事業承継税制を検討する段階では、多くの会社の関心が「贈与税・相続税がどれだけ猶予されるか」「特例承継計画をいつ提出するか」「後継者が要件を満たすか」に集まりがちです。
ただ、承継を終えた会社を実際に見ているのは、税務署や都道府県だけではありません。
金融機関は、承継後も借入金をきちんと返済できる会社かどうかを見ています。主要取引先が見ているのは、後継者体制のもとで品質、納期、供給、支払、契約関係が変わらず維持されるかという点です。そして従業員は、会社の将来性と後継者の経営力をじっと見ています。
事業承継税制は、非上場会社株式等にかかる贈与税・相続税の納税猶予・免除を認める制度です。けれども、会社の借入金を減らしてくれる制度ではありません。法人版事業承継税制の特例措置では、対象株式数の上限撤廃や猶予割合100%化といった手当てが設けられていますが、制度を適用した後も、代表者・株式保有・届出といった管理は続いていきます。
また、現行の法人版特例措置では、特例承継計画を令和9年9月30日までに都道府県へ提出し、令和9年12月31日までに贈与・相続により会社株式を取得することが前提となります。特例承継計画には、後継者、承継予定時期、承継時までの経営見通し、承継後5年間の事業計画などを記載し、認定経営革新等支援機関による指導・助言を受けることが求められます。
ここで見落としてはならないのは、特例承継計画や税務申告のために作成した資料が、金融機関や取引先への説明と食い違ってはいけない、ということです。
税務上は「納税猶予を受けるための計画」であっても、金融機関から見れば「承継後の返済能力を確認する資料」になります。取引先から見れば「後継者体制でも取引を続けられるかを判断する材料」です。
つまり、事業承継税制を使う会社にとって、財務安全性の説明は、税制適用の周辺論点ではありません。承継判断そのものの一部なのです。
事業承継で説明すべき相手は、金融機関だけではない
承継時に説明が必要となる相手は、少なくとも次のように分かれます。
| 説明先 | 主な関心 |
|---|---|
| 金融機関 | 返済能力、保証・担保、資金繰り、純資産、事業計画、後継者の経営力 |
| 信用保証協会・公的金融機関 | 制度要件、資金使途、事業計画、返済可能性、認定支援機関の関与 |
| 主要販売先 | 供給継続、品質維持、担当者体制、契約継続、後継者の意思決定力 |
| 主要仕入先・外注先 | 支払能力、取引条件、発注継続、信用不安の有無 |
| 従業員・幹部 | 後継者体制、処遇、事業方針、先代の関与、組織の安定 |
| 親族・株主 | 株式移転、議決権、配当方針、遺留分、納税資金、会社資金流出 |
事業承継は、狭い意味では代表者の交代や株式の承継として理解されます。しかし実務の上では、経営資源全体の承継です。経営理念、経営者の信用、従業員の技術・ノウハウ、取引先との人脈、顧客情報、許認可なども、すべて承継の対象になります。
このうち、金融機関と取引先への説明は、会社の外部信用を守るうえで特に重要です。後継者が株式を取得しても、メインバンクが不安を抱え、主要得意先が発注を絞り、仕入先が支払条件を厳しくすれば、承継後の経営はあっという間に苦しくなります。
「税金は猶予されたが、会社の信用は落ちた」という状態を、事業承継の成功と呼ぶことはできません。
金融機関が見ているのは「税額」ではなく「返済能力」である
金融機関に対して、事業承継税制の話だけを説明しても十分ではありません。
金融機関が確認したいのは、税制を使うかどうかそのものではありません。承継後の会社が返済を続けられるか、必要な資金を確保できるか、後継者が経営を続けていけるか。見ているのはそこです。
特に確認されやすいのは、次の事項です。
| 観点 | 金融機関が見たい内容 |
|---|---|
| 経営体制 | 後継者の経歴、代表就任時期、先代の関与、幹部体制 |
| 株主構成 | 後継者の議決権割合、少数株主、親族株主、名義株の有無 |
| 資金繰り | 月次資金繰り、返済予定、納税資金、退職金・自己株式取得の資金流出 |
| 収益力 | 売上、粗利、営業利益、償却前利益、部門別採算 |
| 純資産 | 債務超過の有無、自己資本の厚み、含み損益、役員貸付金 |
| 借入条件 | 借入残高、返済期間、金利、担保、保証、財務制限条項 |
| 事業計画 | 承継後3〜5年程度の売上・利益・投資・人員計画 |
| 税制管理 | 納税猶予の継続届出、取消時資金、将来売却・廃業可能性 |
金融庁の監督指針でも、金融機関は中小企業など個々の借り手の状況をきめ細かく把握し、円滑な資金供給や貸付条件の変更などに努めることが求められています。さらに金融機関には、資金供給者としての役割にとどまらず、顧客企業の経営改善などに向けた支援も期待されています。
ですから会社側も、「融資をお願いする立場」だけでなく、「自社の状況を数字で説明する立場」として準備しておくべきです。
金融機関への説明で最も避けたいのは、承継の直前になって初めて「代表者が変わります」「株式を移します」「退職金を支給します」と伝えることです。金融機関から見れば、会社の支配者、保証人、資金繰り、純資産が、一度に変わる話にほかなりません。事前の説明もなく実行されれば、信用管理上の警戒感を持たれても無理はないでしょう。
取引先が見ているのは「後継者体制でも取引が続くか」である
主要取引先への説明では、税務上の細かな要件まで説明する必要は、通常ありません。
取引先が知りたいのは、次のような点です。
- 後継者は誰か
- 先代はいつまで関与するのか
- 担当窓口は変わるのか
- 品質、納期、供給体制、支払条件に変更はあるのか
- 許認可、契約、代理店契約、フランチャイズ契約、取引基本契約は継続できるのか
- 会社の資金繰りや経営に不安はないのか
- 株主や親族間で紛争が起きていないか
- 事業承継後も投資・人材確保・設備維持が続くのか
取引先への説明は、金融機関への説明よりも、慎重に順序を考える必要があります。早すぎる説明は、社内外に不必要な憶測を生むことがあります。反対に遅すぎる説明は、主要取引先に「重要な変更を事後報告された」という不信感を残してしまいます。
特に、取引基本契約や販売代理店契約に、代表者変更、支配権変更、株式譲渡、合併・会社分割、許認可変更などに関する通知・承諾条項がある場合は、事前の確認が欠かせません。契約書が整っていない取引であっても、長年の取引慣行によって支払条件や発注条件ができあがっていることがあり、承継を機に認識の違いが表面化することもあります。
親族内承継では、M&Aのような法務デューデリジェンスが行われないことが多いため、契約・許認可・取引関係の確認を、現経営者の側で進めておく必要があります。契約関係を調べる際には、契約書の有無だけでなく、契約書のない取引や、相手方との認識のずれにも目を配ることが大切です。
財務安全性は、貸借対照表・損益計算書・キャッシュフローを分けて見る
財務安全性を説明するには、ただ「黒字です」「借入は返せています」と言うだけでは足りません。
金融機関や主要取引先への説明では、少なくとも、貸借対照表、損益計算書、キャッシュフローの3つを分けて整理しておきます。
貸借対照表で見るべき点
貸借対照表では、会社の耐久力を確認します。
| 確認項目 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 現預金残高 | 短期的な支払能力、急な資金流出への耐性 |
| 純資産 | 債務超過の有無、金融機関から見た財務基盤 |
| 役員貸付金 | 法人・個人分離、資金流出、回収可能性 |
| 役員借入金 | 実質的な資本性、返済予定、相続財産・債務との関係 |
| 有利子負債 | 借入依存度、返済負担 |
| 在庫・売掛金 | 運転資金、回収遅延、滞留資産 |
| 固定資産 | 設備更新、担保余力、含み損益 |
| 担保提供資産 | 金融機関ごとの保全状況、個人資産との関係 |
事業承継のときに、役員退職金を支給する、自己株式を取得する、後継者へ会社貸付を行う、といった施策を実行すると、貸借対照表は大きく姿を変えます。
役員退職金は、会社の現預金を減らします。
自己株式の取得も、会社の現預金と純資産を減らします。
会社貸付は、現預金を減らすと同時に、役員貸付金という回収リスクのある資産を増やします。
不動産取得や借入による株価対策は、資産構成と有利子負債を変化させます。
ですから、承継前の決算書だけを提示しても十分ではありません。承継施策を実行した後の「承継後貸借対照表」を試算しておく必要があります。
損益計算書で見るべき点
損益計算書では、会社の稼ぐ力を確認します。
特に重要なのは、売上高、粗利率、営業利益、償却前営業利益、経常利益です。
事業承継のときには、通常の収益力と一時的な損益とを、分けて説明することが大切です。たとえば、役員退職金を支給した期は大きな赤字になることがありますが、それが一時的な要因によるものなのか、それとも事業収益力そのものの低下なのか、きちんと切り分けなければなりません。
金融機関に対しては、次のような調整を説明できると、実務上ずいぶん役に立ちます。
- 通常営業利益
- 役員退職金等を除いた一時要因調整後利益
- 先代退任後の役員報酬水準
- 後継者体制での人件費計画
- 設備投資・減価償却の見込み
- 部門別・取引先別の採算
- 主要取引先の売上依存度
「退職金を出したので赤字です」で話を終えるのではなく、承継後の平常収益力まで説明することが求められます。
キャッシュフローで見るべき点
そして、最も重要なのがキャッシュフローです。
損益計算書では黒字であっても、借入返済、設備投資、退職金支給、納税資金、自己株式取得が重なれば、資金繰りは悪化していきます。現在の貸借対照表と損益計算書だけでは経営の実態が見えず、「勘定合って銭足らず」の状態が起こり得るため、キャッシュフローを用いた分析が必要になります。
金融機関への説明では、次の3つを分けて示すと、ぐっと分かりやすくなります。
| 区分 | 説明すべき内容 |
|---|---|
| 営業キャッシュフロー | 本業で現金を生み出せているか |
| 投資キャッシュフロー | 設備投資、事業用資産取得、不要資産売却 |
| 財務キャッシュフロー | 借入、返済、自己株式取得、配当、退職金資金 |
承継後に重要になるのは、「営業キャッシュフローで借入返済と必要投資を賄えるか」という点です。
財務安全性を見る際には、現預金残高、純資産、債務超過の有無、有利子負債と債務償還年数、固定資産残高と過去の設備投資の内容などを確認していきます。なかでも現預金残高の推移と足元の水準は重要で、資金不足の兆候があれば、短期的な収益確保、コスト削減、資産処分、返済条件の見直しなどを早めに検討しておく必要があります。
財務制限条項がある場合は、承継施策の前に必ず確認する
借入契約によっては、財務制限条項が付いていることがあります。
典型的には、次のような条項です。
- 純資産額を一定額以上に維持する
- 債務超過に陥らない
- 経常利益または営業利益を赤字にしない
- 有利子負債倍率を一定水準以下にする
- 自己資本比率を一定以上に保つ
- 担保資産を無断で処分しない
- 代表者変更、株主変更、組織再編、重要資産処分について事前承諾を要する
- 配当、役員退職金、自己株式取得について制限がある
役員退職金の支給や自己株式の取得によって純資産が減少し、財務制限条項に抵触してしまう可能性があります。多額の退職金で一時的に赤字となり、利益条項に触れてしまう場合もあります。さらに、代表者変更や株主変更について、金融機関への通知・承諾が必要とされている契約もあります。
ここを確認しないまま承継施策を実行してしまうと、税務上は合理的であっても、金融機関との契約上で問題が生じることがあります。
事業承継税制を使うかどうかにかかわらず、承継の前に、借入契約書、金銭消費貸借契約書、保証契約書、担保設定契約書、そして財務制限条項を確認しておくべきです。
事業承継税制の適用は、金融機関には「管理負担」としても説明する
事業承継税制を使う場合、金融機関に対しては、税負担が猶予されるというメリットだけでなく、適用後の管理負担についても説明しておく必要があります。
法人版特例措置では、認定後、都道府県庁への年次報告書と税務署への継続届出書が必要です。税務申告後5年以内は毎年、6年目以後は税務署に3年に1度の継続届出書の提出が求められます。
金融機関から見れば、納税猶予は会社の資金繰りにプラスに働く一方で、取消時には後継者個人に税負担が発生し、その資金を会社から捻出しようとするリスクもあります。
そのため、次の説明が必要になります。
- 納税猶予の対象となる株式
- 猶予される税額と猶予対象外税額
- 担保提供の内容
- 継続届出・年次報告の管理体制
- 取消事由を避けるための社内管理
- 取消時に会社資金を安易に流出させない方針
- 将来の売却・廃業・組織再編を行う場合の事前検討体制
ここまで説明して初めて、金融機関は「税制を使うことで資金繰りが安定するのか」「それとも将来の経営判断を制約するのか」を判断できるようになります。
金融機関説明資料は「制度説明」ではなく「信用説明」にする
金融機関向けの資料は、制度パンフレットの写しでは不十分です。
必要なのは、自社の数字と方針を踏まえた説明資料です。
構成としては、次のような形が実務的です。
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 1. 承継方針 | いつ、誰に、どの役割を移すか |
| 2. 後継者体制 | 後継者の経歴、担当業務、補佐役、先代の関与 |
| 3. 株主構成 | 承継前後の株主、議決権割合、少数株主対応 |
| 4. 事業承継税制 | 利用有無、対象株式、提出・認定・申告・届出の管理 |
| 5. 財務影響 | 退職金、自己株式取得、納税資金、借入返済への影響 |
| 6. 資金繰り | 月次資金繰り、返済予定、設備投資予定 |
| 7. 事業計画 | 売上、粗利、利益、人員、投資、主要施策 |
| 8. 借入・保証・担保 | 借入一覧、保証人、担保、見直し方針 |
| 9. リスク対応 | 主要取引先、幹部退職、相続紛争、取消事由への対応 |
| 10. 承認・記録 | 取締役会・株主総会・親族合意・提出控え |
大切なのは、税務資料、金融機関資料、取引先説明資料、社内説明資料の間で、数字や方針が矛盾しないことです。
特例承継計画では「承継後の事業計画」を示しているのに、金融機関向け資料では別の売上計画を出している。親族への説明では退職金を高く見せ、金融機関には資金流出を小さく見せている。税務上は株式集中を前提にしているのに、社内説明では株主構成の変更を曖昧にしている。
こうした不整合は、後になって説明がつかなくなります。
取引先説明資料は「安心して取引を続けられる理由」を示す
取引先への説明は、金融機関向け資料よりも簡潔で構いません。
ただし、次の点はしっかり押さえておくべきです。
| 項目 | 取引先への説明内容 |
|---|---|
| 後継者 | 新代表者・新体制・担当窓口 |
| 先代の関与 | 顧問、会長、相談役としての関与期間 |
| 供給体制 | 生産・仕入・外注・品質管理の継続性 |
| 支払能力 | 支払条件・信用不安がないこと |
| 契約 | 既存契約の継続、必要な通知・承諾 |
| 許認可 | 営業許可・業法上の地位の継続 |
| 経営方針 | 取引継続、品質維持、価格改定方針 |
| 連絡体制 | 緊急時の責任者、担当者、決裁ルート |
取引先に対して、事業承継税制の詳細まで説明する必要は、通常ありません。むしろ税務上の制度説明に偏ってしまうと、「会社の資金繰りが苦しいのではないか」「相続で揉めているのではないか」と受け取られてしまうことがあります。
取引先向けには、会社の継続性、後継者の責任体制、取引条件の安定性を中心に説明していきます。
説明の順番を誤ると、信用不安を招く
承継時の説明は、順番が重要です。
一般的には、次の順序で進めます。
- まず、先代・後継者・主要幹部・専門家で承継方針を固める
- 次に、メインバンクなど重要な金融機関へ事前相談する
- 並行して、借入契約、保証、担保、財務制限条項を確認する
- その後、必要に応じて主要取引先へ個別に説明する
- 社内幹部、従業員、一般取引先への説明は、情報管理に配慮しながら段階的に行う
- 最後に、登記、届出、対外公表、社内規程の変更を整える
ここで注意したいのは、金融機関と取引先とで、説明の内容がずれてはいけないということです。
金融機関には「先代は完全に退任する」と説明し、取引先には「先代が引き続き実権を持つ」と説明していれば、後になって不信感につながります。後継者の代表就任日、先代の肩書、実際の決裁権限、保証・担保の扱いは、関係者の間できちんと整合させておく必要があります。
財務安全性を損なう承継施策は、税務メリットがあっても慎重に扱う
事業承継では、税務上のメリットがある施策であっても、財務安全性を損なってしまうことがあります。
たとえば、次のような場面です。
- 役員退職金を多額に支給した結果、現預金が薄くなり、借入返済の余力が低下する
- 自己株式取得で株式分散は整理できたものの、純資産が減少し、財務制限条項に抵触する
- 後継者の納税資金を会社が貸し付けた結果、役員貸付金が増え、法人・個人分離の説明が難しくなる
- 株価対策を目的とした借入・不動産取得により、有利子負債が増え、金融機関から返済能力を疑問視される
- 配当や役員報酬を増やして後継者の資金回収を図った結果、内部留保が薄くなる
- 事業承継税制の取消時資金を想定しておらず、将来の売却・廃業の判断が取りにくくなる
これらは、単独で見れば合理的な施策に見えることがあります。問題は、同時に実行したときの財務への影響です。
退職金、自己株式取得、納税資金、借入借換え、設備投資、配当、役員報酬を、一つずつ見ているだけでは、会社全体の資金繰りは見えてきません。承継後3〜5年程度の資金繰り表に落とし込んで、資金ショートの有無を確認しておく必要があります。
経営者保証の説明は、財務安全性の説明と一体で行う
金融機関への説明では、経営者保証の扱いも避けては通れません。
金融庁の監督指針では、金融機関が保証契約を締結する場合や、既存の保証契約がある場合に、どの部分が十分でないために保証契約が必要なのか、どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるのかについて、客観的かつ合理的な理由を説明する態勢が求められています。M&A・事業承継など、主たる株主等が変更になる保証契約も対象として明記されています。
会社側としても、保証の解除や後継者保証の見直しを希望するのであれば、次のような資料を整えておく必要があります。
- 法人と経営者個人の資産・経理の分離状況
- 役員貸付金・役員借入金の整理方針
- 会社資産の個人利用の有無
- 経営者個人資産と会社担保の関係
- 営業キャッシュフローによる返済能力
- 承継後の財務改善計画
- 定期的な試算表・資金繰り表の提出体制
- 保証解除に向けた改善目標
保証を外すかどうかは金融機関の判断を伴いますが、会社側が財務安全性を示せなければ、そもそも協議の土台に乗りにくくなります。
金融機関・取引先への説明で避けるべき表現
承継時の説明では、次のような言い方は避けるべきです。
- 「税金は猶予されるので資金繰りは問題ありません」
- 「退職金で株価が下がるので有利です」
- 「自己株式取得で少数株主を整理するだけです」
- 「後継者はまだ慣れていませんが、何とかなると思います」
- 「取引条件は今までどおりの予定です」
- 「相続人との話合いはこれからです」
- 「金融機関には実行後に報告します」
- 「詳しい数字はまだありません」
これらは、相手に安心感を与えるどころか、かえって説明不足を印象づけてしまいます。
金融機関や取引先に伝えるべきなのは、楽観論ではありません。整理された事実と、対応の方針です。
たとえば、次のように説明できる状態が望ましいといえます。
- 「役員退職金支給後の現預金残高は〇か月分の固定費を確保しています」
- 「自己株式取得後も純資産は〇円を維持し、財務制限条項には抵触しません」
- 「事業承継税制の継続届出は、顧問税理士と社内担当者で期限を管理します」
- 「後継者は〇年から主要取引先を担当しており、先代は〇年間、会長として補佐します」
- 「主要取引先上位10社について、担当者、契約、与信条件、引継ぎ状況を一覧化しています」
- 「借入金返済と設備投資を織り込んだ3年の資金繰りを作成しています」
説明可能性は、後から会社を守る証拠になる
金融機関・取引先への説明は、単なる対外対応にとどまりません。
後から振り返ったときに、「なぜこの承継方法を選んだのか」「なぜ事業承継税制を使ったのか」「なぜ退職金をこの金額にしたのか」「なぜ自己株式取得を行ったのか」を説明する、証拠にもなります。
残しておくべき資料は、次のとおりです。
- 承継方針メモ
- 株価試算
- 納税猶予額と猶予対象外税額の試算
- 承継後貸借対照表
- 3〜5年の事業計画
- 月次資金繰り表
- 借入金一覧
- 保証・担保一覧
- 財務制限条項の確認メモ
- 金融機関説明資料
- 取引先説明資料
- 取締役会議事録
- 株主総会議事録
- 親族・株主への説明資料
- 提出した特例承継計画、認定申請書、税務申告書、継続届出書の控え
事業承継は、実行して終わり、というものではありません。数年後に業績が悪化した場合、相続人の間で争いが生じた場合、納税猶予の取消事由が問題になった場合、金融機関から追加の説明を求められた場合に、これらの資料が会社を守ってくれます。
まとめ|財務安全性を説明できない承継は、制度適用後に不安定になる
事業承継税制は、税負担を猶予する、強力な制度です。
しかし、会社の信用を守ってくれる制度ではありません。金融機関との信頼関係、取引先との継続関係、従業員の安心、後継者の経営体制、会社の資金繰り。これらは、会社自身が整えていく必要があります。
特に、役員退職金、自己株式取得、会社貸付、納税資金、経営者保証、借入条件、財務制限条項は、税務と財務が交差する領域です。一つの施策だけを見れば合理的でも、組み合わせると純資産やキャッシュフローを大きく損なってしまうことがあります。
事業承継税制を「使えるか」だけでなく、「使った後も金融機関や取引先に説明できるか」「承継後の会社が資金繰りを維持できるか」「後継者が信用を引き継げるか」という視点で整理しておくことが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制の適用判断だけでなく、自社株評価、納税猶予額、退職金、自己株式取得、借入金、経営者保証、金融機関説明資料、承継後の資金繰りまで含めて、後から説明できる承継設計を重視しています。
事業承継税制を使うべきか、金融機関や取引先にどう説明すべきか、承継後の財務安全性をどう試算すべきかを整理したいとお考えでしたら、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。税額だけでなく、会社の信用と後継者の経営継続を守るという観点から、必要な資料と判断の論点を整理いたします。
振り返り|この記事で押さえるべき重要事項
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| 事業承継税制の位置づけ | 納税猶予・免除の制度であり、会社の借入や信用問題を直接解決する制度ではない |
| 金融機関への説明 | 税額ではなく、返済能力、資金繰り、純資産、後継者体制、保証・担保が見られる |
| 取引先への説明 | 税務制度ではなく、取引継続、品質、納期、支払、契約、担当体制を説明する |
| 財務安全性 | 貸借対照表、損益計算書、キャッシュフローを分けて確認する |
| 退職金の影響 | 損益と資金流出、純資産、金融機関評価への影響を試算する |
| 自己株式取得の影響 | 株式集約には有効だが、現預金・純資産・財務制限条項への影響に注意する |
| 会社貸付の注意点 | 納税資金対策として安易に使うと、法人・個人分離や回収可能性の説明が難しくなる |
| 財務制限条項 | 代表者変更、株主変更、純資産、利益、担保、配当、自己株式取得の制限を確認する |
| 事業承継税制適用後 | 年次報告、継続届出、取消事由、将来の売却・廃業・再編への影響を管理する |
| 金融機関資料 | 承継方針、株主構成、財務影響、資金繰り、事業計画、保証・担保を一体で示す |
| 取引先資料 | 後継者体制、先代の関与、供給体制、契約継続、連絡体制を簡潔に示す |
| 説明順序 | 先代・後継者・幹部・専門家で方針を固め、金融機関、主要取引先、社内外へ段階的に説明する |
| 記録管理 | 承継判断、金融機関説明、取引先説明、議事録、提出控えを残すことが後日のリスク管理になる |