事業承継税制を検討するとき、最初に気になるのは「贈与税・相続税の納税猶予を受けられるかどうか」でしょう。
しかし、制度を適用した後の実務でより重くのしかかってくるのは、むしろ別の問題です。それは「猶予が取り消された場合に、いつ、いくらを、どの資金で納付するのか」という点です。
事業承継税制は、非課税制度ではありません。一定の要件のもとで、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税をいったん猶予し、後継者の死亡など一定の事由が生じたときに免除する仕組みです。法人版事業承継税制には一般措置と特例措置があり、特例措置では対象株式数の上限が撤廃され、猶予割合は100%、さらに最大3人の後継者への承継までが認められています。
出典:国税庁|No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)
法人版の特例措置は、令和9年9月30日までに特例承継計画を提出し、令和9年12月31日までに贈与・相続によって会社株式を取得する、という制度設計になっています。あわせて、将来の売却・廃業時に株価が下落していた場合には、一定の要件のもとで納税額を再計算し、差額を減免する仕組みも設けられています。
ただし、猶予を受けた後に代表者要件、株式保有要件、議決権要件、継続届出義務などを満たせなくなれば、猶予税額の全部または一部について納税猶予の期限が確定し、利子税とあわせて納付しなければならなくなることがあります。
本稿では、事業承継税制の「一部取消」「全部取消」「利子税」「納期限」「納付資金」「担保」「資金繰り」を中心に、取消時の資金負担をどう考えるべきかを整理します。なお、個別の利子税計算、申告書の記載、納付書の作成、担保変更手続の細部までは、本稿では扱いません。
「取消」と「期限確定」は分けて理解する
実務では「納税猶予が取り消される」と表現されることが多いものです。ただ、税務上は「納税猶予に係る期限が確定する」という整理のほうが正確であり、ここを押さえておくことが重要です。
納税猶予を受けている間も、納付義務そのものが消えているわけではありません。あくまで、納付を待ってもらっている状態にすぎないのです。一定の取消事由・確定事由が生じると、それまで猶予されていた税額の全部または一部について猶予期間が終了します。その結果として、猶予税額を納付しなければならなくなる、という流れになります。
このとき、実務判断では次の3つを分けて考えます。
- まず、猶予が全部終了するのか、一部だけ終了するのか。
- 次に、確定した税額に、利子税がどの期間・どの割合でかかるのか。
- 最後に、その納付資金を、後継者個人がどこから用意するのか。
ここを混同してしまうと、「株式を一部だけ動かすだけだから影響は小さいはずだ」「5年経過後なら自由に売れる」「猶予なのだから、実際の納付資金は不要だろう」といった誤解が生じやすくなります。
事業承継税制を適用するかどうかを判断する際には、入口の猶予税額だけを見るのでは足りません。取消時に発生し得る最大の納付額、利子税、納期限、担保、そして資金調達手段まで、あらかじめ試算しておく必要があります。
全部取消とは何か
全部取消とは、猶予されている税額の全額について、納税猶予の期限が確定する状態をいいます。
代表的に問題となるのは、特例経営承継期間、すなわち原則として申告期限の翌日から5年間にわたる事業継続期間中のケースです。この期間中に、後継者が代表者でなくなった場合、対象株式を譲渡した場合、同族過半数要件や同族内筆頭株主要件を満たさなくなった場合などが、これにあたります。
特に注意していただきたいのは、5年間の事業継続期間中は、対象株式の一部を譲渡しただけでも、原則として重い影響が生じ得るという点です。実務上も、この期間中に代表権を喪失した場合や、対象株式を一部でも譲渡した場合は、原則として全部確定事由に該当するものとして整理されています。
これは、単なる税務上の形式要件ではありません。制度が後継者に求めているのは、代表者として事業を継続し、議決権を維持し、承継した株式を保有し続けることだからです。事業承継税制は、株式を移した瞬間の税負担を軽減する制度であると同時に、一定期間にわたって後継者に経営の継続と株式の保有を求める制度でもある、と理解しておくとよいでしょう。
したがって、5年以内に次のような可能性がある会社では、制度を適用する前に慎重な検討が欠かせません。
- 後継者が代表を続けられるか、不確実である
- M&Aや一部株式譲渡の可能性がある
- 金融機関・取引先との関係で、代表交代が再度必要になる可能性がある
- 兄弟姉妹や親族株主との調整により、株式を動かす可能性がある
- 後継者が複数おり、議決権関係が安定していない
事業承継税制は、適用時点で要件を満たしているだけでは足りません。少なくとも最初の5年間については、会社の経営体制・株主構成・資本政策を不用意に動かせない制度である、と理解しておく必要があります。
一部取消とは何か
一部取消とは、猶予税額のうち一定の部分だけについて納税猶予の期限が確定し、残りの部分については猶予が継続する状態をいいます。
典型的なのは、5年間の事業継続期間を経過した後に、対象株式の一部を譲渡するケースです。一定期間が経過した後に対象株式の一部を譲渡した場合には、猶予中の税額のうち、譲渡した株式数に対応する部分について納付が必要となり、残る株式に対応する部分は猶予が継続するものとして整理されます。
国税庁の質疑応答事例でも、経営贈与承継期間を経過した後に特例受贈非上場株式等の一部を譲渡した場合の確定税額について、猶予中の贈与税額に「譲渡した株式数/譲渡直前の株式数」を乗じて計算する例が示されています。100円未満の端数があるときは切り捨てる、という取扱いも併せて示されています。
出典:国税庁|《非上場株式等についての贈与税の納税猶予の特例関係》問32 確定税額の計算
単純化すると、次のようなイメージです。
- 猶予中の税額が3,000万円
- 対象株式が600株
- 5年経過後に200株を譲渡
この場合、譲渡株式数は全体の3分の1ですから、概算では1,000万円の部分について期限が確定し、残り2,000万円の部分は要件を満たす限り猶予が継続する、という考え方になります。
ただし、この例だけを見て安易に判断するのは禁物です。実際には、譲渡の時期、譲渡先、譲渡対価、譲渡後の議決権割合、同族内筆頭株主要件、黄金株の保有者、組織再編の有無、みなし相続への切替要件などを、ひとつひとつ確認する必要があります。
一部取消は、決して「軽い取消」ではありません。会社と後継者にとっては、実際に現金での納付が発生する場面です。猶予が一部残るとしても、確定した部分については、利子税を含めて資金を用意しなければならないのです。
一部取消が問題になりやすい場面
一部取消は、後継者が「少しだけ株式を動かす」場面で起こりやすい論点です。
たとえば、後継者が一部株式を第三者に売却する場合です。資本提携、M&A、事業再生、あるいは金融機関や取引先との関係で外部株主を入れる場合などには、対象株式の一部譲渡に該当する可能性があります。
また、親族内の調整として、一部株式を兄弟姉妹や子へ移す場合も注意が必要です。税務上は贈与・譲渡・相続のどの形をとるのか、事業承継税制上は猶予継続贈与に該当するのか、それとも通常の譲渡・贈与として一部が確定するのか、これらを分けて考える必要があります。
組織再編でも、同様の問題が生じます。合併、会社分割、株式交換、株式移転、株式交付、組織変更などでは、形式上は株式譲渡ではないように見えても、対象株式の消滅、交換、対価の交付、議決権構造の変化が生じます。事業承継税制の適用後に組織再編を行う場合には、再編税制上の適格・非適格だけでなく、納税猶予の継続・一部確定・全部確定を別途検討しなければなりません。
さらに、担保の一部解除や株式の一部売却によって納税資金を確保しようとする場合にも注意が必要です。納税猶予の対象株式を資金化すれば、その行為自体が確定事由になり得るからです。つまり、取消時の納付資金を作ろうとして株式を売れば、その売却がさらに猶予税額の確定を拡大させてしまうことがあるのです。
ここが、事業承継税制の出口対応における難所だといえます。
利子税は「罰金」ではなく、猶予期間の資金コストである
納税猶予の期限が確定した場合、猶予税額だけを納めればよいわけではありません。通常は、確定した税額に加えて、利子税を納付する必要があります。
この利子税は、延滞税や加算税とは性格が異なります。延滞税は、本来の納期限までに納付しなかった場合の遅延に対する負担です。加算税は、過少申告、無申告、重加算など、申告上の問題に対する制裁的な性格を持っています。
これに対して利子税は、法律上認められた納税猶予・延納等に伴う期間利息のような性格を持つものです。事業承継税制では、猶予されていた税額について猶予の期限が確定すると、確定税額に係る利子税を併せて納付する必要があります。特例措置では、原則として贈与税等の申告書の提出期限の翌日から、納税猶予の期限が確定した日から2か月を経過する日までが、利子税の対象期間として整理されています。
ただし、一定期間を経過した後に期限が確定した場合には、一定期間中の利子税の割合をゼロとする特例的な取扱いが設けられる場面もあります。実務上は、確定事由の発生時期、確定税額の対象、そして特例経営承継期間内なのか経過後なのかによって、利子税の対象期間を個別に確認していくことになります。
利子税の割合そのものも、固定ではありません。国税庁は、利子税特例基準割合について、令和8年1月1日から令和8年12月31日までの期間は1.3%と公表しています。
ここで大切なのは、税率そのものよりも、「利子税は時間の経過とともに増えていく」という資金繰り上の意味合いです。
猶予税額が大きい会社では、利子税の割合が低く見えても、年数が長くなれば負担額は決して無視できません。事業承継税制を使うかどうかを判断するときには、「猶予される税額」だけでなく、「取消時に支払う可能性のある税額+利子税」まで見ておく必要があります。
納期限は「取消に気づいてから」ではない
取消時の納期限を見誤ると、資金調達の時間が足りなくなってしまいます。
事業承継税制の期限確定時には、確定事由が生じた日から一定期間内、実務上は2か月を経過した日が納期限として問題になる場面が多くあります。制度の条文構成上も、特例経営承継期間内・期間後の全部確定事由、一部確定事由について、2か月経過日が納期限として整理されています。
特に注意していただきたいのが、継続届出書の提出漏れです。国税庁は、非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出書を期限までに提出しなかった場合、その提出期限の翌日から2か月を経過する日に、納税猶予に係る期限が確定すると案内しています。
出典:国税庁|B1-66 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出手続(特例措置)
実務上も、継続届出書を届出期限までに提出しなかった場合、その届出期限の翌日から2か月を経過する日をもって、納税猶予の期限が確定するものとして整理されています。
これは、非常に重いルールです。
後継者が「提出を忘れていたことに後から気づいた」という場合であっても、期限管理の上では、すでに猶予期限が確定している可能性があるのです。継続届出の漏れは、株式譲渡や代表退任のような経営判断をまったく伴わないにもかかわらず、税務上は大きな納付リスクを生じさせます。
したがって、事業承継税制を使う場合には、申請時だけでなく、承継後の届出カレンダー、提出控え、添付書類、都道府県報告との突合、税務署への提出期限を管理する体制が不可欠になります。
納付資金は後継者個人の問題であり、会社資金で簡単には解決できない
取消時に納付義務を負うのは、原則として納税猶予を受けている後継者個人です。会社ではありません。
ここを取り違えると、資金繰りの判断を大きく誤ってしまいます。会社に現預金があるからといって、後継者個人がその資金を自由に納税へ充てられるわけではないからです。
会社から後継者へ資金を移す方法としては、役員報酬、配当、役員退職金、貸付、自己株式の取得などが考えられます。しかし、いずれの方法にも、税務・会社法・金融機関対応の上での論点が付いて回ります。
役員報酬を増やせば、後継者個人の所得税・住民税・社会保険料の負担が増えます。会社側でも、損金性や役員給与規制の問題が生じます。
配当を出せば、配当課税が生じ、会社の内部留保が減少します。少数株主がいる場合には、配当政策が株主間の公平性にも影響します。
会社貸付を行えば、返済可能性、利息、役員貸付金としての金融機関評価、会社資金の流出、さらには実質的な役員給与と認定されるリスクが問題になります。
自己株式の取得を行えば、みなし配当、譲渡所得、財源規制、株主平等原則、他の株主との関係が問題になります。
自社株の承継と相続税・贈与税の問題は、後継者個人だけにとどまる問題ではなく、会社財務へ直接波及していきます。内部留保が厚い会社ほど自社株評価は高くなり、納税資金の不足が会社資金の流出へつながりかねません。この点は、事業承継対策の典型的な失敗要因として整理されているところです。
事業承継税制を使えば、入口で大きな納税資金負担を避けることはできます。しかし、取消時の納付資金を想定していなければ、将来、後継者が会社から無理に資金を引き出し、会社の財務的な安全性を損なってしまうおそれがあります。
延納・物納をあてにしない
相続税の一般的な資金繰りでは、延納や物納が検討されることがあります。しかし、事業承継税制の猶予期限が確定した場面で、通常の相続税と同じ感覚で延納・物納を期待するのは危険です。
法人版事業承継税制の特例措置については、猶予の期限が確定した場合、延納・物納はできないものとして実務上整理されています。一般措置では、雇用確保要件を満たせなかったことに係る一定の確定事由について、延納・物納が認められる場面が整理されていますが、特例措置では、その前提が異なるのです。
したがって、特例措置を利用する場合には、取消時には「確定税額と利子税を金銭で納付する」ことを前提として、資金計画を組むべきです。
特に、次のような会社では注意が必要です。
- 後継者個人に金融資産が少ない
- 会社の資金が、運転資金・借入返済・設備投資に使われている
- 会社から後継者へ資金移動すると、金融機関評価が悪化する
- 対象株式を売却すると、さらに猶予税額が確定する
- 担保提供している株式を、自由に処分できない
- 他の相続人への代償金や、遺留分への対応も必要である
「猶予されるから資金問題は解決する」のではありません。正確には、「一定の要件を守り続ける限り、当面の納税資金の流出を抑えられる」という制度です。要件を外れたときに資金問題が再発することを、制度の適用前から見込んでおく必要があります。
担保は取消時の資金繰りにも影響する
事業承継税制では、納税猶予を受けるために担保の提供が必要です。実務上は、納税猶予の対象となる非上場株式等を担保に供することが多くあります。
担保提供は、適用時の形式要件にとどまるものではありません。取消時や一部取消時の資金繰りにも影響してくるのです。
一部取消が生じた場合、確定した税額については納付が必要になる一方、残りの猶予税額については担保を維持しておく必要があります。担保として提供している株式を一部処分したい場合には、担保の変更、解除、差替えが必要になる可能性があります。
また、会社がM&A、組織再編、自己株式の取得、株式の集約、種類株式の発行などを検討する場合には、担保が設定されている株式をどう扱うかを、先に確認しておかなければなりません。
担保は、税務署との関係だけでなく、金融機関との関係にも影響します。後継者個人が納付資金を借り入れる場合、金融機関は、担保余力、株式の換価可能性、会社の財務内容、代表者保証、既存借入との関係を確認するからです。
事業承継税制を適用する前に、猶予税額、担保提供額、会社借入、金融機関担保、個人保証を一覧として整理しておくべきです。担保の見える化がないまま制度を使ってしまうと、取消時に「税務署にも金融機関にも説明できない」状態に陥りかねません。
一部取消時に見るべき資金シミュレーション
一部取消が起こり得る会社では、制度の適用前、あるいは承継後の早い段階で、少なくとも次のシミュレーションを作成しておくべきです。
第一に、現在の猶予中の税額です。贈与税の猶予なのか、相続税の猶予なのか、みなし相続に係る相続税の猶予なのかを分けて把握します。複数の贈与者から株式を取得している場合には、贈与者ごとの猶予税額も確認します。
第二に、対象株式数と議決権割合です。どの株式が猶予の対象で、どの株式が対象外かを確認します。種類株式、自己株式、議決権制限株式、黄金株がある場合には、議決権ベースで整理します。
第三に、確定税額の概算です。たとえば、5年経過後に10%、20%、50%の株式を譲渡した場合に、どの程度の税額が確定するのかを試算します。
第四に、利子税の概算です。確定の時期を、3年後、5年後、10年後、15年後などに分けて、利子税の対象期間と税額を概算します。利子税の割合は年度によって変わるため、正確な計算は、その時点で改めて確認する必要があります。
第五に、納付資金の調達方法です。後継者個人の預金、役員報酬、配当、退職金、生命保険、金融機関借入、自己株式の取得、株式譲渡対価など、どこから資金を出すのかを整理します。
第六に、会社財務への影響です。会社から資金を出す場合に、損益、純資産、資金繰り、借入返済、財務制限条項、金融機関への説明にどう影響するのかを確認します。
このシミュレーションは、税額を1円単位で正確に当てるためだけのものではありません。制度の適用後に経営判断を行う際、「この行為をすると、猶予税額がどの程度動くのか」「会社資金をどの程度圧迫するのか」を、その場で判断できるようにしておくためのものです。
事業継続困難時の差額免除は、資金繰り上の救済になり得るが万能ではない
特例措置には、将来の売却・廃業時に株価が下落していた場合、一定の要件のもとで納税額を再計算し、差額を減免する仕組みがあります。中小企業庁も、将来、事業を売却・廃業する際に株価が下落していた場合には、その株価をもとに納税額を再計算し、事業承継時の株価をもとに計算された納税額との差額を減免することで、将来不安を軽減すると説明しています。
国税庁も、事業の継続が困難な事由が生じた場合における、非上場株式等についての納税猶予の差額免除申請手続を案内しています。対象となるのは、特例経営贈与承継期間または特例経営相続承継期間の末日の翌日以後に、一定の免除事由に該当した場合です。
出典:国税庁|B1-76 事業の継続が困難な事由が生じた場合の非上場株式等についての納税猶予の贈与税・相続税の差額免除申請手続(特例措置)
ただし、差額免除は「売却すれば税金がなくなる」という制度ではありません。実際には、次の点を確認する必要があります。
- 事業継続困難事由に該当するか
- 一定期間を経過した後か
- 譲渡対価や時価をどう把握するか
- 過去の配当や過大役員給与等をどう見るか
- 申請期限内に必要書類を提出できるか
- 免除されるのは全部か、一部か
- 納付すべき再計算後の税額と利子税はいくらか
差額免除は、制度適用後の出口対応として重要なものです。しかし、当初から「将来だめなら差額免除で済む」と考えるのは危険です。制度の適用時点で、売却・廃業・再編の可能性が高い会社では、事業承継税制を使うべきか、それとも通常の贈与・相続・売買・M&Aを選ぶべきかを、比較して検討する必要があります。
「取消時に払えるか」を適用前に確認する
事業承継税制を使うかどうかの判断では、次の順番で資金負担を整理していきます。
まず、制度を使わない場合の贈与税・相続税を試算します。
次に、制度を使った場合の猶予税額と、猶予対象外の税額を試算します。
さらに、全部取消になった場合の税額と利子税を試算します。
加えて、5年経過後に一部譲渡した場合の、一部確定税額を試算します。
最後に、その資金を後継者個人がどこから支払うのかを確認します。
ここまで見て初めて、「制度を使うべきか」を判断できるようになります。
特に、次のような会社では、取消時のシミュレーションを省略すべきではありません。
- 後継者が若く、将来の進路変更・退任の可能性がある
- 後継者が複数おり、将来の役割分担が固定されていない
- 親族株主・少数株主が多く、将来株式を動かす可能性がある
- 数年以内に、M&A、資本提携、組織再編、事業譲渡の可能性がある
- 会社の内部留保は厚いが、後継者個人の金融資産が少ない
- 会社の借入や経営者保証が重く、会社資金の流出に金融機関が敏感である
- 相続人間の代償金、遺留分、生命保険、退職金の整理ができていない
「適用できるか」と「取り消されたときに払えるか」は、別の問題です。制度を使う前に、後者まで検討しておくことが、会社を守るうえで重要になります。
取消時に備えて残すべき記録
一部取消・全部取消・利子税・納付資金の問題は、起きてから資料を集めようとすると、どうしても対応が遅れます。制度の適用時から、将来の取消・免除・差額免除に備えて、記録を残しておく必要があります。
最低限、次の資料は継続的に管理すべきです。
- 特例承継計画、認定申請書、認定書
- 贈与税申告書、相続税申告書、添付書類
- 猶予税額の計算資料、株価評価資料
- 担保提供書類、担保目録、担保変更履歴
- 株主名簿、議決権割合、種類株式の内容
- 年次報告書、継続届出書、提出控え
- 代表者変更、役員変更、定款変更、組織再編に関する議事録
- 株式譲渡、自己株式取得、資本政策に関する検討メモ
- 金融機関借入、経営者保証、担保提供の状況
- 取消時・一部取消時の納付資金シミュレーション
税務上の制度管理では、届出漏れ、評価の誤り、添付書類の不足、説明不足が、重大なトラブルにつながります。相続・贈与税の分野でも、土地や株式の評価誤り、資料の受領不足、依頼者への説明不足が、税務トラブルの原因になりやすいことが、実務上整理されているところです。
記録の管理は、税務署対応のためだけにあるのではありません。後継者、先代、他の相続人、少数株主、金融機関、そして顧問税理士・会計士が、後から同じ前提に立って判断できるようにするためのものでもあります。
まとめ
事業承継税制の本当のリスクは、適用時ではなく、適用後の経営判断と資金繰りに表れます。
全部取消となれば、猶予税額の全額と利子税を、短期間で納付しなければならない可能性があります。一部取消であっても、確定した部分については、実際の現金納付が必要です。特に5年間の事業継続期間中は、代表退任や株式移動が重い確定事由になり得ます。
利子税は、制度上認められた猶予期間に対応する資金コストです。割合が低く見えても、猶予税額が大きく、期間が長ければ、無視できるものではありません。納期限も、取消に気づいた日ではなく、法定の確定事由や届出期限を基準に動いていきます。
また、取消時の納付資金は、原則として後継者個人の問題です。会社資金で簡単に解決できるものではありません。会社貸付、役員報酬、配当、自己株式の取得、株式譲渡には、それぞれ税務・会社法・金融機関対応の上での副作用が伴います。
したがって、事業承継税制は、入口の節税効果だけで判断すべき制度ではありません。取消時に支払えるか、利子税を含めて資金繰りに耐えられるか、後から説明できる資料を残せるか、というところまで含めて判断すべき制度なのです。
重要事項の振り返り
| 論点 | 実務上の意味 | 確認すべき事項 |
|---|---|---|
| 取消と期限確定 | 猶予されていた税額の納付時期が到来すること | 全部確定か、一部確定か、免除事由か |
| 全部取消 | 猶予税額の全額が納付対象になる | 代表退任、株式譲渡、議決権要件の喪失、報告漏れ |
| 一部取消 | 猶予税額の一部だけが納付対象になり、残りは猶予継続 | 5年経過後の一部譲渡、組織再編、対価の交付 |
| 5年以内の株式異動 | 一部の株式移動でも重い取消リスクがある | 株式譲渡、贈与、自己株式取得、資本提携 |
| 確定税額の考え方 | 一部譲渡では、譲渡株式数に対応する猶予税額が確定する | 猶予中税額、譲渡株式数、譲渡直前の株式数 |
| 利子税 | 猶予期間に対応する資金コスト | 対象税額、対象期間、年度ごとの利子税割合 |
| 利子税と延滞税 | 利子税は猶予に伴う負担、延滞税は納付遅延の負担 | 納期限までに納付できるか |
| 納期限 | 確定事由や届出期限を基準に、短期間で到来する | 2か月経過日、届出漏れ時の期限確定 |
| 継続届出漏れ | 経営判断を伴わなくても、猶予期限が確定し得る | 提出期限、添付書類、提出控え |
| 延納・物納 | 特例措置では、取消時の資金対策として当然には期待できない | 金銭納付を前提とした資金計画 |
| 担保 | 猶予継続部分と確定部分で、管理が必要 | 株式担保、担保変更、金融機関担保との関係 |
| 納付資金 | 後継者個人が負担する問題 | 個人預金、役員報酬、配当、退職金、借入 |
| 会社資金の利用 | 会社財務・税務・会社法に影響する | 会社貸付、自己株式取得、財源規制、みなし配当 |
| 差額免除 | 事業継続困難時の出口救済になり得る | 事業継続困難事由、時価、対価、申請期限 |
| 適用前の判断 | 取消時に払えるかまで見て、制度の適用を判断する | 最大納付額、利子税、資金調達、説明資料 |
事業承継税制の一部取消・利子税・納付資金は、制度を適用した後に初めて考えればよい論点ではありません。制度を使う前から、「どの経営判断をすると、猶予がどの程度確定するのか」「そのとき、後継者個人は資金を払えるのか」「会社資金を使う場合に、会社財務を損なわないか」を、あらかじめ整理しておく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制の適用判断にとどまらず、猶予税額の試算、取消時の納付資金シミュレーション、利子税を含めた資金負担の整理、継続届出の管理、株式譲渡・自己株式取得・組織再編時の税務影響まで含めて、検討を支援しています。
「制度を使った場合の出口負担を確認したい」「一部株式を動かす予定がある」「継続届出や担保管理に不安がある」「取消時に会社資金へどの程度影響するかを試算したい」といった場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。