個人事業の廃業・個人成り・事業承継時の所得税論点|事業をやめる年・引き継ぐ年に整理すべき税務判断

個人事業をやめる。法人から個人事業へ戻す。家族や後継者に事業を引き継ぐ。

こうした場面は、「来年から申告しない」「屋号を使わない」「後継者に任せる」といった一言で片づく話ではありません。

事業を終える年、形を変える年、承継する年には、通常の確定申告よりも確認すべき論点が一気に増えます。売上の締め、売掛金の回収、未払経費、棚卸資産、固定資産、借入金、消費税、インボイス、源泉徴収、青色申告、損失、そして後継者側の届出。取引の出口を、ひとつずつ整理していかなければなりません。

個人事業の場合は、事業と家計が混ざり合いやすいという事情もあります。事業用資産についても、「仕事で使ってきたが名義は個人のまま」「自宅や車両を一部だけ事業に使っていた」「家族が手伝ってくれていたが契約や給与の記録は曖昧」といった状態になりがちです。

廃業・個人成り・事業承継の税務で大切なのは、税額を下げることだけではありません。最後の年の数字を、後から誰にでも説明できる形に整えておくこと。これがもう一つの軸になります。

本記事では、個人事業の廃業、法人から個人事業への個人成り、家族・後継者への事業承継について、所得税を中心に、実務で確認したい判断論点を整理していきます。

目次

この記事で扱う範囲

前提として、この記事は、個人事業者・副業者が事業を終了または移行する場面を想定しています。そのうえで、所得税・消費税・届出・資料整理といった実務上の論点を取り上げます。

場面この記事で扱う主な論点
個人事業の廃業廃業日、最終売上、未収未払、棚卸、固定資産、廃業届、青色申告、消費税
個人成り法人から個人事業への移行、資産・契約・売掛金の移転、個人側の開業届・青色申告
事業承継生前承継、相続による承継、準確定申告、後継者側の開業・青色申告
事業用資産売却、廃棄、自家使用、贈与、承継、時価、譲渡所得・事業所得の切り分け
消費税事業廃止届出書、課税事業者、インボイス、棚卸・固定資産の取扱い
資料保存帳簿、通帳、契約書、棚卸表、固定資産台帳、売掛・買掛資料

一方で、相続税申告、贈与税申告、個人版事業承継税制の詳細計算、法人の清算手続、会社法上の手続、許認可の承継、労務・社会保険の細部までは、本記事では扱いません。これらは所得税の確定申告とは切り離して、個別に専門的な判断が求められる領域です。

廃業・個人成り・事業承継は「最後の申告」ではなく「出口の整理」である

個人事業の税務は、始めるときよりも、やめるときの方が判断に迷う場面が多いものです。

開業のころは、売上も資産もまだ少ないことがほとんどでしょう。ところが廃業のときには、事情が変わります。売掛金、未収入金、棚卸資産、機械、備品、車両、店舗保証金、借入金、リース、外注契約、従業員、家族への支払い。過去から積み上がってきたものを、ひととおり整理しなければなりません。

とりわけ問題になりやすいのは、次のような項目です。

論点放置した場合に起きやすい問題
廃業日売上・経費・消費税・届出の時期が曖昧になる
売掛金・未収入金入金が翌年になり、どの年の収入か分からなくなる
買掛金・未払金最終年の必要経費に入れるべきか判断できない
在庫・材料売却、廃棄、自家消費、贈与、承継の整理ができない
固定資産売却益・除却損・譲渡所得・消費税の処理漏れが起きる
借入金事業用か家計用か、返済原資が説明できなくなる
青色申告取りやめ、損失繰越、繰戻し還付を見落とす
消費税事業廃止届、インボイス、最終申告を忘れる
後継者承継者側の開業届・青色申告・消費税判定が遅れる
資料保存税務調査や金融機関説明に耐えられない

廃業したからといって、過去の申告や資料保存の必要性まで消えるわけではありません。むしろ、事業が終わったあとは資料の復元が難しくなります。だからこそ、廃業の時点で「最後に何を残しておくか」が重要になるのです。

まず確認したい3つの場面

廃業・個人成り・事業承継は、似ているようでいて、税務上の整理はそれぞれ異なります。

場面税務上の見方主な確認事項
廃業個人事業を終了する最終売上、経費、在庫、固定資産、届出、消費税
個人成り法人事業を個人事業に移す法人側の資産移転、個人側の開業、契約名義、消費税
事業承継事業を後継者に移す承継方法、資産移転、準確定申告、後継者の青色申告

ここで押さえておきたいのは、「事業をやめる」ことと「収入がなくなる」ことは、同じではないという点です。廃業後に入金される売掛金、廃業後に支払う未払経費、廃業時に残った在庫、廃業後に売却する固定資産。いずれも、税務上の整理が欠かせません。

「承継したのだから、後継者がそのまま申告を引き継げる」とも限りません。青色申告の承認、消費税の納税義務、インボイス登録、源泉徴収、帳簿保存は、先代と後継者を分けて確認していく必要があります。

廃業日は、感覚ではなく事実で決める

廃業日をいつにするかは、単なる届出上の日付にとどまりません。売上、経費、棚卸、固定資産、消費税、源泉徴収、さらには後継者への承継時期にまで影響します。

実務では、次のような事実を一つひとつ確認していきます。

確認事項判断の視点
最後に商品を販売した日売上の最終発生日
最後に役務提供を完了した日請求日・入金日ではなく提供完了日
店舗・事務所を閉鎖した日賃貸借契約、鍵の返還、原状回復
取引先への廃業通知日契約終了、請求停止
従業員・外注先との契約終了日給与・外注費・源泉徴収
在庫を処分した日売却、廃棄、自家消費、承継
固定資産を処分した日売却、廃棄、家事使用、承継
後継者が事業を開始した日先代と後継者の収入帰属
法人・個人間の移行日個人成り・法人成り時の資産移転

「12月31日に廃業したことにしたい」といった結論ありきで進めるのではなく、実際の取引終了日、契約終了日、資産処分日、後継者の開始日から積み上げて判断していきます。

廃業日が曖昧なままだと、売上を前倒し・後倒ししているように見えてしまうことがあります。経費だけを廃業年に取り込み、収入を翌年へ逃しているように映ることも起こり得ます。

廃業時に提出を検討する主な届出

個人事業を廃業するときは、税務署への届出が必要になります。

まず提出時期を整理しておきましょう。廃業する方の「個人事業の開業・廃業等届出書」は、廃業した年分の所得税の確定申告期限まで。青色申告の承認を受けていた方の「所得税の青色申告の取りやめ届出書」は、青色申告を取りやめようとする年の所得税の確定申告期限まで。消費税の課税事業者による「事業廃止届出書」は、速やかに提出する、という扱いです。出典:国税庁|廃業する場合

届出・手続主な対象者実務上の注意点
個人事業の開業・廃業等届出書事業を廃止する個人廃業日、事業内容、納税地を確認
所得税の青色申告の取りやめ届出書青色申告を取りやめる人廃業後も不動産所得等が残る場合は慎重に判断
事業廃止届出書消費税の課税事業者等課税売上に当たる所得が他に残るか確認
適格請求書発行事業者関係の手続インボイス登録事業者廃業時は消費税の事業廃止届出書との関係を確認
給与支払事務所等の廃止届出給与支払事務所を廃止する場合従業員・専従者・源泉所得税の精算を確認
所得税の予定納税額の減額申請翌年以降の所得が減る場合廃業により予定納税が過大になる場合に検討
地方税・個人事業税関係自治体により異なる都道府県・市区町村への届出も確認

消費税についても補足しておきます。個人事業者が事業を廃止した場合には、消費税に関する各種届出書の提出が必要になります。また、適格請求書発行事業者が事業廃止に伴って登録を取り消すときは、登録取消し届出書ではなく、事業廃止届出書を提出する取扱いとされています。出典:国税庁|No.6603 個人事業者が事業を廃止した場合

届出は「出せば終わり」ではありません。届出書に記載した廃業日と、実際の売上・資産処分・契約終了・消費税申告とが整合しているか。ここが本当の確認ポイントになります。

最終年の売上は、入金日だけで判断しない

廃業年の売上でよく見られる誤りが、「入金された日」で判断してしまうことです。

たとえば、12月に納品・役務提供を終え、翌年1月に入金があった場合。この入金を翌年の収入と考えてしまうケースがあります。しかし、事業所得の収入は、原則として、取引の実態、納品、役務提供、請求、権利確定の状況から判断するものです。

廃業年には、次のような項目を整理します。

項目確認すること
売掛金廃業日時点で未入金の売上
未収入金補助金、保険金、精算金などの未入金
前受金入金済みだが役務提供が未了のもの
返品・値引き廃業前後に確定したもの
貸倒れ回収不能の事実、相手先状況、資料
委託販売総額処理・純額処理、手数料、消費税区分
プラットフォーム収入売上発生日と入金日の差
クレジット・決済代行手数料控除前の売上、入金明細

事業所得の総収入金額には、事業から生ずる売上金額だけでなく、金銭以外の経済的利益、商品を自家用に消費したり贈与したりした場合の商品価額、棚卸資産の損失により受ける保険金・損害賠償金、作業くずの売却代金、リベート収入なども含まれます。出典:国税庁|No.1350 事業所得の課税のしくみ(事業所得)

つまり、廃業後に入金されたからといって、必ずしも廃業後の所得になるわけではありません。廃業前に発生した売上であれば、廃業年の収入として整理すべき場合があるのです。

未払経費・未払金も、最後にきちんと整理する

廃業年に整理するのは、売上だけではありません。未払経費についても、同じように確認していきます。

項目確認すること
買掛金仕入れ済みで未払いのもの
外注費業務完了日、請求書、源泉徴収の要否
家賃廃業日までの期間対応、原状回復費
水道光熱費最終使用期間、家事按分
通信費解約日、事業使用期間
給与・専従者給与最終支給、源泉所得税、年末調整
リース料解約精算金、残債、違約金
借入利息事業用借入か家計借入か
税理士報酬廃業年の申告に対応する費用
廃棄費用在庫・固定資産の廃棄証明

必要経費として整理するうえで大切なのは、事業に関連する支出であること、その原因が廃業前の業務に対応していること、そして金額と支払先を証明できることです。

廃業後に支払ったからといって、そのすべてが廃業後の個人的支出になるわけではありません。逆に、廃業前に支払ったからといって、将来の家計支出まで経費にできるわけでもありません。

棚卸資産は、売却・廃棄・自家消費・承継を分けて考える

廃業時にもっとも見落とされやすいのが、在庫や材料です。

小売業、飲食業、製造業、農業、ハンドメイド、EC販売、あるいは医療・美容・施術系の材料など。こうした事業では、廃業の時点で棚卸資産が残ることが少なくありません。

処分方法所得税上の整理
通常販売する売上として処理
値引販売する実際の販売額、値引理由、証拠を保存
後継者に売却する売却収入、売買価額、消費税区分を確認
家族に贈与する棚卸資産の贈与として収入計上の検討
自分で使う自家消費として収入計上の検討
廃棄する廃棄の事実、写真、業者証明、数量表を保存
法人・個人へ承継する資産移転として価額・契約を整理

所得税基本通達では、家事消費または贈与等をした棚卸資産の価額について、それが販売用資産であるときは、通常他に販売する価額によることなどが示されています。出典:国税庁|法第39条《たな卸資産等の自家消費の場合の総収入金額算入》関係

消費税の側でも、注意が必要です。個人事業者の自家消費とは、棚卸資産または事業用資産を家事のために消費・使用することをいい、原則として時価相当額を課税標準として消費税が課税されます。棚卸資産については、一定の金額以上を対価の額として申告した場合の取扱いも定められています。出典:国税庁|No.6317 個人事業者の自家消費の取扱い

廃業時に「在庫はもう売らないからゼロ」とするのは危険です。売らないのであれば、廃棄したのか、自分で使うのか、後継者に渡したのか。そのいずれかを説明できる資料が必要になります。

固定資産は「経費にしたもの」ではなく「残っている資産」として見る

廃業時には、パソコン、車両、機械、工具、什器、内装、ソフトウェア、店舗設備といった固定資産をどうするかも整理します。

処理所得税上の主な確認
売却譲渡所得か事業所得か、売却額、取得費、減価償却
廃棄除却の事実、残存価額、廃棄証明
自家使用事業用から家事用への転用、消費税の自家消費
後継者へ譲渡売買価額、時価、契約書、入出金
法人へ移転個人から法人への売却、消費税の課税売上
個人へ移転法人側の譲渡、個人側の取得価額
リース解約解約損、違約金、契約書
借入残あり担保、金融機関承諾、返済原資

譲渡所得の対象となる資産には、土地、建物、株式等のほか、船舶、機械器具、特許権、著作権、ゴルフ会員権などが含まれます。一方で、貸付金や売掛金といった金銭債権は、対象から除かれます。出典:国税庁|No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法

また、土地・建物・株式等以外の資産を譲渡したときの譲渡所得は、総収入金額から取得費・譲渡費用を差し引き、さらに最高50万円の特別控除を控除して計算する仕組みになっています。出典:国税庁|No.1460 譲渡所得(土地、建物及び株式等以外の資産を譲渡したとき)

事業で使っていた減価償却資産を売却した場合、原則として事業所得の売上ではなく、譲渡所得として整理する場面があります。ただし、棚卸資産や販売用資産は別扱いです。資産の性質を確認しないまま「売上」や「雑収入」に入れてしまうと、所得区分を誤るおそれがあります。

一括償却資産は、廃業時に特例的な整理が必要になる

廃業時には、一括償却資産の未償却部分にも目を向けておきたいところです。

国税庁の質疑応答事例では、法人成りした場合の一括償却資産について、事業が廃止され、その事業を承継する人もいないため、取得価額のうち必要経費に算入されていない部分は、すべて廃業した年分の事業所得の必要経費に算入するとされています。出典:国税庁|法人成りした場合の一括償却資産の必要経費算入

これは、通常の減価償却資産の売却・除却とは異なる論点です。廃業時には固定資産台帳を確認し、一括償却資産、少額減価償却資産、通常償却資産を分けて整理しておく必要があります。

個人から法人・後継者へ資産を移す場合は、消費税の売上計上漏れに注意する

廃業や法人成り、事業承継の場面では、事業用資産を別の主体へ移すことがあります。

このとき、個人事業者が事業用資産を法人や後継者に移すと、「帳簿価額で移しただけ」「現金のやりとりはない」「身内なので売買ではない」と考えて、処理を省略してしまうことがあります。

しかし、消費税の実務では見え方が変わります。課税事業者である個人事業者が法人成りに伴って事業用資産を法人へ移す場合、帳簿価額での移動で所得税上の譲渡益が出ないとしても、消費税は譲渡損益ではなく譲渡収入を売上高として認識します。ここは注意しておきたいところです。

これは法人成りに限った話ではありません。事業用資産を、誰に、いくらで、どのように移したのか。それを整理するうえで欠かせない考え方です。

移転先確認事項
法人売却額、時価、消費税、法人側取得価額
後継者個人売買か贈与か、時価、所得税・贈与税
家族低額譲渡、贈与、使用貸借
自分の家計自家使用、家事転用、消費税
第三者売却代金、契約書、入金記録、譲渡所得

資産移転では、帳簿処理だけでは足りません。契約書、請求書、入出金、固定資産台帳、時価資料をそろえておくことが大切です。資産の取得・保有・譲渡のそれぞれの場面では、所得税だけでなく、消費税、住民税、相続税・贈与税、固定資産税なども関係してきます。だからこそ、移転の原因と相手方を明確にしておく必要があります。

個人成りでは、法人側と個人側を混同しない

個人成りとは、法人で行っていた事業を、個人事業として行う形に変えることをいいます。

個人事業から法人へ移る法人成りとは逆の動きですが、税務上は、単純に「法人の帳簿を個人へ移す」という話ではありません。

論点法人側個人側
事業の終了・縮小法人で事業をやめるか、休眠・清算するか新たに個人事業を開始する
資産法人資産を売却・譲渡・貸付する個人が取得・借受ける
売掛金法人に残すか、譲渡するか取得した債権の回収をどう扱うか
棚卸資産法人から個人へ販売・譲渡個人側の仕入・在庫
契約法人名義契約の終了・変更個人名義契約の開始
消費税法人の課税関係個人事業者としての納税義務判定
インボイス法人登録の扱い個人登録の要否
源泉徴収法人の給与・報酬支払個人事業者として支払う側になるか
借入法人借入・代表者保証個人借入へ切替できるか
資料保存法人として保存個人事業として保存

個人成りで危ういのは、法人の売上、法人の資産、法人の契約を、実態としては法人に残したまま、申告だけを個人に寄せてしまうことです。

法人と個人は、別人格です。

個人事業に戻すのであれば、どの資産を個人が取得したのか、どの契約を個人名義に変更したのか、法人に残る債権債務は何か。ここを整理しておかなければなりません。

「法人は残すが、売上だけ個人につける」「法人名義の契約を使いながら、個人事業として申告する」。こうした処理は、取引実態、契約名義、入金口座、請求書、消費税、源泉徴収の整合性を崩してしまいます。

個人成りを検討するときは、法人側の最終決算・休眠・清算の論点と、個人側の開業・青色申告・消費税判定を分けて確認することが欠かせません。法人成り・個人成りでは、金銭面だけでなく、資産の移転、契約、事業主体の変更こそが、実務上の中心論点になります。

事業承継では、先代の申告と後継者の申告を分ける

個人事業の事業承継は、大きく分けて、生前承継と相続承継があります。

承継方法主な論点
生前売買資産売却、譲渡所得、棚卸資産、消費税、契約書
生前贈与贈与税、所得税、消費税、時価、事業承継税制
相続承継準確定申告、相続税、後継者の開業、青色申告
親子共同から単独へ実質所得者、収入帰属、資産名義
法人化して承継法人成り、株式承継、役員報酬、法人税
第三者譲渡営業権、固定資産、在庫、契約、消費税

先代の事業を引き継ぐ場合でも、税務上は、先代の所得と後継者の所得を分けて整理する必要があります。

たとえば、先代が12月20日まで営業し、後継者が12月21日から事業を開始したとします。このとき、売上、仕入、在庫、固定資産、未収未払を、どちらに帰属させるのか。これを明確にしておかなければなりません。

とくに家族承継では、口座、屋号、取引先、店舗、在庫がそのまま使われることが多く、税務上の区切りが曖昧になりがちです。

事業承継では、税務にとどまらず、契約関係、許認可、従業員、取引先への通知、金融機関への説明も必要になります。事業譲渡や資産譲渡では、目的物、業務内容、対価、支払方法、債務の承継などを契約書で明確にしておくこと。それが、後日の説明可能性を支えてくれます。

死亡による承継では、準確定申告が必要になる

個人事業者が亡くなった場合は、通常の確定申告とは異なり、準確定申告を確認します。

準確定申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に申告等を行うこととされています。出典:国税庁|No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)

準確定申告では、次の点を整理します。

項目確認事項
死亡日までの売上役務提供日、請求日、入金日
死亡日までの経費未払金、期間対応、証憑
棚卸資産死亡日時点の在庫、承継・売却・廃棄
固定資産相続財産、事業使用、減価償却
専従者給与死亡日までの勤務実態
源泉所得税給与・報酬支払、納付漏れ
消費税個人事業者の死亡、最終申告、相続人側の判定
還付金相続人の受領、委任状
後継者開業届、青色申告、消費税、インボイス
相続税事業用資産、債務、特例の検討

準確定申告は、死亡日までの所得税を精算する手続です。相続税申告とは別のものですが、事業用資産、借入金、未収未払、預金の帰属は相続税にも影響します。そのため、両者を分けながらも、連動させて整理していく必要があります。

相続では、納税地、相続人、承継される国税債務、事業用資産の帰属、居住者区分といった前提も確認します。死亡した方の申告は、通常年の確定申告と同じ感覚で処理してはいけません。相続人・納税地・承継財産の整理から始めることが大切です。

後継者の青色申告は、自動的に引き継がれない

先代が青色申告者だったとしても、後継者が自動的に青色申告者になるわけではありません。

青色申告承認申請書の提出期限は、原則として、青色申告の承認を受けようとする年の3月15日まで。新規開業の場合は、業務開始日から2か月以内とされています。さらに、青色申告の承認を受けていた被相続人の事業を相続により承継した場合には、死亡の日に応じて、死亡日から4か月以内、その年12月31日まで、または翌年2月15日までといった特別な期限が定められています。出典:国税庁|No.2070 青色申告制度

後継者の状況青色申告の確認
新たに個人事業を開始原則として開業から2か月以内など
白色申告の先代を承継後継者自身の承認申請が必要
青色申告の先代を相続承継死亡日に応じた特別期限を確認
すでに別事業で青色申告承継事業を含めた帳簿管理を確認
不動産所得もある事業所得・不動産所得の管理を分ける

青色申告の承認申請を失念すると、青色申告特別控除、青色事業専従者給与、純損失の繰越控除などに影響が及びます。承継後の税務管理まで見据えるなら、承継の前から、後継者側の届出期限を確認しておきたいところです。

青色申告の損失・繰戻し還付も確認する

廃業年に赤字が出る場合は、純損失の繰越控除や繰戻し還付を検討します。

青色申告者については、その年に生じた純損失を前年分の所得金額から控除して税額を再計算すると還付となる場合や、事業の全部の譲渡・廃止等が生じた方で前年に生じた純損失があり、その純損失を前々年分の所得金額から控除すると還付となる場合の手続が用意されています。出典:国税庁|純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求手続

実務でも、個人事業主の青色申告者が事業の全部を譲渡・廃止した場合には、一定の要件のもとで、純損失を前2年分の所得金額と相殺して還付を検討する余地があります。だからこそ、廃業年の赤字を、単なる「最後の赤字」として放置しないことが大切です。

ただし、損失の扱いは、所得区分、青色申告の有無、期限内申告、帳簿保存、損失の内容によって結論が変わります。廃業年に赤字が出た場合は、損益通算、繰越控除、繰戻し還付のうち、どれを検討できるのかを整理しておきましょう。

消費税は、所得税の所得区分とは別に判定する

個人事業の廃業・承継では、消費税を所得税の延長で考えてしまうと、判断を誤りやすくなります。

消費税は、所得税の事業所得・不動産所得・雑所得といった区分ではなく、事業者が行う課税資産の譲渡等に当たるかどうか、課税売上高、基準期間、特定期間、インボイス登録などをもとに判断します。

しかも、消費税では、所得税の事業所得や不動産所得の規模判断とは異なり、対価を得て行われる資産の譲渡・貸付け・役務提供が、反復、継続、独立して行われているかを基礎に「事業」をとらえます。所得税の所得区分と消費税の課税関係を混同しないこと。ここが肝心です。

廃業・承継時には、次を確認します。

消費税論点確認事項
課税事業者か基準期間・特定期間・課税事業者選択
簡易課税か廃業年の事業区分、届出
インボイス登録事業廃止届出書、登録番号の扱い
棚卸資産自家消費、譲渡、承継
固定資産売却、法人・後継者への移転
調整対象固定資産取得後の用途変更、課税売上割合
消費税還付設備投資、原則課税、届出期限
後継者側新規事業者としての納税義務判定
個人成り法人側・個人側を別々に判定
廃業後の不動産収入課税売上に当たる収入が残るか

消費税は、所得税よりも届出期限の影響が大きい税目です。消費税の選択届出書のなかには、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までなど、期限を過ぎると取り返しのつきにくいものがあります。廃業や承継を決めてからでは間に合わない場合もあるため、早めの確認が欠かせません。

源泉所得税・給与・専従者給与の精算も忘れない

従業員、アルバイト、青色事業専従者、外注先への報酬がある場合は、廃業時に源泉徴収関係を整理しておきます。

支払先確認事項
従業員最終給与、源泉徴収票、年末調整の有無
青色事業専従者廃業日までの勤務実態、給与支払記録
外注先報酬・料金の源泉徴収対象か
税理士・弁護士等報酬源泉、支払調書
家族給与か、外注か、生活費か
後継者承継前後の給与・報酬の帰属

給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出は、給与の支払者が国内で給与等の支払事務を取り扱う事務所等を開設・移転・廃止したときに届け出る手続です。出典:国税庁|給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出

源泉所得税は、支払者が源泉徴収して納付する義務を負う税目です。納付漏れがあると、税務署から納税の告知が行われるなど、支払者側の責任として問題になります。廃業時には、給与・報酬の最終支払いと納付を、あわせて確認しておきましょう。

なお、青色事業専従者給与は、生計一親族であること、年齢、専従期間、届出、金額の相当性などが要件となります。廃業年には、専従期間や支給額の相当性を改めて確認しておく必要があります。出典:国税庁|No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除

個人版事業承継税制は、所得税とは別に検討する

個人事業の承継では、所得税だけでなく、贈与税・相続税の論点も出てきます。

いわゆる個人版事業承継税制のうち、個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除は、平成31年1月1日から令和10年12月31日までの10年間の特例とされています。出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)

相続税についても、個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除の特例は、同じく平成31年1月1日から令和10年12月31日までの10年間の特例とされています。出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)

制度の位置づけとしては、10年間限定で、多様な事業用資産の承継に係る相続税・贈与税を100%納税猶予する制度とされ、認定に関する資料も公表されています。出典:中小企業庁|個人版事業承継税制の前提となる認定

ただし、個人版事業承継税制は、所得税の確定申告だけで判断できる制度ではありません。対象資産、青色申告、承継計画、認定、担保、継続届出など、確認すべき要件が多く関わってきます。

本記事では制度の詳細までは立ち入りませんが、事業承継を検討する際は、所得税の最終申告と同時に、相続税・贈与税側の承継設計まで見ておくことをおすすめします。

償却資産申告・固定資産税も出口で確認する

個人事業を廃業しても、所得税だけで完結するとは限りません。

事業用の機械、器具、備品、内装、工具などを所有している場合には、固定資産税の償却資産申告が関係してくることがあります。償却資産は、所得税の減価償却資産と完全に同じ範囲ではありません。ですから、所得税の固定資産台帳だけを見て判断するのではなく、地方税上の申告対象かどうかも確認しておく必要があります。

廃業時には、次を整理します。

項目確認すること
1月1日時点の所有その年の償却資産申告対象か
廃業後の保有事業用でなくなった資産が残っているか
売却・廃棄売却日、廃棄日、証明資料
後継者への移転所有者変更、取得価額、固定資産台帳
法人への移転法人側の償却資産申告対象
自家使用事業用資産から外れたことの説明
自動車自動車税・軽自動車税との関係

所得税の申告だけを済ませても、償却資産の申告や固定資産税の負担が残ることがあります。廃業後に自治体から償却資産申告書が届いた場合、すでに廃棄・売却した資産を申告対象から外すには、その事実を説明できる資料が必要になります。

廃業・承継時に残すべき資料

廃業後は、資料の収集がぐっと難しくなります。取引先との関係が終わり、会計ソフトの契約を解約し、通帳や領収書が散逸し、担当者の記憶も薄れていくからです。

だからこそ、廃業・個人成り・承継の時点で、次のような資料を保存しておくことが重要になります。

資料何を説明するために必要か
最終年の帳簿売上・経費・資産・負債の全体
総勘定元帳勘定科目ごとの動き
現金出納帳・預金通帳入出金と帳簿の整合性
売掛金一覧廃業日時点の未回収売上
買掛金・未払金一覧廃業日時点の未払債務
棚卸表在庫数量、評価、処分方法
固定資産台帳取得価額、償却、売却・廃棄
売買契約書資産譲渡、事業譲渡、承継
廃棄証明・写真在庫・資産の廃棄事実
請求書・領収書取引の根拠
クレジット・決済明細プラットフォーム収入、手数料
借入金明細事業用借入、返済状況
リース契約解約・承継・残債
賃貸借契約店舗・事務所の終了・承継
源泉徴収簿・給与台帳給与・専従者給与・源泉税
インボイス関連資料登録番号、請求書、控え
後継者との引継資料承継日、資産、契約、在庫
準確定申告資料死亡日までの所得、相続人情報

申告書の作成や税務判断で提示・作成する資料としては、仕訳帳、総勘定元帳、現金出納帳、銀行帳、証憑書、給与台帳、売掛・買掛金集計表、棚卸表、契約書、固定資産台帳などがあります。これらは、説明可能な数字を整えるうえでの土台になります。

また、電子取引で授受した請求書、メール、PDF、クラウド上の明細は、紙の資料とは別に、電子データとして保存する視点も欠かせません。電子帳簿保存法では、帳簿の電子保存、書類の電子保存、スキャナ保存、電子取引の保存が区分されています。廃業の前に、データの保存場所と検索可能性を確認しておくことが大切です。

資料は、「税務署に見せるため」だけに残すものではありません。後継者、金融機関、取引先、相続人、そして将来の自分自身に対して、事業の出口を説明するためのもの。そう考えると、その意味合いが変わってくるはずです。

よくある誤解と注意点

誤解1:廃業届を出せば、税務処理は終わる

廃業届は、あくまで手続の一部にすぎません。売上、経費、棚卸、固定資産、消費税、源泉徴収、青色申告、資料保存を、それぞれ別に整理していく必要があります。

誤解2:入金が廃業後なら、廃業年の収入ではない

入金日だけで判断するのは危険です。廃業前に役務提供や納品が完了しているのであれば、廃業年の収入として整理すべきことがあります。

誤解3:売れ残った在庫はゼロにしてよい

売却、廃棄、自家消費、贈与、承継のいずれかを説明できる必要があります。廃棄であれば、その証拠となる資料を残しておくべきです。

誤解4:事業用資産を自分で使うだけなら税務処理は不要

自家使用や家事転用は、所得税・消費税の両面で確認が必要です。とくに課税事業者の場合は、注意が求められます。

誤解5:後継者が同じ屋号を使えば、そのまま引き継げる

屋号や店舗が同じであっても、所得税では先代と後継者を区分して考えます。後継者側の開業届、青色申告、消費税、インボイスを確認しましょう。

誤解6:法人から個人へ戻すだけなら簡単

法人と個人は、別人格です。法人資産、契約、売掛金、借入金、在庫を、個人へどう移すのかを整理する必要があります。

誤解7:青色申告は承継者に自動で引き継がれる

青色申告の承認は、納税者ごとに確認が必要です。相続承継では、死亡日に応じた特別な提出期限があります。

誤解8:消費税は所得税申告と一緒に考えればよい

消費税は、所得税とは別の考え方で判定します。廃業、インボイス、棚卸、固定資産、資産移転を、それぞれ個別に確認する必要があります。

誤解9:赤字のまま廃業したら、何もできない

青色申告者であれば、純損失の繰越控除や繰戻し還付を検討できる場合があります。帳簿と期限が、その鍵を握ります。

誤解10:廃業後は資料を処分してよい

廃業後も、税務調査、還付請求、修正申告、相続、金融機関説明などの場面で、資料が必要になることがあります。

廃業・個人成り・承継前のチェックリスト

廃業や承継を決めたら、次の順番で確認していくと整理しやすくなります。

順番確認事項具体的に見る資料
1廃業日・承継日契約書、取引先通知、営業終了日
2最終売上請求書、売掛金一覧、入金予定
3未払経費請求書、未払金一覧、支払予定
4棚卸資産棚卸表、廃棄記録、承継一覧
5固定資産固定資産台帳、売却契約、廃棄証明
6借入・リース借入明細、リース契約、残債
7家事関連費自宅、車両、通信費、按分根拠
8従業員・専従者給与台帳、源泉徴収簿、勤務記録
9外注・報酬契約書、請求書、源泉徴収
10消費税課税事業者判定、届出、インボイス
11青色申告取りやめ、承継者の承認申請
12純損失損益通算、繰越控除、繰戻し還付
13個人成り法人側資産、法人側契約、個人開業
14事業承継売買・贈与・相続、後継者届出
15準確定申告死亡日、相続人、死亡日までの所得
16地方税個人事業税、償却資産、自治体届出
17資料保存帳簿、通帳、契約、電子データ

このチェックリストは、単に申告書を作るためのものではありません。廃業後に、税務署、金融機関、後継者、相続人、取引先に対して、きちんと説明できる状態をつくるためのものです。

廃業・承継は、早めに相談すべき税務判断である

廃業や承継の相談は、申告期限の直前では遅い場合があります。

とくに、次のようなケースでは、事前の相談が必要になります。

事前相談すべきケース理由
在庫が多く残る売却・廃棄・自家消費・承継の整理が必要
固定資産が多い売却、除却、譲渡所得、消費税が関係する
課税事業者である消費税の最終申告・届出・インボイスが必要
後継者に資産を渡す売買、贈与、相続税・贈与税を確認する
廃業年が赤字になる純損失、繰戻し還付、損益通算を検討する
個人成りする法人側と個人側の資産・契約整理が必要
従業員がいる給与、源泉、年末調整、社会保険・労務を確認する
事業用借入がある返済原資、担保、金融機関説明が必要
相続による承継準確定申告、相続税、後継者届出が必要
電子データが多い廃業後も保存できるようにしておく必要

廃業・個人成り・事業承継は、いわば事業の「出口」の判断です。この出口を曖昧にしたまま進めると、最後の申告だけでなく、翌年以降の税務、相続、金融機関対応、後継者の税務管理にまで影響が及びます。

犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について

個人事業の廃業、個人成り、事業承継は、「申告書を出して終わり」ではありません。

最後の売上はいつ発生したのか。廃業後に入金される売掛金をどう扱うのか。在庫は売却したのか、廃棄したのか、それとも自家消費したのか。固定資産は、売却、除却、家事転用、後継者承継のどれに当たるのか。消費税の最終申告やインボイス登録はどう整理するのか。後継者側の開業届、青色申告、消費税判定は間に合っているのか。死亡による承継であれば、準確定申告と相続税申告をどう接続するのか。

これらを整理しないまま廃業・承継を進めてしまうと、後から資料が集まらず、税務判断の前提そのものを説明できなくなることがあります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、個人事業・副業の確定申告にとどまらず、廃業年の所得計算、棚卸・固定資産・未収未払の整理、消費税・インボイス、青色申告、そして事業承継前後の税務判断まで、事実と資料に基づいて整理するお手伝いをしています。

事業をやめる予定のある方、法人から個人事業への移行を検討している方、家族や後継者へ事業を引き継ぐ前に税務上の論点を整理しておきたい方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページより、お気軽にご相談ください。

この記事の振り返り

重要論点押さえるべき考え方実務上の確認事項
廃業の本質廃業届だけでなく、事業の出口を整理する売上、経費、在庫、資産、届出
廃業日感覚ではなく実態で決める最終営業日、契約終了日、資産処分日
最終売上入金日だけで判断しない請求書、納品日、役務提供完了日
未払経費廃業前の業務対応かを確認請求書、支払日、期間対応
棚卸資産売却・廃棄・自家消費・承継を分ける棚卸表、廃棄記録、売買契約
固定資産残っている資産として整理する固定資産台帳、売却額、除却資料
譲渡所得事業用資産の売却は事業所得とは限らない資産の種類、取得費、譲渡費用
一括償却資産廃業時に未償却部分の扱いを確認一括償却資産の台帳
消費税所得税とは別に判定する課税事業者、事業廃止届、インボイス
資産移転身内・法人間でも省略しない時価、契約書、入出金、消費税
個人成り法人と個人を混同しない法人側決算、個人側開業、契約変更
事業承継先代と後継者の所得を分ける承継日、在庫、固定資産、売掛金
準確定申告死亡日までの所得を精算する相続開始を知った日の翌日から4か月以内
後継者の青色申告自動承継されない青色申告承認申請書、提出期限
純損失廃業年の赤字を放置しない繰越控除、繰戻し還付、帳簿保存
源泉所得税支払者としての義務を精算する給与台帳、源泉徴収簿、納付状況
事業承継税制所得税とは別に検討する相続税・贈与税、認定、承継計画
資料保存廃業後こそ資料が必要帳簿、通帳、契約、棚卸表、電子データ
相談時期申告期限直前では遅い場合がある廃業・承継前に論点を整理する

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