IFRS第3号「企業結合」を適用する場面では、まず、その取引が企業結合に該当するかどうかを判断します。企業結合に該当するのであれば、取得法を適用することになります。
取得法の検討で最初に行うべきことは、取得対価の測定でも、のれんの計算でも、PPAでもありません。
最初に整理すべきなのは、誰が取得企業なのか、そしていつ取得したのかという点です。
IFRS第3号では、取得法の適用手順として、取得企業の識別、取得日の決定、識別可能資産・負債・非支配持分の認識と測定、そしてのれんまたは割安購入益の認識と測定という流れが示されています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
この順序には、実務上の意味があります。
取得企業を誤れば、どちらの企業の帳簿価額を引き継ぐのか、どちらの資産・負債を取得日の公正価値で測定するのか、どちらの利益剰余金が連結財務諸表上の継続性を持つのかが変わってしまいます。取得日を誤れば、取得した資産・負債の測定日、取得後損益の取り込み開始日、のれんの測定、取得関連費用、段階取得時の再測定、そして注記の対象期間まで、すべてがずれてしまいます。
M&Aの実務では、法的な買主、株式を発行する会社、契約上の存続会社、上場会社、そして会計上の取得企業が、必ずしも一致するとは限りません。だからこそ、IFRS第3号における取得企業と取得日は、形式ではなく、支配の獲得という観点から整理する必要があるのです。
取得企業の識別は、取得法の出発点である
IFRS第3号では、企業結合ごとに、結合当事企業のうち一つを取得企業として識別しなければなりません。ここでいう取得企業とは、他の企業、すなわち被取得企業に対する支配を獲得する企業を指します。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
この支配は、IFRS第10号「連結財務諸表」の支配概念に基づいて判断します。IFRS第10号では、投資者が投資先への関与から生じる変動リターンにさらされ、またはその権利を有し、かつ投資先に対するパワーを通じてそのリターンに影響を及ぼす能力を有する場合に、支配があるとされています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 10 Consolidated Financial Statements
つまり、取得企業の識別にあたっては、「誰が株式を買ったか」「誰が対価を支払ったか」「どちらが法律上の親会社か」といった点だけを見ていては足りません。
検討の中心となるのは、次の3点です。
| 支配の要素 | 実務上の確認ポイント |
|---|---|
| パワー | 関連性のある活動を、現在指図できる権利を有しているか |
| 変動リターン | 配当、シナジー、企業価値の増加、コスト削減など、便益・損失にさらされているか |
| パワーとリターンの連動 | 保有するパワーを用いて、自らのリターンに影響を及ぼせるか |
この3要素は、取得企業の識別だけでなく、取得日の決定にも直接つながっていきます。取得企業とは、「契約上、買主とされた企業」ではなく、「取得日に被取得企業に対する支配を獲得した企業」なのです。
IFRS第10号で明確に判断できない場合の補助指標
多くの買収取引では、取得企業の識別は比較的容易です。現金を支払い、対象会社の議決権の過半を取得し、取締役会や経営方針を支配するのであれば、通常はその買主が取得企業となります。
しかし、株式交換、合併、三角合併、共同持株会社の設立、上場会社を利用した取引、経営統合、いわゆる対等合併に近い取引などでは、IFRS第10号の支配判定だけでは取得企業が見えてこないことがあります。
こうした場合、IFRS第3号は、追加的な判断指標を考慮するよう求めています。IFRS第3号B13項は、まずIFRS第10号の支配概念を用い、それでも取得企業が明確でない場合には、B14項からB18項の要素を考慮するという構造を採っています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
実務上、特に重要となるのは、次の指標です。
| 判断指標 | 取得企業になりやすい側 | 実務上の確認資料 |
|---|---|---|
| 現金・資産・負債の移転 | 対価として現金・資産を移転し、または負債を引き受ける側 | 株式譲渡契約、事業譲渡契約、資金決済資料 |
| 株式の発行 | 通常は株式を発行する側。ただし逆取得に注意 | 株式交換契約、合併契約、発行条件 |
| 結合後の議決権割合 | 旧株主グループが最大の議決権を保有する側 | 株主構成、潜在株式、特殊議決権 |
| 大口少数株主持分 | 他に有力株主がいない場合、最大少数持分を持つ側 | 株主名簿、議決権行使契約 |
| 取締役会等の構成 | 取締役の過半を選任・解任できる側 | 役員選任合意、指名権、株主間契約 |
| 経営陣の構成 | 旧経営陣が結合後企業の経営を主導する側 | 経営体制、役員人事、PMI計画 |
| 対価条件 | 他方の結合当事企業の公正価値にプレミアムを支払う側 | 価格算定資料、FA資料、取締役会資料 |
| 相対的規模 | 資産、収益、利益等の規模が大きい側 | 財務諸表、管理会計資料、評価資料 |
| 取引の主導 | 複数企業が関与する場合、取引を主導した側 | 交渉経緯、基本合意書、アドバイザー資料 |
| 新設会社の利用 | 新設会社は必ずしも取得企業ではない | 持株会社化スキーム、設立目的、資金拠出 |
IFRS第3号は、現金等による企業結合では、通常、現金等を移転する企業が取得企業となるとしています。一方で、株式交換による企業結合では、通常、株式を発行する企業が取得企業となるとしつつ、逆取得の可能性や、議決権、取締役会、経営陣、対価条件、相対的規模といった要素も考慮するよう示しています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
ここで大切なのは、これらの指標を単純なチェックリストとして扱わないことです。
たとえば、議決権割合では一方が優位でも、取締役会の構成、拒否権、潜在的議決権、経営陣の実質的支配、あるいは重要な営業・財務方針を決める権限が、別の側に残っていることがあります。反対に、法律上は対等合併と呼ばれる取引であっても、IFRS上は一方を取得企業として識別しなければならない場合もあります。
企業結合会計の実務では、IFRS第3号の適用範囲を確認したうえで、取得企業の識別、取得日の決定、取得法、測定期間、取引の一部か否か、認識・測定の例外、開示へと論点が連続していきます。そのなかでも、取得企業の識別は、取得法適用の中核的な前提として位置づけられます。
法的取得企業と会計上の取得企業が異なる場合
取得企業の識別で最も注意を要するのが、法的取得企業と会計上の取得企業が異なる取引です。
その代表例が、逆取得です。
IFRS第3号では、証券を発行する企業、すなわち法律上の取得企業が、会計上は被取得企業と識別される場合を逆取得としています。逆に、法律上は取得される側にある企業が、会計上は取得企業となることもあります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
この判断は、単なる形式論ではありません。
たとえば、株式交換や合併によって、法律上は上場会社が親会社となっていても、取引後の議決権の過半、取締役会の構成、経営陣の支配、事業の実質、結合後企業の運営方針を、法律上の子会社側の旧株主・旧経営陣が実質的に支配していることがあります。このような場合には、会計上は法律上の子会社側が取得企業となる可能性があるのです。
実務上のポイントは、次の切り分けにあります。
| 観点 | 法的な見方 | IFRS上の見方 |
|---|---|---|
| 親会社 | 契約・会社法上の親会社 | 支配を獲得した会計上の取得企業 |
| 株式発行会社 | 対価として株式を発行した会社 | 通常は取得企業だが、逆取得では被取得企業となり得る |
| 存続会社 | 合併後に法的に存続する会社 | 存続会社が取得企業とは限らない |
| 上場会社 | 上場維持・資本市場対応の主体 | 上場会社が会計上の取得企業とは限らない |
| 連結財務諸表の継続性 | 法律上の親会社名で発行されることがある | 会計上の取得企業の財務諸表の継続として表示される場合がある |
IFRS第3号の逆取得では、会計上の取得企業は、通常、被取得企業に対価を発行しません。その代わりに、会計上の被取得企業が、会計上の取得企業の所有者に株式を発行することになります。そのため、移転対価の測定や、連結財務諸表上の資本構成にも、特殊な処理が求められます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
また、逆取得後の連結財務諸表は、法律上の親会社名で発行されるとしても、会計上は法律上の子会社、すなわち会計上の取得企業の財務諸表の継続として表示されます。法律上の子会社の資産・負債は結合前の帳簿価額を引き継ぎ、法律上の親会社の識別可能資産・負債は、IFRS第3号に従って認識・測定されます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
法律上の親会社が会計上の被取得企業となり、法律上の子会社が会計上の取得企業となる逆取得では、連結財務諸表上の資産・負債、のれん、資本構成、利益剰余金、さらには1株当たり利益の表示に至るまで、連動して整理していく必要があります。
取得日の決定は「契約日」ではなく「支配獲得日」で判断する
取得企業を識別したら、次に取得日を決定します。
IFRS第3号では、取得日は、取得企業が被取得企業に対する支配を獲得する日とされています。通常は、取得企業が対価を法的に移転し、被取得企業の資産を取得し、負債を引き受ける日、すなわちクロージング日が取得日となります。ただし、支配を獲得する日が、クロージング日より前になることも、後になることもあります。取得日を識別する際には、関連するすべての事実と状況を考慮しなければなりません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
この点は、実務で誤解されやすいところです。
契約締結日、株主総会承認日、規制当局の承認日、クロージング日、効力発生日、支払日、登記日が、すべて同じ日であれば大きな問題は生じません。しかしM&Aでは、これらの日付がずれることが少なくないのです。
| 日付 | 意味 | 取得日になり得るか |
|---|---|---|
| 基本合意日 | 取引の基本条件に合意した日 | 通常は取得日ではない |
| 契約締結日 | 法的拘束力ある契約を締結した日 | 支配が移転していなければ取得日ではない |
| 株主総会承認日 | 合併・株式交換等について承認を得た日 | 承認だけで支配が移転しなければ取得日ではない |
| 規制当局承認日 | 必要な許認可・競争法承認等を得た日 | 支配移転条件の一つとなることが多い |
| クロージング日 | 対価決済・株式移転・実行が行われる日 | 通常は取得日となることが多い |
| 契約上の効力発生日 | 契約上、権利義務の効力が生じる日 | 支配獲得の実態と一致する場合は取得日となり得る |
| 登記日 | 法的手続が登記された日 | 登記前に支配が移転していれば取得日とは限らない |
取得日は、単に書類上の日付を選べばよいという問題ではありません。取得日において、取得企業は、被取得企業の識別可能資産、引き受けた負債、非支配持分を認識し、のれんまたは割安購入益を測定します。そのため、取得日が1日ずれるだけでも、為替レート、公正価値、棚卸資産、金融商品、偶発負債、税効果、取得後損益の取り込みに影響が及ぶ可能性があるのです。
企業結合実務においても、取得日は「取得企業が被取得企業に対する支配を獲得する日」であり、一般的にはクロージング日であるものの、契約条件によってはクロージング日より前後する可能性があるため、関連するすべての事実と状況を検討する必要があると整理されています。
取得日を判断するために確認すべき契約条件
取得日を判断する際は、単に契約書の日付を見るのではなく、支配をいつ獲得したかを示す契約条件と実態を確認します。
実務上、特に確認しておきたいのは、次の事項です。
| 確認項目 | 実務上の着眼点 |
|---|---|
| 対価の移転 | 現金支払、株式交付、負債引受けがいつ実行されたか |
| 株式・持分の移転 | 議決権や持分の移転がいつ有効になったか |
| 取締役・経営陣の交代 | 関連性のある活動を、誰がいつ指図できるようになったか |
| 重要な意思決定権 | 予算、投資、人事、資金調達、事業計画を、誰が決定できるか |
| クロージング条件 | 規制承認、融資実行、第三者同意、表明保証の充足が支配移転条件か |
| 契約上の効力発生日 | 実行日前に支配が移転する明確な定めがあるか |
| 実行前の制約条項 | 買主の同意権が保護的権利にとどまるか、実質的な指図権か |
| リスク・経済的便益 | 取得対象の変動リターンが、いつ買主に帰属するか |
| 解除権・停止条件 | 条件未充足時に取引が解除・停止されるか |
| 規制・法的制限 | 法令上、支配移転が一定日まで制限されていないか |
特に注意したいのが、クロージング前の買主同意権です。
M&A契約では、クロージングまでの間、売主または対象会社が通常の事業運営から逸脱する行為を行う場合に、買主の同意を求める条項が置かれることがあります。この条項は、買主の投資価値を保護するための保護的権利にとどまることもあれば、実質的に対象会社の関連性のある活動を指図する権利に近づくこともあります。
IFRS第10号では、支配の評価にあたって、すべての事実と状況を考慮し、支配の3要素に変化があった場合には再評価することが求められます。そして、投資先のリターンに重要な影響を及ぼす関連性のある活動を、現在指図できる権利こそが、パワーの中心とされています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 10 Consolidated Financial Statements
したがって、クロージング前の同意権についても、「同意権があるから支配している」と形式的に判断するのではなく、どの活動に関する権利なのか、その活動が対象会社のリターンに重要な影響を及ぼすのか、権利が現在行使可能なのか、あるいは保護的権利にとどまるのかを、丁寧に検討する必要があります。
対価を支払っていなくても支配を獲得する場合がある
取得企業の識別と取得日の決定では、対価の支払いだけに注目していると、判断を誤ることがあります。
IFRS第3号上の企業結合は、必ずしも取得企業が現金や株式を移転する取引に限られません。投資先が自己株式を買い戻した結果、既存株主の持分比率が相対的に増加して支配を獲得する場合もあれば、他の株主が有していた契約上の権利が消滅した結果、従前から議決権を保有していた投資者が支配を獲得する場合もあります。
企業結合実務でも、投資先による株式買戻しや、他株主の権利消滅によって支配を獲得する場合について、事業に対する支配の獲得が生じるのであれば、IFRS第3号の企業結合に該当し、取得法の適用を検討することになると整理されています。
このような場面では、取得日を「対価支払日」として機械的に決めることはできません。対価の移転がない、あるいは直接的な売買契約がない場合であっても、いつ支配の3要素がそろったのかを確認していきます。
特に、次のような事象は、取得日の判断に影響し得ます。
| 事象 | 取得日判断への影響 |
|---|---|
| 他株主の拒否権・承認権の消滅 | その日から関連性のある活動を指図できる可能性がある |
| 潜在的議決権の行使可能化 | 実質的なパワーが発生する可能性がある |
| 株式買戻しによる持分比率上昇 | 既存株主が支配を獲得する可能性がある |
| 株主間契約の変更 | 意思決定権の所在が変わる可能性がある |
| デフォルト発生による権利行使可能化 | 保護的権利が実質的権利へ変化する可能性がある |
| 規制承認の取得 | 支配移転の停止条件が解除される可能性がある |
M&Aの形式が単純な株式譲渡から離れるほど、取得日は「取引実行日」ではなく「支配獲得日」として整理することが重要になっていきます。
新設会社は必ずしも取得企業ではない
企業結合のスキームでは、新設持株会社、新設SPC、新設合併会社などが利用されることがあります。
この場合、法律上は新設会社が親会社となり、既存会社を傘下に置くように見えることがあります。しかしIFRS第3号では、新設会社が企業結合を実行するために株式を発行するだけであれば、その新設会社が当然に取得企業になるわけではないとされています。株式発行によって企業結合を実行するために新設会社が設立された場合には、企業結合前から存在していた結合当事企業のいずれかを取得企業として識別します。一方、新設会社が現金やその他の資産を移転し、または負債を引き受ける場合には、その新設会社が取得企業となる可能性があります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
この点は、持株会社化や経営統合の場面で重要になります。
新設会社を形式的な親会社として設立しても、会計上の取得企業は、結合前から存在していた事業会社のいずれかとなることがあります。どちらが取得企業かは、結合後の議決権割合、取締役会の構成、経営陣、取引を主導した企業、相対的規模などを踏まえて判断していきます。
取得企業と取得日が後続論点に与える影響
取得企業と取得日は、その後の会計処理に広範な影響を及ぼします。
| 後続論点 | 取得企業・取得日の影響 |
|---|---|
| 識別可能資産・負債の測定 | 取得日時点の公正価値等で測定する対象が決まる |
| のれん・割安購入益 | 取得対価、非支配持分、既保有持分、識別可能純資産の測定日が決まる |
| 取得関連費用 | どの企業が負担したか、どの期間に費用処理するかに影響する |
| 段階取得 | 取得日に既保有持分を公正価値で再測定するかが問題となる |
| 取得後損益 | 被取得企業の損益を、いつから連結損益に取り込むかが決まる |
| PPA | 評価基準日が取得日となる |
| 税効果 | 取得日における一時差異、繰延税金資産・負債の認識に影響する |
| 外貨換算 | 取得日の為替レート、のれん・公正価値修正の換算に影響する |
| 減損 | のれん配分、CGU、取得後の減損テストに影響する |
| 開示 | 取得日、取得理由、取得対価、取得後損益、プロフォーマ情報等に影響する |
取得企業の識別や取得日が曖昧なままPPAを進めてしまうと、評価基準日や評価対象が定まらないまま作業が進んでいくことになります。特に、取得日が決算日前後に近い場合は、取得後損益の取り込み、注記の対象期間、暫定的な会計処理、測定期間開示に影響しやすいため、注意が必要です。
また、逆取得では、会計上の取得企業の財務諸表が継続しているものとして扱われるため、通常の企業結合とは異なる表示上の整理が求められます。逆取得の実務では、法律上の子会社、すなわち会計上の取得企業の資産・負債は結合前の帳簿価額で認識され、法律上の親会社、すなわち会計上の被取得企業の識別可能資産・負債はIFRS第3号に従って認識・測定されるなど、通常の株式取得とは異なる整理が必要になります。
監査対応上、どのように論点整理すべきか
取得企業の識別と取得日の決定は、監査上も重要な判断領域です。
特に、株式交換、合併、共同持株会社設立、上場会社を利用した取引、段階取得、規制承認を伴う買収、そしてクロージング前後で経営権移転が段階的に進む取引などでは、監査人から判断過程の説明を求められる可能性が高くなります。
実務上は、次のような構成で論点整理メモを作成しておくと、判断の流れを説明しやすくなります。
| 論点整理項目 | 記載すべき内容 |
|---|---|
| 取引概要 | 取引スキーム、結合当事企業、取得対象、対価、主要日付 |
| 企業結合該当性 | 取得対象が事業か、IFRS第3号の適用除外に該当しないか |
| 支配の獲得 | IFRS第10号の支配3要素に照らした分析 |
| 取得企業の候補 | 法的取得企業、対価支払企業、株式発行企業、実質的支配企業 |
| B14〜B18の判断指標 | 議決権、取締役会、経営陣、対価条件、相対的規模、取引主導者 |
| 逆取得の該当性 | 株式発行企業が会計上の被取得企業となるか |
| 取得日候補 | 契約締結日、承認日、クロージング日、効力発生日、登記日 |
| 取得日の結論 | 支配を獲得した日と判断した根拠 |
| 後続処理への影響 | PPA、のれん、取得後損益、税効果、開示、監査資料への影響 |
| 未解決事項 | 追加確認が必要な契約条項、承認、評価、法務・税務論点 |
このとき、結論だけを書いても十分ではありません。
「なぜ法的取得企業ではなく、会計上の取得企業を別に識別したのか」「なぜ契約締結日ではなく、クロージング日を取得日としたのか」「なぜクロージング日前に支配が移転していないと判断したのか」「取締役会構成や株主間契約をどう評価したのか」。こうした判断過程を、監査人や関係者が後から追えるようにしておくことが大切です。
取得企業と取得日を判断するにあたっては、少なくとも次の資料を確認しておきたいところです。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 株式譲渡契約・合併契約・株式交換契約 | 権利義務、効力発生日、停止条件、対価、クロージング条件の確認 |
| 株主間契約・議決権行使契約 | 実質的な意思決定権の所在の確認 |
| 取締役会・株主総会議事録 | 取引承認、経営体制、重要意思決定の確認 |
| 規制承認・第三者同意資料 | 支配移転の制約条件の確認 |
| クロージング証書・決済資料 | 対価移転、株式移転、負債引受けの実行確認 |
| 取引前後の株主構成 | 議決権割合、潜在株式、特殊議決権の確認 |
| 役員・経営陣の構成資料 | 結合後企業の支配主体の確認 |
| FA資料・評価資料 | 対価条件、プレミアム、相対的規模の確認 |
| PMI計画・事業計画 | 結合後の運営方針と実質的支配の確認 |
| 開示ドラフト | 取得日、取得理由、取得対価、取得後損益の整合性確認 |
実務で誤りやすい判断
取得企業の識別と取得日の決定では、次のような誤りが起こりやすくなります。
法的買主をそのまま取得企業としてしまう
株式を買った企業、合併存続会社、株式を発行した企業、上場会社が、常に会計上の取得企業になるわけではありません。特に株式交換や逆取得では、結合後の支配構造をしっかり確認する必要があります。
クロージング日を無条件に取得日とする
クロージング日が取得日となることは多いものの、契約上または実態上、支配の獲得がクロージング日より前後する場合があります。取得日は「実行日」ではなく、「支配獲得日」です。
株主総会承認日や契約締結日を取得日とする
承認や契約締結だけでは、支配が移転していないことがあります。停止条件、規制承認、対価決済、役員交代、議決権移転、解除権の有無を確認する必要があります。
取得日をPPAの都合で決めてしまう
PPAの評価基準日を先に決め、その日を取得日として扱うのは、順序が逆です。まず支配獲得日を判断し、その取得日における識別可能資産・負債を測定します。
新設会社を形式的に取得企業としてしまう
新設持株会社が設立されても、それだけで新設会社が取得企業になるわけではありません。新設会社が単に株式を発行するための器にすぎない場合は、結合前から存在していた企業のいずれかを取得企業として識別する必要があります。
逆取得の表示影響を見落とす
逆取得では、取得企業の識別だけでなく、連結財務諸表の継続性、資本構成、比較情報、EPS、非支配持分の扱いにまで影響が及びます。入口の判断を誤ると、表示・開示にも連鎖的に影響していきます。
取得企業・取得日の判断で専門家に相談すべき場面
取得企業の識別と取得日の決定は、典型的な株式取得であれば比較的整理しやすいものです。しかし、スキームが少しでも複雑になると、判断の余地は一気に大きくなります。
次のような取引では、早い段階で会計上の論点を整理しておくことが望まれます。
| 相談を検討すべき状況 | 論点 |
|---|---|
| 株式交換・合併・共同持株会社設立を行う | 法的親会社と会計上の取得企業が異なる可能性 |
| 上場会社を利用した買収・経営統合を行う | 逆取得、資本構成、EPS、比較情報への影響 |
| クロージング前に経営権が移るような契約がある | 取得日がクロージング日より前になる可能性 |
| 規制承認や第三者同意を伴う | 支配移転時点の判断 |
| 他株主の拒否権・承認権が消滅する | 対価支払いなしに支配を獲得する可能性 |
| 段階取得を行う | 既保有持分の再測定、取得日判定 |
| 新設会社・SPCを使う | 新設会社が取得企業か、既存会社が取得企業かの判断 |
| 監査人との協議が見込まれる | 判断過程と証拠資料の整理 |
取得企業と取得日は、M&A会計の「形式」ではなく、財務報告上の「起点」を決める判断です。
ここが曖昧なまま取得対価、PPA、のれん、税効果、開示へと進んでいくと、後続の論点はすべて不安定になってしまいます。反対に、取得企業と取得日を明確に整理できていれば、PPA、のれん、取得後損益、注記、監査対応を、一貫したストーリーとして説明しやすくなります。
主な出典
出典:IFRS Foundation|IFRS 3 Business Combinations
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
出典:IFRS Foundation|IFRS 10 Consolidated Financial Statements
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 10 Consolidated Financial Statements
本記事の振り返り
| 論点 | 実務上のポイント |
|---|---|
| 取得企業の識別 | 取得法の最初のステップ。法的買主ではなく、支配を獲得した企業を識別する |
| 支配の判断 | IFRS第10号のパワー、変動リターン、パワーを用いる能力の3要素で判断する |
| 補助指標 | 議決権、取締役会、経営陣、対価条件、相対的規模、取引主導者等を確認する |
| 逆取得 | 株式を発行した法律上の親会社が、会計上は被取得企業となる場合がある |
| 新設会社 | 持株会社等の新設会社は、当然に取得企業となるわけではない |
| 取得日 | 取得企業が被取得企業に対する支配を獲得した日。通常はクロージング日だが、前後する可能性がある |
| 契約日との違い | 契約締結、承認、登記、決済の日付と取得日は必ずしも一致しない |
| 後続影響 | PPA、のれん、取得後損益、税効果、開示、監査対応に影響する |
| 監査対応 | 結論だけでなく、支配獲得の根拠、日付判断、契約条件、証拠資料を整理する |
| 相談が必要な場面 | 株式交換、合併、逆取得、段階取得、規制承認、新設会社利用、複雑な株主間契約がある場合 |
取得企業と取得日を、後から説明できる判断に整える
IFRS第3号における取得企業の識別と取得日の決定は、M&A会計の前提を決める重要な判断です。
法的な買主、契約上の取得者、株式発行会社、存続会社、上場会社が、必ずしも会計上の取得企業になるわけではありません。また、契約締結日やクロージング日が、常に取得日になるとも限りません。
重要なのは、取引実態、契約条件、株主構成、意思決定権、規制承認、経営体制、対価条件を踏まえて、誰が、いつ、支配を獲得したのかを、後からきちんと説明できる状態にしておくことです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに基づく企業結合、取得企業の識別、取得日の判定、逆取得、PPA、のれん、M&A後の財務報告論点について、取引実態・契約条件・会計基準・監査対応・開示説明を踏まえた論点整理を支援しています。
取得企業の判断に迷う場合、取得日を監査人に説明できる形で整理したい場合、あるいはM&A実行前後の会計処理を早めに確認しておきたい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。