整えていくことが大切です。

IFRSにおける棚卸資産評価でお困りの場合

IFRSにおける棚卸資産の測定・評価では、原価計算、在庫管理、販売実績、正味実現可能価額、評価減、開示、監査対応を一体で整理していく必要があります。

特に、IFRS導入時、日本基準からの組替時、M&A後の会計方針統一時、製造原価計算の見直し時、そして滞留在庫や評価減が重要になる局面では、早い段階で論点を整理しておくことが有用です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理、表示・開示、監査対応、論点整理資料の作成、会計方針の検討について、取引実態と財務報告上の説明可能性を踏まえた支援を行っています。

棚卸資産の測定方法、正味実現可能価額の見積り、評価減・戻入れ、監査対応資料の整理についてご確認になりたい場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

この記事の振り返り

論点実務上のポイント
棚卸資産の範囲販売目的、生産過程、原材料・貯蔵品に該当するかを確認する。固定資産、金融商品、農業資産、IFRS第15号の契約コストとの境界に注意する。
測定原則棚卸資産は、原価と正味実現可能価額のいずれか低い額で測定する。
原価に含めるもの購入原価、加工費、現在の場所と状態に至るまでのその他のコストを含める。
原価から除外するもの異常仕損、不要な保管コスト、原価形成に貢献しない一般管理費、販売費は期間費用となる。
固定製造間接費正常生産能力に基づき配賦する。低操業による未配賦固定費は期間費用とする。
原価算定方式個別法、先入先出法、加重平均法が中心。後入先出法や最終仕入原価法はIFRS上認められない。
正味実現可能価額通常の事業過程における見積販売価格から、完成コストと販売に必要なコストを控除した金額。公正価値とは異なる。
評価減破損、陳腐化、販売価格下落、完成・販売コスト増加などにより原価を回収できない場合に認識する。
戻入れ正味実現可能価額が回復した場合、当初評価減額を限度として戻入れを行う。
費用認識棚卸資産が販売されたとき、関連する収益が認識される期間に帳簿価額を費用として認識する。
開示会計方針、原価算定方式、分類別帳簿価額、費用認識額、評価減、戻入れ、担保差入れを整理する。
監査対応数量、単価、原価計算、NRV見積り、滞留在庫、評価減・戻入れの根拠を証拠化する。
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