公正価値測定は、評価額を算定すれば終わる論点ではありません。
実務で最後に問われるのは、評価額そのものだけではないからです。どの評価技法を用いたのか。どのインプットが重要で、それは観察可能なのか。レベル分類は妥当か。評価額の変動は損益・OCI・純資産にどう影響するのか。そして何より、それらを財務諸表利用者と監査人に説明できる資料として整えているか。ここまで揃って、はじめて公正価値測定は完結します。
IFRS第13号は、公正価値を「測定するための基準」であると同時に、「公正価値測定を説明するための基準」でもあります。その開示目的は、財務諸表利用者が二つのことを評価できるようにすることにあります。一つは、当初認識後に財政状態計算書で公正価値測定される資産・負債について、評価技法とインプットを評価できるようにすること。もう一つは、重大な観察不能インプットを用いる経常的なレベル3公正価値測定について、当期の純損益またはその他の包括利益への影響を評価できるようにすることです。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
こうした目的を踏まえると、評価モデル、評価報告書、会計処理、注記、監査証拠を別々に扱う進め方は、どこかで必ず破綻します。評価額を算定する段階から、開示と監査対応まで見据えて資料を設計しておく。これが実務の出発点になります。
本稿では、公正価値測定シリーズの締めくくりとして、IFRS第13号に基づく公正価値測定の開示と、評価資料・監査対応資料の整え方を整理します。
公正価値測定の開示は「評価額の一覧表」ではない
公正価値測定の注記を、期末公正価値とレベル分類を並べただけの一覧表と捉えてしまうと、肝心の説明が抜け落ちます。
IFRS第13号が求めているのは、財務諸表利用者が公正価値測定の性質、不確実性、そして損益・OCIへの影響まで理解できる情報です。とりわけレベル3の評価では、評価額に経営者の判断や観察不能インプットが入り込みやすくなります。そのため、「外部評価書を取得している」「DCF法で算定している」といった一言では、説明として足りません。
開示で伝えるべきことは、大きく次の5つに整理できます。
| 開示で伝えるべき内容 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 何を公正価値で測定しているか | 測定対象、会計処理単位、資産・負債のクラス、関連する表示科目を示す |
| どのように測定しているか | 評価技法、インプット、モデル変更、第三者価格の利用方法を説明する |
| どの程度観察可能な情報に依拠しているか | レベル1・2・3の分類と、重大なインプットの観察可能性を示す |
| 評価の不確実性はどこにあるか | 重大な観察不能インプット、感応度、相互関係を説明する |
| 当期の財務諸表にどう影響したか | レベル3調整表、損益・OCI、未実現損益、レベル間振替を示す |
公正価値測定の開示は、評価結果の後処理ではありません。評価判断を財務報告として完成させる、最後の工程だと考えています。
まず作るべきは「公正価値測定対象の棚卸表」
注記や評価資料に取りかかる前に、私がまず作るのは、公正価値測定対象の棚卸表です。
ここでいう棚卸表は、単なる評価対象のリストではありません。各資産・負債について、公正価値測定がどの基準から要求または許容されているのか、財政状態計算書で経常的に測定されるのか、それとも非経常的な測定なのか、公正価値は本体測定なのか注記開示だけなのか。こうした位置づけを整理しておくための資料です。
最低限、次の項目を一覧にします。
| 項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 測定対象 | 金融商品、投資不動産、企業結合で取得した資産・負債、条件付対価、非金融資産等 |
| 関連基準 | IFRS第9号、IFRS第3号、IAS第40号、IAS第36号、IFRS第13号など |
| 測定の性質 | 経常的公正価値測定か、非経常的公正価値測定か、注記上の公正価値か |
| 会計処理単位 | 個別商品、ポートフォリオ、資金生成単位、事業、契約単位など |
| 財務諸表表示 | 財政状態計算書、純損益、OCI、持分変動、注記との対応 |
| 評価担当 | 経理、財務、事業部、外部評価専門家、価格ベンダー等 |
| 評価技法 | マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチ等 |
| 主なインプット | 相場価格、金利、信用スプレッド、成長率、割引率、達成確率等 |
| レベル分類 | レベル1、レベル2、レベル3 |
| 開示論点 | 重大な観察不能インプット、レベル3調整表、感応度、未実現損益等 |
IFRS第13号は、開示目的を達成するために、企業自身がいくつかの点を検討することを求めています。開示の詳細度、各要求事項への重点の置き方、集約・分解の程度、そして定量情報を評価するうえで追加情報が必要かどうか、といった点です。さらに、IFRS第13号や他のIFRS基準に沿った開示だけでは目的を満たせない場合には、追加情報を開示しなければならないとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
つまり、公正価値測定の開示は、チェックリストを埋めれば完成するものではないということです。対象となる資産・負債の性質と、財務諸表利用者がどの情報を必要とするかを踏まえて設計する必要があります。
資産・負債の「クラス」は表示科目と同じとは限らない
公正価値測定の開示では、資産・負債の「クラス」ごとに情報が求められます。そしてこのクラスは、財政状態計算書の表示科目と必ずしも一致しません。
IFRS第13号は、適切な資産・負債のクラスを、資産または負債の性質、特徴、リスク、そして公正価値ヒエラルキーのレベルを基礎として決定するとしています。特にレベル3に分類される公正価値測定は不確実性と主観性が高いため、より多くのクラスに分ける必要が生じることもあります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
たとえば、財政状態計算書上は「その他の金融資産」に一括りにされていても、その中に上場株式、非上場株式、ファンド投資、デリバティブ、貸付金が混在していることがあります。これらを同じクラスとして開示すると、利用者にとっての有用性はかえって下がってしまいます。
同じことは、レベル3の非上場株式についてもいえます。成長企業投資、成熟企業投資、再生局面の投資、海外投資、条件付対価付き投資では、評価技法や主要インプットが異なる場合があります。こうしたときは、開示上のクラスを分けることを検討します。
実務では、次のような軸で判断していきます。
| 判断軸 | 分解を検討すべき場合 |
|---|---|
| リスク | 信用リスク、市場リスク、流動性リスク、為替リスクが大きく異なる |
| 評価技法 | DCF法、類似会社比較法、純資産価値法、オプションモデル等が混在する |
| インプット | 割引率、成長率、達成確率、流動性ディスカウント等の主要仮定が異なる |
| レベル分類 | レベル2とレベル3が同じ表示科目に含まれる |
| 損益影響 | 評価差額が純損益に出るものとOCIに出るものが混在する |
| 経営管理 | 内部管理単位やリスク管理単位が異なる |
| 利用者説明 | 一括開示では不確実性や損益影響を理解しにくい |
大切なのは、二つの失敗を同時に避けることです。クラスを細かくしすぎて情報が読みにくくなること。逆に、集約しすぎて重要なリスクが見えなくなること。そのどちらにも寄りすぎないバランスを探ります。
IFRS第13号の主な開示項目を実務の流れで整理する
IFRS第13号の開示要求は、条文の順に読むよりも、実務の流れに沿って並べ直したほうが頭に入りやすくなります。
1. 期末公正価値と測定理由
経常的・非経常的な公正価値測定について、報告期間末の公正価値測定額を開示します。非経常的な測定については、その測定を行った理由も併せて説明します。
たとえば、減損テストにおける処分コスト控除後公正価値、売却目的保有への分類時の測定、企業結合で取得した資産・負債の取得日公正価値。こうした場面では、なぜその時点で公正価値測定が必要になったのかを、いつでも説明できるようにしておきます。
2. 公正価値ヒエラルキーのレベル分類
公正価値測定の全体が、レベル1、レベル2、レベル3のどれに分類されるかを開示します。
ここで陥りやすいのが、評価技法でレベル分類を決めてしまう誤りです。IFRS第13号は、レベル分類にあたって、評価技法そのものではなく、評価技法に用いたインプットを優先する考え方を採っています。複数のレベルのインプットが用いられる場合には、測定全体にとって重大なインプットのうち、最も低いレベルに基づいて全体を分類します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
実務としても、レベル分類の判断には、インプットの優先順位、重大性、そして外部から検証可能なインプットか内部見積りかといった観点を織り込む必要があります。
3. 評価技法とインプット
レベル2およびレベル3に分類される公正価値測定については、資産・負債のクラスごとに評価技法とインプットを説明します。評価技法を変更した場合には、その変更内容と理由も開示します。
IFRS第13号は、公正価値を測定する評価技法として、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチ、インカム・アプローチを広く想定しています。そのうえで、評価技法は関連する観察可能インプットの利用を最大化し、観察不能インプットの利用を最小化することを求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
評価技法の説明は、「DCF法」「類似会社比較法」といった名称を挙げるだけでは足りません。どのキャッシュ・フローを使ったのか、割引率はどのリスクを反映しているのか、どの類似会社を参照し、倍率の選択にどんな判断が入っているのか。そこまで説明できてはじめて、開示として意味を持ちます。
4. 重大な観察不能インプット
レベル3に分類される公正価値測定では、重大な観察不能インプットに関する定量的情報を開示します。
IFRS第13号は、この定量的情報の開示を求めています。ただし、企業が公正価値測定の際に定量的な観察不能インプットを自ら作成していない場合には、この開示のためだけに新たに定量情報を作り出す必要はありません。過去取引価格や第三者価格を無調整で利用しているようなケースがこれにあたります。とはいえ、公正価値測定にとって重要で、しかも合理的に利用可能な定量的観察不能インプットを、無視してよいわけではありません。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
この点は、監査対応でも重くのしかかってきます。
「外部評価書に記載がないため開示しない」という判断は、慎重に扱わなければなりません。評価書に明示されていなくても、企業が合理的に利用可能な情報として、売上成長率、EBITDAマージン、割引率、永久成長率、達成確率、流動性ディスカウント等を把握しているのであれば、開示の要否を改めて検討する必要があります。重大な観察不能インプットに関する定量情報は、レベル3開示の中核に位置づけられる項目だからです。
5. レベル3調整表
レベル3に分類される経常的公正価値測定については、期首残高から期末残高への調整表を開示します。
この調整表では、純損益に認識された利得・損失、OCIに認識された利得・損失、購入、売却、発行、決済、レベル3への振替、レベル3からの振替などを区分して示します。レベル3への振替とレベル3からの振替は別々に開示し、それぞれの理由も説明します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
レベル3調整表は、注記作成の段になって慌てて組み立てる資料ではありません。期中の取得・処分・評価差額・為替換算・振替をきちんと管理していなければ、期末に正確な調整表を作ることは難しくなります。
とりわけ、ファンド投資、条件付対価、デリバティブ、非上場株式、投資不動産などは、評価額の変動要因が複数からみ合います。期首と期末の差額をまとめて評価差額として処理するのではなく、取引による増減と評価による増減を分けて管理しておくことが欠かせません。
6. 未実現損益
レベル3に分類される経常的公正価値測定については、報告期間末に保有している資産・負債に係る未実現損益のうち、当期の純損益に含まれる金額と、その表示科目を開示します。
これは、財務諸表利用者が利益の質を評価するうえで重要な情報です。実現した売却益なのか、期末評価による未実現益なのかによって、将来キャッシュ・フローへの示唆はまったく異なります。条件付対価や非流動性の高い投資について未実現評価益が大きいときは、損益の持続性や評価の不確実性について、より丁寧な説明が求められます。
7. 評価プロセス
レベル3の経常的・非経常的な公正価値測定については、企業が用いた評価プロセスを説明します。
IFRS第13号は、評価方針や評価手続をどのように決定し、期間ごとの公正価値測定の変動をどのように分析しているか、といった評価プロセスの説明を求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
この「評価プロセス」は、監査対応資料としても大きな意味を持ちます。評価責任者と承認者、外部評価専門家の利用状況、価格ベンダー情報の検証方法、モデル変更の承認プロセス、事後検証、内部統制との関係。これらを整理しておくことが求められます。
評価プロセスに含まれ得る内容としては、評価方針・手続の決定、変動分析、第三者価格がIFRS第13号に従って作成されているかの判断方法、そして観察不能インプットの作成・立証方法などが挙げられます。
8. 感応度
レベル3に分類される経常的公正価値測定については、観察不能インプットの変動に対する感応度を説明します。
IFRS第13号は、観察不能インプットが別の値に変動したときに公正価値測定が著しく高くまたは低くなる可能性がある場合、感応度に関する記述的説明を求めています。観察不能インプット相互に関係がある場合には、その相互関係と、変動の影響を増幅または軽減する可能性も説明します。さらに金融資産・金融負債については、合理的に考え得る代替的仮定に変更すると公正価値が著しく変化する場合に、その事実、影響額、影響の計算方法を開示します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
感応度分析で大切なのは、評価額を機械的に上下させることではありません。どの仮定が財務諸表に重大な影響を与え得るのか。その変動幅は合理的か。複数のインプットが同時に動いたとき、影響は増幅されるのか。そして、損益・OCI・純資産のどこに効いてくるのか。ここを整理することに、分析の意義があります。
評価資料は「評価報告書」だけでは足りない
公正価値測定で外部評価専門家を利用するとき、評価報告書さえ取得すれば監査対応は済む、と考えてしまいがちです。しかし、財務諸表作成者の責任は、評価報告書を手にしただけでは終わりません。
評価報告書は、評価額を算定するための重要な証拠です。その一方で、IFRS財務報告上で本当に必要なのは、その評価額がIFRS第13号の測定目的、会計処理単位、測定日、主要な市場、市場参加者の仮定、評価技法、インプット、レベル分類、開示要求と整合していることを説明できる資料です。
そこで、評価報告書に加えて、次の資料を整えていきます。
| 資料 | 主な内容 |
|---|---|
| 会計論点メモ | なぜ公正価値測定が必要か、関連基準、測定対象、会計処理単位、結論 |
| 評価前提整理表 | 測定日、市場、取引前提、市場参加者、最有効使用、単位、通貨 |
| 評価技法メモ | 採用した評価技法、不採用とした評価技法、採用理由、変更の有無 |
| インプット一覧 | 観察可能インプット、観察不能インプット、出所、根拠、更新日 |
| レベル分類メモ | 重要インプットのレベル、重大性判断、全体のレベル分類 |
| レベル3調整表 | 期首残高、取得、処分、発行、決済、損益、OCI、振替、期末残高 |
| 感応度分析 | 主要仮定、変動幅、評価額への影響、相互関係、計算方法 |
| 未実現損益管理表 | 期末保有分に係る純損益上の未実現損益と表示科目 |
| 開示マッピング表 | IFRS第13号の開示要求と注記ドラフト、根拠資料の対応 |
| レビュー証跡 | 経営者レビュー、承認、専門家との質疑、監査人協議の記録 |
これらは、評価報告書を受け取ってから作り始めるものではありません。評価を依頼する時点で、財務報告に必要な情報をあらかじめ評価専門家と共有しておく。そのひと手間が、後の手戻りを大きく減らします。
評価専門家との連携で確認すべき事項
外部評価専門家を利用する場合でも、評価の前提が会計上の測定目的とずれていると、監査対応の段階で大きな問題になります。
評価専門家との連携では、少なくとも次の事項を確認しておきます。
測定目的
企業価値評価、取引価格の検討、税務目的、M&A交渉、減損テスト、PPA、公正価値測定。これらは、それぞれ評価目的が異なります。IFRS第13号に基づく公正価値測定であることを、はじめに明確にしておきます。
測定日
企業結合の取得日、報告日、条件変更日、減損判定日など、測定日が会計処理と一致しているかを確認します。
会計処理単位
個別資産、契約、ポートフォリオ、資金生成単位、事業単位。評価の対象が会計処理単位と一致しているかを確認します。
市場参加者の仮定
評価に、企業固有のシナジー、取得者固有の戦略、内部目標値、あるいは非市場参加者的な前提が紛れ込んでいないかを確認します。
インプットの出所
市場データ、価格ベンダー、ブローカー価格、類似会社、事業計画、経営者仮定、外部経済指標。それぞれの出所を明確にしておきます。
レベル分類に必要な情報
評価専門家がレベル分類まで結論づけてくれるとは限りません。レベル分類は財務諸表作成者側で判断するものですから、どのインプットが観察可能で、どれが観察不能か、そしてどのインプットが評価額に重大かを確認しておきます。
感応度
財務諸表利用者や監査人に説明できるよう、主要仮定の感応度を算定できる形で評価モデルを受領します。
モデル変更
前期から評価技法やインプットの選択が変わっている場合には、その変更理由と影響を明確にします。
評価専門家の利用は、経営者の判断責任を外部へ移すことではありません。評価専門家の分析を、IFRS財務報告上で説明できる判断へと翻訳していく。それが、経理・財務報告側に求められる役割です。
監査対応資料は「結論」よりも「判断過程」を重視する
公正価値測定は、会計上の見積りのなかでも、監査で深く掘り下げられやすい領域です。
会計上の見積りには、経営者の仮定や見積りの不確実性が含まれ、財務諸表に大きな影響を及ぼすことがあります。それだけに、監査人から詳細な説明を求められる場面が多く、見積額と実績に乖離が生じた場合には、その乖離の原因が問われます。
公正価値測定の監査対応資料は、次の順序で判断過程を示すと、格段に説明しやすくなります。
- 取引または測定対象の概要
- 関連するIFRS基準
- 公正価値測定が必要となる理由
- 測定対象と会計処理単位
- 測定日
- 市場・市場参加者・取引前提
- 採用した評価技法
- 採用しなかった評価技法とその理由
- 主要インプットと出所
- 観察可能性とレベル分類
- 重要な観察不能インプット
- 感応度と不確実性
- 評価額の変動要因
- 損益・OCI・純資産への影響
- 注記開示への反映
- 未解決事項と追加確認事項
監査対応で弱さが出るのは、結論だけが書かれ、代替案や前提変更時の影響が整理されていない資料です。公正価値測定においては、「この評価額が正しい」と主張するよりも、「この前提のもとではこの評価額が最も説明可能であり、どの前提が変われば結論が変わり得るか」を示すほうが、監査上も実務上も説得力を持ちます。
開示マッピング表を作成する
公正価値測定の注記では、開示要求、注記ドラフト、根拠資料が結びついていないと、レビュー漏れが生じます。
そこで実務では、開示マッピング表を作成します。
| 開示項目 | 注記ドラフト | 根拠資料 | レビュー観点 |
|---|---|---|---|
| 期末公正価値 | 公正価値一覧表 | 評価報告書、評価計算書 | 財政状態計算書との一致 |
| レベル分類 | 公正価値ヒエラルキー表 | レベル分類メモ | 重要インプットの観察可能性 |
| 評価技法・インプット | 評価技法注記 | 評価報告書、インプット一覧 | 評価額との整合、前期比較 |
| 評価技法変更 | 変更説明 | 前期評価資料、当期評価資料 | 変更理由と影響 |
| 重大な観察不能インプット | レベル3注記 | インプット一覧、評価モデル | 重要性、範囲、加重平均等 |
| レベル3調整表 | 調整表 | 期中取引明細、評価差額表 | 期首・期末残高との一致 |
| 未実現損益 | 損益注記 | 評価差額明細、保有残高表 | 表示科目との一致 |
| 評価プロセス | プロセス説明 | 内部規程、承認証跡 | 実態との整合 |
| 感応度 | 定性・定量説明 | 感応度分析資料 | 変動幅、合理的代替仮定 |
| レベル間振替 | 振替説明 | 市場データ、価格取得状況 | 振替理由、認識時点方針 |
この一枚があると、監査人との質疑、開示レビュー、経営者レビューを、同じ資料の上で進められるようになります。
レベル3調整表は期中管理が不可欠
レベル3調整表は、決算日を過ぎてから期首残高と期末残高の差額を分解するだけでは、どうしても精度が落ちます。
そこで、期中に次の情報を管理しておきます。
| 変動項目 | 管理すべき情報 |
|---|---|
| 取得 | 取得日、取得価額、公正価値、取得時レベル分類 |
| 売却 | 売却日、売却価額、売却時帳簿価額、実現損益 |
| 発行 | 発行条件、発行日、公正価値、関連契約 |
| 決済 | 決済日、決済額、消滅損益 |
| 純損益 | 評価損益、表示科目、未実現損益の内訳 |
| OCI | OCI認識額、税効果、リサイクリングの有無 |
| 為替換算 | 機能通貨、表示通貨、換算差額 |
| レベル間振替 | 振替日、理由、振替前後レベル、方針 |
| 期末残高 | 評価額、評価日、評価技法、インプット |
とりわけ、純損益に含まれる未実現損益は、期末時点で保有している資産・負債に係る部分を切り分けて識別しなければなりません。レベル3調整表には、期首残高から期末残高への変動、レベル3への振替とレベル3からの振替、そして報告期間末現在で保有している資産・負債に係る未実現損益などが含まれてくるからです。
感応度分析は、経営者説明にも使える形で作る
感応度分析は、監査人に提出するためだけの資料ではありません。
経営者にとっては、どの仮定に財務諸表が敏感に反応するのかを把握するための資料でもあります。公正価値測定の感応度は、資本市場への説明、M&A後の業績管理、減損リスク管理、リスク管理方針の見直しにまでつながっていきます。
感応度分析を作るときは、次の点を整理します。
| 項目 | 実務上の確認事項 |
|---|---|
| 対象インプット | 割引率、成長率、利益率、達成確率、流動性ディスカウント等 |
| 変動幅 | 合理的に考え得る代替的仮定か |
| 方向性 | インプット上昇・低下が公正価値に与える方向 |
| 影響額 | 公正価値、損益、OCI、純資産への影響 |
| 相互関係 | 成長率と割引率、利益率とリスクプレミアム等の関係 |
| 重要性 | 利益、総資産、総負債、純資産に対して重要か |
| 開示方法 | 定性的説明で足りるか、定量的分析が必要か |
金融資産・金融負債のレベル3評価では、合理的に考え得る代替的仮定への変更によって公正価値が著しく変動する場合、定量的な影響額と計算方法まで開示する必要があります。金融資産・金融負債については、レベル3に係る感応度の定量的分析が、重要な開示項目に位置づけられています。
評価資料と開示資料を分けすぎない
公正価値測定では、評価担当者、経理担当者、開示担当者、監査対応担当者が、それぞれ別々になっていることがあります。
この体制では、評価資料と開示資料が分断されやすくなります。
たとえば、評価担当者は評価モデルを説明できても、注記上のレベル分類やレベル3調整表を把握していない。開示担当者は注記テンプレートを作れても、観察不能インプットの出所や感応度の意味までは説明できない。経理担当者は仕訳を把握していても、未実現損益やOCIへの影響を評価資料と結びつけられない。こうした状態が続くと、監査対応で同じ質問が何度も繰り返されることになります。
そこで実務では、資料を次のように接続していきます。
| 資料 | 接続先 |
|---|---|
| 評価報告書 | 評価技法注記、インプット注記、感応度資料 |
| 評価モデル | 重大な観察不能インプット、レベル分類、感応度 |
| 取引明細 | レベル3調整表、期中増減、未実現損益 |
| 仕訳一覧 | 損益・OCI・純資産への影響 |
| 内部承認資料 | 評価プロセス、経営者レビュー |
| 外部データ | 観察可能インプット、第三者価格、価格検証 |
| 開示ドラフト | IFRS第13号要求事項、表示科目、財務諸表注記 |
公正価値測定の資料は、評価額を証明するためのものではありません。評価額が財務報告にどう反映されたかを説明する資料として設計する。この視点が要になります。
よくある実務上の不備
公正価値測定の開示・評価資料では、次のような不備をよく見かけます。
評価技法の説明が抽象的すぎる
「DCF法を使用」「類似会社比較法を使用」とだけ記載され、どのキャッシュ・フロー、どの割引率、どの類似会社、どの倍率を使ったのかが説明されていないケースです。
レベル分類の根拠がない
レベル1・2・3の結論だけが示され、どのインプットが重大で、どれが観察不能なのかが整理されていないケースです。
外部評価書に依存しすぎている
外部評価専門家の評価額をそのまま会計上の結論として扱い、IFRS第13号上の測定目的、会計処理単位、注記要求との整合を確認していないケースです。
レベル3調整表が期末に後追いで作られている
取得、処分、評価差額、振替、未実現損益の区分管理が期中に行われず、期末の差額分析だけで済ませてしまっているケースです。
感応度分析が形式的である
主要仮定を一律に1%動かしているだけで、その変動幅が合理的か、他のインプットとの相互関係があるか、損益・OCI・純資産への影響が重要かを検討していないケースです。
注記と監査資料が一致していない
注記では「インカム・アプローチ」と記載しながら、評価報告書ではマーケット・アプローチを主たる評価技法としているなど、資料間の不整合が残っているケースです。
評価プロセスの実態が説明できない
誰が評価を依頼し、誰がモデルをレビューし、誰がインプットを承認し、誰が開示を確認したのか。その証跡が残っていないケースです。
公正価値測定の資料化における内部統制
公正価値測定は、単なる決算作業ではなく、内部統制の設計対象でもあります。
とりわけ、レベル3評価が重要となる企業では、次のような統制を設計していきます。
| 統制領域 | 統制の例 |
|---|---|
| 評価対象の網羅性 | 公正価値測定対象リストを四半期または年次で更新する |
| 評価データの正確性 | 市場データ、価格ベンダー情報、契約条件、事業計画の出所を確認する |
| 評価モデルの妥当性 | モデルの数式、前期からの変更、エラーの有無をレビューする |
| インプット承認 | 割引率、成長率、達成確率等を責任者が承認する |
| 外部専門家利用 | 評価依頼範囲、前提、納品物、質疑対応を文書化する |
| レベル分類 | 重要インプットの観察可能性と重大性をレビューする |
| 感応度 | 主要仮定の変動幅と影響額を承認する |
| 開示レビュー | 注記と評価資料、仕訳、財務諸表表示を照合する |
| 事後検証 | 過去見積りと実績の乖離を分析し、翌期評価に反映する |
内部統制の目的は、評価額を固定することではありません。見積りや判断を、再現可能でレビュー可能なプロセスへと整えていくことにあります。
相談前に整理しておくとよい資料
公正価値測定について専門家に相談する際は、次の資料が手元にあると、論点整理の精度が高まります。
| 資料 | 相談時に確認できること |
|---|---|
| 評価対象一覧 | どの資産・負債が公正価値測定対象か |
| 関連契約 | 条件付対価、デリバティブ、投資契約、M&A契約等の条件 |
| 会計処理方針 | 関連するIFRS基準、分類、測定区分、表示方針 |
| 評価報告書 | 評価技法、評価額、評価前提 |
| 評価モデル | インプット、計算過程、感応度分析 |
| 事業計画 | キャッシュ・フロー、成長率、利益率、投資計画 |
| 市場データ | 類似会社、類似取引、金利、スプレッド、価格ベンダー情報 |
| 期中取引明細 | 取得、処分、決済、レベル間振替 |
| 注記ドラフト | IFRS第13号開示との整合性 |
| 監査人コメント | 未解決事項、追加証拠の要請、論点の優先順位 |
この段階で大切なのは、完成した評価額だけを持ち込むのではなく、未解決の論点を明確にしておくことです。「レベル3分類は妥当か」「感応度の変動幅をどう設定するか」「評価報告書のどの前提を注記に反映すべきか」「未実現損益の集計方法に問題がないか」。こうした問いを具体化しておくと、相談の実効性は大きく変わってきます。
公正価値測定は、評価と開示を同時に設計する領域である
公正価値測定の実務では、評価額を算定する人と、財務諸表を作成する人が分かれることがあります。しかし、IFRS第13号の観点からすれば、評価額、評価技法、インプット、レベル分類、感応度、レベル3調整表、評価プロセス、注記は、すべて一体のものです。
評価技法とインプットを説明できなければ、公正価値測定は財務報告として完結しません。レベル分類の根拠がなければ、開示の信頼性はぐらつきます。感応度や未実現損益を管理していなければ、利用者は評価の不確実性や当期損益への影響を読み取れません。評価プロセスの証跡がなければ、監査対応は属人的なものになってしまいます。
公正価値測定とは、数字を作る作業ではありません。評価判断を、説明可能な財務報告へと変換していく作業です。
公正価値測定の開示・評価資料でお悩みの場合
非上場株式、条件付対価、デリバティブ、投資不動産、企業結合に伴うPPA、レベル3評価。こうした場面では、評価額そのものよりも、評価技法・インプット・レベル分類・感応度・注記開示・監査証拠の整合性のほうが、実務上の論点になりがちです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRS第13号に基づく公正価値測定の論点整理、評価専門家との連携、レベル3調整表や感応度分析の整理、注記ドラフトのレビュー、監査対応資料の作成まで、財務報告として説明できる形で支援しています。
公正価値測定の注記や評価資料について、監査対応の前に論点を整理しておきたい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
本稿の振り返り
| 重要論点 | 実務上のポイント |
|---|---|
| 開示目的 | 評価技法・インプットを利用者が評価できるようにし、レベル3評価の損益・OCIへの影響を理解できるようにする |
| 測定対象の棚卸 | 公正価値測定対象、関連基準、測定の性質、表示科目、評価担当、開示論点を一覧化する |
| 資産・負債のクラス | 表示科目と同一とは限らない。性質、リスク、レベル分類に応じて分解を検討する |
| 評価技法・インプット | 評価技法の名称だけでなく、主要インプット、出所、採用理由、前期からの変更を説明する |
| レベル分類 | 評価技法ではなく、重要なインプットの観察可能性に基づいて判断する |
| 重大な観察不能インプット | レベル3評価では、重要な観察不能インプットに関する定量情報を整理する |
| レベル3調整表 | 期首残高から期末残高への増減を、損益、OCI、取得、処分、発行、決済、振替に分解する |
| 未実現損益 | 期末保有分に係る純損益上の未実現損益と表示科目を把握する |
| 感応度 | 主要仮定の変動が評価額、損益、OCI、純資産へ与える影響を整理する |
| 評価プロセス | 評価方針、責任分担、モデル検証、外部専門家利用、承認、事後検証を文書化する |
| 評価専門家との連携 | 評価目的、測定日、会計処理単位、市場参加者の仮定、開示に必要な情報を事前に共有する |
| 開示マッピング | IFRS第13号の開示要求、注記ドラフト、根拠資料、レビュー観点を対応づける |
| 内部統制 | 評価対象の網羅性、データ正確性、モデル妥当性、インプット承認、開示レビューを統制化する |
| 相談前整理 | 評価額だけでなく、未解決論点、監査人コメント、注記案、根拠資料を整理しておく |