事業承継を考えはじめると、相続税・贈与税の負担をやわらげる制度として、「事業承継税制」と「小規模宅地等の特例」が同じ文脈で語られることがよくあります。
どちらも、事業を次の世代へ引き継ぐ場面で欠かせない制度です。ただ、その性格は大きく異なります。
事業承継税制は、法人版であれば非上場株式等、個人版であれば一定の事業用資産にかかる贈与税・相続税の納税を猶予し、一定の場合に免除する制度です。これに対して小規模宅地等の特例は、相続または遺贈によって取得した一定の宅地等について、相続税の課税価格に算入する価額を減額する制度です。
つまり、前者は「納税猶予・免除」の制度、後者は「課税価格の減額」の制度ということになります。この違いを取り違えてしまうと、承継方法、対象財産、申告手続、承継後の管理リスクの判断を、根本から誤りかねません。
出典:国税庁|事業承継税制特集 出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
事業承継の実務では、単に「どの制度が使えるか」を考える前に、次の順番で整理しておく必要があります。
まず、承継する財産が自社株なのか、個人所有の事業用土地なのか、法人所有の土地なのかを分けます。次に、その財産が相続で移るのか、生前贈与で移るのかを分けます。さらに、制度を適用したあとで、後継者がどこまで事業・資産・株式を維持できるのかを確認します。
小規模宅地等の特例は、事業承継税制の代わりになる制度ではありません。かといって、事業承継税制だけを見ていれば足りるわけでもありません。
とくに、オーナー個人が事業用土地を所有し、その上で個人事業を営んでいる場合や、同族会社に土地を貸している場合には、小規模宅地等の特例が相続税負担に大きく影響します。反対に、事業用不動産を会社が所有している場合、その不動産は相続財産として直接承継されるのではなく、自社株評価を通じて相続税・贈与税に反映されます。この場合は、法人版事業承継税制や非上場株式評価の問題として整理することになります。
小規模宅地等の特例は「宅地等の価額を減額する制度」
小規模宅地等の特例は、被相続人、または被相続人と生計を一にしていた親族の事業用・居住用に供されていた一定の宅地等について、相続税の課税価格に算入すべき価額を一定割合減額する制度です。対象となる税目は相続税であり、生前贈与そのものに適用される制度ではありません。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
ここでいう宅地等とは、土地または土地の上に存する権利をさし、建物または構築物の敷地の用に供されているものが対象です。農地や採草放牧地、棚卸資産などは、この特例の対象となる宅地等から除かれます。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
事業承継との関係で特に押さえておきたいのは、次の3つです。
1つ目は、個人事業に使われていた土地に関係する「特定事業用宅地等」。2つ目は、オーナー個人が同族会社に貸していた土地に関係する「特定同族会社事業用宅地等」。3つ目は、不動産貸付業・駐車場業などに関係する「貸付事業用宅地等」です。
特定事業用宅地等と特定同族会社事業用宅地等は、一定の要件を満たせば400㎡まで80%減額の対象になります。貸付事業用宅地等は、200㎡まで50%減額です。また、特定居住用宅地等は事業承継そのものとは別ですが、居住用宅地と事業用宅地を併用する相続では、限度面積の選択に影響してきます。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
ここで気をつけたいのは、どの土地でも一律に80%減額できるわけではない、という点です。
土地の利用状況、事業の内容、取得者、相続税の申告期限までの保有・事業継続、法人との関係。これらによって、適用区分は変わってきます。実務でも、小規模宅地等の特例は単なる「土地の評価減」ではなく、対象地、利用者、取得者の三者関係、継続要件、限度面積、添付書類までを一体で確認すべき制度だと考えています。
事業承継税制は「納税猶予・免除」の制度
事業承継税制は、相続税・贈与税の負担をやわらげるという点では小規模宅地等の特例と似ています。ただ、その仕組みは異なります。
法人版事業承継税制は、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を、後継者が贈与または相続等によって取得した場合に、一定の要件のもとで、その非上場株式等にかかる贈与税・相続税の納税を猶予し、後継者の死亡等によって猶予税額の納付が免除される制度です。特例措置では、対象株式数の上限撤廃や納税猶予割合100%などが設けられています。
出典:国税庁|法人版事業承継税制 出典:国税庁|No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等
法人版の特例措置を使う場合には、特例承継計画の提出が必要です。この点について中小企業庁は、令和9年9月30日までに特例承継計画を提出し、令和9年12月31日までに贈与・相続によって会社の株式を取得する必要があると案内しています。
個人版事業承継税制は、青色申告にかかる事業を行っていた個人事業者から、後継者が一定の事業用資産を贈与または相続等によって取得した場合に、一定の要件のもとで、贈与税・相続税の納税を猶予し、一定の場合に免除する制度です。なお、不動産貸付業等は対象事業から除かれます。
出典:国税庁|個人版事業承継税制 出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
個人版事業承継税制の対象となる特定事業用資産には、宅地等400㎡まで、建物800㎡まで、そして一定の減価償却資産が含まれます。小規模宅地等の特例が宅地等に限られるのに対し、個人版事業承継税制は建物や一定の減価償却資産も対象に含み得る。この点が大きく異なります。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除 出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
また、個人版事業承継税制について中小企業庁は、令和10年9月30日までに個人事業承継計画を提出し、令和10年12月31日までに事業承継を実施する必要があると案内しています。
出典:中小企業庁|事業承継の支援策 出典:中小企業庁|個人版事業承継税制の前提となる認定
このように、事業承継税制は「税額を猶予する制度」です。
そのため、適用した時点では税負担が軽く見えても、制度適用後に事業用資産を事業の用に供さなくなった場合などには、猶予が打ち切られ、猶予税額と利子税の納付が必要になることがあります。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除 出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
ここが、小規模宅地等の特例との決定的な違いです。小規模宅地等の特例は、申告時の課税価格を減額する制度。一方で事業承継税制は、適用後も継続管理を伴う制度なのです。
特定事業用宅地等と個人版事業承継税制は、同じようで違う
個人事業主の事業承継では、特定事業用宅地等と個人版事業承継税制が比較の対象になります。どちらも、個人事業に使われていた土地に関係する制度です。ただ、対象、効果、継続期間が異なります。
特定事業用宅地等は、被相続人等の貸付事業以外の事業に使われていた宅地等について、一定の要件を満たす親族が相続または遺贈によって取得した場合に、400㎡まで80%減額を受けられる制度です。被相続人の事業用宅地等の場合、取得者は相続税の申告期限までにその事業を引き継ぎ、申告期限までその事業を営み、かつ宅地等を保有していることが求められます。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
一方、個人版事業承継税制は、宅地等だけでなく、建物や一定の減価償却資産まで含めて、特定事業用資産に対応する贈与税・相続税を猶予する制度です。小規模宅地等の特例が「申告期限までの事業承継・保有」を中心に見るのに対し、個人版事業承継税制では、納税猶予の免除に至るまでの長期的な事業継続・資産利用が問われます。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
そのため、個人事業の承継では、「100%猶予だから個人版事業承継税制が有利」と単純に言い切ることはできません。両者を並べてみると、性格の違いがよくわかります。
- 小規模宅地等の特例は、適用期限のない相続税の課税価格減額制度。個人版事業承継税制は、期限のある納税猶予制度。
- 特定事業用宅地等は宅地等のみが対象。個人版事業承継税制は、宅地等・建物・一定の減価償却資産を対象にし得る。
- 特定事業用宅地等は80%減額。個人版事業承継税制は、対象資産にかかる税額について100%納税猶予を受け得る。
- 特定事業用宅地等は相続等のみ。個人版事業承継税制は贈与・相続等の双方が対象。
ただし、制度の効果が大きいほど、適用後の制約も大きくなります。個人版事業承継税制を選ぶ場合には、後継者がその事業を長期的に続けられる見込み、対象資産を事業の用に供し続けられる見込み、そして将来の廃業・売却・資産入替えの可能性まで確認しておく必要があります。
実務でも、法人版・個人版の事業承継税制と特定事業用宅地等は、対象資産、取得原因、計画の有無、資産保有・事業継続要件が異なる制度として、丁寧に比較するようにしています。
特定事業用宅地等と個人版事業承継税制には併用制限がある
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例の関係で、特に注意したいのが併用制限です。
国税庁は、小規模宅地等の特例について、相続時精算課税にかかる贈与によって取得した宅地等、または個人版事業承継税制の適用を受ける一定の特定事業用宅地等については、小規模宅地等の特例を適用できないとしています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
逆に、個人版事業承継税制の側から見ても、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受ける者がいる場合には、個人版事業承継税制を適用できないとされています。さらに、特定同族会社事業用宅地等、貸付事業用宅地等、特定居住用宅地等との関係では、宅地等の限度面積調整が必要になる場面もあります。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
この点は、実務上きわめて重要です。
同じ相続のなかで、ある相続人が特定事業用宅地等として小規模宅地等の特例を選び、別の相続人が個人版事業承継税制を使う。こうした設計を安易に考えてしまうと、制度間の制限に抵触するおそれがあります。特定事業用宅地等と個人版事業承継税制は、同じ事業用土地をめぐって選択関係に立つため、相続人ごと、土地ごと、事業ごとに分けて考えるだけでは足りません。相続税申告全体として、どの制度をどの財産に適用するかを、先に設計しておく必要があります。
実務でも、特定事業用宅地等と個人版事業承継税制は選択関係として整理し、特定同族会社事業用宅地等や貸付事業用宅地等との関係では、限度面積調整まで確認するようにしています。
特定同族会社事業用宅地等は「会社が使う土地」の特例
法人の事業承継では、特定同族会社事業用宅地等が重要になります。これは、被相続人等が所有していた土地を、一定の同族会社が事業の用に供していた場合に問題となる小規模宅地等の特例です。
たとえば、オーナー個人が土地を所有し、それを自分が支配する同族会社に貸して、その会社が本社、工場、店舗などとして利用している。こうしたケースでは、特定同族会社事業用宅地等に該当するかどうかを検討します。
国税庁は、特定同族会社事業用宅地等について、相続開始の直前から相続税の申告期限まで一定の法人の事業の用に供されていた宅地等で、一定の要件を満たす親族が相続または遺贈によって取得したものとしています。取得者については、相続税の申告期限においてその法人の役員であること、申告期限までその宅地等を保有していることが要件とされています。また、ここでいう一定の法人とは、相続開始の直前において、被相続人および被相続人の親族等が発行済株式総数または出資総額の50%超を有している法人をさします。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
ここで気をつけたいのが、法人版事業承継税制との関係です。
法人版事業承継税制は、会社の株式等にかかる納税猶予制度。特定同族会社事業用宅地等は、オーナー個人が所有している土地にかかる相続税の課税価格減額制度です。
つまり、同じ同族会社が使っている土地であっても、その土地を会社が所有しているのか、オーナー個人が所有して会社に貸しているのかによって、検討する制度が変わってくるのです。
会社が土地を所有している場合、その土地は会社財産です。相続財産として直接承継されるのは土地ではなく、自社株です。この場合、土地の価値は自社株評価に反映されるため、法人版事業承継税制や非上場株式評価の問題として検討します。
一方、オーナー個人が土地を所有し、その土地を同族会社が事業に使っている場合、その土地はオーナー個人の相続財産です。この場合には、土地そのものについて特定同族会社事業用宅地等の適用を検討し、同時に会社株式について法人版事業承継税制を検討することがあります。
この2つを混同すると、次のような誤りが起きます。
- 会社所有の土地について、小規模宅地等の特例を直接使えると誤解してしまう。
- 個人所有の会社利用地について、自社株の納税猶予だけを見て、土地の相続税対策を見落としてしまう。
- 同族会社の株式承継と、会社利用地の承継先が一致しないまま、相続税申告を迎えてしまう。
- 土地を取得する相続人が、会社役員要件を満たしていない。
- 相続税の申告期限までに土地を売却してしまい、保有継続要件を満たせなくなる。
特定同族会社事業用宅地等は、法人版事業承継税制の代替ではありません。会社の事業用不動産が「株式の中に入っている」のか、それとも「個人財産として外に残っている」のか。これを見極めるための制度だと捉えるとわかりやすいでしょう。
小規模宅地等の特例の実務でも、特定同族会社事業用宅地等については、特定同族会社の判定、役員該当性、対象地の取得者、無償返還届出、相当地代、医療法人や外国法人との関係などを、個別の論点として整理していきます。
「個人所有の土地を会社が使う」場合は、税務・財務・承継後の運用がつながる
オーナー企業では、土地はオーナー個人が所有し、建物や事業は会社側にある、という形が珍しくありません。この構造には、相続税上のメリットが生じることがあります。その一方で、承継後の経営管理は複雑になります。
後継者が自社株を承継して会社の経営権を持ったとしても、会社が使う土地を別の相続人が取得すれば、会社の事業基盤が後継者の支配の外に置かれてしまう可能性があるからです。土地賃貸借の条件、地代、将来の売却、建替え、金融機関担保、相続人間の関係。これらの事情によっては、経営権を承継した後継者が、事業用地を安定的に利用できなくなることもあります。
したがって、特定同族会社事業用宅地等を検討するときには、単に80%減額が使えるかどうかだけを見てはいけません。
- 土地を誰が取得するのか。
- その人は会社の役員要件を満たすのか。
- 自社株を承継する後継者と、土地を承継する人は同じか。
- 土地賃貸借契約や地代の根拠は残っているか。
- 相続税の申告期限まで、土地と法人事業の利用関係を維持できるか。
- 将来、会社が廃業・移転・M&Aを選択する可能性はあるか。
- 金融機関に対して、土地利用関係を説明できるか。
これらを合わせて確認していく必要があります。
小規模宅地等の特例を適用できたとしても、会社が将来その土地を使い続けられなければ、事業承継としては不安定なままです。反対に、法人版事業承継税制で自社株の納税猶予を受けられても、事業用土地の承継設計が不十分であれば、後継者の経営基盤は安定しません。
小規模宅地等の特例は「贈与」には使えない
事業承継では、生前贈与によって早めに後継者へ財産を移すことがあります。
しかし、小規模宅地等の特例は、相続または遺贈によって取得した宅地等についての相続税の特例です。生前贈与によって取得した宅地等には、原則として小規模宅地等の特例は使えません。国税庁も、相続時精算課税にかかる贈与によって取得した宅地等については、小規模宅地等の特例を適用できないと案内しています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
この点は、承継の時期を判断するうえで重要です。
事業用土地を生前に移せば、後継者の経営権や資産利用を早めに安定させられることがあります。その一方で、相続時に使えたかもしれない小規模宅地等の特例を失う可能性が出てきます。
反対に、相続まで土地を移さなければ、小規模宅地等の特例を検討できます。ただし、先代の判断能力の低下、相続人間の対立、遺産分割の未了、後継者の資金不足、土地取得者と株式取得者の不一致といったリスクは残ります。
つまり、判断の軸は「税額が少ないか」だけではないということです。
- 生前に移すことで、経営権・資産利用・金融機関への説明が安定するのか。
- 相続まで待つことで、小規模宅地等の特例や、遺産分割上の調整余地を残すべきか。
- 相続時精算課税、個人版事業承継税制、遺言、代償分割、生命保険、退職金などと組み合わせた場合に、後継者と他の相続人の納得を形づくれるか。
ここまで含めて比較する必要があります。
不動産貸付業・駐車場業は、事業承継税制でも小規模宅地等でも扱いが変わる
不動産貸付業や駐車場業は、事業承継の相談でたびたび問題になります。
小規模宅地等の特例では、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業にかかる宅地等は、特定事業用宅地等ではなく、貸付事業用宅地等として整理されます。貸付事業用宅地等は、200㎡まで50%減額です。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
また、個人版事業承継税制では、不動産貸付業等は対象事業から除かれます。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除 出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
そのため、「事業として不動産を貸しているから事業承継税制が使える」とは考えられません。
不動産貸付業は、所得税の上では、事業的規模かどうかが問題になることがあります。しかし、個人版事業承継税制の対象事業からは、不動産貸付業等が除かれます。小規模宅地等の特例でも、貸付事業用宅地等として、別枠の減額割合・限度面積になります。
不動産賃貸収入が大きい場合ほど、承継税制の対象になるかどうかを慎重に確認する必要があります。「収入規模が大きい」「帳簿上は事業所得に近い感覚で管理している」「会社経営と一体になっている」というだけでは足りません。税法上、どの制度の、どの事業区分に該当するのか。ここを確認することが欠かせません。
法人所有資産と個人所有資産を分けて考える
事業承継の税務判断では、まず所有者を確認します。
- 土地を会社が所有しているのか。
- オーナー個人が所有しているのか。
- 配偶者や親族が所有し、会社または個人事業が使っているのか。
- 借地権や使用貸借、賃貸借、無償返還届出の有無はどうなっているのか。
ここを曖昧にしたまま制度を選ぶと、判断を誤ります。
会社が土地を所有している場合、相続で直接承継されるのは土地ではなく自社株です。この場合は、非上場株式評価、土地保有特定会社、純資産価額方式、類似業種比準方式、法人版事業承継税制の対象株式、納税猶予、株主構成を検討します。
オーナー個人が土地を所有し、同族会社がその土地を使っている場合、相続で承継されるのは土地そのものです。この場合は、特定同族会社事業用宅地等の適用可能性、土地賃貸借関係、会社役員要件、保有継続要件、会社株式との承継先の整合性を確認します。
個人事業主が土地・建物・設備を所有して事業を行っている場合、相続では特定事業用宅地等、個人版事業承継税制、遺産分割、納税資金を比較します。生前贈与では、小規模宅地等の特例が使えないため、個人版事業承継税制、相続時精算課税、通常贈与、売買などを検討することになります。
つまり、制度を選ぶ前に、財産の所在を整理しておく必要があるということです。
「会社の事業で使っている土地」だからといって、会社財産とは限りません。「社長個人の土地」だからといって、会社承継と無関係とも限りません。「事業用土地」だからといって、個人版事業承継税制が使えるとも限りません。
この切り分けが、事業承継税制と小規模宅地等の特例を比較する出発点になります。
制度選択で確認すべき判断軸
小規模宅地等の特例と事業承継税制を比較するときは、次の順番で確認していくと整理しやすくなります。
1. 財産の所有者
誰が土地、建物、設備、株式を所有しているかを確認します。法人所有資産なのか、個人所有資産なのか、生計一親族の所有資産なのか。これによって、適用できる制度が変わります。
2. 財産の利用実態
相続開始の直前に、誰が、どの事業に、どの部分を使っていたかを確認します。居住用、個人事業用、同族会社事業用、貸付事業用が混在している場合には、土地の一部だけが対象になることもあります。
3. 取得者と後継者の一致
土地を取得する人、自社株を取得する人、代表者になる人、事業を継続する人。これらが一致しているかを確認します。一致していない場合、税務上の特例は使えても、経営上の支配・利用関係が不安定になることがあります。
4. 相続か贈与か
小規模宅地等の特例は、相続等を前提とする制度です。生前贈与を行う場合には、事業承継税制や相続時精算課税など、別の制度との比較になります。
5. 減額か、納税猶予か
小規模宅地等の特例は、課税価格を減額します。事業承継税制は、税額の納税を猶予します。「減額」は申告時点の課税価格に効きます。一方で「猶予」は、適用後も取消リスクを管理し続ける必要があります。
6. 承継後の自由度
小規模宅地等の特例でも、申告期限までの保有・事業継続などが問題になります。事業承継税制では、さらに長期の継続管理や取消事由が問題になります。将来の廃業、売却、法人化、組織再編、資産入替え、後継者交代の可能性がある場合には、制度適用後の自由度まで含めて検討する必要があります。
小規模宅地等の特例を使うために整理しておきたい資料
小規模宅地等の特例は、申告書に記載すれば当然に使える制度ではありません。
相続税の申告書に特例の適用を受けようとする旨を記載し、小規模宅地等にかかる計算の明細書や遺産分割協議書の写しなど、一定の書類を添付する必要があります。また、複数の相続人等が対象宅地等を取得する場合には、特例を適用する宅地等の選択について全員の同意が必要であり、原則として相続税の申告期限までに分割されていることも求められます。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
事業承継の場面では、少なくとも次の資料を整理しておきたいところです。
- 土地・建物の登記事項証明書
- 固定資産税課税明細書
- 土地建物の利用状況が分かる資料
- 賃貸借契約書、使用貸借関係の資料、地代の支払資料
- 土地の無償返還に関する届出書の有無
- 会社の定款、株主名簿、法人税申告書別表二
- 会社の決算書、勘定科目内訳書
- 後継者の役員就任状況が分かる登記・議事録
- 個人事業の青色申告決算書、貸借対照表
- 相続人関係図、遺言書、遺産分割方針
- 自社株評価資料、事業用資産評価資料
- 納税資金、退職金、生命保険、借入・担保の資料
これらは、単なる添付書類の準備ではありません。制度を適用したあとで、なぜその土地をその区分で選択したのか、なぜその相続人が取得したのか、会社や後継者の経営継続とどのように整合しているのか。これらを説明するための資料でもあります。
小規模宅地等の特例は、適用漏れが税賠リスクにつながりやすい制度です。だからこそ、特例適用の判断結果、資料の収集状況、リスク説明を記録しておくことが、実務上とても大切になります。
制度を「併用できるか」ではなく「整合しているか」で見る
小規模宅地等の特例と事業承継税制は、併用できる場面もあれば、選択・調整が必要な場面もあります。
ただ、実務でより重要なのは、併用の可否だけではありません。制度の選択が、会社の承継設計と整合しているかどうかです。
たとえば、後継者が自社株を承継し、別の相続人が会社利用地を取得する。この設計は、相続税の上では一見バランスが取れているように見えるかもしれません。しかし、後継者が会社を経営し続けるうえで、その土地利用が不安定になれば、事業承継としてはリスクが残ります。
個人版事業承継税制で大きな納税猶予を受けられる場合でも、後継者が将来その事業を継続できる見通しがなければ、取消リスクや資金負担が問題になります。小規模宅地等の特例で相続税評価を減額できる場合でも、遺産分割が未了のままでは、特例の適用や後継者の経営安定に支障が出ることがあります。
事業承継で大切なのは、制度を最大限に使うことではありません。
- 後継者が経営権を持つ。
- 事業に必要な資産を、安定的に使える。
- 他の相続人にも説明できる。
- 納税資金を確保できる。
- 将来の売却・廃業・再編の選択肢を、過度に狭めない。
- 税務署、金融機関、親族、後継者に対して、後から説明できる資料を残す。
この状態をつくることこそが、本当の目的だと考えています。
相談すべき場面
次のような場合には、小規模宅地等の特例と事業承継税制を、それぞれ個別に検討するだけでは不十分です。
- 個人所有の土地を、同族会社が使っている。
- 会社が事業用不動産を多く所有している。
- 個人事業用資産と法人資産が混在している。
- 後継者が自社株を承継するが、土地は別の相続人が取得する予定である。
- 個人版事業承継税制と特定事業用宅地等の、どちらを使うべきか迷っている。
- 不動産貸付業・駐車場業・本業用土地が混在している。
- 相続時精算課税による生前贈与を検討している。
- 将来、廃業、M&A、法人成り、組織再編の可能性がある。
- 遺産分割や遺留分の調整が必要である。
- 金融機関に対して、承継後の資産利用・担保・返済計画を説明する必要がある。
こうした場合には、相続税だけでなく、自社株評価、土地評価、会社財務、株主構成、遺産分割、納税資金を一体で整理する必要があります。
まとめ
小規模宅地等の特例は、事業承継において非常に重要な制度です。ただし、それは事業承継税制そのものではありません。
特定事業用宅地等は、個人事業の事業用宅地について、相続税の課税価格を減額する制度です。特定同族会社事業用宅地等は、オーナー個人が所有し、同族会社が事業に使っている土地について、相続税の課税価格を減額する制度です。法人版事業承継税制は、非上場株式等にかかる贈与税・相続税の納税猶予制度。個人版事業承継税制は、個人事業用資産にかかる贈与税・相続税の納税猶予制度です。
制度の名前だけを見ると似ています。しかし、対象財産、取得原因、税務効果、継続要件、取消リスクは大きく異なります。
事業承継では、「どの制度を使えば税額が下がるか」だけで判断するのは危険です。
- 誰が株式を持つのか。
- 誰が土地を持つのか。
- 誰が事業を続けるのか。
- 誰に説明できる形にするのか。
- 将来の経営判断を、どこまで残すのか。
この順番で整理していくことが、会社を守る事業承継につながります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、自社株・事業用資産・事業用不動産がからむ承継について、制度適用の可否だけでなく、株主構成、土地利用関係、相続税・贈与税、納税猶予、承継後の財務安全性まで含めて整理します。
小規模宅地等の特例と事業承継税制のどちらを優先すべきか、あるいはどう組み合わせるべきか。検討したい場合は、現在の資産・株主・事業の状況を整理したうえで、お問い合わせページからご相談ください。
重要事項の振り返り
| 論点 | 小規模宅地等の特例 | 事業承継税制との関係での注意点 |
|---|---|---|
| 制度の性格 | 相続税の課税価格を減額する制度 | 事業承継税制は納税猶予・免除の制度 |
| 対象税目 | 相続税 | 法人版・個人版事業承継税制は贈与税・相続税が対象 |
| 特定事業用宅地等 | 個人事業用宅地等につき400㎡まで80%減額 | 個人版事業承継税制との併用制限に注意 |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 同族会社が事業に使う個人所有土地につき400㎡まで80%減額 | 法人版事業承継税制は自社株にかかる制度であり、土地そのものの特例ではない |
| 法人所有土地 | 小規模宅地等の特例の直接対象ではない | 自社株評価・法人版事業承継税制の問題として整理する |
| 個人版事業承継税制 | 宅地等、建物、一定の減価償却資産が対象になり得る | 納税猶予制度であり、長期の継続管理と取消リスクがある |
| 生前贈与 | 小規模宅地等の特例は原則として使えない | 個人版事業承継税制、法人版事業承継税制、相続時精算課税等との比較が必要 |
| 不動産貸付業 | 貸付事業用宅地等として200㎡まで50%減額 | 個人版事業承継税制では不動産貸付業等は対象外 |
| 判断の出発点 | 土地の利用区分、取得者、継続要件を確認 | 所有者、後継者、株主構成、資金繰り、将来方針まで確認する |
| 実務上の要点 | 申告期限までの分割、保有、事業継続、添付書類が重要 | 税務効果だけでなく、承継後に説明できる設計にする |