事業承継税制を検討するとき、多くの関心はまず「贈与税・相続税がどれだけ猶予されるのか」という点に向かいます。
ただ、制度を実際に適用した後の現場では、それと同じくらい大切な問いがあります。
後継者は、承継後も代表者として会社を経営し、対象となる株式を保有し、議決権の上でも支配を維持し続けられるか。
事業承継は、代表取締役を交代させれば終わるものではありません。後継者が腰を据えて経営判断を行っていくためには、経営者という地位だけでなく、その地位を裏付ける株式・議決権の移転まで、きちんと整えておく必要があります。
事業承継税制も、まさにこの考え方と深く結びついています。法人版の事業承継税制は、円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式等を、後継者が贈与や相続などによって取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予し、後継者の死亡等によって免除する制度です。特例措置では、対象となる株式数の上限が撤廃され、納税猶予割合も100%となるなど、効果はたいへん大きなものになります。しかし、その前提として、後継者が会社の経営権を維持し続けることが求められます。
出典:国税庁|No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等
出典:国税庁|No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等
本稿では、取消事由のうち、とりわけ実務上の影響が大きいと感じている次の論点を整理していきます。
- 後継者が代表者を退任した場合
- 納税猶予対象株式を譲渡した場合
- 議決権同族過半数要件を満たさなくなった場合
- 同族内筆頭要件を満たさなくなった場合
- 後継者の株式・議決権を制限した場合
- 後継者以外の者が黄金株を保有した場合
ここで扱うのは、あくまで取消リスクの全体像と、その判断の軸です。取消時の税額計算、利子税の具体的な計算、株式譲渡契約、組織再編スキームの細部については、別の記事や個別のご相談の中で扱うこととします。
事業承継税制は「後継者が経営権を持ち続ける」ことを前提にしている
事業承継税制は、株式を移しさえすればそれで完結する、という制度ではありません。
法人版の特例措置では、後継者が贈与または相続などによって取得した議決権株式等にかかる贈与税・相続税の納税が猶予されます。ただし、適用後の報告期間中は、後継者が代表者として経営を担っていることなどが必要であり、その後も対象株式等を継続して保有することが求められます。
この制度の設計から見えてくるのは、事業承継税制が「株式の税務上の移転」だけを見ているわけではない、ということです。
制度は、後継者が現実に会社を経営し、議決権を通じて経営判断を下せる状態にあることを前提としています。ですから、後継者が代表者でなくなる、株式を手放す、同族内での支配関係が崩れる、議決権が制限される――こうした状態に陥ると、納税猶予を続けられるかどうかが問われることになります。
このあたりを理解しないまま制度を使ってしまうと、承継後のごく普通の経営判断、たとえば役員構成の見直し、株式の一部移動、種類株式の導入、少数株主への対応、持株会社化、次の世代への再承継といった行為が、思いもよらない税務リスクにつながりかねません。
5年間の事業継続期間中は、とりわけ制約が強い
代表退任・議決権喪失・株式譲渡といった取消リスクを考えるときは、まず「事業継続期間内」と「事業継続期間の経過後」とを分けて整理しておく必要があります。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、贈与税・相続税の納税猶予について、事業継続期間内に後継者が代表者を退任した場合、議決権同族過半数要件を満たさなくなった場合、同族内筆頭要件を満たさなくなった場合には、猶予されていた税額の全額と利子税を納付する区分として整理されています。
一方、事業継続期間の経過後については、これらの人的要件・議決権要件は「—」と整理され、対象株式の譲渡については一部納付の区分として整理されています。
出典:中小企業庁|経営承継円滑化法(贈与税)の認定取消事由・贈与税納税猶予制度の確定事由
出典:中小企業庁|経営承継円滑化法(相続税)の認定取消事由・相続税納税猶予制度の確定事由
この違いは、実務の上で非常に重要です。
最初の5年間は、後継者が本当に会社を引き継いでいるのかを確かめる期間です。だからこそ、代表者でなくなる、支配権を失う、対象株式を動かすといった行為は、制度の前提を揺るがすものとして重く扱われます。
5年を経過すると、一部の要件は緩和されます。とはいえ、対象株式を譲渡した場合、解散した場合、資産保有型会社・資産運用型会社に該当した場合、報告・届出の漏れがあった場合など、引き続き納税猶予に影響する事由は残ります。
つまり、5年を経過すれば完全に自由になる、というわけではありません。とくに株式を動かす場面では、事業継続期間の経過後であっても、一部納付が生じる可能性があります。
後継者が代表者を退任した場合
取消パターンの中で最も基本となるのが、後継者の代表退任です。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、後継者が認定承継会社の代表者を退任した場合、そして代表権を制限された場合を含めて、認定取消事由に該当すると整理されています。ただし、一定のやむを得ない理由があるときには、代表者を退任し、あるいは代表権が制限された場合であっても、認定取消事由には該当しないものとみなされます。
ここでいう「代表退任」は、登記上の代表取締役を辞めるケースだけを指すものではありません。代表権の制限も含まれます。たとえば、共同代表制への移行、代表権の一部制限、持株会社化にともなう役員体制の再設計、後継者を会長職や取締役職にとどめる変更などは、税制上の影響を確かめないまま進めるべきではありません。
会社法の観点からは合理的な役員設計であっても、事業承継税制の上では別の判断が必要になるのです。
「形式的には代表」でも、実態の確認が求められる
実務では、後継者が代表取締役として登記されてはいるものの、実質的な意思決定は先代や別の親族が握っている、という状態も起こり得ます。
これが事業承継税制上の取消事由として直ちに問題になるかどうかは、個別の確認が必要です。ただ、制度の趣旨に照らせば、後継者が現実に経営を担っているかどうかは、やはり重要な論点となります。特例承継計画や認定申請の段階では、後継者、承継の時期、経営の見通し、承継後の事業計画が問われます。中小企業庁も、特例承継計画には後継者の氏名、承継予定時期、承継時までの経営見通し、承継後5年間の事業計画などを記載し、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受ける必要があると説明しています。
つまり、制度を適用した後に、代表者の地位を形式的に保っているだけでは十分とはいえません。後からきちんと説明できる経営体制、役員構成、議事録、事業計画、金融機関向けの説明資料を、あらかじめ整えておくことが大切です。
やむを得ない理由による代表退任
代表退任には、例外も設けられています。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、精神障害者保健福祉手帳1級、身体障害者手帳1級または2級、要介護5、これらに類すると認められる場合などが、やむを得ない理由として例示されています。こうした場合には、代表者を退任し、あるいは代表権が制限された場合であっても、認定取消事由には該当しないものとみなされます。
ただし、例外に該当するかどうかは、「経営上やむを得ない」「本人が多忙である」「別の者のほうが実務に詳しい」といった事情だけで判断できるものではありません。
代表退任を検討する際には、退任の理由、診断書や認定書などの根拠資料、次の後継者への承継方法、随時報告の要否、そして納税猶予を継続できるかどうかを、ひととおり整理しておく必要があります。
とくに、次の後継者へ納税猶予をつないでいく場合には、猶予継続贈与や次世代承継の論点が絡んできます。代表退任だけを単独で処理するのではなく、株式・議決権・税務申告・報告手続を一体のものとして確認していくことをおすすめします。
納税猶予対象株式を譲渡した場合
次に重要となるのが、対象株式の譲渡です。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、後継者が納税猶予対象株式等を譲渡した場合、贈与を含めて認定が取り消されると整理されています。会社分割により吸収分割承継会社等の株式等を配当財産とする剰余金の配当があった場合も、経済的な実質として株式等の譲渡によって対価を得たことと同一視できるものとして、同じく認定が取り消されるとされています。
ここで注意したいのは、「譲渡」は売却だけを指すものではない、という点です。
贈与も含まれます。親族のあいだであっても、同族会社のなかでの移動であっても、納税猶予対象株式を動かせば問題になります。
さらに、形の上では株式売買でなくても、会社分割や組織再編を通じて、対象株式の経済的価値を別の株式や財産へ置き換えるような取引は、実質的な譲渡として取り扱われる可能性があります。
この点は、後継者が将来、持株会社化、兄弟会社化、事業分離、資産移転、グループ内の再編といった動きを検討する際に重要になります。事業承継税制を適用した会社では、株式そのものの移動だけでなく、株式の価値を移転させる再編行為にも、目を配っておく必要があるのです。
「納税猶予対象株式」と「対象外株式」は分けて管理する
実務でとくに重要になるのが、後継者が同じ会社の株式について、納税猶予対象株式と、制度の適用を受けていない株式の両方を保有しているケースです。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、同一会社の株式等について、事業承継税制の適用を受けている株式等と適用を受けていない株式等の両方を所有している場合には、まずは適用を受けていない株式等から譲渡したものとみなすとされています。ただし、事業承継税制の適用を受ける贈与にかかる譲渡の場合には、適用を受けている株式等から順次譲渡したものとみなす扱いも示されています。
こうした取扱いがあるため、「株式を少し動かすだけだから問題ない」と簡単に判断することはできません。
次の点を整理しておかなければ、譲渡してよい株式かどうかを見極めることはできません。
- どの株式が納税猶予対象株式なのか
- どの株式が制度の適用を受けていない株式なのか
- 誰から、いつ、どの株式を取得したのか
- 贈与税の猶予なのか、相続税の猶予なのか
- 複数の贈与者・被相続人から取得しているか
- 一部再贈与や猶予継続贈与に該当する可能性があるか
- 譲渡した後も同族過半数・同族内筆頭要件を満たすか
株主名簿の上では同じ普通株式であっても、税務上は「納税猶予対象株式」と「対象外株式」とを区分して管理する必要があります。この管理があいまいなまま株式を動かしてしまうと、後になって取消リスクや納付すべき税額を把握することが、たいへん難しくなります。
事業継続期間の経過後でも、株式譲渡は自由ではない
代表退任や議決権要件については、事業継続期間の経過後には扱いが緩和されます。
しかし、納税猶予対象株式の譲渡については、5年を経過した後であっても注意が必要です。中小企業庁の確定事由の整理では、納税猶予対象株式を譲渡した場合、事業継続期間内は全額納付、事業継続期間の経過後は一部納付の区分として示されています。
ここは、制度を適用した後の「出口」の判断に、そのまま直結する部分です。
5年を経過した後に、後継者が一部の株式を売却する、親族へ贈与する、従業員持株会へ移す、持株会社へ移す、第三者承継へ切り替える――こうした場面では、その部分に対応する猶予税額や利子税の取扱いを、あらためて確認しておく必要があります。
「5年経てば自由に株式を動かせる」という理解は、危ういものです。
正確には、5年を経過した後に一部の要件は緩和されるものの、納税猶予対象株式を動かす場面では、引き続き税務上の精査が欠かせません。
議決権同族過半数要件を満たさなくなった場合
事業承継税制では、後継者個人がどれだけ株式を持っているかだけでなく、後継者と同族関係者が会社の議決権を支配しているかどうかも問われます。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、後継者とその同族関係者で有する議決権の数が、総株主等議決権数の50%以下となった場合には、認定が取り消されるとされています。
この要件は、単純な株数だけで判断できるものではありません。
議決権制限株式、自己株式、種類株式、黄金株、株式併合、株式分割、増資、第三者割当、従業員持株会、投資育成会社、親族以外の株主――こうした要素が絡んでくると、議決権割合の計算は一気に複雑になります。
また、相続や贈与によって、後継者以外の親族・役員・従業員・外部株主に株式が移ると、同族グループとして過半数を維持できるかどうかが変わってきます。
事業承継税制を適用している会社では、株式数ではなく、議決権をベースとした支配関係を、毎年確認していく必要があります。
同族内筆頭要件を満たさなくなった場合
議決権同族過半数要件を満たしていても、それだけで安心できるわけではありません。
後継者が、同族関係者のなかで筆頭株主であることも、また重要なのです。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、後継者の同族関係者が後継者よりも多くの議決権数を有することとなった場合には、認定が取り消されると整理されています。ただし、やむを得ない理由が生じたことにより、次の後継者へ事業承継税制の適用を受ける贈与が行われた場合などには、例外的な取扱いがあります。
この要件は、事業承継税制が後継者の経営権の安定を重んじていることを、よく表しています。
同族グループ全体で過半数を持っていても、後継者より多くの議決権を持つ親族がいれば、後継者は腰を据えた経営判断を行いにくくなります。実務の上では、先代、配偶者、兄弟姉妹、後継者以外の相続人、親族会社、資産管理会社などが多くの株式を保有している場合に、問題となりやすいところです。
とくに、複数の後継者がいる場合や、先代以外の株主からも株式を承継する場合には、後継者間・親族間の議決権の順位を、慎重に設計しておく必要があります。
後継者が取得した株式の議決権を制限した場合
続いて、後継者が取得した株式そのものについて、議決権を制限する場合です。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、株式会社の場合、後継者が取得した納税猶予対象株式を議決権制限株式に変更したときには、認定が取り消されるとされています。持分会社の場合も、後継者の議決権を制限する旨の定款変更をしたときには、認定が取り消されるとされています。
これは、種類株式を用いた資本政策において、注意しておきたい論点です。
事業承継では、議決権制限株式、拒否権付株式、配当優先株式、取得条項付株式、属人的株式などを活用することがあります。会社法の観点からは、株主構成や支配権の設計のために有効な手法となり得ます。種類株式や新株予約権は、資金調達、インセンティブ、M&A、事業承継などの局面で使われることもあります。
しかし、事業承継税制を適用した後に、後継者が保有する対象株式の議決権を制限してしまえば、制度の前提である後継者の経営権が損なわれてしまいます。
ですから、種類株式を用いる場合には、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。
- 議決権制限の対象が納税猶予対象株式かどうか
- 後継者の議決権割合に影響するかどうか
- 同族過半数要件・同族内筆頭要件に影響するかどうか
- 黄金株の保有者が誰になるか
- 定款変更や株主総会決議の前に、税制への影響を確認しているか
- 事業承継税制の適用前に設計すべきか、適用後でも可能か
会社法上の資本政策と、事業承継税制上の継続要件は、必ずしも同じ方向を向いているとは限りません。税制適用後の種類株式の設計は、慎重に進める必要があります。
後継者以外の者が黄金株を保有した場合
黄金株もまた、取消リスクに直結します。
中小企業庁の認定取消マニュアルでは、会社法第108条第1項第8号に掲げる事項についての定めがある種類株式、いわゆる拒否権付株式・黄金株を、後継者以外の者が保有することになった場合には、後継者の意思決定に対して拒否権を発動できる者がいることになり、後継者の経営権が不完全なものになるため、認定が取り消されると説明されています。
黄金株は、事業承継対策のなかで使われることがあります。
たとえば、先代が後継者へ普通株式を移しながら、重要事項については拒否権を手元に残すことで、後継者の暴走を防ぐ、あるいは経営の安定を図る、という発想です。
しかし、事業承継税制の視点からは、後継者以外が黄金株を持つと、後継者の経営権は完全ではないと評価されます。
これは、制度の考え方として自然なことです。後継者に議決権株式を移したとしても、重要事項について先代や他の親族が拒否権を握っていれば、後継者は最終的な判断を自由に下せません。事業承継税制は、後継者による実質的な経営承継を前提としているため、黄金株の保有者は慎重に設計する必要があります。
とくに、税制を適用する前から黄金株が存在している場合には、誰が保有しているのか、拒否権の対象事項は何か、後継者の経営権を制限する内容になっていないかを、確認しておく必要があります。
代表退任・株式譲渡・議決権喪失は、単独ではなく連動して起きる
実務では、これらの取消事由が一つだけで起こるとは限りません。
たとえば、後継者が体調不良や経営上の事情で代表を退任する場合、次の代表者へ株式を移す必要が生じることがあります。その株式の移動が納税猶予対象株式の譲渡に該当すれば、別の取消事由にもつながっていきます。
また、株式を一部譲渡した結果、後継者と同族関係者の議決権が50%以下になってしまうこともあります。あるいは、後継者本人は株式を動かしていなくても、増資、自己株式の取得、種類株式の変更、ほかの株主の株式移動によって、議決権割合が変わってしまうこともあります。
取消リスクを見ていくときは、次の順番で確認すると整理しやすくなります。
- 後継者は代表者としての地位を維持しているか
- 後継者の代表権は制限されていないか
- 納税猶予対象株式を動かしていないか
- 後継者と同族関係者で過半数の議決権を維持しているか
- 後継者は同族内で筆頭株主であるか
- 後継者が取得した株式の議決権を制限していないか
- 後継者以外の者が黄金株を保有していないか
- その変更について、随時報告・継続届出などの手続が必要ではないか
こうした確認を経ないまま、役員変更、株式譲渡、定款変更、資本政策を進めてしまうことは、避けたいところです。
会社法上は有効でも、納税猶予の上では問題になる
事業承継税制の難しさは、会社法上の有効性と、税制上の継続要件とが、別の問題である点にあります。
代表取締役を変更すること自体は、会社法上、適切な手続を踏めば可能です。株式譲渡も、譲渡制限株式であれば、会社の承認手続などを経て有効に行えます。種類株式や黄金株も、会社法上の要件を満たせば設計できます。
しかし、それらが事業承継税制の上でも問題ないとは限りません。
非公開会社では、株式の分散や少数株主の存在が、事業承継に大きな影響を及ぼすことがあります。株主の権利、譲渡承認手続、株式買取請求、議決権、少数株主権などは、承継後の経営の安定に直結する事柄です。
そのため、会社法上の手続と、税制上の継続要件は、同じタイミングで確認しておく必要があります。
「会社法上できるか」だけでは足りません。
「事業承継税制の納税猶予を維持できるか」まで確認して、はじめて実行の判断ができるのです。
金融機関・親族・株主への説明にも影響する
代表退任、株式譲渡、議決権喪失は、税務だけにとどまらず、金融機関や関係者への説明にも影響します。
後継者が代表を退任すれば、金融機関は経営体制の変化を確認します。株式を移せば、支配権の所在や株主構成が変わります。議決権が分散すれば、意思決定の安定性が問われます。黄金株が後継者以外に残っていれば、後継者が実質的に経営判断を行えるのかどうかを、説明する必要が出てきます。
さらに、取消事由に該当して猶予税額の納付が必要になれば、後継者個人の資金繰りだけでなく、会社からの貸付、役員報酬、自己株式の取得、配当、借入などにも波及していく可能性があります。
したがって、事業承継税制を適用した後は、次の資料を継続的に整えておくことが重要です。
- 株主名簿
- 議決権割合の推移表
- 納税猶予対象株式と対象外株式の区分表
- 役員変更の履歴
- 代表権に関する登記事項証明書
- 定款、種類株式、黄金株に関する資料
- 株式譲渡・贈与・自己株式取得に関する議事録
- 年次報告書、随時報告書、継続届出書の提出控え
- 専門家による検討メモ
- 金融機関や親族へ説明した資料
税務上の要件は、後から説明できなければ、管理しているとはいえません。
実行する前に確認しておきたい判断軸
代表退任、株式譲渡、議決権喪失に関する判断を下す前には、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。
1. その変更は事業継続期間内か
5年以内か、5年経過後かによって、取消や納付のリスクは大きく異なります。代表退任や議決権要件の喪失は、事業継続期間内ではとりわけ重く扱われます。
2. 対象株式を動かしていないか
後継者が持っている株式のうち、どれが納税猶予対象株式なのかを確認します。対象外株式から譲渡したものとみなされる場面もありますが、自己判断は危ういところです。
3. 議決権割合は変わらないか
株式数だけでなく、議決権数で確認します。自己株式、議決権制限株式、種類株式、増資、株式の併合・分割の影響も、あわせて織り込む必要があります。
4. 後継者は同族内の筆頭であり続けるか
同族グループ全体で過半数を維持していても、後継者より多くの議決権を持つ同族関係者が出てくれば、問題になります。
5. 黄金株・種類株式は後継者の経営権を制限しないか
黄金株が後継者以外にある場合、後継者の意思決定が制限されるため、取消リスクが生じます。種類株式を用いるときは、税制適用の前後というタイミングも含めて設計する必要があります。
6. 報告・届出が必要ではないか
取消事由に該当する場合だけでなく、随時報告、臨時報告、継続届出、添付書類の提出が必要になる場面があります。手続の提出先も、都道府県と税務署とで異なります。
まとめ
代表退任・株式譲渡・議決権喪失による取消は、事業承継税制のなかでも、とりわけ基本的でありながら、実務上の影響が大きい論点です。
これらは、税務だけの問題ではありません。
後継者が本当に経営を担っているか。
後継者が対象株式を保有し続けているか。
後継者が議決権の上でも支配を維持しているか。
後継者以外の者が拒否権を持っていないか。
株式や議決権の変更を、後から説明できるか。
事業承継税制は、納税猶予という税務上のメリットと引き換えに、承継後の経営体制・株式保有・議決権管理を求める制度です。
制度を適用した後に、役員変更、株式移動、種類株式、自己株式の取得、持株会社化、次世代への承継を検討する場合には、実行する前に、納税猶予への影響を確認しておく必要があります。
重要事項の振り返り
| 論点 | 取消・納付リスク | 実務上の確認事項 |
|---|---|---|
| 後継者の代表退任 | 事業継続期間内では原則として全額納付リスク | 代表権の有無、登記、退任理由、やむを得ない理由の該当性を確認 |
| 代表権の制限 | 代表退任と同様に問題となる可能性 | 共同代表制、代表権制限、役員設計の変更前に確認 |
| 納税猶予対象株式の譲渡 | 5年内は全額納付、5年経過後も一部納付リスク | 対象株式と対象外株式を区分して管理 |
| 贈与による株式移動 | 売買だけでなく贈与も譲渡に含まれる | 親族間・同族間でも税制影響を確認 |
| 議決権同族過半数要件 | 後継者と同族関係者で50%以下になると取消リスク | 自己株式、種類株式、増資、株式移動後の議決権割合を確認 |
| 同族内筆頭要件 | 後継者より多く議決権を持つ同族関係者が出ると取消リスク | 親族・資産管理会社・複数後継者の議決権順位を確認 |
| 議決権制限株式への変更 | 後継者の対象株式の議決権を制限すると取消リスク | 定款変更・種類株式設計前に確認 |
| 黄金株 | 後継者以外が保有すると取消リスク | 拒否権付株式の保有者と拒否権対象事項を確認 |
| 5年経過後の変更 | 一部要件は緩和されるが、株式譲渡等は引き続き注意 | 「5年経過後なら自由」と考えず、個別に確認 |
| 資料管理 | 後から説明できないと継続管理が困難 | 株主名簿、議決権表、提出控え、議事録、検討メモを保存 |
事業承継税制を適用している会社で、代表者の変更、株式の移動、種類株式、自己株式の取得、親族間の株式整理、次世代への再承継を検討されている場合は、実行した後ではなく、実行する前に取消リスクを確認しておくことが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制の適用判断だけでなく、適用後の代表者要件、株式保有、議決権管理、継続届出、取消リスク、そして将来の資本政策まで含めて、数字と事実に基づいた整理をご支援しています。
「株式を動かしてよいか」「代表を変更してよいか」「議決権の設計が税制に影響しないか」を確認したい場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。