IFRS第3号「企業結合」の取得法では、まず企業結合を識別し、取得企業と取得日を決めます。そのうえで、取得対価、取得した資産と引き受けた負債、非支配持分、そしてのれんまたは割安購入益を測定していきます。
この段階で実務上よく迷うのが、M&A契約上の支払額をそのまま「取得対価」としてよいのかという点です。
契約書には、実にさまざまな金額が並びます。現金対価、株式対価、アーンアウト、運転資本調整、表明保証違反に関する補償、売却株主への継続勤務条件付き支払、リテンションボーナス、ストックオプションの置換え、アドバイザリー費用の負担、クロージング後の精算条項。挙げていけばきりがありません。
しかし、IFRS第3号上の移転対価は、契約上「買収代金」と呼ばれる金額の全体ではありません。取得法に含めるのは、取得企業が被取得企業に対する支配を獲得する交換の一部として、被取得企業の旧所有者に移転したものに限られます。
たとえば、取得企業または結合後企業の便益のために支払われる金額、将来の勤務に対する報酬、取得関連費用の補填、既存関係の清算などは、企業結合とは別個の取引として扱う必要があります。IFRS第3号は、取得法に含めるのは被取得企業との交換としての移転対価と取得資産・引受負債であり、別個の取引はそれぞれ関連するIFRS基準に従って会計処理するものとしています。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
本記事では、移転対価、条件付対価、取得関連費用を、単なる定義としてではなく、M&A契約を財務報告へ落とし込むための判断プロセスとして整理していきます。
移転対価は「契約上の買収価格」ではなく「支配獲得の交換対価」である
移転対価は、取得日における公正価値で測定します。具体的には、取得企業が移転した資産、被取得企業の旧所有者に対して負担した負債、そして取得企業が発行した資本性金融商品について、取得日の公正価値を合計して求めます。
その形態はひとつではありません。現金、その他の資産、取得企業の事業または子会社、条件付対価、普通株式・優先株式、オプション、ワラントなど、多様な形をとり得ます。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
ここで押さえておきたいのは、移転対価を「支払方法」ではなく「交換の性質」で見るという視点です。
現金を支払ったから移転対価になるわけではありません。株式を発行したから移転対価になるわけでもありません。その支払または発行が、被取得企業の支配を獲得するために、被取得企業またはその旧所有者との交換として行われたものかどうか。そこを一つひとつ確認していくことになります。
実務では、次のように整理すると判断の軸が見えやすくなります。
| 検討対象 | 移転対価に含める方向の判断 | 別個の取引とする方向の判断 |
|---|---|---|
| 現金支払 | 旧所有者に対する株式・事業取得の対価 | 取得企業の費用補填、将来勤務報酬、既存契約の清算 |
| 株式対価 | 旧所有者に対する支配獲得の対価 | 従業員の将来勤務に対する株式報酬 |
| 条件付支払 | 取得対象の価値を事後的に精算・確認する仕組み | 継続勤務や業績連動報酬としての性格が強い支払 |
| エスクロー | 取得対価の支払留保または補償の仕組み | 表明保証違反等の補償資産・補償請求権 |
| 取得関連費用 | 原則として移転対価に含めない | 発生時に費用処理、または金融商品発行コストとして処理 |
| 代替報酬 | 企業結合前の勤務に対応する部分 | 企業結合後の勤務に対応する部分 |
企業結合の会計では、「移転対価の概要」「条件付対価」「移転対価に該当しない支払」「株式に基づく報酬」「取得関連コスト」といった論点が、ひとつの流れとしてつながっています。対価の金額を決める作業が、のれんの算定にとどまらず、損益・資本・負債・開示・監査証拠にまで連動するからです。
移転対価の測定では、取得日公正価値を基準にする
移転対価は、原則として取得日の公正価値で測定します。
取得企業が移転する資産、あるいは負担する負債について、その帳簿価額と取得日の公正価値が異なる場合には、取得日公正価値で再測定し、必要に応じて利得または損失を純損益に認識します。ただし、その資産または負債が結合後企業内に残り、取得企業が企業結合の前後を通じて支配し続ける場合は別です。この場合は取得日前の帳簿価額で測定し、純損益に利得または損失は認識しません。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
この整理は、非現金対価を用いる取引や、子会社・事業そのものを対価として差し出す取引で効いてきます。
取得企業が保有する非金融資産、事業、子会社、金融商品、自己株式関連契約などを対価に用いる場面を思い浮かべてみてください。何を旧所有者に移転したのか、その資産・負債は結合後企業から外部へ出ていったのか、それともグループ内に残るのか。ここを見極める必要があります。
公正価値の測定そのものは、IFRS第13号の考え方とつながります。IFRS第13号は、公正価値を、測定日時点の市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取る価格または負債を移転するために支払う価格として位置づけています。企業固有の意図ではなく、市場参加者の仮定に基づく測定である点が要点です。
出典:IFRS財団|IFRS第13号「公正価値測定」
したがって、移転対価の測定では、次の点を分けて確認していきます。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 対価の種類 | 現金、株式、非現金資産、負債引受け、条件付対価、代替報酬等を識別する |
| 測定日 | 原則として取得日公正価値で測定する |
| 測定基礎 | IFRS第13号の市場参加者ベースの公正価値測定と整合させる |
| 取得企業が支配を失うか | 移転した資産・負債について損益認識が必要かを判断する |
| 企業結合の交換か | 取得企業または結合後企業の便益のための支払を除外する |
| 他基準の例外 | 株式に基づく報酬はIFRS第2号に基づく測定を行う |
条件付対価は取得日公正価値で移転対価に含める
M&A契約では、取得後の業績、売上、EBITDA、株価、許認可取得、研究開発マイルストーン、顧客維持、一定期間後の事業価値などに応じて、追加の支払や返還が生じることがあります。いわゆるアーンアウトや価格調整条項です。
条件付対価は、取得企業が一定の将来事象または条件の充足に応じて、被取得企業の旧所有者へ追加の資産または資本性金融商品を移転する義務であることが通常です。もっとも、一定条件を満たした場合に、取得企業がすでに移転した対価の返還を受ける権利となることもあります。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
条件付対価に該当する場合、取得企業はその取得日公正価値を移転対価の一部として認識します。
条件付対価が金融商品に該当する支払義務であれば、IAS第32号の金融負債・資本の定義に基づいて、金融負債または資本に分類します。一方、一定条件を満たした場合に過去に移転した対価の返還を受ける権利は、資産として分類されます。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
ここで実務上大切なのは、条件が不確実だから認識しないという発想ではない、という点です。条件付対価は、取得日時点で将来支払額が不確実であっても、その取得日公正価値を測定し、移転対価に含めます。
条件付対価の初期検討では、少なくとも次の事項を整理しておきたいところです。
| 検討項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 条件の内容 | 業績、株価、マイルストーン、許認可、顧客維持、一定期間経過等 |
| 支払先 | 被取得企業の旧所有者か、従業員か、第三者か |
| 支払目的 | 取得対象の価値精算か、将来勤務・役務提供への報酬か |
| 支払形態 | 現金、株式、その他資産、対価返還請求権 |
| 分類 | 金融負債、資本、資産、非金融負債等 |
| 測定 | 取得日公正価値の測定方法、主要仮定、感応度 |
| 事後測定 | 資本分類か、それ以外かにより処理が変わる |
| 開示 | 条件付対価の説明、認識額、結果の範囲、評価仮定 |
条件付対価の事後測定は分類によって大きく変わる
条件付対価は、取得日に認識して終わり、ではありません。事後の測定処理が、分類によって大きく変わってくるからです。
取得日後に認識された条件付対価の公正価値変動のうち、取得日時点で存在していた事実および状況に関する追加情報から生じるものは、測定期間修正として扱います。これに対し、取得日後の事象、たとえば業績目標の達成、特定株価への到達、研究開発マイルストーンの達成などから生じる変動は、測定期間修正ではありません。
資本に分類された条件付対価は再測定せず、その後の決済も資本の中で会計処理します。それ以外の条件付対価は、各報告日に公正価値で測定し、公正価値変動を純損益に認識します。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
このため、条件付対価の分類は、のれんの金額だけでなく、取得後の損益ボラティリティにも影響します。
| 条件付対価の分類 | 事後測定 |
|---|---|
| 資本に分類される条件付対価 | 再測定しない。決済は資本内で処理する |
| IFRS第9号の範囲に含まれる金融負債 | 各報告日に公正価値で測定し、変動を純損益に認識する |
| IFRS第9号の範囲外の条件付対価 | 各報告日に公正価値で測定し、変動を純損益に認識する |
| 取得日後の業績達成等による変動 | 原則として測定期間修正ではなく、事後損益として扱う |
| 取得日時点の事実に関する追加情報 | 測定期間内であれば、のれん等を修正する可能性がある |
事後測定の勘所は、資本分類であれば再測定せず、金融負債等であれば各報告日の公正価値で測定して純損益に反映する、という切り分けにあります。あわせて、公正価値変動を営業損益に表示するか財務損益に表示するかは、変動の性質や目的を踏まえた表示判断になり得ます。
条件付対価と補償・価格調整は切り分ける
条件付の支払があるからといって、それが常に条件付対価になるとは限りません。
とりわけ、表明保証違反、特定債務、税務リスク、訴訟リスク、運転資本不足、未回収債権、特定資産の価値毀損などに関する調整は、条件付対価ではなく、補償資産または測定期間修正として扱うべき場合があります。
売手が、特定の資産または負債に関する偶発性や不確実性の結果について取得企業を補償する契約を結ぶことがあります。この場合、取得企業は補償対象項目を認識するのと同時に、補償資産を補償対象項目と同じ基礎で認識・測定します。補償対象が取得日公正価値で測定される資産または負債であれば、補償資産も取得日公正価値で認識することになります。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
また、測定期間中に、取得日時点で存在していた事実および状況に関する新たな情報を得た場合は、暫定的な金額を、取得日に会計処理が完了していたかのように修正します。ただし、測定期間は取得日から最長1年を超えることはできません。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
こうした点を踏まえると、アーンアウト、運転資本調整、エスクロー、補償請求、価格調整をひとまとめに「条件付対価」と呼んで処理するのは危うい、といえます。契約条項ごとに、何を調整しているのかを確かめる必要があります。
| 契約条項 | 条件付対価となりやすいもの | 条件付対価ではない可能性があるもの |
|---|---|---|
| 業績連動支払 | 取得対象の将来業績に基づく追加対価 | 将来勤務への報酬 |
| 研究開発マイルストーン | 取得対象の価値を反映する追加対価 | 取得後の役務提供や雇用維持の対価 |
| 運転資本調整 | 取得価格算定の一部として将来事象に連動 | 取得日時点の運転資本の確定調整 |
| 表明保証補償 | 条件によっては対価返還の形をとる | 特定負債・特定資産に関する補償資産 |
| エスクロー | 対価支払の留保 | 表明保証違反等に備えた補償・返還の仕組み |
| 税務補償 | 取得対象価値の調整 | 特定税務負債に関する補償資産 |
将来事象に関連する買手・売手間の支払については、条件付対価、補償、測定期間修正のいずれに当たるかを区分していきます。エスクローや表明保証違反に関する支払は、形式上は対価の一部に見えても、実質は補償または返還請求権として扱うべき場合があるのです。
売却株主・従業員への条件付支払は、報酬との区分が最重要論点になる
M&Aでは、売却株主が買収後も経営者や主要従業員として残ることが少なくありません。このとき、追加の支払が取得対価なのか、それとも企業結合後の勤務に対する報酬なのか。ここが大きな論点になります。
従業員または売却株主に対する条件付支払が、企業結合における条件付対価なのか、別個の取引なのかは、その取決めの性質によって判断します。取得契約になぜ条件付支払条項が入ったのか、誰がその取決めを主導したのか、いつ契約が締結されたのか。こうした背景を理解することが、性質の評価に役立ちます。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
とりわけ、売却株主が買収後も主要従業員として勤務する場合には、次の指標を検討します。
| 判断指標 | 報酬を示唆する方向 | 条件付対価を示唆する方向 |
|---|---|---|
| 継続雇用 | 雇用終了で支払が自動的に失効する | 雇用終了に影響されず支払われる |
| 継続雇用期間 | 必要勤務期間が支払対象期間と一致または長い | 勤務条件と支払条件が明確に切り離されている |
| 通常報酬水準 | 通常報酬が低く、条件付支払が実質的報酬を補う | 通常報酬が他の経営幹部と比較して合理的 |
| 従業員への追加支払 | 勤務する売却株主だけが高い支払を受ける | 非勤務の売却株主も同じ持分単位で受ける |
| 保有株式数 | 主要従業員がほぼ全株式を持ち利益分配的 | 少数持分者も同じ条件で受ける |
| 評価との連動 | 対価が取得対象評価の下限に基づき、不足分を補う | 過去の利益分配や賞与体系に近い |
| 支払算式 | 利益倍率等により企業価値を検証する | 利益の一定割合など報酬制度に近い |
| 他契約との関係 | コンサル契約・賃貸借・競業避止と一体 | 市場条件の別契約と明確に区分される |
IFRS第3号B55項は、雇用継続、継続雇用期間、報酬水準、従業員への追加支払、保有株式数、評価との関連、対価算定式、その他契約等の指標を挙げています。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
このうち、雇用終了によって条件付支払が自動的に失効する場合は、実務上とりわけ慎重に扱う必要があります。IFRS解釈指針委員会は、2013年のアジェンダ決定で、雇用終了により条件付支払が自動的に失効する取決めについて、サービス条件が実質的でない場合を除き、取得対価ではなく企業結合後の勤務に対する報酬になるとの見解を示しました。さらに2024年3月のアジェンダ決定でも、買収後の引継期間中の継続勤務を条件とする支払について、同様に、サービス条件が実質的でない場合を除き、取得対価ではなく企業結合後のサービスに対する報酬として処理する実務が確認されています。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
この点は、アーンアウト条項の設計に大きく響きます。
M&A契約上は「追加買収対価」と書かれていても、会計上は報酬費用として取得後の損益に認識される場合があるのです。ですから、売却株主兼経営者への支払条件は、M&A契約だけを見て判断するのではなく、雇用契約、役員報酬契約、競業避止契約、コンサルティング契約、株主間契約まで合わせて検討する必要があります。
売却株主または従業員への条件付支払については、継続雇用や報酬水準、追加支払、保有株式数、評価との関連などを総合的に見て、条件付対価か報酬かを判定していくことになります。
株式対価と代替報酬はIFRS第2号との接続が必要になる
企業結合では、被取得企業の従業員が保有していたストックオプション、RSU、株式報酬、業績連動株式報酬などを、取得企業の株式報酬に置き換えることがあります。
このとき取得企業は、代替報酬のうちどの部分を移転対価に含め、どの部分を企業結合後の勤務に対する報酬費用とするかを判断します。
取得企業が被取得企業の従業員の株式報酬を自社の株式報酬に置き換える場合、その交換はIFRS第2号に基づく株式報酬の条件変更として会計処理します。取得企業が代替報酬を発行するときは、その市場ベース測定値の全部または一部を移転対価に含めます。ただし、取得企業に置換義務がなく、被取得企業の報酬が企業結合により失効する状況で任意に置き換える場合には、代替報酬の市場ベース測定値の全額を企業結合後の報酬費用として認識し、移転対価には含めません。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
代替報酬を移転対価と報酬費用に区分するときは、企業結合前の勤務に帰属する部分が移転対価、企業結合後の勤務に帰属する部分が企業結合後の報酬費用になります。企業結合前勤務に帰属する部分は、被取得企業報酬の市場ベース測定値に、完了済み権利確定期間を、総権利確定期間または当初権利確定期間のいずれか長い期間で除した比率を乗じて算定する、という考え方が示されています。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
実務では、次のように分解して考えます。
| 論点 | 検討内容 |
|---|---|
| 置換義務の有無 | 取得契約、被取得企業の報酬契約、法令・規制により置換義務があるか |
| 報酬の分類 | 持分決済型か、現金決済型か、負債分類か |
| 測定基礎 | IFRS第2号に基づく市場ベース測定値を用いる |
| 勤務期間 | 企業結合前勤務と企業結合後勤務に帰属する部分を区分する |
| 権利確定条件 | 勤務条件、業績条件、市場条件を確認する |
| 失効・変更 | 取得後の失効、見積変更、条件変更は報酬費用として処理される可能性がある |
| 税効果 | IAS第12号に基づく税効果との接続を確認する |
代替報酬については、取得企業の株式報酬に置き換える契約条件を評価し、企業結合前の勤務に対応する部分を移転対価、企業結合後の勤務に対応する部分を報酬費用として扱います。この考え方は、持分決済型に限りません。IFRS第2号に従って負債に分類される株式報酬にも同じように及びます。
取得関連費用は、原則として移転対価に含めない
取得関連費用とは、取得企業が企業結合を実行するために負担する費用です。典型的には、FA報酬、デューデリジェンス費用、弁護士費用、会計・税務アドバイザリー費用、評価報酬、コンサルティング報酬、内部M&A部門の維持費用、債券・株式発行関連費用などが挙げられます。
取得関連費用は、取得企業と被取得企業または旧所有者との交換取引の一部ではないため、企業結合の一部にはなりません。取得企業は、費用が発生し、サービスを受けた期間に費用処理します。ただし、負債証券または資本性金融商品の発行コストは、IAS第32号およびIFRS第9号に従って会計処理します。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
したがってIFRSでは、取得関連費用を「取得原価」に含めて、のれんに取り込むという処理は原則として行いません。
この点は、日本基準との差異としても押さえておきたいところです。IFRSでは取得関連費用を原則として発生時に費用処理しますが、債務証券・持分証券の発行費用はIAS第32号やIFRS第9号に従って処理します。取得関連コスト、条件付対価、そして企業結合取引の一部か否かという論点は、日本基準との主要な差異として整理されます。
取得関連費用の処理は、次のように整理できます。
| 費用の種類 | IFRS上の基本処理 |
|---|---|
| FA報酬 | 発生時費用処理 |
| 法務・会計・税務DD費用 | 発生時費用処理 |
| PPA・評価報酬 | 発生時費用処理 |
| 経営コンサルティング費用 | 取得関連費用かPMI費用かを区分し、原則として費用処理 |
| 内部M&A部門費 | 一般管理費等として処理 |
| 株式発行費用 | IAS第32号に基づき資本から控除する方向で検討 |
| 借入・社債発行費用 | IFRS第9号に基づき金融負債の実効金利に反映する方向で検討 |
| 売主側費用の補填 | 取得企業の便益のためか、売主側費用かを確認し、別個取引として整理 |
負債証券の発行コストは金融負債の当初認識時の測定や実効金利法に反映され、持分証券の発行コストは資本から控除されます。これに対し、企業結合アドバイザリー費用は取得関連コストとして、発生時に費用処理する、という整理になります。
取得関連費用を売主または被取得企業が支払っている場合
取得関連費用の論点で見落とされやすいのが、その費用を誰が支払っているか、という点です。
たとえば、取得企業のためのアドバイザリー費用を被取得企業が負担している、あるいは旧所有者が立て替えている、といった場合があります。こうした金額が契約上の対価に含まれていると、移転対価が過大になり、のれんまで過大になるおそれがあります。
取得企業、または取得企業・結合後企業の便益のために行われた取引は、企業結合とは別個の取引となる可能性が高い、とされています。別個の取引の例としては、取得企業と被取得企業の既存関係の実質的清算、従業員または旧所有者への将来勤務報酬、そして取得企業の取得関連費用を被取得企業または旧所有者が支払ったことへの補填が挙げられています。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
そのため、契約上の「支払総額」に取得企業の取得関連費用の補填が含まれている場合には、その部分を移転対価から除外し、別個の取引として処理する必要があります。
取得企業が移転した対価に、取得企業に代わって被取得企業または旧所有者が支払った取得関連コストの補填額が含まれているときは、その補填額を企業結合とは別個の取引として認識し、対価とのれんの金額を減らす方向で整理します。
「何が企業結合取引の一部か」を判断する実務フレーム
移転対価、条件付対価、取得関連費用を正しく処理するには、契約上の支払項目を次の順序で分解していくのが有効です。
| ステップ | 検討内容 |
|---|---|
| 1 | 支払先を確認する。旧所有者、従業員、被取得企業、第三者、取得企業側アドバイザーのいずれか |
| 2 | 支払目的を確認する。支配獲得の対価か、勤務報酬か、補償か、費用補填か、既存関係の清算か |
| 3 | 条件を確認する。業績、雇用継続、株価、マイルストーン、許認可、運転資本、表明保証違反等 |
| 4 | 支払の発生時点を確認する。取得日前の事実か、取得後の役務・業績か |
| 5 | 支払の主導者を確認する。取得企業が主導したか、売主・被取得企業が主導したか |
| 6 | 他契約との関係を確認する。雇用契約、競業避止契約、賃貸借契約、コンサル契約、報酬契約 |
| 7 | IFRS上の分類を決める。移転対価、条件付対価、補償資産、報酬費用、取得関連費用、金融商品発行費用等 |
| 8 | 測定と事後処理を決める。取得日公正価値、IFRS第2号測定、純損益、公正価値再測定、資本処理等 |
| 9 | 開示と監査資料へ接続する。取得対価、条件付対価、別個取引、費用、評価仮定を説明する |
このフレームの中心にあるのは、契約名ではなく経済的実質です。
契約上「買収対価」と書かれていても、将来勤務に対する報酬であれば報酬費用です。「アーンアウト」と書かれていても、取得日時点の価値を検証する仕組みであれば条件付対価となる可能性があります。「精算金」と書かれていても、取得日時点の運転資本や負債の確定であれば、測定期間修正や補償として扱うべき場合があります。名称に引きずられず、中身を見る。ここに尽きます。
監査対応上、どの資料を整えるべきか
移転対価・条件付対価・取得関連費用は、監査でも重点的に確認される領域です。同じ契約金額であっても、分類しだいで、のれん、純損益、資本、負債、税効果、開示が変わってくるからです。
少なくとも、次の資料は整理しておきたいところです。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 株式譲渡契約・事業譲渡契約・合併契約 | 対価、条件付支払、価格調整、補償、エスクローの確認 |
| クロージング精算書 | 現金対価、運転資本調整、負債調整、支払留保額の確認 |
| アーンアウト契約 | 条件、算定式、支払対象者、雇用条件との関係の確認 |
| 雇用契約・役員契約 | 継続勤務条件、通常報酬水準、失効条件の確認 |
| ストックオプション・株式報酬規程 | 代替報酬、権利確定条件、IFRS第2号測定の確認 |
| 競業避止契約・コンサル契約・賃貸借契約 | 対価以外の別個取引の識別 |
| FA・法務・会計・税務・評価報酬の請求書 | 取得関連費用の範囲と発生時期の確認 |
| 株式・社債発行関連費用の明細 | IAS第32号・IFRS第9号処理との切り分け |
| 評価報告書 | 条件付対価、公正価値、主要仮定、感応度の確認 |
| 取締役会資料・投資委員会資料 | 取得目的、価格決定根拠、条件付支払の理由の確認 |
| 開示ドラフト | 取得対価、条件付対価、別個取引、取得関連費用の整合性確認 |
とりわけ、売却株主兼経営者への支払、取得後業績に連動するアーンアウト、雇用継続条件付きの支払、ストックオプションの置換えについては、会計処理の結論だけでなく、そこに至る判断過程を文書として残しておくことが重要です。
IFRS第3号の開示では、企業結合の性質と財務上の影響を利用者が評価できる情報が求められます。具体的には、取得対価の取得日公正価値、条件付対価・補償資産の契約説明、認識金額、結果の範囲、企業結合とは別個に認識した取引などが開示の論点になります。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
実務上も、取得の対価・条件付対価、補償資産、企業結合とは別個に認識した取引は、企業結合開示の主要項目に位置づけられます。
実務で誤りやすい判断
移転対価・条件付対価・取得関連費用をめぐっては、次のような誤りが起こりがちです。
契約上の支払総額をそのまま移転対価にしてしまう
契約上の支払総額には、取得関連費用の補填、将来勤務報酬、補償、精算金、既存関係の清算が含まれていることがあります。移転対価に含めるのは、あくまで被取得企業の取得に対する交換部分です。
条件付支払をすべて条件付対価として扱ってしまう
アーンアウトや追加支払であっても、雇用継続で失効する場合には、将来勤務に対する報酬と判断される可能性があります。2024年のIFRS解釈指針委員会のアジェンダ決定も、引継期間中の継続勤務を条件とする支払について、サービス条件が実質的でない場合を除き、報酬として扱う実務を確認しています。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
条件付対価の事後変動をのれんに戻してしまう
取得日後の業績達成、株価到達、研究開発マイルストーン到達などによる公正価値変動は、通常、測定期間修正ではありません。資本分類以外の条件付対価は、原則として各報告日に公正価値で再測定し、変動を純損益に認識します。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
取得関連費用をのれんに含めてしまう
IFRSでは、取得関連費用は原則として発生時に費用処理します。株式・社債の発行費用だけは、IAS第32号やIFRS第9号に従って別途処理します。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
代替報酬を全額移転対価にしてしまう
株式報酬の置換えでは、企業結合前勤務に対応する部分と企業結合後勤務に対応する部分を区分します。後者は取得後の報酬費用として扱います。
出典:IFRS財団|IFRS第3号「企業結合」
専門家に相談すべき場面
次のような取引では、早い段階で会計上の論点を整理しておく価値があります。
| 相談を検討すべき状況 | 主要論点 |
|---|---|
| アーンアウト条項がある | 条件付対価か、報酬か、補償か |
| 売却株主が買収後も経営者として残る | 継続勤務条件、報酬水準、失効条件 |
| ストックオプション・株式報酬を置き換える | IFRS第2号測定、移転対価と報酬費用の区分 |
| エスクロー・表明保証補償がある | 条件付対価、補償資産、測定期間修正の区分 |
| 取得関連費用を売主または被取得企業が負担している | 対価からの除外、費用処理、別個取引 |
| 株式・社債発行により買収資金を調達する | 取得関連費用と金融商品発行費用の区分 |
| 条件付対価の公正価値評価が重要である | 評価モデル、主要仮定、感応度、監査証拠 |
| 取得後損益への影響が大きい | 条件付対価の再測定、報酬費用、開示 |
| 監査人との協議が見込まれる | 契約条項、判断メモ、評価資料、開示資料の整備 |
移転対価の判断は、のれんを算定するための計算作業ではありません。M&A契約に含まれる支払を、取得対価、報酬、補償、費用、金融商品、資本取引へ適切に分解し、財務報告上どの期間・どの表示区分に反映するかを決める判断そのものです。
主な出典
IFRS財団「IFRS 3 Business Combinations」
https://www.ifrs.org/issued-standards/list-of-standards/ifrs-3-business-combinations/
IFRS財団「International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations」
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/html-standards/english/2026/issued/ifrs3.html
IFRS財団「IFRS 13 Fair Value Measurement」
https://www.ifrs.org/issued-standards/list-of-standards/ifrs-13-fair-value-measurement/
本記事の振り返り
| 論点 | 実務上の要点 |
|---|---|
| 移転対価 | 取得企業が被取得企業の支配を獲得する交換として移転した対価のみを含める |
| 測定基礎 | 原則として取得日公正価値で測定する |
| 現金・株式対価 | 現金、負債引受け、株式発行等を取得日公正価値で整理する |
| 非現金対価 | 帳簿価額と公正価値の差額を損益認識するか、グループ内に残るかを確認する |
| 条件付対価 | 取得日公正価値で移転対価に含める |
| 条件付対価の分類 | 金融負債、資本、資産等に分類し、事後測定を決める |
| 条件付対価の事後測定 | 資本分類は再測定せず、それ以外は原則として公正価値変動を純損益に認識する |
| 報酬との区分 | 継続勤務で失効する条件付支払は、原則として報酬性を慎重に検討する |
| 代替報酬 | 企業結合前勤務部分は移転対価、企業結合後勤務部分は報酬費用に区分する |
| 補償・エスクロー | 条件付対価ではなく、補償資産や測定期間修正となる場合がある |
| 取得関連費用 | 原則として発生時費用処理。株式・社債発行費用はIAS第32号・IFRS第9号で処理する |
| 監査対応 | 契約、算定式、支払目的、雇用条件、評価資料、費用明細を一体で整理する |
| 開示 | 取得対価、条件付対価、補償資産、別個取引、取得関連費用を説明可能にする |
M&A契約に含まれる支払を、説明可能なIFRS判断に整える
IFRS第3号における移転対価・条件付対価・取得関連費用の判断は、契約書上の名称だけでは結論が出せません。
買収価格とされている金額のうち、何が被取得企業の取得に対する交換なのか。何が将来勤務に対する報酬なのか。何が補償で、何が取得関連費用で、何が株式・社債発行費用なのか。ここを一つひとつ整理しなければ、のれん、損益、資本、負債、税効果、開示のあいだで一貫性を保てません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに基づく企業結合、移転対価、条件付対価、アーンアウト、代替報酬、取得関連費用、PPA、のれん、M&A後の財務報告論点について、契約条件・評価・会計基準・監査対応・開示説明を踏まえた論点整理を支援しています。
M&A契約に含まれる支払条件をIFRS上どう整理すべきか、監査人に説明できる判断資料を作成したい。そうしたご要望があれば、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。