個人版事業承継税制を検討するとき、最初に確認しておきたい論点の一つが「どの資産が制度の対象になるのか」です。
法人版の事業承継税制では、承継の対象となるのは非上場会社の株式等です。これに対して個人版では、自社株ではなく、個人事業に使われている一定の事業用資産が対象になります。
ただし、個人事業に関係する資産であれば、何でも対象になるというわけではありません。制度の対象となるのは、「特定事業用資産」と呼ばれる一定の資産に限られます。
この範囲を取り違えてしまうと、影響は思いのほか広く及びます。個人事業承継計画や認定申請の段階だけでなく、贈与税・相続税の申告、納税猶予額の計算、さらには適用後の継続管理にまで波及していきます。とりわけ、土地、建物、機械設備、車両、備品、家族が所有する資産、店舗兼住宅、帳簿に載っていない資産などがある場合には、制度の入口で慎重に整理しておく必要があります。
本稿では、個人版事業承継税制における特定事業用資産の範囲を、対象資産、青色申告貸借対照表、事業用性、生計一親族が所有する資産、対象外資産、実務上の確認事項に分けて整理します。なお、土地評価の具体的な計算方法、小規模宅地等の特例との詳細な比較、不動産貸付業等の判定、適用後の取消事由については、別稿で改めて扱います。
特定事業用資産とは何か
個人版事業承継税制でいう「特定事業用資産」とは、先代事業者の事業の用に供されていた一定の資産のうち、贈与または相続等の時期に応じて、その前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものを指します。
対象となる資産は、大きく次の三つに整理できます。
| 区分 | 対象となる資産の概要 | 限度 |
|---|---|---|
| 宅地等 | 先代事業者の事業の用に供されていた宅地等 | 400㎡まで |
| 建物 | 先代事業者の事業の用に供されていた建物 | 床面積800㎡まで |
| 建物以外の減価償却資産 | 固定資産税の課税対象となるもの、営業用の自動車税・軽自動車税の標準税率が適用されるもの、一定の貨物運送用・乗用自動車、生物、無形固定資産など | 資産の種類ごとに要件を確認 |
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除/国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
ここで押さえておきたいのは、「事業で使っている資産なら何でも対象になる」という制度ではない、という点です。
個人事業主の財産は、事業に使っているもの、家事用に使っているもの、事業にも家事にも使っているもの、帳簿上は事業用とされていても実態が曖昧なものが、どうしても混在しがちです。個人版事業承継税制では、その中から、制度が定める資産類型に該当し、事業用性があり、青色申告書の貸借対照表に計上されているものを、一つずつ確認していくことになります。
事業承継は、単なる資産の移転ではなく、人・資産・知的資産という経営資源の承継として捉える必要があります。個人事業の場合も同様で、後継者へ事業用資産を移すだけでは十分とはいえません。その資産を使って事業を続けていけるのかどうかまで見届けて、はじめて承継として成立します。
「特定事業用資産」と「特例事業用資産」は区別して理解する
実務では、「特定事業用資産」「特例事業用資産」「特例受贈事業用資産」という、よく似た言葉が並んで出てきます。
大まかな整理としては、まず制度の対象になり得る資産を「特定事業用資産」と捉えます。そのうち、相続税の納税猶予の適用を受けるものが「特例事業用資産」、贈与税の納税猶予の適用を受けるものが「特例受贈事業用資産」と位置づけられます。
この区別は、単なる用語の使い分けにとどまりません。
特定事業用資産に該当するかどうかは、あくまで「制度の対象資産にあたるか」という判定です。一方で、特例事業用資産・特例受贈事業用資産は、実際に納税猶予の適用を受ける資産として、認定申請や税務申告、適用後の管理の対象になっていきます。
したがって検討の順序としては、まず「この資産は特定事業用資産に該当するか」を確認し、そのうえで「この資産について納税猶予の適用を受けるか」「承継後も事業の用に供し続けられるか」を判断する、という流れになります。
宅地等は「事業に使う土地等」であればよいわけではない
特定事業用資産に含まれる宅地等は、400㎡までが納税猶予の対象になります。
ただし、ここでいう宅地等は、個人事業主が所有している土地のすべてではありません。先代事業者の事業の用に供されていた土地等であることが前提となります。
事業の用に供されていた資産にあたるかどうかは、特例対象贈与の直前において、現実に事業の用に供されていたかどうかで判定します。もっとも、災害や疾病等のために一時的に事業の用に供されていないものは、対象に含まれることがあります。また宅地等については、事業の用に供されていた建物または構築物の敷地として使われていた宅地等が問題になります。
出典:国税庁|措置法第70条の6の8関係 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
こうした考え方を踏まえると、次のような確認が必要になります。
まず、先代事業者が土地を所有しているというだけでは足りません。その土地の上に店舗、工場、倉庫、事務所、作業場、構築物などがあり、実際に事業のために使われているかを確認します。
また、土地の全部が事業用とは限りません。店舗兼住宅、事務所兼自宅、作業場と居住部分が一体となっている土地などでは、事業用部分と家事用部分を区分する必要があります。
さらに、土地の評価額や面積の問題と、制度の対象になるかどうかは、別の話として考えなければなりません。400㎡までという面積限度はありますが、400㎡以内であれば必ず対象になる、というわけではないのです。事業用性、帳簿への計上、所有関係、他制度との関係を、あわせて確認する必要があります。
土地をめぐっては、相続税評価上の評価単位、地目、利用区分、貸宅地、使用貸借、借地権、固定資産税評価額、路線価、倍率方式など、数多くの評価論点が生じます。本稿では制度対象資産の範囲に絞り、土地評価の具体的な計算は別稿に譲りますが、土地評価では、評価単位や地目判定、利用区分の判断が課税価格に大きく影響します。そのため、制度を適用する前の資料確認が重要になります。
建物は床面積800㎡までが対象だが、利用実態の確認が必要
建物は、床面積800㎡までが特定事業用資産の対象になります。
ここでも、建物を所有しているというだけでは足りず、先代事業者の事業の用に供されていることが前提です。
店舗、工場、事務所、倉庫、作業場、診療所、工房など、事業に直接使われている建物は検討の対象になります。一方で、居住用部分、賃貸用部分、遊休部分、家族の私用部分が混在している場合には、その建物のどの部分が事業用なのかを整理しておかなければなりません。
建物で特に問題になりやすいのは、次のような場面です。
| 建物の状態 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 店舗兼住宅 | 事業用部分と居住用部分を区分できるか |
| 自宅の一部を事務所として使用 | 実際の利用状況、面積按分、帳簿処理が整っているか |
| 親族所有建物を使用 | 生計一親族等の所有資産として整理できるか |
| 一部が空きスペース | 一時的な未使用か、事業用性が失われているか |
| 事業転換後の建物 | 承継後も対象事業の用に供される見込みがあるか |
建物は、土地と一体で承継の判断を行う必要があります。実際、土地は先代の所有、建物は親族の所有、設備は事業主の所有、というように分かれているケースも珍しくありません。こうした場合には、土地だけ、あるいは建物だけを見ても、制度の判断はできません。
建物については、固定資産税課税明細書、登記事項証明書、減価償却明細、青色申告決算書、利用図面、賃貸借・使用貸借の関係などを確認していくことになります。
機械器具・車両・備品は「減価償却資産」の中から判定する
建物以外の減価償却資産についても、一定のものは特定事業用資産に含まれます。
代表的なものとしては、機械装置、工具器具備品、構築物、車両、船舶、一定の生物、特許権等の無形固定資産などが挙げられます。
具体的には、建物以外の減価償却資産のうち、固定資産税の課税対象とされているもの、自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの、一定の貨物運送用・乗用自動車、乳牛・果樹等の生物、特許権等の無形固定資産などが対象として整理されています。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
ここでのポイントは、事業に使っている備品や車両が、すべて対象になるわけではない、という点です。
まず、減価償却資産として帳簿に計上されているかを確認します。そのうえで、その資産が固定資産税、償却資産税、自動車税、軽自動車税等の制度上、対象資産として整理できるかを確認していきます。
たとえば、次のような資産が検討の対象になり得ます。
| 資産の種類 | 確認の視点 |
|---|---|
| 機械装置 | 製造設備、加工設備、作業機械として事業に使用されているか |
| 工具器具備品 | 事業用備品として固定資産台帳に計上されているか |
| 構築物 | 駐車場舗装、看板、外構、設備基礎などの事業用性があるか |
| 車両 | 営業用・事業用としての利用実態、税率、帳簿処理が整っているか |
| 生物 | 乳牛、果樹等、事業用の減価償却資産として整理されているか |
| 無形固定資産 | 特許権等が事業に利用され、帳簿に計上されているか |
車両については、実務上とりわけ注意が必要です。個人事業では、事業用と私用が混在している車両が少なくありません。事業のために使っている割合、車両の所有者、税務上の減価償却処理、車両保険、車庫、業務日報、営業用税率の適用関係などを、一つずつ確認していく必要があります。
備品についても同じです。帳簿上は少額資産として処理されているもの、すでに償却が終わっているもの、現物が存在しないもの、実際には家事用に転用されているものなどは、制度を検討する段階で整理しておかなければなりません。
青色申告書の貸借対照表に計上されていることが重要
特定事業用資産の範囲を考えるうえでは、資産の種類と同じくらい、青色申告書の貸借対照表が重要な意味を持ちます。
対象となるのは、贈与の場合には「贈与の日の属する年の前年分」、相続の場合には「相続開始の日の属する年の前年分」の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていた資産です。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除/国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
この点は、個人版事業承継税制の実務において、非常に重い意味を持ちます。
実際に事業で使っていたとしても、貸借対照表に計上されていない資産については、制度の対象として扱えるかどうか、慎重な確認が必要になります。とりわけ、相続開始年中に取得した資産、帳簿への記載漏れがある資産、家族名義の資産、昔から使っているものの固定資産台帳に残っていない資産などは、早めに確認しておきたいところです。
実務上は、次のような資料を突き合わせていきます。
| 資料 | 確認すること |
|---|---|
| 青色申告決算書 | 貸借対照表に資産が計上されているか |
| 固定資産台帳 | 取得日、取得価額、減価償却、現物の有無 |
| 不動産登記事項証明書 | 土地・建物の所有者、持分、所在地 |
| 固定資産税課税明細書 | 土地・建物・償却資産の課税状況 |
| 償却資産申告書 | 機械装置、構築物、備品等の申告状況 |
| 車検証・課税資料 | 車両の所有者、用途、税率、利用実態 |
| 事業の現場資料 | 実際に事業で使われているか |
個人事業の場合、「帳簿上は事業用だが、実際には使っていない」「実際には事業で使っているが、帳簿には載っていない」といったズレが、どうしても起こりやすいものです。
このズレを放置したまま制度の適用を進めてしまうと、認定申請、税務申告、適用後の管理の各場面で、説明が難しくなっていきます。制度を検討する段階で、まずは帳簿と現物の棚卸しを行っておくことをおすすめします。
生計一親族が所有する資産も対象になり得る
個人版事業承継税制では、先代事業者本人が所有している資産だけが問題になるわけではありません。
たとえば、先代事業者が配偶者の所有する土地の上に建物を建てて事業を行っている場合の土地など、先代事業者と生計を一にする親族が所有する一定の資産も、特定事業用資産に該当します。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除/国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
個人事業では、この点が非常に重要になってきます。
たとえば、事業主本人が店舗を経営しているが、土地は配偶者名義になっている。建物は先代名義だが、敷地は親族名義である。事業用倉庫は家族の共有になっている。こうしたことは、決して珍しくありません。
この場合には、誰が所有しているか、誰が事業に使っているか、生計を一にしているか、贈与・相続の対象にできるか、第一種・第二種認定の整理が必要かを、あわせて確認していく必要があります。
認定申請は、先代事業者から後継者への贈与・相続と、生計一親族等から後継者への贈与・相続とに分かれています。また認定支援機関は、認定申請の際に、その資産が特定事業用資産に該当すること、その事業に係る特定事業用資産のすべてが贈与・相続されていることなどを確認する必要があります。
こうした事情から、特定事業用資産の確認では、資産リストを「事業主本人の名義」だけで作ってしまわないことが大切です。生計一親族を含め、事業に使われている資産の所有者を、もれなく洗い出していく必要があります。
「すべての特定事業用資産」を承継するという発想が必要
個人版事業承継税制では、後継者がその事業に係る特定事業用資産のすべてを取得することが重要になります。
この点は、制度の使い方を誤りやすいところでもあります。
納税猶予の効果が大きい資産だけを選び、それ以外の資産は先代や親族に残す、という発想では、制度の前提と合わなくなる可能性があります。個人版事業承継税制は、事業用資産の一部だけを節税目的で移すための制度ではありません。後継者が事業を承継するために必要な資産をまとめて取得し、その後も事業に使い続けていく、という制度です。
そのため、資産リストを作るときは、次の三つを分けて整理しておくとよいでしょう。
| 区分 | 内容 | 実務上の扱い |
|---|---|---|
| 特定事業用資産 | 制度対象になり得る事業用資産 | すべて承継対象になるか確認 |
| 事業に関係するが制度対象外の資産 | 預貯金、売掛金、棚卸資産、対象外資産など | 資金繰り・事業承継実務で別途整理 |
| 家事用・非事業用資産 | 自宅部分、私用資産、遊休資産など | 制度対象から除外し、相続・贈与全体で整理 |
ここで気をつけたいのは、制度の対象外となる資産が、重要でないわけではない、ということです。
事業用預金、売掛金、棚卸資産、借入金、保証、契約、許認可、取引先との関係などは、事業承継の実務上は非常に重要です。ただし、個人版事業承継税制で納税猶予の対象になる資産とは、区別して考える必要があります。
対象外になりやすい資産
特定事業用資産の確認では、「何が対象になるか」と同じくらい、「何が対象外になりやすいか」を把握しておくことが重要です。
代表的なものとして、次のような資産は慎重に確認しておきたいところです。
| 資産・状態 | 注意点 |
|---|---|
| 預貯金 | 事業運転資金として重要でも、特定事業用資産の列挙資産ではない |
| 売掛金・未収入金 | 事業承継上は重要だが、納税猶予対象資産とは別に整理する |
| 棚卸資産 | 商品・材料・販売用不動産などは、制度対象資産との区分が必要 |
| 家事用資産 | 自宅、私用車、家財などは対象外 |
| 貸付用不動産 | 不動産貸付業等は制度対象外事業に関わるため慎重な判定が必要 |
| 帳簿に載っていない資産 | 実際に使っていても、貸借対照表要件との関係で問題になる |
| 遊休資産 | 現実に事業の用に供されているかを確認する |
| 他人名義資産 | 生計一親族等に該当するか、単なる第三者所有かを確認する |
この中でも、貸付用不動産にはとりわけ注意が必要です。
ひとくちに事業用不動産といっても、店舗や工場として自ら使っている不動産と、賃貸収入を得るための貸付不動産とでは、制度上の取扱いが異なります。他に貸し付けられていた宅地等が、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業に該当する場合には、贈与者の事業の用に供されていた宅地等には当たらない、と整理されています。
出典:国税庁|措置法第70条の6の8関係 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
「不動産を持っているから対象になる」のではありません。その不動産が、どの事業のために、どのように使われているかを確認することが欠かせません。
小規模宅地等の特例との関係にも注意する
特定事業用資産に宅地等が含まれる場合には、小規模宅地等の特例との関係を無視できません。
個人版事業承継税制の対象となる宅地等には400㎡の限度面積がある一方で、被相続人から相続等により取得した宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受ける人がいる場合には、一定の制限がかかります。とりわけ、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受ける人がいる場合には、個人版事業承継税制の適用を受けることができません。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
つまり、事業用宅地については、個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例を、単純に重ねて使えるとは限らないということです。
個人版事業承継税制は、納税猶予の制度です。これに対して小規模宅地等の特例は、一定の宅地等の課税価格を減額する制度です。両者は、制度の性格、適用の対象、継続の要件、将来の制約のいずれもが異なります。
したがって、宅地等が大きい個人事業では、少なくとも次のような比較をしておく必要があります。
| 比較項目 | 個人版事業承継税制 | 小規模宅地等の特例 |
|---|---|---|
| 制度の性格 | 納税猶予・免除 | 課税価格の減額 |
| 承継場面 | 贈与・相続等 | 相続等 |
| 対象 | 宅地等、建物、一定の減価償却資産 | 主に宅地等 |
| 継続管理 | 長期の事業継続・資産保有が重要 | 申告期限までの要件が中心 |
| 判断軸 | 承継後も事業を続ける前提が強い | 相続税評価上の減額効果が中心 |
税額だけを見れば個人版事業承継税制が有利に映る場面でも、将来の廃業、転業、資産売却、法人成り、後継者が事業を続けていける見込みまで考え合わせると、小規模宅地等の特例や通常の相続対策との比較が必要になることもあります。
面積限度は「対象資産の範囲」と「納税猶予額」の両方に影響する
宅地等は400㎡まで、建物は床面積800㎡までが納税猶予の対象になります。
この面積限度は、実務上、単なる形式的な数字にとどまりません。
たとえば、事業用土地の面積が400㎡を超える場合には、その超える部分をどう扱うかが問題になります。建物についても、床面積800㎡を超える場合には、納税猶予の対象となる部分と対象外となる部分を整理しておく必要があります。
また、後継者が複数いる場合、宅地等と建物の面積については、各後継者が取得した面積の合計で判定することになります。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
実務上は、面積、持分、利用部分、取得者、相続分、遺産分割、贈与範囲を、すべて整合させていく必要があります。面積限度を確認するだけでなく、誰がどの部分を取得するのか、事業用部分をどう説明するのかまで、あわせて整理しておくことが大切です。
事業用性は「帳簿」だけでなく「現実の利用」で見る
特定事業用資産の判定では、青色申告書の貸借対照表に計上されていることが重要です。とはいえ、帳簿に載っていれば、それだけで十分というわけではありません。
事業の用に供されていた資産に該当するかどうかは、特例対象贈与の直前において、現実に事業の用に供されていたかどうかで判定します。
出典:国税庁|措置法第70条の6の8関係 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
したがって、帳簿と実態の両方を確認していくことになります。
| 確認軸 | 確認内容 |
|---|---|
| 帳簿 | 青色申告書の貸借対照表、固定資産台帳に計上されているか |
| 所有 | 先代事業者または生計一親族等の所有資産か |
| 利用 | 実際に事業で使われているか |
| 事業 | 不動産貸付業等を除く対象事業に使われているか |
| 継続 | 後継者が承継後も事業に使い続けられるか |
| 証拠 | 利用状況を資料で説明できるか |
個人事業では、「昔から事業で使っている」「家族もみんな分かっている」といった説明だけでは、どうしても不十分です。制度の適用後にきちんと説明できるよう、帳簿、写真、図面、契約書、固定資産税資料、減価償却明細、事業計画を、あらかじめ整えておく必要があります。
税務の実務では、届出・申請・特例適用の漏れ、土地や株式の評価誤り、資料の受領不足などが、トラブルの原因になりやすいものです。だからこそ、複数人によるレビューやチェックの体制が重要になります。
特定事業用資産の確認は、資産リスト作成から始める
特定事業用資産の範囲を確認するには、まず資産リストを作るところから始めます。
この資産リストは、単なる固定資産の一覧表ではありません。制度の対象資産、対象外資産、判断を保留する資産を区分していくための、検討資料です。
最低限、次の項目を整理しておきます。
| 項目 | 記載・確認する内容 |
|---|---|
| 資産名 | 土地、建物、機械、車両、備品など |
| 所在地・設置場所 | どこにある資産か |
| 所有者 | 先代事業者、生計一親族、その他親族、第三者 |
| 帳簿計上 | 青色申告貸借対照表・固定資産台帳への計上状況 |
| 事業用性 | どの事業に、どの程度使っているか |
| 家事按分 | 居住用・私用部分が混在していないか |
| 税目資料 | 固定資産税、償却資産税、自動車税等の資料 |
| 承継予定 | 贈与・相続で誰が取得する予定か |
| 制度対象判定 | 特定事業用資産に該当するか |
| 継続管理 | 承継後も事業用として保有・使用できるか |
この作業を進めていくと、制度を適用できるかどうかだけでなく、個人事業そのものが抱える承継の課題も見えてきます。
たとえば、後継者が必要な設備を把握できていない。事業用土地の名義が複数人に分散している。帳簿に古い資産が残ったままになっている。実際にはすでに廃棄した設備が固定資産台帳に残っている。店舗兼住宅の事業用部分がはっきりしていない。こうした問題は、制度の適用以前に、整理しておくべき承継課題だといえます。
特定事業用資産の範囲は、将来の選択肢にも影響する
特定事業用資産に該当する資産について納税猶予を受けると、その後も、その資産を事業の用に供し続けることが重要になります。
免除されるまでの間に、特例事業用資産を後継者の事業の用に供さなくなった場合などには、猶予税額の全部または一部について納税の猶予が打ち切られ、その税額に利子税を加えて納付しなければなりません。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除/国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
このため、特定事業用資産の範囲は、広く捉えればよいというものではありません。
制度の対象とする資産が増えれば、納税猶予の対象が広がる可能性があります。その一方で、承継後にその資産を売却、転用、廃棄、貸付、あるいは法人成りに伴って移転するといった場合には、納税猶予への影響を確認しておく必要があります。
とりわけ、次のような将来方針がある場合には、制度を適用する前に検討しておきたいところです。
| 将来方針 | 特定事業用資産との関係 |
|---|---|
| 近い将来の法人成り | 個人資産を法人へ移す場合の税務・納税猶予への影響を確認 |
| 店舗移転 | 旧店舗の土地・建物を事業用に供しなくなる可能性 |
| 設備入替え | 旧設備の譲渡・廃棄と買換えの整理が必要 |
| 事業転換 | 対象事業の継続性、資産利用の変化を確認 |
| 廃業可能性 | 納税猶予の取消・免除事由・資金負担を確認 |
| 不動産売却 | 宅地等・建物を事業用に供しなくなるリスク |
制度は、「入口」だけで完結するものではありません。特定事業用資産として承継するということは、その資産を使って事業を続けていく、という経営判断でもあるのです。
まず確認すべき判断軸
特定事業用資産の範囲を確認するときは、次の順番で整理していくと、論点の抜け漏れを防ぎやすくなります。
第一に、対象事業を確認します。青色申告に係る事業であり、不動産貸付業等に該当しないかどうかを見ます。
第二に、対象資産を洗い出します。土地、建物、機械装置、車両、備品、構築物、無形固定資産などを、所有者別・利用場所別に整理していきます。
第三に、帳簿を確認します。前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表、固定資産台帳、減価償却明細に載っているかどうかを確認します。
第四に、事業用性を確認します。現実に事業で使っているか、家事用部分が混在していないか、事業用部分をきちんと説明できるかを見ていきます。
第五に、すべての特定事業用資産を承継できるかを確認します。後継者が取得しない資産がある場合には、制度要件との関係を慎重に検討します。
第六に、承継後の維持可能性を確認します。売却、転用、廃業、法人成り、設備入替えの予定がある場合には、制度を適用した後のリスクを確認しておきます。
この順番で整理していくと、「対象資産があるか」だけでなく、「制度を使うべきか」「後から説明できるか」「承継後も維持できるか」まで、見通せるようになります。
特定事業用資産の確認でお困りの方へ
個人版事業承継税制では、特定事業用資産の範囲を正しく整理することが、制度適用の出発点になります。
対象となる資産は、土地、建物、機械器具、車両、備品などに及びますが、単に事業に関係していればよい、というわけではありません。青色申告書の貸借対照表に計上されているか、現実に事業の用に供されているか、所有者は誰か、生計一親族が所有する資産を含むか、後継者がそのすべてを取得できるか、そして承継後も事業に使い続けられるか。これらを一つずつ確認していく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、個人版事業承継税制について、制度の適用可能性だけでなく、事業用資産リストの整理、青色申告書・固定資産台帳との突合、承継後の事業継続可能性、小規模宅地等の特例との比較、将来の法人成り・廃業可能性まで含めた検討を支援しています。
個人事業の土地・建物・設備が制度の対象になるか確認したい場合や、事業用資産の承継方針を整理したい場合は、当事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。制度を使うかどうかを判断する前に、まずは「どの資産を、どの根拠で、どのように承継するのか」を整理しておくことが大切です。
この記事の振り返り
| 項目 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 特定事業用資産の基本 | 個人版事業承継税制の対象になる一定の事業用資産 |
| 宅地等 | 事業の用に供されていた宅地等。納税猶予対象は400㎡まで |
| 建物 | 事業の用に供されていた建物。床面積800㎡まで |
| 減価償却資産 | 機械装置、器具備品、車両、構築物、一定の生物・無形固定資産など |
| 青色申告貸借対照表 | 贈与・相続等の前年分の事業所得に係る貸借対照表への計上が重要 |
| 事業用性 | 帳簿だけでなく、現実に事業で使われているかを確認 |
| 生計一親族所有資産 | 配偶者等の所有資産でも、一定の場合には対象になり得る |
| 対象外資産 | 預貯金、売掛金、棚卸資産、家事用資産、貸付用不動産などは慎重に区分 |
| すべての承継 | その事業に係る特定事業用資産のすべてを後継者が取得できるか確認 |
| 小規模宅地等との関係 | 特定事業用宅地等の特例との併用制限・選択関係に注意 |
| 将来の出口 | 売却、転用、法人成り、廃業、設備入替えによる取消リスクを確認 |
| 相談前準備 | 青色申告決算書、貸借対照表、固定資産台帳、不動産資料、車両資料、利用実態資料を整理する |